47話 本日のスイーツだけの喫茶店
47話 本日のスイーツだけの喫茶店
奇妙すぎるメニュー
「雪の庭」に初めて来る者が戸惑う理由――それは、店内の壁にかけられた黒板にあった。
そこに書かれているのは、たった一行。
『本日のスイーツ:マリトッツォ』
以上。終わり。
どれほど探しても他のメニューは存在しない。
過去に提供されたスイーツの履歴すらなく、
次のメニューが予告されることもない。
常連たちは「今日の黒板何かな?」と楽しみにしているが、
初めて訪れる客にとっては、なかなかの衝撃だった。
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初来店の二人組の反応
その日、若い女性と男性の二人組が店を訪れた。
席に通された途端、弥生が穏やかに説明する。
「当店は、その日に店主が選んだ“本日のスイーツ”のみをご提供しております。本日はマリトッツォでございます。」
女性客は思わず固まった。
「えっ……え? それだけですか?」
「はい。本日のみのご提供となります。」
「じゃ、じゃあ……友達が前に食べたって言ってた“ティラミス”は?」
弥生は微笑みながら丁寧に首を振る。
「ティラミスは“その日のスイーツ”だったため、もう二度と提供されることはありません。」
「に、二度と!?」
女性客は軽いショックを受けたが、
隣の男性はさらに驚愕していた。
「喫茶店って……普通コーヒーとか定番があるものじゃないのか? 毎日スイーツが変わるって……。」
「はい。それが当店の特色でございます。」
まるで胸を張るかのような弥生の回答。
二人は顔を見合わせたあと、恐る恐るマリトッツォを注文した。
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達観した常連たち
そんな新規客の動揺を見かねて、常連のレオンが苦笑しながら口を挟んだ。
「ここは、定番なんてものは置かないんだよ。毎日“今日しか食べられない”のが魅力なんだ。」
別の常連も頷く。
「前のチーズケーキ? あれは幻だな。二度と食べられん。」
「でも、それが楽しいのよ。今日は何があるのかってワクワクするの。」
常連たちは“雪乃ルール”に完全に適応していた。
一方、新規客は困惑のまま。
「ちょ、ちょっとした祭りみたいな店ですね……」
「ああ。毎日が祭りだ。店長の気分次第で地獄にもなるけどな。」
レオンが肩をすくめて笑うと、
新規客たちも苦笑しつつマリトッツォに手を伸ばした。
一口食べた瞬間――
「……お、美味しい……」
「なんだこれ、ふわふわでクリーム軽っ……!」
新規客の顔が一気に天国へと変わった。
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店長は今日も自由人
その様子をカウンターから眺めながら、店主・雪乃は紅茶を啜る。
「定番メニューなんて置いたら、つまらないじゃない。いつ食べても同じ味なんて、そんなの私の美学に反するわ。」
(※本当の理由は“異世界の知識でスイーツ無限生成できるから”だが、もちろん内緒)
弥生がそっと近づき、小声で問いかけた。
「お嬢様……どうしてお客様は“本日のスイーツだけ”で満足できると思っているのですか?」
「だって、それだけで十分じゃない。」
雪乃は当然のように肩をすくめる。
「普通のお店みたいに定番メニューを並べるなんて、退屈で眠くなるもの。」
弥生は疲れた笑みを浮かべる。
「……お嬢様の“普通”は、この世界の“普通”とは違うようです。」
「普通なんて、つまらないわ。」
雪乃の答えは揺るがない。
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そして今日も、「雪の庭」は特別な一日となる
店内はマリトッツォを楽しむ客たちで賑わい、
「今日だけの味」を求めて笑顔が溢れていた。
だがその中心で――
ただ一人、店の喧騒をよそに、雪乃はゆったりと紅茶を楽しむ。
「……静かで暇な喫茶店のつもりだったのに。まったく、どうしてこうなるのかしら。」
忍が静かに返す。
「お嬢様のスイーツが、異様に美味しいからです。」
雪乃はふてくされた顔でカップを置いた。
「褒めても何も出ないわよ?」
「褒めてません。事実を述べただけです。」
「……むぅ。」
今日も「雪の庭」は雪乃の思惑を裏切り、
大人気のまま夕暮れを迎えていくのだった。




