梨花が彼女だからこそ
「お、おまたせ大和」
「おーう。……って、大丈夫か? 顔、ビショビショだけど」
「あー、うん。大丈夫! ちょっと気合入れてただけだから」
「気合?」
「うん、気合!」
何故、気合を入れる必要が……?
俺がそう思いながら見つめる梨花の顔には拭き残した水滴がチラホラ見受けられた。
なんなら、前髪がぐっしょりである。
が、それに反して彼女の表情は言葉の通り気合に満ちたようなスッキリした表情を浮かべている。
とても、つい数分前にペットボトルの飲み口を見つめて顔を赤らめていた人物とは思えない。
なんなら、間接キスをしようとしていた事をなかった事にしようとしてるのでは?、とさえ思えてならない。
いや、俺としては無かったことにされていてもいいのだけれども……。
間接キスで喜ぶほど、俺は子供じゃない。
たかだか、間接キス。彼女が部活内でどれだけ行っていようが俺には関係のない事。
そう、たとえ羨ましくともだ……。
そんな事を考えているうちに、俺は梨花の行動に納得がいった。
「ま、まぁ……気合を入れるのはいい事だもんな」
気合を入れないと、変な風に思考が飛んでしまいそうなのだ……。
それこそ、昨日の暴走の方向へと。
そうならないように、俺は気を散らせる話題を口にする。
「で、これからどうしよっか。とりあえず、モールの中を散策でもする?」
「うん、そうしよっか!」
「……ん?」
「手、繋がないの?」
「……繋ぐか」
どうやら、梨花さんは俺の思考を変な方へと向かわせたいようだ。
差し出された手を無視する事など、彼女を愛する俺に出来る筈がないのだから。
水気を帯びてひんやりとした彼女の手のひらは、モール内の冷房よりも涼しくそれでいて心地のよいものだった。
初めて手を握った二日前の時は、手のひらの感触を確かめるので精一杯だったが、梨花の遠慮のないイチャイチャ欲のおかげか、温度差を確かめる余裕も出来ている。
……こんな事、とても口には出来ないけれど。
そんな中、梨花はと言えば
「なんか、こう……大和の家で手を繋ぐのとはまた違うね、これ」
と、思った事を素直に口にする。
正直な気持ちや、思った事を口にする事に抵抗のある俺にとって、梨花が先に素直な気持ちを口に出してくれるのはとても助かるのだ。
「そうだな。なんというか……ものすごく見られてる感じがする」
普段は小っ恥ずかしくて言えない事も、彼女の後押しがあるからこそ言えるようになるのだから。
もっとも、梨花はそれを天然でやってのけるのだから末恐ろしい。
そして、彼女がニヤリと口元を緩めてる時は何かを企んでるというのもすぐに分かるのだ。
例えば、今、この瞬間も……。
「また手汗出ちゃう?」
そう問いかけてくる梨花はとてもとても、愛らしくもあり、小悪魔チックでもあり、照れのあまり思わず目を背けてしまいたくなる。
それでも、俺はなんとか耐えて彼女の目をまっすぐ見つめ続ける。
「手汗の事は聞かないでくれ。意識してしまうから」
「えー、私は気にしないのに」
「俺が気にするの」
「むー……!」
「そんな顔してもダメ。あと、指をモジモジしないで? それ結構くすぐったい」
「……だって、あっちの繋ぎ方をしたくて」
「あー……なるほどな……」
梨花の口調が弱くなる共に、様々な場所で感じ取る彼女の雰囲気が徐々に変わっていくのがわかる。
小悪魔な視線から求めるような視線へ。
確かめ合うような手のひらから繋がり合いたい手のひらへ。
掴むような指から絡みつくような指へ。
つまりは……今のままのデートじゃ物足りなくなったのだろう。
梨花は、肝心な時に気持ちを口にしたくなくなる。
それこそ、先に進む時は決まって。
その代わりに、体で主張するようになる。
まさに、今のように……。
「ごめんな、気が利かなくて」
俺はそう言って、一度彼女の手を離す。
一瞬、梨花は物悲しそうな表情をしたけど、深く彼女を求めるように“恋人繋ぎ”をすると、すぐさま愛らしさ満天の笑顔を俺に向ける。
「……これで、いいか?」
「うん、ありがと! 大好き!!」
「どういたしまして。それと、俺も好きだぞ、梨花」
「えへへ……! 嬉しいなぁ〜、大和にそう言われると」
「俺はありのままを言ってるだけだぞ?」
いつもの猪突猛進な梨花は当然の事ながら、途端に乙女のようになる梨花もどっちも負けず劣らず好きなのだ。
俺はそれを、梨花に見習って素直に口にしているだけなのだ。
彼女がいつも俺にしてくれている事を。
けれど、本人にはそういう事は関係ないらしく
「そういうのが嬉しいの。私は大和からの愛に常に飢えているんだから!」
どんな形であれ、俺の素直な気持ちが聞きたいらしい。
ますます、梨花を好きになってしまう。
求められると、より一層、期待に応えたくなる。
男というのは本当に単純だ。
しかし、『愛に常に飢えている』、か……。
「野獣みたいだな、そう聞くと」
思わず、心の内の言葉が漏れ出てしまった。
が、梨花は特に怒る事はしないどころか、妙にノリノリで
「野獣……いいね! これから私のことはビースト梨花ちゃんと呼んでもいいよ?」
「じゃあ、ビースト梨花ちゃんにちょっとした質問です」
俺も思わずノッてしまった。
だが、変な勢いでもノらなければ機会を逃してしまうと思ったからだ。
「はい、なんでしょう?」
「……そろそろ、移動しません? 結構、注目されてる気がするんだけど」
俺と梨花のイチャイチャ具合が気になって集まり始めてきた集団から抜け出すことが、だ。
「ありゃま。いつの間に」
俺に言われるまで一切気づいて無かったのだろう。つい先ほど出来上がったビースト梨花ちゃんモードはあっという間に解除されているのだから。
そんなこんなで、俺と梨花は手を繋いだまま、大急ぎでその場から立ち去ったのだった。




