二度のキスを経て
「おっはよーー、大和!! イチャイチャしましょー!!」
「……イチャイチャの前に勉強な」
ガチャリと玄関の鍵が開くと同時に、元気な梨花の“イチャイチャ”を求める声が部屋中に鳴り響く。
俺は玄関の鍵が開いたと同時に机に常備してある耳栓を両耳に嵌め、梨花の登場を待ちながら勉強する環境を作っていた。
それこそ、いつものように。
リビングにやってきた梨花は左肩に掛けていたショルダーバックをソファーの上に下ろし、その中からいつもの一式を取り出して勉強机に置く。
「分かってる分かってるって。ちゃんと勉強道具も持ってきたし、大和からの課題もちゃんと解いて来たってば」
「ならばよし」
ノートや筆記用具はもちろん、俺があげた参考書や課題プリントが梨花のカバンの中から一切欠ける事なく机の上に置かれていく。
その中から俺は課題プリントを手元に持ってくると、手頃な所にあった赤ペンを持ってざっとプリントを見通す。
「ちなみに課題は自力で解いたか?」
「もちろん! 分からないところは麻那に解き方を聞いたりはしたけどほとんど自分で解いたよ!!」
「うん。やっぱ梨花は本気出せばすごいな」
「えっへん!! もっと褒めて!!!」
疑うような俺の質疑応答にも梨花は元気を絶やさず、いつものように自信満々でそれでいて求めたがりだった。
そんな彼女の勉強へのモチベーションを上げる為に俺は教師さながらの言葉を彼女に投げる。
「この調子で、二学期前までに学力を上げていこう。大丈夫、梨花なら遅れを取り戻せるよ」
と。
ありきたりな言葉と、根拠のない言葉。
テンプレにも等しい言葉でも、梨花にとっては奮起するには十分な言葉なようで
「頑張るよぉ!! 大和ともっと一緒にいたいもん!!!!」
そう言って、勉強へのやる気を見せる梨花。
俺はそんな彼女を微笑ましく見つめながらも、自らの気を引き締めるように厳しい言葉を放つ。
「んじゃ、課題チェックから始めるぞ。今日はちょいムズめにしたから六割取れたらイチャイチャチャレンジだ」
「ど、ドンとこい!!」
梨花も、そんな俺の言葉にめげずに食らいついてくるのだから、大したものだと思う。
そもそも、梨花がこんなにも勉強に前向きになったのはモールデートを終えたその頃からだ。
二度目のキスを終え、互いに感無量になっていたあの瞬間、梨花は悟ったのだろう。
『こんな甘い時間はそう長くは続かない』、と。
それもそうだ。
俺は大学へ進み、梨花は進学するかは不明。
一般生徒とスポーツ特待生の進路が交わる事はそうある事は無い。
それを分かっているからか、それとも実際は分かっていないのかは定かでは無いが、梨花がデートの帰り際にこんな事を言い出したのだ。
『私、大和と同じ所に行きたい!!!』
と。
大好きな彼女にこんな事を言われて嬉しく無いはずはなかったが、残念ながら俺は現実主義者だ。
夢物語は極力出来ないタイプの人間だ。
たとえ、彼女が本気で俺と離れたく無いと思ってくれているのだとしても、可能性のない夢を追いかけるほどロマンチストでは無い。
そんな俺が彼女にかけた言葉は───
『なら、死ぬ気で勉強しないとだな』
地獄へ招待するようなものだった。
こんな時だから言うが、俺が目指している大学は特段偏差値が高すぎるものではない。
精々、MARCHとかそこら辺だ。
そして推薦入学やスポーツ推薦にも対応してる大学でもある。
こんな事を言えば、キモがられるかも知れないが、俺は初めっから梨花と同じ大学に通うつもりで勉強を続けていた。少なくとも、梨花と付き合い始めたその時から。
とは言え、梨花に俺と同じ大学に行く事を強制するわけにはいかなかったし、梨花のやりたいようにして欲しかったのだ。
