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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
時針の覡
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時針の覡8

 美琴を一人帰らせ、ただ一人その場に残った羽黒はいつか渡された鉾先舞鈴(ほこさきまいすず)を取り出した。使い方は手に持つだけで伝わってくる。突き刺す、ただ地面にそれを突き刺すだけでその道は、ミャルクヨの神領域への門は開く。

 羽黒はゆっくりと目を閉じたと思ったら次の瞬間には目を開けてその世界を見つめた。世界の姿は前の時と変わらず、相変わらずとでかい桜の木の近くにその神はいた。

「久しぶりですね。まさかこういう形でこれを使うことになるとは思いませんでしたが、使わせてもらいましたよ」

「ふむ、なぜここに来たかは分からぬが、ミャルの方は何か知っているようだな。大方の事は理解してみよう、言ってみろ」

 鼻で飛ばすようにクヨは羽黒を一瞥するようにして桜の木の上から見下した。そんな態度に羽黒は圧で押されそうになるもその場に踏み止まってミャルとクヨの両方を見据え、対抗心を燃やすかのような目、あるいは何も悟らせないかのような冷えた目を浮かべた。

「僕は、今の僕にあるのは十蔵の刀の腕だけ、その筈だよな」

 トキハリにと言われたことを整理し、それを確認するかのように言葉を並べた。

 真実を知ることは怖い。それでも羽黒は知らなければならない。十蔵の器としてではなく、美琴の守護者として。だが、それでもやっぱり真実を知ることは自分の存在を否定することに繋がりそうで怖い。二律背反の想いを振り払う勇気はある、それでも羽黒は意を決し言葉にした。

「でも、段々と僕の中に十蔵の記憶が入って来る。今でもそうだ。どうしてだ?」

「そんな簡単な話か。聞いてみればあっけなくつまらないものだな」

 クヨは鼻で笑い、木から飛び降り、奇怪な物を見るように羽黒を見つめた。

 今まで見下していたクヨが自ら木から降りたことに驚きと奇妙な感覚を覚えた。こちらにと近づいて来るクヨは紛れもなく神だ、その筈なのにこちらにと近づいて来るクヨの在り様はまるで、最初の頃に会ったばかりの美琴に似た何かであった。

「十蔵の記憶は確かに消えた。だが、それは感情や思い出くらいであり、刀の腕は人間、貴様の中にあるのは分かるな?」

 トキハリの言っていたこととまったくと言って同じだ。

 クヨの確認に羽黒は頷きで示し、次の言葉を聞くためにも言葉を発さず待ったのだ。

「傷口と同じだ。記憶が少しでも残っていればそこから修復できる。トキハリはそれをしなかったが、貴様と縁のある我なら治すことができた。とは言え、貴様が十蔵の器であると認知する必要があったがな」

「なぜだ、なぜ直した。そんな事をしなくても、僕はどうにかできると思っている。なのに、なのになんで僕を上書きするかのような事をするんだ?」

「簡単だ。我らが求めているのは十蔵であって技量を受け継いだだけの器の貴様ではない。が、それは今までの状況での話だ」

 クヨの意味ありげなそれは羽黒の興味を惹くには充分なほどに効果的であった。

「十蔵の記憶は未だに完全に貴様に上書きされていない。ならば、貴様は貴様の在り様を決めることができる。我からすれば、願望を叶えるため、巫女を守るためにもその方がありがたい」

 自分自身を保つことができる、自分自身を示すことができる、ということに羽黒は身を前に進ませ、クヨにと近づき、顔を見つめて「それは」と聞く。それはまるで何かに救済を求めるかのような。

 クヨは悪戯っぽさに顔に不敵な笑みを浮かべ、羽黒の頭に直接ささやくようにして言う。

「簡単だ。十蔵は巫女を守るために戦った。ならば貴様は、我らを生かすため、巫女を生かすために神を殺し、我らに捧げよ」

 直訳、簡潔にまとめればそれはつまり、神を殺してミャルクヨを存続させろと言う意味だろう。だが、なぜだ。なぜ神を殺さなければならない。その疑問が頭に走るがそれはすぐに解決するものであった。神喰いだ。

