第49話 雪の庭 vs ライバル店 ――でも店長はいつも通り
第49話 雪の庭 vs ライバル店 ――でも店長はいつも通り
「雪の庭」の真正面に、まるで挑発するかのように豪華な喫茶店がオープンした。
大手チェーン店――スタードール。
磨き上げられた外装。
統一された制服。
そして目を引く巨大看板。
『朝8時~夜8時まで営業! 広々空間×100種以上の定番メニュー!』
“定番”。
その文字がやけに強調されている。
通りは朝からざわめいていた。
「百種類もあるんだって」 「朝から開いてるの便利よね」 「ケーキも何種類もあるらしいわよ」
だが――
“マリトッツォ”の名はない。
“ティラミス”の名もない。
当然だ。
この世界でそれを作れるのは、雪乃だけなのだから。
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不安に揺れる店員たち
開店前の「雪の庭」。
弥生は窓越しに向かいを見つめ、静かに言う。
「お嬢様……満席です。」
忍が補足する。
「価格は安定。回転率も高い。完全な効率型経営です。」
クラリスが少しだけ不安げに呟く。
「ですが……あちらには“今日しか食べられない”ものはありませんわね。」
セリーヌも頷く。
「全部“いつでも食べられるもの”です。」
店内の視線が一斉に雪乃へ向く。
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店長、まったく動じない
雪乃は紅茶を啜り、窓の外を一瞥しただけだった。
「……あら。あれはあれで楽しそうね。」
全員が固まる。
「お嬢様、危機感は……?」
「ないわよ。」
さらり。
「だって、うちは“今日だけの店”だもの。」
弥生が額を押さえる。
「お嬢様……経営的な意味での対策は?」
「趣味よ?」
一瞬の静寂。
「趣味でやってる店が、赤字だからってやめる? 普通やめないでしょ?」
根本から違う。
クラリスが小声で言う。
「……世界観が違いますわ。」
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すれ違う価値観
忍が冷静に整理する。
「向かいは“選べる安心”を売っています。」
「私は“選べない贅沢”を売ってるの。」
即答だった。
「今日の一皿は、今日だけ。 明日には消える。 それがいいのよ。」
それは、雪乃の美学。
定番を並べない理由。
同じものを二度と出さない理由。
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しかし現実は
弥生が小さく声を上げた。
「……お嬢様。」
「なに?」
「うちも、並んでます。」
窓の外。
スタードールの行列と、雪の庭の行列。
向かい合う二つの列。
雪乃は目を細める。
「……なんで?」
本気で理解できない顔。
レオンの声が外から響く。
「今日は何だー! 今日しか食べられないやつ!」
常連の声だ。
忍が淡々と告げる。
「お嬢様。“毎日違う”という一点で、既に差別化は完成しています。」
クラリスが続ける。
「向かいは百種類。こちらは一種類。 ですが――」
セリーヌが微笑む。
「こちらは“唯一無二”です。」
雪乃は小さく息をついた。
「……静かな喫茶店にしたいだけなのに。」
だがその目には、わずかな光が宿っている。
戦う気はない。
競う気もない。
ただ――
今日も一皿を作るだけ。
それが結果的に、最大の武器になっていることを、 本人だけが理解していない。




