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こうして俺は梨花を好きになった


 人を好きになるのは案外、あっという間できっかけも意外なものが多い。



 それこそ、苦手なタイプであったはずの“騒がしい人”と思っている相手を好きになってしまうなんて、当時の俺は思いもしなかったのだから。



「今日も勉強? 物好きだねぇ〜、城廻くんは」

「そう言う花園さんだってほぼ毎日図書室に来てるじゃないか」


 時は、少々遡り俺と梨花が高校に入学して間もない頃。

 俺は部活に入る事なく、かといって早々に帰宅するわけでもなく、時間ギリギリまで学校の図書室にこもって勉強する事が当たり前だった。


 そして、そこで梨花と会うのも当たり前に。

 もっとも、今と前とで梨花の勉強事情はあまり変わっておらず、

「……勉強が全く進んでないのも、変わらないね」

「失礼な! ちゃんと進んでますよ!! 今日だって、城廻くんがくるまでに宿題を半分くらい終わらせたもんね!!」

 と、口調も今とそんなに変わらない。


 違うと言えば、お互いの呼び方ぐらいだろうか。

 頻繁に図書室で会っていた頃は、まだ付き合うどころか知り合ったばかりなのだから、苗字呼びなのは不思議ではない。


 そんな関係な俺と梨花は決まってしている事があった。

 それが何かと言われれば───



「おー、そりゃすごい。それじゃあ、合ってるか確認してあげるから今できてる分だけでも見せてくれる?」

「いつも悪いねぇ〜」

「いいよ。いい気分転換になるし」

「宿題チェックが気分転換て、ほんと物好きだねぇ〜」

「茶々入れるならもう分からないところ教えないぞ?」

「あー! それは困る!! もうしないから、これからも教えてください!!」


 俺が梨花の宿題をチェックする事だった。

 別に何か特別な事をするわけではない。正解しているところはそのままスルーし、間違っているところを梨花が理解するまで徹底的に教える。

 ただ、それだけの普通のことだ。


 そして、これを梨花の“保護者”が来るまで行う。

 それこそ、外が暗くなり始め、街灯が点くくらいまで。



「……っと、こんなもんかな。そろそろお迎えが来る頃だろうし、今日はここまでにしよう」

「えー? もう終わり? もっと教えてよ」

「そうしてもいいけど、君の保護者に怒られるのは嫌だからなぁ……」


 時間が近づいているのを確認すると、勉強情況がどうであれ俺はそそくさと片付けを始める。

 そして梨花は決まって、ゴネてくる。

 勉強が苦手とは言え、必死に覚えようとしてくれる姿勢には好感が持てたし、時間が許すならいくらでも教えたいまであった。


 当時はまだ梨花に惚れていなかったとは言え、明るく元気な美少女と一緒にいれる時間が至福であるのに変わりはないのだから。


 だが、彼女の“保護者”がそれを許さなかった。


「梨花〜〜? そろそろ寮に戻るよ〜〜?」

「あ、もう来ちゃった」


 勢いよくドアを開けると共に、梨花の名を呼ぶ彼女の“保護者”、もとい佐藤麻那の声が閑散とした図書室に響き渡る。

 その声に、梨花は残念そうな声を出して俺の顔を見てくる。


 そんな梨花の顔を、振り払うかのように顔を背けて手を振る俺。

「さ、帰った帰った。復習は忘れるなよ」

「じゃあ、また明日だね」

「……そうだな」


『また明日』

 その言葉を彼女の口から聞くとどこか安心するものがあったのを、今でも覚えている。

 今思えば、その頃にはもう既に彼女に惚れていたのかも知れないが、本気で惚れているというわけでは無かった。


 それよりも、『スポーツ特待の彼女がどうしていつも部活に出ないで図書室に籠っているのだろうか』という方が当時の俺にとっては重大だったのもある。


 だが、結局その理由を知ることも、彼女に理由を聞く事の出来ない俺は


「ま、色々あるんだろう」


 いつも、こう呟いてその日の図書室を後にしていた。



 だが、こういった日常はそう長くは続かず、


「来週から図書室来れなくなりそうなんだ」


 梨花から別れの挨拶のような言葉が、いつもの宿題チェックの時に溢れ出したのだ。


 当然、その理由は察しがついていた。

「……部活、出るからか?」

「まぁ、そんな感じだね〜」

 そう言っている彼女の表情はどこか晴れやかだった。


 同時に、少しばかりもの惜しげな表情も見られる。

 そしてその表情のまま、梨花は体を俺の正面に向けてきた。

「だからね、お礼言いに来たの」

 真剣な声を出しながら。


「お礼?」

「うん。おバカな私なのに根気よく勉強教えてくれてた、お礼」

「……そんなの、ただの気分転換感覚でやってただけなのに」

「それでも、言いたいの」


 訳が分からなかった。

 俺は気分転換、暇つぶし感覚で彼女の勉強を見ていただけなのに。

 ただの気まぐれで彼女の宿題を見始めただけなのに。

 ただ、美少女の隣で勉強していたかっただけなのに。


 友達になれることはあっても、感謝なんて事はないと思っていたのに……。

「ありがとうね」


 俺は一瞬、どう返事していいかわからなかった。


『そんな事言わなくてもいいのに』と謙遜するのか?

『感謝するならもっと勉強しろ』とスパルタな一面を見せるか?


 いや、そんな事俺にできる筈がない。



「……どう、いたしまして」


 ただただ、彼女の感謝を受け入れる事しか出来なかった。


 そしてその日の翌日から、梨花は図書室に来なくなった。

 その代わりに放課後のグラウンドから聞こえる声に梨花の声が混じるように。


 グラウンドの梨花には無邪気な明るさは見られず、轟々と燃え盛る炎のように激しく活気だっていた。

 俺はそんな彼女を図書室の一角から眺めるのが好きで、気づけばグラウンドの彼女に惚れていく。



 もっとも、俺が本気で惚れるようになるのは、燃え盛る炎が凝縮され静かな圧力を身に纏った試合時の梨花を見るようになってからだが……。



 そんな、勉強の時とソフトボールの時の集中度合いのギャップに俺はすっかりやられてしまったのだ。

“好き”を求める彼女の本気に。


 そんな梨花が俺は好きなのだ。落ち着きのありなしは、梨花への想いには関係ないのだ。



 もっとも、まさか彼女の本気に“イチャイチャ”が含まれていたとは思いもしなかったが。






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