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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
仙痛命酔
17/27

巫女の守護者 仙痛命酔13

 階段を駆け上がり、ドアを開けるとそこには屋上があった。

 屋上のあちらこちらには何やら白い紙に字が書かれた御札みたいなものが貼ってあった。羽黒はそれに目もくれずと奥にいる後ろ姿の雪穂にと近づいた。雪穂は近づいて来る羽黒に顔を合わせまいと顔を前に向けたまま悲哀のこもったような涙の混じった声で羽黒にと訴えた。

「すいません、私の、私のせいで迷惑をかけてしまって。美琴ちゃんにはとても酷いことをしてしまって。――私怖くなったんです、神様が私を贄にするって言い出して。それで断ったら、神喰いでいいって言われて流されるままに・・・でも、その後知ったんです、羽黒さんが美琴ちゃんの守護者だって。同時に嫉妬もしてしまったんです、私って罪深いですよね」

 羽黒はただ何も話さずに雪穂のいる方にと足を動かした。自分は美琴の守護者である、しかしその前に、目の前に自分の大切な彼女が泣いていた。これ以上我慢しないで欲しい、自分の想いに正直になって欲しいと思った。羽黒はただ雪穂にと近づいて後ろから雪穂を優しく、包み込むように抱き、和らいだ声で彼女にとささやいた。

「いいんだ、これ以上我慢しなくて。これからやり直せばいい、美琴に嫉妬するんだったら美琴と一緒に雪穂も守る。だからさ、帰ろう。家にさ」

 雪穂は羽黒に泣きじゃくれた顔を向け、許してくれる羽黒の言葉は自分には値しないと否定するように言った。

「いいんですか?だって、だって私は美琴ちゃんを傷つけて、羽黒さんたちに隠し事を、それに・・・」

「大丈夫だよ、僕が保証する」

 羽黒はそうきっぱりと言った。確信は無くても保証ならば、とそう言った。羽黒は抱きしめていた手を一旦揺るぎ、しっかりと雪穂の顔を見つめるようにして言った。

「それに、この後のことは雪穂が決めることだ。雪穂は儀式を止めてくれればいい、そうでなくとも僕がお願いする」

「お願いって、だれにですか?」

 雪穂は涙ぐんでいた顔を拭いて羽黒が誰にお願いするのかが分からずそのままオウム返しするかのように聞いた。羽黒はニヤリと笑みを浮かべ、自信満々にと答えた。

「神様に。雪穂なら開けるんじゃないか、確か、えっとー、そうそう、神領域。それに、神喰いって儀式なんだろ?だったら雪穂なら途中で中止できるだろ」

「儀式を止めるのはいいのですが、薬丸如来(やくがんにょらい)様に会って何をする気なのですか?」

 薬丸如来、それが雪穂たちの信仰する神の名前なのか。羽黒は感心し、頭をかきながら言った。冷静に考えると自分がやろうとしていることは無謀かもしれない。それでもやらなければいけない。覚悟は決まっていた。

「簡単に言えば一発殴るなり斬るなりしてくる。いくら神様でも雪穂の気持ちを汲み取ってやらないあたり、許せねえからな」

 そう言うと雪穂はクスッと笑い涙で潤んだ目で羽黒を見て笑みを浮かべた。羽黒は思ってもいない反応に「どうした?」と聞いた。しかし雪穂は「何でもありません」と気さくに返した。何がそんなに面白いのか、あるいはおかしいのかと疑問に思いながら羽黒はコホンと咳払いをした。それに気を使うように雪穂は「そうでしたね」と言い本筋にと戻ることにした。

「分かりました。儀式に関しては私の方で何とかします、問題は神領域の方ですが本当にいいんですか?」

「あぁ、死なない程度に頑張るさ。大丈夫さ、絶対に帰ってくる」

 羽黒ははにかんだ笑みを浮かべて雪穂の頭を撫でて言った。雪穂もその言葉に安心したのか和んだ声で「はい」と呟いた。羽黒も何故だかこの時は不思議と何とかなるとの自信で高ぶっていた。

 雪穂はどこからともなく十五センチくらいの長さのミニチュアのような鈴の付いた槍を取り出し、羽黒に再確認するようにと聞いた。

「本当にいいんですね、羽黒さん。これを使えば薬丸如来様のいる神領域にと行きます、その先のことは・・・」

「前に雪穂僕に言ってくれたことあったよな、今のことを見てくれって、何をやりたいかって。その時のセリフを僕が使うようになるけどさ、雪穂はもっと甘えてくれても良いんだよ。我慢することも大事だけどさ、僕の前だけでもいいから甘えてくれないか?」

