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甘酸っぱさに幸せを感じて


 ───甘酸っぱいレモン味のキス。


 それを求め始めたのは、一年の夏頃。私が本格的に部活に参加し始めた頃、一つ上の学年のA先輩が私にある漫画を読ませてくれたのがきっかけだ。


 当時、その頃には既に引退していた三年生に、私はことごとく嫌われていた。

 理由は単純で、『天才だから』。いつもその一言で除け者にされていた。


 初めこそ、そんな三年生の言葉を無視してグラウンドの隅で投球練習に明け暮れていたが、彼女らはそれが気に食わなかったのだろう。度々、マウンドを過度に荒らされては、練習どころではない。

 そんな状態の私に、当時私の投球練習に付き合ってくれていたA先輩は私にこんな提案をしてきたのだ。


「しばらく、部活を休むことはできる?」

 と。


 一瞬、「A先輩も私を除け者にするつもりなのか?」と思ったが、彼女の表情からそういうつもりが無いのはすぐにわかる。


 追い出すつもりの人が、「ごめんね……ほんと、ごめんね……」と呟きながら私に辛い表情を見せる筈が無いのだから。



 すぐさま私はA先輩の言う通りに部活に行くのを辞めた。事情を知るのはソフト部寮で同室の麻那ちゃんしか知らない。

 そんな状態で、私は放課後の図書室へ頻繁に行くようになった。


 今では大好きな大和が根城にしていた図書室へと。



「……また来たのね、花園さん」

「えへへ、また来ちゃいました」

「じゃ、分からなくなったら教えて」

「はーい、城廻先生! 早速分かりません!!」

「……どれが分からないんだ?」

「これ。この因数分解? って言うのが分からない」

「あー。これはだな……」


 大和と過ごす時間は特別だった。

 嫌そうな表情をしながらも拒否することなく、親身に教えてくれる変わった人。

 大和に対する初めの方の印象はそんな感じ。

 けれど、彼といる事は私にとって自分の頑張りを認めてくれる時間と同義だった。


 大和は、一度たりとも私を“否定”しなかったのだから。



 だが、大和と図書室で過ごす事がそう長く続くことは無かった。

 私を邪険にしていた三年生が引退したからだ。



 それを機に、私は部に復帰することになり、それと同時に大和に別れを告げることに……。



 寂しくないといえば嘘になるが、かと言って部に戻らない訳にはいかなかった。

 私は“ スポーツ特待生”として入学しているのだ。障害がなくなったのなら、学校にその分の貢献をもたらすのが私の義務なのだから。



 そんなこんなで部活を再開し、三年生が抜けてなら初めての大会で私は“ スポーツ特待生”の名に恥じない活躍を見せる。


 それと同時に───


「俺は花園さんが好きみたいだ」


 大会後に、大和から図書室へ呼び出されるや否や告白をされる。


 その頃の私は、大和を好意的に見ていてもそれが恋なのかは分らなかった。


 結局その時は返事を保留にしてもらい、私はその足でA先輩の部屋へと駆け込んだ。



「先輩!!! 私どうしたらいいですか!?」

「うん、一旦落ち着いて? 私もどうしたらいいか分からないから」

「あっ、そうですね……ごめんなさい」

「いいのよ」


 A先輩はとても落ち着いた声で、先輩のベッドに座る私の頭を撫で始める。

 その手は力強く、それでいて優しさに満ちていた。


 先輩の部屋に駆け込んだ当初は、それこそ得体の知れない感情に錯乱し、困惑状態だったが、先輩に頭を撫でられてるうちに落ち着きを取り戻していく。


 やがて、私が呼吸を整えると

「で、何があったの?」

 そう言って、先輩は本題を切り出した。


 私はその先輩の言葉に、恥ずかしがりながらも隠すことなく事実を話す。

「実は退避中、一緒に勉強していた男の子から告白されまして……」

 と。


 すると、先程まで優しく慰めるような口調で私に話しかけていた先輩は、突如として顔を近づけると

「何それ詳しく」

 食い気味に反応した。



 どうやら、A先輩はいわゆる“ 恋バナ”が大好物だったようだ。

 そしてそんな彼女に私が告白をされた直接報告すれば、食いつかないはずがない。


 そんなこんなで、部を一時的に離れていた間、大和とどんなことをしたのか、根掘り葉掘り質問されることに……。


 けれど、やはりA先輩はA先輩で……


「なるほどねぇ〜」

「私、どうしたらいいと思います?」

「んー……付き合っちゃえばいいと思うよ?」

「そうは言ってもですね、私、彼と会う機会今ほとんどないんですよ? それなのに付き合うって……」

「そういうもんよ、恋愛って。お互いの都合でもう片方の人を振り回す。いいか悪いかは別にして、そういうのもありなんじゃないかな〜って思うよ?」

「そういうものなんですか……」

「そういうもんなのよ」


 親身になって、私の話を聞いてくれる。

 更には、恋愛の在り方を教えてくれるのだから感謝しかない。

 どこか、遠くを見るような先輩の目が気になったが、それ以上に脳裏に過ぎる光景の方に気がいってしまった。

 私が、大和を振り回してしまう光景が……。


 まさか、実際にそういうことになるとは当時の私は思いもよらなかっただろう。


 そんな時に、先輩は私にとある提案をしてきた。


「で、その図書室の彼、待てる人?」

「待てるかって言われたら……根性はあると思いますよ? 馬鹿な私に文句一つ言わずに勉強を教えてくれましたし」

「なら、引退するまで待ってもらうのはどう?」


 いわゆる、保留の提案だった。

 しかもそれは、単なる保留ではない。


『付き合いはするけど、恋人らしいことはまだしません』という、大和に苦行を強いるような提案だ。


 私は即座に、「そんなこと出来るわけない!!」と突き放そうと口を開く、その時だった。

「そんでもって、こんな事を引退したらしちゃうって言うのは?」

 私が“イチャイチャ”に興味を持つようになった漫画を見せつけられたのは。


 内容は、よくある少女漫画とかではなく、ちょっぴりオトナな、目にするのも少し恥ずかしいくらいのちょっぴり過激なもの。


 押し倒されながらイケメン幼なじみにキスを迫られるヒロインや、校舎裏でイケオジ風の男性教師に壁ドンされながら赤面するヒロイン。更には思い浮かべるのも躊躇うほどに過激なシーンを色々見せられた。


 そんなものを見せられるうちに、私は次第にその気になってしまい、気づけば部屋に戻って、手帳に『引退したら大和とイチャイチャする』と書いていたのだった。


 それからの私と大和の付き合い方はあっという間に決まる。

 初めこそ事態を飲み込めずにいた大和だったが、事情を理解してくれたのか、私の「引退するまで、本格的な付き合いは待ってくれませんか?」という言葉を受け入れてくれた。


 少し変わった恋人同士になった私と大和は、それ以降のやり取りは全てメールか電話でするようになった。

 決して会うことはなく、時々、校内や試合の球場で目を合わせるだけの付き合い。


 決して普通ではないし、異常だと言うのもわかっていたがそれでもお互いに好き同士だと言う確認は取り合っていた。


 それこそ、隙さえあれば

『好き。大好き』

『俺も、好きだぞ』

『ありがと。頑張れる』

 と、軽くだがしっかりと愛の確認をし合う。


 そんな彼と、今、この瞬間、レモン味のキスをした。


 ───私は今、とても幸せだ。


 そんなことを思いながら、私は大和を唇で感じるのだった。




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