第31話 雪乃、週休二日を思いつく
第31話 雪乃、週休二日を思いつく
営業終了後の喫茶店「雪の庭」は、いつも以上に静かだった。
夕暮れの光がカウンターを照らし、紅茶の香りだけが店内に残っている。
弥生は厨房で食器を洗い、忍は床を丁寧に拭いていた。
その一方で、店主である雪乃は――営業が終わった瞬間から、当然のようにカウンター席に座り、ゆったりと紅茶を楽しんでいる。
「……ふぅ」
雪乃は満足そうに息を吐いた。
「今日もよく働いたわ」
その言葉に、弥生の背中がぴくりと動いたが、あえて何も言わずに洗い物を続ける。
忍も無言のまま、黙々と雑巾を動かしていた。
しばらくして、雪乃がふとカップを置く。
「――ねえ、二人とも」
その声に、弥生が振り返る。
「はい? どうされましたか?」
雪乃は妙に真剣な表情をしていた。
「私、考えたの」
弥生の胸に、嫌な予感が走る。
「……“考えた”というのは?」
「この店の、今後の方針よ」
忍も作業の手を止め、静かに雪乃を見る。
「店主として、労働環境を見直すのは重要でしょう?」
「……はあ」
「最近、少し忙しすぎたと思わない?」
雪乃は指を折りながら語り始める。
「貸切営業、王宮、貴族、噂、注目……。
静かな喫茶店をやりたかったはずなのに、これは明らかに働きすぎよ」
弥生は慎重に答えた。
「確かに、ここ最近は予定が詰まっていましたが……」
「でしょう?」
雪乃は大きくうなずく。
「だから決めたの」
そして、堂々と宣言した。
「週休二日制にするわ」
一瞬、空気が止まる。
弥生は目を瞬かせ、忍はわずかに首を傾けた。
「……週休二日、ですか?」
「ええ。今どき、当然でしょう?」
雪乃はさも常識のように言う。
「働き方改革よ。店主にだって休みは必要なの」
弥生は内心でほっとした。
――“二日休む”だけなら、まだ理解できる。
「それは……まあ、確かに」
忍も静かにうなずく。
「営業日を調整すること自体は、合理的かと」
「そうでしょう?」
雪乃は満足げに微笑んだ。
「でね、具体的には――」
そこで一拍置き、紅茶を一口。
「週に二日だけ営業するの」
「…………」
弥生の表情が固まる。
「……お嬢様?」
「残りの日は、お休み」
忍が冷静に確認する。
「つまり……営業二日、休業五日、という認識でよろしいですか?」
「違うわ」
雪乃は即座に否定した。
「もっと休むわ」
「……?」
弥生の眉が引きつる。
「二日働いたら、そのあと一週間休むの」
完全な沈黙。
弥生はしばらく口を開いたまま、言葉を探していた。
忍は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開く。
「……お嬢様」
「なに?」
「それは“週休二日”とは呼びません」
だが雪乃は動じない。
「呼べるわよ?」
「呼べません」
「呼べるの」
忍が淡々と続ける。
「週休二日とは、一般的に“週のうち二日休む”制度を指します」
「一般論はいいの」
雪乃は手をひらひらと振った。
「私は“私の週”で話してるの」
「……?」
雪乃は胸を張った。
「二日働いてから休む。
だから“週休二日”」
「……理屈が成立していません」
弥生が恐る恐る口を挟む。
「お嬢様……うちは一日三時間しか営業していませんよね?」
「ええ」
「その上で“週休二日”というのは……」
雪乃は即答した。
「準備と後片付けも含めれば、私は一日六時間も働いてるわ」
その瞬間、忍の視線がゆっくりと雪乃に向いた。
「……失礼ですが」
「なに?」
「準備と後片付けは、弥生と私が行っております」
「…………」
「お嬢様は、営業時間にならないと起きてこられませんし」
「………………」
「営業時間が終わると、後片付けの間もずっとお茶を飲んでおられます」
弥生が静かに補足する。
「営業中も、ですけど」
雪乃は一瞬だけ視線を逸らした。
「……細かいことはいいのよ」
「細かくありません」
忍の声は相変わらず平坦だ。
「ですが、お嬢様が“働いているつもり”であることは理解しました」
「でしょう?」
雪乃はすぐに元気を取り戻す。
「だから私は疲れてるの。休みが必要なのよ」
弥生は深くため息をついた。
「……お嬢様。その制度、うまくいくと思われますか?」
雪乃は迷いなく答える。
「ええ。完璧よ」
忍と弥生は顔を見合わせた。
何かがおかしい。
だが、まだ“決定的な破綻”は見えていない。
雪乃は満足そうに紅茶を飲み干す。
「とにかく、週休二日制にするの。
細かいことは、これから考えましょう」
その言葉に、二人は同時に思った。
(……“これから”が一番怖い)
こうして喫茶店「雪の庭」に、
**前代未聞の“週休二日理論”**が静かに芽吹いたのであった。