「神喰いをしろと、そう言うんだな。だが、僕にはそんな高度な(すべ)を持っていない」

「ああ、そうだろうな。だが、お前は刀を使って神を殺すだけでいい。今の我なら、貴様にその力を与えるだけの力を得ている」

 クヨが何を考えているのかは分からない。それでも羽黒にとってはこの上ないチャンスとも感じ取れた。そしてチャンスと同時にその選択は茨の道であることも分かった。

 いい加減自分でどうするかを決めなければいけないらしい。例えそれが自分の望まぬ選択肢であったとしても。ならば、今の段階で羽黒が選ぶ選択は。

「なら、見せてくれ。あんたらミャルクヨが成せる神を殺すことができる力を。その力で、証明する。僕が黒坂羽黒であるための力を示す」

「クッハハハ。そうか、そうか。それが貴様の答えか、確かにこれなら使えるぞ。良いだろう、与えてやろう」

 そうクヨは羽黒の腰に差している刀に触り、一瞬の出来事かのように小さな光を灯した。外見は、特に変化はない。とは言って重さなども変わっていない。それでも何かが変わっているのだろう。

 羽黒はゆっくりと顔をクヨの方向にと合わせ、疑問を問いかける目を向けた。そしてその問いかけるようにクヨはさきにも増して悪戯笑みを浮かべて羽黒の瞳を覗き込むかのよう、あるいは瞳に入り込むかのように羽黒の間近まで近づいて語りかけた。

「その力は貴様が刀を抜いた時、あるいは六桜の呼吸をした時に発動するようになっている。単純な基礎能力の向上、それと流れを読む際にちょっと手を加えた」

「手を加えた?具体的にどう手を加えたんだ?」

「人の範囲で読める流れは程度が知れている。だが、今の貴様に人の範囲を凌駕して読めるようにしてやった。だが、注意しろよ」

 悪戯笑みを浮かべていたクヨの顔が突如として、全てを貫くかのような鋭い真剣な眼差しを羽黒にと向け、脳裏に残すように言葉を言い放った。その力強さに羽黒は怖気づくかのように身を反ってしまった。それでもクヨは依然と変わらず目つきでそれを語り続けた。

「その力は、神を凌駕し得うるが故に多大なる犠牲、代償を払わなければならないものだ。初めのうちこそ変化はないが、」

 その言葉は羽黒を畏怖させるには充分過ぎた。言葉の圧もあるが、神であるものが言えばそれだけで充分であった。

 力は手に入れた。しかし、それには相応の代償が伴う。そのことを考えれば迂闊には使えない、使いたくても使いにくい。二律背反が入り混じる戸惑い、それは羽黒の決断を濁らすものであった。

 迷いや葛藤はあった。それらを乗り越えてきたつもりではあるが今回ばかりは規模が違う。それでも決断を最終的に下すのは自分自身である。

「・・・やる。僕は、それでもやって見せる。僕自身の事を証明するためにも、美琴を守り抜くためにも。そのためにも再確認だ、なぜ神殺しをしなければいけない?」

「理由は簡単だ。神殺しをし、それを我らが得て力に変える。そうすればおのずと守護者なしでもなんとかなる。特に、天海相手にもな」

「天海をどうにか、できるのか!?」

 天海をどうにかできる。この状態を作り出し、美琴を狙っている相手をどうにかできるとなればかなり大きいことであり、もしかすれば抑止力団体と決着を付けることができるかもしれない。それだけでも希望を見出すことができる。

 羽黒としては守り抜くと決めたと同時に、美琴が狙われるようになってしまった状態を解決したいと思っていた。それが叶うのであれば万々歳だ。

「ああ。だが、それは貴様の働き次第だ。多くの神をその刀で斬ればその分こちら側も本来の力を取り戻しやすく――」

 そうクヨが続きの言葉を遮るようにさっきまでずっと黙っていたミャルが羽黒とクヨを遮るようにして間に入り込むようにして現れた。

 ミャルの眼は羽黒を見つめるのではなく、クヨをただ静かに見つめ、言葉ではなく瞳でクヨにと何かを訴えた。それを受け取ったクヨは何も言葉を発さず、ただ頷きだけで全てを理解したかのように羽黒の方を向き、ため息を吐いて言葉を発した。

「ミャルに言われると、断れんの。羽黒、忠告、はたまた助言として聞くかどうかは貴様次第だ。良いか?貴様の目的は巫女を守ることだ。貴様は貴様自身だ。例えそれが器であったとしてもそれは変わらん。貴様の大義、意志を貫け」

