第32話 週休二日、その名も「理論上は完璧」
第32話 週休二日、その名も「理論上は完璧」
翌日。
「雪の庭」は、相変わらず静かな朝を迎えていた。
――もっとも、“朝”と言っても、すでに昼を少し過ぎている。
カウンターでは忍が黙々と床を磨き、弥生は厨房で仕込みを進めている。
そして雪乃は、まだ開店前だというのに、すでに紅茶を飲んでいた。
「……やっぱり、この時間の紅茶が一番おいしいわ」
「お嬢様、それは“起きてすぐだから”です」 忍が淡々と指摘する。
雪乃は聞こえなかったふりをして、優雅にカップを傾けた。
そこへ弥生が、少し遠慮がちに切り出す。
「お嬢様。昨日のお話なんですが……」
「週休二日制のこと?」
「はい」
弥生は言葉を選びながら続ける。
「率直に申し上げて……
一日三時間しか営業していないお店で、週休二日は多すぎるのではないかと」
忍も頷いた。
「営業日を減らす以前に、
“そもそも十分に休んでいるのでは”という疑問があります」
雪乃はカップを置き、むっとした顔になる。
「それは違うわ」
「どこがでしょうか」 忍が即座に返す。
雪乃は指を折りながら説明を始めた。
「まず、開店前の準備。
それから三時間の営業。
さらに閉店後の後片付け」
胸を張る。
「全部含めれば、一日六時間は働いている計算よ」
一瞬の沈黙。
そして弥生が、静かに言った。
「……お嬢様」
「なに?」
「準備と後片付けは、基本的に私たち二人がやっています」
「…………」
「お嬢様は」
忍が淡々と補足する。
「営業時間の直前まで起きてこられず、
営業が終わってからも、片付けの間はずっとお茶を飲んでいらっしゃいます」
「営業中もですけど」 弥生が小さく付け加えた。
雪乃は目を逸らした。
「……細かいことを気にするわね」
「細かくありません」 二人の声が重なった。
雪乃は少しだけむくれながら、紅茶を飲み干す。
「いい? 確かに実務は二人に任せている部分もあるわ」
「“部分”ではありません」 忍が即座に修正する。
「でもね」
雪乃は指を立てる。
「この喫茶店は、趣味でやってるの」
弥生と忍が同時に瞬きをした。
「趣味、ですか……?」
「そうよ」
雪乃は実に堂々としていた。
「趣味なんだから、何日開けてもいいし、
三時間しかやらなくてもいいし、
やらない日があってもいいの」
弥生が恐る恐る尋ねる。
「……それを“店”と呼んでいいのでしょうか?」
「いいのよ」
即答だった。
「だって、楽しいもの。
趣味に“義務”を求める方がおかしいでしょう?」
忍は腕を組む。
「理屈としては……否定しにくいですね」
「でしょう?」
「ですが」
忍は一歩も引かない。
「お嬢様。その理屈を採用すると、
営業日数も、休業日数も、すべてお嬢様の気分次第になります」
「それが理想よ」
弥生は頭を抱えた。
「……つまり、週休二日制というより……」
「?」
「“いつ開くかわからない店”になります」
雪乃は少し考え――にっこり笑った。
「素敵じゃない」
二人は絶句した。
(論理は通っている) (でも、安心感が一切ない)
こうして「雪の庭」は、
理論上は完璧、実態は危うい
新たな運営方針へと進もうとしていた。
――この理論が、実際に回るかどうかは。
まだ、誰にも分からなかった。
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