第53話 暇をつくるために店長、そこまでやりますか!
第53話 暇をつくるために店長、そこまでやりますか!
朝の柔らかな光が差し込む「雪の庭」は、いつもなら開店前からそわそわとした空気が漂っているのに、この日は妙に静かだった。
忍は扉の前を掃除しながら、ぽつぽつと見える人の流れに眉をひそめる。
「……あれ? 常連の皆さん、今日は向こうの道に……?」
その行き先は、最近勢いのあるライバル喫茶店――スタードール。
忍は掃除道具を脇に抱え、急いで店へ戻った。
「お嬢様、今日……お客様の流れが、ちょっと変です」
報告を受けた雪乃は、ソファに座って紅茶を飲みながら、心底どうでもよさそうに首を傾げた。
「いいことじゃない。混雑が減るのをずっと待っていたのよ」
「いや、あの……スタードールに“流れている”のは心配じゃ……」
弥生が言うと、雪乃はすました顔で答えた。
「心配? どうして? だって“計画通り”よ」
「え、計画?」
そこへセリーヌが駆け込んできた。
手には、見覚えのある紙を握っている。
「お嬢様っ! これ、店の外に貼ってありましたっ!」
貼り紙には、見事な字でこう書かれていた。
『過去に当店で提供したスイーツが、スタードールでお召し上がりいただけます』
弥生は二度見した。
「お嬢様!? これは一体――!」
雪乃はカップを置き、涼しい声で言った。
「読んだままよ。スタードールと業務提携したの」
忍が眉をひそめる。
「……つまり、レシピを提供した、と」
「そうよ」
「……いくらで?」
セリーヌの声は、震えていた。
すると雪乃は、軽く肩をすくめて言った。
「この店の“混雑”と引き換えに」
一瞬、店内の空気が固まる。
弥生が反射的に叫んだ。
「ええええええっ!? タダじゃないですか!!」
雪乃はしれっと頷いた。
「そうよ」
「そうよ、じゃありませんっ!!」
店員たちが同時に叫ぶ。
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店員たちの絶望タイム
忍「お嬢様、常識的に考えてタダでレシピ提供なんて……!」
セリーヌ「本来なら“売れる宝”なんですよ!? それを……!」
クラリス「お嬢様……もしかして本気で言ってます?」
雪乃「本気よ?」
全員「本気なのかーーーっ!!」
雪乃は全く動じない。
むしろ微笑みながら語った。
「だって、これで混雑が減って、私は静かに紅茶を楽しめる。最高じゃない」
弥生「経営面は!? 損得は!?」
雪乃「損も得もないわ。静かになるのよ?」
忍「……店長、それはただの“怠惰”です」
雪乃「違うわ、“優雅な経営”よ」
店員全員「呼び方を変えても中身は同じです!!」
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客の反応はというと……
その日の営業中、常連客の一人が言った。
「スタードールで“クラシックショコラ”が食べられるって聞いてねぇ?」
雪乃「ええ、そうよ」
「じゃあ、今日はそっちに行こうかな」
雪乃「どうぞどうぞ」
弥生「お嬢様!? 止めないんですか!?」
雪乃「止めてどうするの? 混むじゃない」
弥生「……っ!」
別の客はこう言った。
「でもなぁ、スタードールは豪華すぎて落ち着かないんだよな。
やっぱり私は“雪の庭”の雰囲気が好きだよ」
雪乃「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。
次のスイーツも楽しみにしててね」
弥生はその光景に、複雑なため息をついた。
「嬉しいような……心配なような……」
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スタードール側の視点
一方その頃、スタードール。
「雪の庭の過去スイーツが食べられると聞いて!」
「クラシックショコラ二つ! あとチーズケーキも!」
アルベルトは厨房で腕を組み、満足げだった。
「……雪乃店長は何を考えているのか分からないが、
結果的にこちらは大助かりだな」
彼はまだ知らない。
雪乃の目的は「静けさのためなら何でもする」だけだということを。
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閉店後、店員たちのボヤキ会議
弥生「今日は……いつもより静かでしたね」
雪乃「計画通りよ」
忍「……お嬢様、スタードールだけ儲けてる気が……」
雪乃「いいじゃない。お客様は好きなスイーツが食べられるし、
うちは静かになって、私は優雅に過ごせる。
誰も損していないわ」
弥生「完全に“うちだけ”損してます!!」
クラリス「お嬢様……店って、そういうものじゃ……」
雪乃は紅茶をひと口飲み、微笑んだ。
「私は静かに紅茶が飲めれば、それでいいのよ」
店員全員「店長ーーーっ!!」
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