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食事の後の微かな気配

「んん〜!! いっぱい食べた〜〜っ!!」

「そうだなぁ……いっぱい食べたなぁ……」


 油ものを腹一杯食べて胃もたれを起こしそうな俺とは正反対で、俺の倍以上食べていたにも関わらず何事も無かったかのように振る舞っている梨花。


 それどころか、店に入る前と後で体型が全く変わっていないのだから不思議でたまらない。一体さっきまでの膨大な量の串揚げはどこにいったのだろうか……。本気で不思議でたまらない。


 パッと見た限り、お腹が膨らむどころか、特に腕が太くなったと言う感じも見られない。それどころか、とても満足いくまで食べれたのだろう。彼女の笑顔はかつて無いほど輝いていた。


 きっと細かい事を考えてはいけない気がする。運動部ならではの特殊な訓練を行われているのかもしれないし……。

 どこかの部活では『食い練』なる、その名の通り『食べる練習』と言うものもあるらしい為、梨花もその訓練を行ったのかもしれない。


 そう考えれば、あれだけ食べても体型が変わらないのもある意味納得出来た。

 いや……ただ、そう納得したいだけかもしれないが……。


 そんな事を考えていると、再び喉元に串揚げの余韻が喉元に込み上げてきた。

「ちょっと、自販機寄ってもいいか? ちょっとお茶飲みたい」

 たまらず俺は、フロアの端にある自販機エリアを指差しそこへ行こうと提案する。


「ん、いいよ〜」

「梨花は何かいらないのか?」

「今はそこまで飲みたい気分じゃないかなぁ」

「そうか。まぁ、飲みたくなったら遠慮なく言えよ?」

「はいはい、分かってますよ〜」


 俺と違い、かなり余裕そうな梨花は俺に付き添うような形で自販機へとやってくる。



「……プハッ。あぁー、スッキリする! やっぱ、食事の後はお茶だな!!」

「美味しい?」

「あぁ、もちろん。スッキリして美味いぞ。飲みたいなら梨花の分も買うけど、どうだ?」

「んー、そうだね。飲んでみたいかなぁ〜」


 自販機に着くや否や、俺は口に残る油っぽさを打ち消さんと濃いめのお茶を選び、一気に半分ほど飲み干す。

 その様子を、よそ見する事なく見ている梨花に「もしかして飲みたくなったのか?」と思い水分補給を促すと、彼女は口を綻ばせながら返事をした。


 やはり、平気そうにしてても口の中はスッキリさせたいのだろう。そう考え、ポケットに仕舞った財布を俺が再び取り出そうとする、その時だった。

「んじゃ、ちょっと待ってろ。今、小銭を」

「あ、買わなくて平気だよ?」

「ん?」

「大和のを少し貰えたら、それでいいからさ」

「……へ?」

 梨花は俺の腕を掴むと、そのままもう片方の手で飲みかけのお茶を奪い取ったのだ。


 しかも、彼女の笑顔は少しばかり小悪魔的。


 つまりは……まぁ、イチャイチャしたくなったのだろう……。


 梨花がイチャイチャしたくなった時、出来る限り答えてあげたいのだが、公衆の面前でもそれが出来るかと言われたら、俺の弱心臓では出来るはずない。


 だが、梨花にはそんな事御構いなし。イチャイチャしたくなったから、イチャイチャを求める。彼女はそう言う人間だ。


 もっとも、そんな彼女に俺は恋をしたのだけれども。


 しかし、それとこれとは話が違う。


「シェアってヤツだよ。大和、知らないの?」

「いや、それは知ってる。流石に知ってる。俺が驚いてるのはそこじゃなくてだな……。その……既に俺が口つけててだな……」

「うん、知ってるよ? でも、麻那達としょっちゅうやってる事だし、あんまり変わらないでしょ?」

「あ……しょっちゅうやってるのね……」


 俺の心配───間接キスの悩みとは裏腹に、梨花は至って冷静で、しかもソフトボール部の部員とは頻繁に行っていると言うのだから拍子抜けだ。

 それに、いくら同性同士とは言えども気軽に間接キスをしているとなれば、嫉妬もしてしまう。


 だが、気にし過ぎてるのは俺だけではないようで───

「そうだよ〜。今更、関節キスなんかで狼狽える私じゃ……な、い?」

「……? どうした、梨花。無言で飲み口を見つめて」

「……ゴメン、ちょっと持ってて!! 私、ちょっとお手洗いに行ってくる!!!」

「え、あ……あぁ。いってらっしゃい……」


 梨花も少なからず気にしてくれているようだった。


「どうしたんだ急に」

 あまりにも突然の事で、俺は何がなんだか分からなかった。

 それこそ、何が原因で様子が変わったのかも、想像出来ない。

 ただただ俺は梨花がお手洗いに駆け込んで行くのを見守るしか出来なかった。


 その事もあって、


「って、飲み口の周り油だらけじゃん。……そりゃ、飲むの嫌がるわけだ。戻ってくる前によく拭いとかないと」


 飲み口が妙に油っぽいのに気づくのが遅くなってしまうのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


 大和がペットボトルの飲み口を自前のハンカチで丁寧に拭いているその頃、一人の少女は鏡の前で悶絶を始めていた。


「バカバカバカ……私のバカ……! どうしてよりによって串揚げなんて食べちゃったの……! お陰で、唇テカテカだよぉ!!」


 つい、数分前の自身の悪行に自己嫌悪に陥る花園 梨花。ある意味、自業自得ではあるが、それでも決して彼氏である城廻 大和のせいにはしない。

 いや、そもそも唇や口の中が油まみれな事を、彼のせいだとは一切考えない。それが花園 梨花という人間なのだ。


「と、とりあえずハンカチか何かで口の周りを綺麗にしなきゃ……」

 ポーチの中から小綺麗なハンカチを取り出すと、それを水に浸し口に当て始める。

 少しでも唇に染み付いた油を落とす為だろう。


 そして、空いた手で再びポーチの中身を漁り出す梨花。その目は泣きそうなものではなく、むしろ勝負前のような決意の眼差しであった。

「それに、今日は麻那がとっておきの秘策を用意してくれてるんだから、それに応えないと!」


 彼女が取り出したのは、ハンコほどの小さなもの。


「頑張るぞぉ……! 大和とキスするんだから!!」


 その小さなものを見つめながら、梨花はより一層勝負に挑むような目つきになるのだった。



 微かに『レモン風味』と書かれたものを握り締めながら。

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