 雪穂は自分に掛けられていた鎖が途端に消えたかのような、解放されたかのような感覚に落ちた。そしていつの間にか再び羽黒の胸にと飛び込んで涙を流した。うれし涙と言う涙を流し叫びあげたのだ。

「本当は、本当は嫌なんです。羽黒さんが無茶をするのが、だから行って欲しくない。薬丸如来様を一発殴ってくるなんて無茶なことはして欲しくない、できるのならこのまま帰りたい」

 自分の感情、想いにに正直になってくれた雪穂を見つめた。羽黒は返答しなければならなかった。羽黒は雪穂がどう言おうと決心はついていた。どんなに反対されようとも今回は行かなければならない。そして確かめなければいけなかった。その事が雪穂を傷つけてしまうかもしれないと思っていても羽黒は決心が揺るがぬうちに言った。

「あぁ、だけでど、僕は行かないといけない。じゃないと気が収まらない、それに僕は確かめないといけない」

 雪穂はそう言うのであろうとは薄々と理解していた。そして彼は実際にそうであった。雪穂は羽黒のそういう、一度決めたら曲げない、あるいは最後までやり遂げる所に惚れたのだった。そのはずだったのに自分は彼の想いを曲げようとした。なんで分かっていたのにも関わらず曲げようとしたのか。改めて考えると馬鹿馬鹿しく思えてきた。そのため雪穂は涙を拭って羽黒の顔をしっかりと見つめてはにかんだ笑みを浮かべて返答をした。

「そうでしたね、羽黒さんって真直ぐな人でしたね。それなのに、私馬鹿みたいですね。分かりました、今から薬丸如来様のいる神領域を開放しますので少し待っててください」

 雪穂はさっき取り出した小さな槍を地面にと突き刺した。すると、突き刺さった所から白い渦が突如と現れた。その渦は最初こそは安定しない大きさで、大きくなったり小さくなったりしていたが段々と人が入って行ける大きさにと変わり大きさが安定した。

 雪穂はそれを確認すると「どうぞ」と言い入るようにうながした。羽黒は固唾を呑み込んで一歩一歩と前に進み、渦の下にと近づいて行った。

 あと一歩のところで渦にと入って行くところで羽黒は立ち止まり雪穂の方にと顔を向けて再び笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ、美琴のことはお願いした。神喰いの儀式を終わらせるのってどのくらいかかるんだ?」

「儀式を途中で終わらせること自体は簡単ですからすぐ終わります」

「そうか、良かった。美琴の奴結構辛そうだったからさ」

 その言葉を残して羽黒は渦の中にと進んで行った。


 ■■■


 メガロヴァニアはその後、難無く最上階にとたどり着いてしまった。どうやら警備を強くしていたのは一階だけだったのようか、最上階に上がるまで誰一人にと出会うことは無かった。そして、雪穂の姿も見当たらず、やはり屋上か最上階にいる事が分かった。

 メガロヴァニアは元から最上階か屋上にいるものだと思っていた。なぜなら、神に対して何らかの儀式をやるのにはほぼ必ずと言っていいほど空に近いところでやる。そのためなのかメソポタミアにおけるジグラットは頂上に神殿があった。他にもギリシャ神話ではオリュンポスの山には神がいるなどのことから神と言うのはどうも高いところが好きなようだ。

 メガロヴァニアには理解できなかった、なぜ神は、人は皆高いところを目指したがるのか。そのせいで今の科学は進化していない。特に高いところに立つ者は面子を気にしすぎている。特に政治とかでもだ、正直に公表すればいいものなのに中々正直には公表しない。大学にいた時もそうであった。自分の面子を上げるために生徒の論文を教授の名で発表するとかもあった。だから一歩も進化しない。そう思いながらメガロヴァニアは屋上に行く階段にと近づいて行くと、さらしに袴姿の女が倒れていた。

「おい、生きているのかお前?それとも、もうとっくに」

 メガロヴァニアが続きの言葉を言おうとすると女はふらふらと立ち上がり、壁にと寄りかかりメガロヴァニアにと「生きていますよ」と投げかけた。メガロヴァニアも壁にと寄りかかり、懐から煙草の入った箱から煙草を一つ取り出した。その煙草を口にと咥え、何事もないかのようにライターを取り出して咥えている煙草にと火をつけた。

