浴衣美人の彼女は褒められ下手
「大和、おまたせ〜〜」
「おっ、おう……」
「なーに? その辺な返事は」
「いや、その……アレだな……」
「ん〜?」
花火大会の会場に着くや否や、梨花は「すぐに用意するから十分くらい待ってて」と言って『着物・浴衣着付けコーナー』の看板が掲げられたテントへと入っていった。
俺の返事を待たずに駆け出していった梨花は、その言葉通りに十分程度でテントの中から出てきた。
テントの看板に嘘偽りのない、綺麗で鮮やかな橙色の浴衣姿で。
「浴衣、よく似合ってるな」
「えへへ! だよね!! 着付けてくれた人が、私に似合うのを見繕ってくれたの!!」
「そうだな。素敵だよ」
そう言って俺は、嬉しそうに浴衣姿ではしゃぐ梨花を見つめる。
梨花の言うように、梨花の元気なイメージと浴衣の橙色とはよく合っている。それこそ、向日葵柄がそれをより強調する。
それだけにとどまらず、普段のポニーテールとは打って変わって、頭の後ろで髪の毛がひとまとまりにされている。いわゆる、アップスタイルと言うらしい。
これがまた、浴衣姿の梨花を美しさを際立たたせている。
普段はあまり見ることのない、梨花の綺麗なうなじによって。
勉強の合間にイチャイチャしている時も、決してうなじに気がいかないわけではない。
ただ、それよりも梨花の可愛さやら、時間制限に追われてしまい、あまり注視することは無かった。
しかし、今回は別。勉強を終え、イチャイチャをついさっきまで長い時間していたのだ。
《《そう言う気分》》になっても仕方ないだろう。……もちろん、そう言うのを表に出さないようにはしているが。
そんな俺の視線を好意的に思ったのか、梨花は笑顔で俺の言葉を返す。
「ありがと〜。花火大会が終わった時にお礼言わなきゃだね〜」
と。
梨花の言葉に賛同するように、俺も挨拶に行こうかと言おうとしたその時だった。
「その時は俺も」
「それはダメ」
と、食い気味に俺の言葉を遮る梨花。ちょっと頬を膨らませてるのが、美しい中に可愛らしさを感じ、やはり目の前にいるのは紛れものない、俺が好きな梨花なんだなと認識させられる。
しかし、それと同時に梨花が何故俺の言葉を遮ったのか、理由を知りたくなる。
「どうしてだ?」
そう言って俺は聞くと、梨花は半分怒ったような口調で声を出す。
「きっと目移ろいしちゃうから……! さっきの人、私と比べ物にならないくらいキラキラしてた。だからきっと大和もその人に気が向いちゃう!」
「なんだ、そんな事か」
梨花の言葉に、俺は思わず『そんな事』と言ってしまった。
が、その口調は決して梨花を馬鹿にしているものではなく、彼女の意外な可愛らしさに思わず出てしまった言葉だ。
が、梨花は俺がそんな気持ちで『そんな事』と言っているとは知る由もなく
「……違うの?」
と泣きそうな目で俺を見つめる。
そんな梨花の目を見ながら、俺は誤解を解くように努め始める。
「俺はよく知らない美人な人よりも、よく知ってる可愛くて大事な彼女の方が大事だし、好きだよ」
「……本当?」
「当たり前だろ? よく考えて見ろ。俺は一度でも梨花の事を無視して女の人を見ていた時があったか?」
「……無いけど」
「だから、今日も問題ないって。それに、梨花はさっきから周りのことばっか気にしてるけど自分の方はちゃんと見れてるのか?」
「へ?」
梨花の目は既に泣きそうなものではなく、どこか恥ずかしそうで……。もっと、恥ずかしそうな目を見たくなる。
そう思いながら、俺は目線を梨花から、俺たちの横を通る男子グループへと移り、そのまま彼女にもそっちを見るように促す。
「すれ違う男子から『あの子可愛いな……』って言われてるんだぞ? 今日の梨花を見ながら」
「それって、どういう……」
