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婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


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第55話 不意の来訪

第55話 不意の来訪


午後の陽光が傾きはじめ、「雪の庭」の店内が少し落ち着きを取り戻していた頃だった。


バンッ――!


店の扉が、優雅とは程遠い勢いで開いた。


黒のスーツに身を包み、背筋を伸ばし、堂々たる足取りで店内に踏み込む男。


「スタードール」の店長、アルベルト。


そのあまりに存在感のある登場に、店内の空気が一瞬凍りつく。


「……ライバル店の店長が、なぜここに?」


「わざわざ敵地に乗り込むなんて……何のつもり?」


セリーヌとクラリスが小さくヒソヒソ声を交わす。


しかし弥生は、いつもどおり落ち着いた声で出迎えた。


「いらっしゃいませ。本日は何をお召し上がりになりますか?」


アルベルトは一切迷いなく即答した。


「紅茶と、本日のスイーツを頼む。……フレンチクルーラーだろう?」


弥生は思わず目を見開いた。


「常連のお客様からお聞きになったのですね。すぐにご用意いたします」


(常連……ああ、たぶん“あの方”ね)


弥生は視線の端で“黒フードの常連客”を見る。

当の王子は、何食わぬ顔で紅茶を啜っている。

――が、その紅茶のカップ、持つ手がほんの少しだけ震えているようにも見えた。


「王子、動揺してます?」

セリーヌとクラリスは心の中で同時にツッコんだ。



---

  フレンチクルーラー、衝撃の洗礼


ほどなくして運ばれたフレンチクルーラー。


黄金色のリングにグレーズがつやつやと輝き、甘い香りがふんわり店内に広がる。


「……これは、見事だな」


アルベルトはナイフを入れた瞬間、目を細めた。


ふわりと軽く切れる断面。

外は軽やか、中はしっとり。


そしてひと口。


「……素晴らしい。甘さの調整も完璧だ。紅茶と合うよう計算し尽くされている……!」


店内がわずかにざわつく。


カウンターで紅茶を飲む雪乃は、気だるい声で言った。


「当然よ。お客様に満足してもらうのが、私の役目だから」


「お嬢様、それは“弥生の役目”です」


弥生の小声ツッコミを、雪乃は軽くスルーする。

もはや日常の光景である。




  レシピ提供を巡る攻防


アルベルトはフレンチクルーラーを食べ終えると、雪乃を真っすぐ見つめた。


「雪乃店長。このレシピを……ぜひスタードールに提供してくれ」


店内が、ぴしりと静まり返った。


「やっぱりそれが目的だったのね……」


セリーヌが小声で呟く。


雪乃は紅茶を口に運び、淡く微笑む。


「今日出したばかりの新作よ。すぐに提供はできないわ。

まだ出していないレシピが山ほどあるの。それを順番に出している最中だから」


アルベルトは真剣に頷く。


「……なるほど。では、提供可能になったら知らせてくれ。このスイーツは絶対に客を惹きつける」


「でも、提供するかどうかは私の判断よ。

ここで食べられるからこそ“特別”なの。無駄に広めれば価値は落ちるわ」


静かな、しかし圧のある声だった。


アルベルトは少し黙り、

最後に、深く頷いた。


「……分かった。君のスイーツに対するこだわり、理解した」


(雪乃お嬢様の“譲らないところ”、そこです)


店員全員が心の中で同意していた。



---


そして――紅茶の秘密へ


アルベルトが紅茶を口に含む。


「……この紅茶も実に素晴らしい。深い香りで、味わいは柔らかい。だが、値段は驚くほど安い」


雪乃はあっさり答える。


「仕入れルートが特別なのよ」


アルベルトの目が鋭く光った。


「仕入れ先を教えてくれないか?

いや、むしろ――この紅茶をスタードールにも卸してほしい」


次の瞬間。


「それは――厚かましい!」


忍がピシャリと声を上げた。


「お嬢様のご厚意に甘えすぎです! この紅茶は当店の象徴。他店に出すなど言語道断!」


「そうですわ! 同じ紅茶を出されたら“雪の庭”の意味がなくなります!」


「何でもかんでも欲しがりすぎです!」


セリーヌ、クラリスも口々に抗議する。


雪乃は軽く手を上げ、場を収めた。


「残念だけど、卸せるほどの量はないわ。それに仕入れ先も……秘密」


アルベルトは少し肩をすくめ、苦笑する。


「やはり……君は想像以上の切れ者だな」



---


小さな火種と、静かな余韻


アルベルトは最後の一口まで丁寧に味わい、席を立った。


「本当に……恐ろしい女だ。敵に回すより、味方にした方がいい」


小さく呟き、去っていく。


雪乃は紅茶を啜りながら、無表情で返した。


「……静かにしてくれるなら、味方でも敵でもどっちでもいいのよ」


その会話を、黒フードの常連――第一王子はじっと聞いていた。


だが、何一つ口にはせず、ただ静かに紅茶を飲み干す。


(……雪乃店長。やはり放っておけない)


心の奥で、ふっと何かが動いたような気がした。


そんな余韻だけを残し、「雪の庭」の午後は静かに過ぎていった。



---


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