とあるチョーカーによるすれ違い
「ところでさ、大和。一つ聞いてもいい?」
勉強を始めて、二時間後。
もう間も無く十二時と、お昼時になったからなのか梨花が、ポツリと口を開く。
「ん? どうした? どこか分からない問題でもあったか?」
「いや、それはいつもの事だから気にしないで」
「いつもの事なのね……まぁ、難しい問題を出してるしそりゃそうか」
分からない問題の質問かと思い聞き返すと、梨花は『いつもの事』と言葉を返しながらカリカリと問題に向かい合い続ける。
どうやらヒントの催促ではないようだ。
が、問題に対する文句はあるようで
「もう少し易しい問題を解かせてくれてもいいと思うんだけどなぁ〜」
あからさまにオネダリするような口調になる梨花。
それでも問題から目を離さずに解き続けてるのだからすごい。
俺はそんな頑張り屋の梨花に発破をかける為、少々厳しい言葉をかける。
「そしたら梨花の為にならないだろ? 楽な練習とキツい練習だとキツい練習の方が本番の試合でいいパフォーマンスを発揮するだろ? そう言う事だよ」
「言いたい事は分かるけど、やっぱりなぁ……」
「易しい問題に変えて、イチャイチャの時間を減らしてもいいなら考えなくもないが」
「難しい問題のままで大丈夫です!! なので、イチャイチャの時間は減らさないで!! 大和とのイチャイチャが無いと私生きていけない!!!! 」
「俺、別にそこまでは言って無いんだけどなぁ……」
発破をかける以前に、どうやら俺はかける言葉を間違えたようだ。
せっかく二時間落ち着いて勉強してた梨花の集中力を削がしてしまったかも知れない。
そんな罪悪感に苛まれながらも、俺は梨花が聞きたかった事の本題を聞き出す事にした。
「で、結局聞きたい事って言うのは何なんだ? 問題が分からないってことか?」
「ううん、問題はまだもう少し粘るから大丈夫。私が聞きたかったのは問題じゃなくて、大和の方」
「俺の方? 何かしたっけ俺」
「どうしてチョーカーつけてくれないの?」
「……なるほど、その事か」
集中力が途切れ、問題から目を離すと同時に俺を見上げる梨花。
その梨花の表情は寂しげなもので、それを見た瞬間、俺は彼女の質問の意図が分かった。
そして梨花がどうして寂しげな表情をするのか。
無意識なのか、意識的なのか。梨花が首元に手を当てる仕草は、胸にクるものがある。
けれど、俺だって好きでつけていないわけではない。梨花に寂しい想いをさせたくてワザとつけていないわけではない。
理由があるのだ。とても重大な理由が……。
「いや、さ。買うときにも言ったけど、俺に似合うわけ無いし……それに男がチョーカーって、変だろ?」
───俺がつけたところで何も変わる事など無いと言う、理由が。
けれど、梨花は「そんな事ない」と言いたげに俺の言葉に対して首を横に振る。
それに加えて、
「でも、店員さんからいいアイデア貰ってたじゃない。アレはダメなの?」
とチョーカーを首に巻く以外の方法を提案してくる。
そんな梨花の眼差しは本気で、それだけ俺にあのチョーカーをつけて欲しいのかが伝わってきた。
「ダメってわけじゃないけど……」
「じゃあ、つけてよ」
「……今度な」
思わず、俺は前向きな言葉を発しそうになったが、慌てて後回しにした。
……別につけたくないわけではないのだ。きっと梨花は「似合う」と言ってくれるだろうし、梨花が嬉しそうにしているのを想像するだけで“好き”が胸いっぱいに広がる。
だからこそ怖いのだ。
あのチョーカーをつけたらきっと戻れなくなる。
二度のキスを終えて、幸せ絶頂の俺だが、これ以上はマズイとなんとなく分かる。
……俺は、色々とおかしいのだ。
葛藤。苦悩。苦悶。
様々な想いが頭を、胸を、心を支配する。
そんな中で梨花はまた、悲しそうな表情で見つめながら俺に問いかけてきた。
「私は毎日つけてるのに?」
と。
「知ってる。いつも似合ってて可愛いよ」
「ありがと。私も大和がチョーカーを身につけて、いつも以上にカッコいい姿を見てみたいなぁ〜」
「……俺はカッコよくないよ」
「そんな事ないのに。大和はとってもカッコいいのに……」
俺は平常心を保っている風に装いながら、梨花の言葉を淡々と返す。
心の内では大慌てだ。
やめてくれ。これ以上チョーカーの話はやめてくれ。
カッコいいなんて言わないでくれ。本気で取り返しのつかないところにいきそうだから。
と。
しかし、俺が心の中でバタバタしているなんて知る由もない梨花はとある宣言をするのだった。
「なら、決めた!!」
「……何をだ?」
「今日のイチャイチャは大和にチョーカーをつけてあげる事にする!!!」
と。
「…………はぁ!!!?」
俺は思わず、驚きの声を上げてしまう。
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
梨花がただ素直に、チョーカーをつけてくれる事なんてない、と。