 初めてであった。初めてクヨは羽黒の名を呼び、しっかりと羽黒の顔を捉えて言った。

 羽黒の目指していること、目的は美琴を守ることだ。それは確かに自分でも分かっている、理解しているつもりだ。それを今更再確認されてもどのような反応をすれば分からず、呆けた顔を露わにしてしまう羽黒であった。その様子にクヨはさらに釘を打つようにして一睨みを利かせて更に物申した。

「自分であることに拘るなと言うことだ。今の貴様は十蔵と言う器を認知してしまったが故に自分自身の力、存在を証明しようとしている。貴様の役割は護者の責務を全うすることだ」

「あんたら神様が勝手に僕を器にしたんだろう。それなのに、いまさらだな」

 身勝手な取り決めに羽黒は苛立ちを遂に表にと出してしまった。その苛立ちは遂には神に畏怖する気持ちすらも失せ、クヨの方へと一歩近づいて見下すようにしていた。

 しばらくの沈黙。それでも羽黒とクヨはお互いに口論でもするかのように眺め合っていた。

 しかし、そんな見つめ合った黙り合いの口論に終止符を打つようにミャルがクヨにと声をかける。

「そろそろ、時間です。それに、あっちの方ではとても大変なことが起きようとしていますから」

「大変なことって、なんだよ。外の方で、なにか起こってるってことか?」

 頷くミャル。羽黒はミャルとクヨの両方の顔を見合わせる。ミャルとクヨはお互いに外の世界、現実の世界で何が起きているのかを理解しているのか、その顔には明らかに焦りと不安の者であった。あの神であるミャルクヨがここまで感情、気持ちを揺らがせていることに驚きではあるが、それよりもどのようなことが起きているのかが羽黒は不安であった。羽黒は外のことが分からない。そのため羽黒はミャルとクヨに説明を求めた。

「存外と早く抑止力団体の者たちに感づかれたようだぞ。多くの者たちを連れてやって来ている。その中でも、一人はお主も知っている奴がいるな。名は、佐々美野里(ささみのり)と言う奴だな」

 クヨの説明に羽黒はあの時の、美琴と神社の帰りに出会った者の名だ。羽黒が初めて抑止力団体と戦った相手。奇怪な技を使い、技の一つ一つが力強い。それは紛れもなく強敵だ。そんな強敵が多くの者を連れて来ている、一刻も早くこのことを伝えなければと羽黒は焦る。だが、その焦りと共にクヨは更に忠告をするように言う。

「だが、そいつは大して大きな障害ではない。問題なのは陰陽師、呪術師の方だな。集団の中に一人呪術師がいる、そいつにだけは注意しろ」

「なんだよそれ?陰陽師って、清明みたいな奴のことか。でも、呪術師ってどう言うことだ?」

 意味を理解できていない羽黒はいまいちと危機感が伝わらず、ポカンとした顔で聞き返す。それでもクヨは丁寧に、伝わりやすいように言う。

「陰陽師と言うのは、呪術師であると理解しておけばいい。その中でも、今回の呪術師は相当な混ざりものだな」

「混ざりもの?どう言うことだ」

「説明するのも難しい。そいつと手合わせ、会ってみれば分かる。まあ、願う事なら出会わないことを祈るがの」

 曇った表情を見せるクヨ、それに合わせるかのようにミャルはどちらかと言うと心配そうな顔色を顕わにした。ミャルとクヨがそれほど警戒、心配、意識すると言うことは余程の力を持ち合わせているのだろう。不安になる羽黒、それを諭すようにクヨはいつもの口調、声量で羽黒にと語った。

「安心しろ、奴らが来るのはおそらく当分の先だろう。その間にお前は強くなる必要がある、今はそれに勤しめ」

「分かっている。美琴を、守るためだろ。僕がやってみせる。十蔵ができなかった事を、最後まで美琴を守り抜くことを」

 もうこの時の羽黒には十蔵の過去、美琴の身に何が起こって今に至ったのかを凡そと理解していた。だからこそ羽黒は自分に課されたこと、美琴を守ることを改めて心にと刻んだ。自分は器だが、十蔵自身ではない。羽黒と言う一人の人間であることを必死に言い聞かせて羽黒はゆっくりとミャルとクヨを見下ろした。

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