48話 絶対にダメです
48話 絶対にダメです
閉店間際の「雪の庭」。
照明は落ち着いた琥珀色に揺れ、客席には昼間の喧騒が跡形もなく消えていた。
店員たちがテーブルを拭き、食器を片付ける控えめな音だけが響いている。
雪乃はひとりカウンターに腰掛け、湯気の立つ紅茶をゆっくりと啜っていた。
「……静かな日常が欲しいのに、なんでこう人気なのかしらね。」
ぽつりとこぼれた本音に、食器を洗っていた弥生が振り返る。
「それは当然です。お嬢様のスイーツが美味しすぎるんですもの。」
「そんなに褒められると照れるじゃない……。じゃあ、いっそスイーツやめる?」
カップを置いた雪乃が軽い口調で言った、その瞬間――
店員全員の動きがぴたりと止まった。
空気が凍りつく。
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喫茶店の逆鱗
「……お嬢様、なんとおっしゃいました?」
忍が、普段より半音低い声で問う。
「いや、だから……スイーツをやめたら静かになるでしょ? って」
その言葉を聞いた瞬間、
弥生がテーブルを叩いた。
「絶対にダメです!!」
「えっ!? 怒りすぎじゃない!? 怖いんだけど!」
「怖いのはお嬢様の発言です! 『雪の庭』のスイーツがなくなったら、店の柱が消えるのと同じです!」
セリーヌも珍しく声を荒げる。
「護衛任務とはいえ……お嬢様のスイーツがないなんて、生きがいを奪われたのと同じです!」
クラリスまで手に持っていたクロスを放り投げて叫ぶ。
「や、やめるなんて……そんなのスイーツへの冒涜です……!」
普段冷静な忍も、わずかに目を見開いた。
「お嬢様。スイーツをやめるなど、到底許される提案ではありません。」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、みんな……!」
四方からの圧に、さすがの雪乃も一歩引いた。
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雪乃、説得される
「……そんなに怒るとは思わなかったのよ。ただの思いつきだったのに。」
「思いつきでも、本気で困ります!」
弥生は腕を組んで前に立ちふさがる。
「撤回してください、お嬢様。絶対に、スイーツは続けると!」
「わかったわよ……続けるわよ……」
雪乃は小さく息を吐き、ふてくされたように頬を膨らませた。
「でもね、みんなが働いてくれるなら、私はもっと休めるはずでしょ? そのへん、改善する必要あると思うのよ」
「お嬢様はいつも休んでます。」
「えっぐ……容赦ないわね、あなた。」
弥生の一刀両断に、雪乃は肩を落とす。
クラリスがくすっと笑い、
「それだけ、お嬢様のスイーツを楽しみにしているんです。お客様も、私たちも。」
セリーヌも柔らかく頷いた。
「毎日違う味に出会えるのは……とても幸せなことです。」
忍も静かに続ける。
「お嬢様のスイーツは、他に替えがありません。」
その言葉に、雪乃は照れたように視線をそらした。
「はいはい……わかったわよ。明日も作るわよ、新作スイーツ。」
と呟いたその瞬間、店員たちがそろって安堵の息を吐く。
その統率力たるや、まるでスイーツ教の信者である。
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人気の秘密
片付けが終わり、セリーヌが淹れ直した紅茶を置く。
雪乃はひと口飲みながら、静かに笑った。
「……これだけ怒られるってことは、やっぱり私のスイーツって特別なのね」
忍が控えめに返す。
「事実だと思います。お嬢様の自信が、またお客様を呼ぶのでしょう。」
「自信じゃなくて事実よ?」
「はいはい、お嬢様は偉大です。」
弥生が軽口を叩くと、クラリスがくすっと笑う。
雪乃は目を閉じ、明日のスイーツを考え始めた。
「……明日は、異世界で覚えたあれを作ってみようかしら」
その言葉を聞いた店員たちは、明日への期待を胸に、穏やかな気持ちで店を閉めた。
誰も知らない。
雪乃の頭の中には、この世界に存在しない“未知のレシピ”がまだまだ眠っていることを。
それこそが――
「雪の庭」が人気であり続ける、最大の秘密だった。