「他の人から見たら、梨花も充分魅力的だって事だよ」
「私が……魅力的……? しかも、可愛いだなんて……」
目と鼻の先で、自分の噂をされる。そんな光景に梨花は顔を真っ赤にして手で抑え込む。
そんな姿が可愛くもあり、それでいて心配にもなる。
「……相変わらず、人から褒められるのは苦手なのね」
梨花はどうも、褒められる事、さらに言えば容姿について褒められる事に慣れていないようだ。
スポーツ特待生として、成果を褒められることはあっても、容姿を褒められる事はない。
それが原因なのかは分からないが、現に容姿の褒め言葉はこんな可愛らしい反応をしてしまう。
それでも梨花は決して、その褒め言葉を受け取る事はなく
「それはそうだよ。私なんて、可愛くないもん」
と否定するので、
「いや、梨花は充分可愛いよ。誰がなんと言おうと可愛いぞ。強いて言えば、梨花の可愛さをもっといろんな人に知ってもらいたいのと同時に、でもやっぱ独り占めしたいって思う俺がいる事くらいかな」
と、徹底的に詰めてみる事にした。
梨花がどれだけ可愛いかを伝えて、茹でダコのように顔を真っ赤になる彼女を見たい一心で。
……だが、彼女の反応は少し違っていた。
「独り占め……したいの?」
と、顔を赤らめながらも俺の目をジッと見つめる梨花。
その眼差しはとても熱く、艶っぽく、目が離せなくなり、本音が漏れ出す。
「そりゃもちろん独り占めしたいさ。早くこの場から立ち去って、梨花の言っていた“とっておきの場所”とやらでのんびりしたいんだ」
「のんびりしながら、独り占めするの?」
「まぁ、するかもな」
「えへへ……大和のえっち」
「ちょ、どうしてそうなる!?」
「なんとなくだよ〜。大和の目からそんな感じがしただけ〜」
「なんだよ、直感かよ……びっくりしたなぁ……」
梨花からの『えっち』発言に思わずドキッとしたが、どうやら勘だったらしい。
たとえ勘だとしても、心臓に悪すぎる勘だ。
……実際に、彼女を少なからず《《そう言う目》》で見てしまっているのだからあまり強い事は言えないが。
むしろ、可愛くて魅力的な彼女に何も感じない方が失礼な気がするんだよ。うん!!
と、心の中で謎の弁解をしていると梨花はあっという間にいつものような明るい笑顔を見せてくる。
「ありがとね。大和のおかげで元気でたよ!」
「そりゃよかった」
「ところで予約時間ギリギリになっちゃったから走るけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。なんとか食らいついてみせる」
「頼もしい大和は大好きだよ」
「なら、もっと頼もしくならなきゃだな」
「今のままでも充分、頼もしいんだけどなぁ……」
「何か言ったか?」
「なーんでもなーい」
自然と手を繋いで、俺と梨花は駆け出した。
以前のようにぎこちない繋ぎ方ではなく、それこそ手慣れたように。
ボソリと呟く彼女の言葉を聞き流しながら、俺は手を引かれる。
俺はまだまだ全然だ……。
そう、思いながら。
すると、梨花はふと思い出したかのように俺の方をチラリと見ると、そのまま思い出した事を言葉にする。
「あ、大和に伝え忘れてた事があった」
「ん、どうした?」
「大和からのえっちな視線、私は嫌いじゃないからね〜。特に、今日の胸元への視線。ドキドキしちゃった」
「んなっ……」
「大和もやっぱり、男の子なんだね〜」
……どうやら、俺は梨花には勝てそうにないようだ。
花火大会はまだ始まっていないが、既にそう思わせられたのだった。
そして、間も無くして俺と梨花は、彼女が用意したと言う“とっておきの場所”とやらに到着する。
まさか、到着して早々、“あんな事”になるとは思わなかったけども……。




