表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/81

第31話 雪乃、週休二日を思いつく

第31話 雪乃、週休二日を思いつく


 営業終了後の喫茶店「雪の庭」は、いつも以上に静かだった。

 夕暮れの光がカウンターを照らし、紅茶の香りだけが店内に残っている。


 弥生は厨房で食器を洗い、忍は床を丁寧に拭いていた。

 その一方で、店主である雪乃は――営業が終わった瞬間から、当然のようにカウンター席に座り、ゆったりと紅茶を楽しんでいる。


「……ふぅ」


 雪乃は満足そうに息を吐いた。


「今日もよく働いたわ」


 その言葉に、弥生の背中がぴくりと動いたが、あえて何も言わずに洗い物を続ける。

 忍も無言のまま、黙々と雑巾を動かしていた。


 しばらくして、雪乃がふとカップを置く。


「――ねえ、二人とも」


 その声に、弥生が振り返る。


「はい? どうされましたか?」


 雪乃は妙に真剣な表情をしていた。


「私、考えたの」


 弥生の胸に、嫌な予感が走る。


「……“考えた”というのは?」


「この店の、今後の方針よ」


 忍も作業の手を止め、静かに雪乃を見る。


「店主として、労働環境を見直すのは重要でしょう?」


「……はあ」


「最近、少し忙しすぎたと思わない?」


 雪乃は指を折りながら語り始める。


「貸切営業、王宮、貴族、噂、注目……。

 静かな喫茶店をやりたかったはずなのに、これは明らかに働きすぎよ」


 弥生は慎重に答えた。


「確かに、ここ最近は予定が詰まっていましたが……」


「でしょう?」


 雪乃は大きくうなずく。


「だから決めたの」


 そして、堂々と宣言した。


「週休二日制にするわ」


 一瞬、空気が止まる。


 弥生は目を瞬かせ、忍はわずかに首を傾けた。


「……週休二日、ですか?」


「ええ。今どき、当然でしょう?」


 雪乃はさも常識のように言う。


「働き方改革よ。店主にだって休みは必要なの」


 弥生は内心でほっとした。

 ――“二日休む”だけなら、まだ理解できる。


「それは……まあ、確かに」


 忍も静かにうなずく。


「営業日を調整すること自体は、合理的かと」


「そうでしょう?」


 雪乃は満足げに微笑んだ。


「でね、具体的には――」


 そこで一拍置き、紅茶を一口。


「週に二日だけ営業するの」


「…………」


 弥生の表情が固まる。


「……お嬢様?」


「残りの日は、お休み」


 忍が冷静に確認する。


「つまり……営業二日、休業五日、という認識でよろしいですか?」


「違うわ」


 雪乃は即座に否定した。


「もっと休むわ」


「……?」


 弥生の眉が引きつる。


「二日働いたら、そのあと一週間休むの」


 完全な沈黙。


 弥生はしばらく口を開いたまま、言葉を探していた。

 忍は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開く。


「……お嬢様」


「なに?」


「それは“週休二日”とは呼びません」


 だが雪乃は動じない。


「呼べるわよ?」


「呼べません」


「呼べるの」


 忍が淡々と続ける。


「週休二日とは、一般的に“週のうち二日休む”制度を指します」


「一般論はいいの」


 雪乃は手をひらひらと振った。


「私は“私の週”で話してるの」


「……?」


 雪乃は胸を張った。


「二日働いてから休む。

 だから“週休二日”」


「……理屈が成立していません」


 弥生が恐る恐る口を挟む。


「お嬢様……うちは一日三時間しか営業していませんよね?」


「ええ」


「その上で“週休二日”というのは……」


 雪乃は即答した。


「準備と後片付けも含めれば、私は一日六時間も働いてるわ」


 その瞬間、忍の視線がゆっくりと雪乃に向いた。


「……失礼ですが」


「なに?」


「準備と後片付けは、弥生と私が行っております」


「…………」


「お嬢様は、営業時間にならないと起きてこられませんし」


「………………」


「営業時間が終わると、後片付けの間もずっとお茶を飲んでおられます」


 弥生が静かに補足する。


「営業中も、ですけど」


 雪乃は一瞬だけ視線を逸らした。


「……細かいことはいいのよ」


「細かくありません」


 忍の声は相変わらず平坦だ。


「ですが、お嬢様が“働いているつもり”であることは理解しました」


「でしょう?」


 雪乃はすぐに元気を取り戻す。


「だから私は疲れてるの。休みが必要なのよ」


 弥生は深くため息をついた。


「……お嬢様。その制度、うまくいくと思われますか?」


 雪乃は迷いなく答える。


「ええ。完璧よ」


 忍と弥生は顔を見合わせた。


 何かがおかしい。

 だが、まだ“決定的な破綻”は見えていない。


 雪乃は満足そうに紅茶を飲み干す。


「とにかく、週休二日制にするの。

 細かいことは、これから考えましょう」


 その言葉に、二人は同時に思った。


(……“これから”が一番怖い)


 こうして喫茶店「雪の庭」に、

 **前代未聞の“週休二日理論”**が静かに芽吹いたのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