だからこそ、俺は嬉しかった。梨花が俺とこれからも一緒にいたいと思ってくれている事が。
それと同時に決意も固まった。
一緒に同じ大学に合格する決意が。
そうなれば、必然的に梨花との付き合い方も受験に備えたものに変化しなければならないが、彼女はそれをすんなりと受け入れた。
その変化の内容と言えば、『イチャイチャはご褒美制』、『ご褒美の度合いは課題の出来具合により変動』『時間外のイチャイチャは課題増量』などなど、とことん梨花へのイチャイチャ欲を束縛するものばかりだ。
けれど、当然俺にも制限がかかる。『俺からイチャイチャを誘ったら梨花への課題軽減』がそのうちに一つだ。
一見、俺には何も損は無さそうに見えるが、梨花と同じ大学に通える可能性が低くなるのだ。これは俺にとっては十分なペナルティになると考えたのだ。
そんな、梨花のひょんな一言から始まった勉強漬けの日々は早くも五日目を迎えようとしている。
初めこそ、弱音を吐く事が多かった梨花だったが、やはり日が経つにつれて覚悟が決まったのだろう。集中度合いが以前の勉強会とは段違いだ。
それこそ、出会った当初のように真剣に勉強に取り組んでいるのがわかる。
とは、言えだ。梨花の根本は変わらない。
「六割五分……。まぁまぁ合格点だな」
「と言う事は?」
「今日もイチャイチャ出来るって事だよ」
「やったーーーー! 今日もイチャイチャ出来るーーー!!!!」
イチャイチャ出来るとなれば、真剣だった表情はたちまち緩んではしゃぎ始める。
そんな彼女を見ていると、俺まではしゃぎたくなる。
手を握りたい。
後ろから抱きつきたい。
また梨花の心を重ねるようなキスがしたい。
大好きな梨花への思いを募らせながらも、俺はそれらを押さえつけながら梨花に問いかける。
「ちなみに何したいかはもう決まってるのか?」
と。
しかし、梨花は先ほどの喜びとは裏腹に少し苦い表情をする。
「いや、全然。昨日も寮に戻ってから課題解くのに必死だったから調べ物が出来なかったよ」
どうやら、イチャイチャはしたいけどその中身まではどうしたいのか思いついていなかったようだ。
もしかしたら、したい事が沢山あってうまく言葉として纏まらないのだろう。
そんな事を考えた俺は梨花にある提案をした。
「じゃあ、それを考えながら勉強するか」
「さんせーい!」
どうやら前向きなようで、俺は安心した。
とはいえ、イチャイチャのことばかり気にされても困る為、
「まぁ、イチャイチャばかり考えないような難易度の問題は出すけどね」
と俺が釘を打つと
「な、難問はんたーい……」
弱々しく、それでいて笑顔のままで抗議の声を上げる梨花。
この、なんとも言えない時間が俺は好きだ。
勉強の前の何気ない時間。休憩時間に、梨花がどんなイチャイチャを提案してくるのだろうかと言う緊張感。それら含めて俺はたまらなく好きだった。
それはきっと、梨花がいるからなのだろう。
梨花と一緒にいるからなのだろう。
「大丈夫だぞ、梨花ならきっと解けるさ」
「な、なんか大和の大丈夫が全然大丈夫じゃなく聞こえるようになってきたよ……」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけあるよ!!?」
梨花ならきっと、乗り越えてくれると信じ切れるからだろう。
そして何より───
「ま、とりあえず勉強始めようか。……今日も、長めにイチャイチャしたいんだろ?」
「もちのロンだよ!! 大和とイチャイチャするだけで勉強疲れが消えていくんだから!!!」
「俺もだよ」
俺が梨花を愛しているからだろう。
そんなこんなで、今日も勉強会が始まった。
梨花と同じ進路を歩む為の勉強会が。