「行かなくていいのですか?・・・見たところ、あなたも巫女様に用があるのかと」

「私か?確かに用があった、が今は私の出る幕ではない。それに、本来の目的は自然と達成されるからな」

 メガロヴァニアは咥えていた煙草を口から離して白い煙を吐いてから再び語り始めた。

「別にあんたの巫女を問い詰めなくとも自然的に薬の出回りは無くなる。なにせ、頼まれてやっていたことだろう?違うか」

「えぇ、否定はしません。私たちはⅣと言う者からの命令で出回らせていましたが、元からそんな気はありませんでしたからね、私たちは」

「私たちは、それはどう言うことだ?」

 彼女は声を少し苦しげに搾り上げ言った。

「Ⅳに、薬を送ったんですよ。きっとⅣであれば、あの方ならきっと自ら作り、好きなように世間に流すでしょう」

「まるで、Ⅳの傍で様々なモノを見てきたようだな。お前、さてはⅣと何らかの接点があるな?」

「ご察しの通りですよ。雪穂様の下で守護者をやっていた前はⅣと共に行動していましたからね」

 Ⅳと何らかの接点、共に行動していた。そう彼女の言葉が正しければもっとⅣについて何か得られそうではあった。それでもメガロヴァニアはあえてそれ以上は追及しようとはしなかった。

 彼女の声は段々と薄く、枯れた声となっていった。しかしメガロヴァニアはそんなことを気にせず静かな、冷酷な声で彼女にと問い詰めた。

「なぜだ、手を抜いたのだろう。憶測ではあるが本来の力を半分も出さなかったのだろう。羽黒君のデータを取るためにも君と羽黒君の戦闘を監視カメラで見させてもらったよ」

「ふっ、覗き見は褒められないぞ、教授殿」

 メガロヴァニアはそんな叱りの言葉を鼻で笑い、蹴飛ばすかのように返した。

「そんなのを気にしていると研究が進まないからね。それに、私はそんなお叱りの言葉は気にしないのでね」

「・・・っふ、流石は天才の科学者だ。言うことが・・ちが・・・うな」

 そのまま彼女は力が抜け落ちるかのように壁に寄りかかったまま目を閉じてしまった。血が多く出血してしまったのか、それともただ緊張感がほどけて気が抜けたのか。

「天才とは、言いすぎだ。私はただ努力しただけだ、本当の天才とは生まれ持った力だけで今の地位を得た者だよ。私とは正反対の者だ」

 メガロヴァニアはしばらくの間は屋上には向かうつもりは無かった。しばらくの間考える時間が必要だったからだ。

 まず一つ、なぜⅣと言う者は何故薬を出回らせたかったのか。これに関してはあまり分からない、しかし民衆を困惑させたいとの意思があるだろう。そしてもう一つは抑止力団体のことだ。メガロヴァニアは抑止力団体についてはそこまで分からない。ただ抑止力団体が美琴を狙っていることだけだった。抑止力団体は美琴とその神を悪者としたいのだろう。

 もしもⅣが抑止力団体と関係があるのならばなぜⅣはここまでして美琴に執着するのであろう。メガロヴァニアはただ頭を悩ますことしかできなかった。答えを導くためにはまだまだ情報が少なすぎるのであった。


 ■■■


 あれからどのくらい経っただろう。羽黒はただ黒い風景の中を歩いていた、白い渦を潜ってからずっとこの黒く暗い風景が続いているのであった。羽黒はただただ前にと歩いていた、勿論光など無いためどこをどのくらい歩いたかなど分からない。

 しかし、そんな暗い風景に突如と眩しい光が羽黒にと襲い掛かった。羽黒はあまりの眩しさに手で顔を隠した。その光はどこか暖かく、安心できるような感じがあった。それでも羽黒は、いつ何が襲ってくるか分からないため警戒は解かずに光の方向にと進んだ。

 暫く進んでいると、光の眩しさが途端と消えた。だからと言って暗い訳でもなく眩しすぎない丁度いいくらいの明るさだった。羽黒は恐る恐ると、ゆっくり目を開けた。すると、目の前はさっきまでの暗い何もない空間とは打って変わり、かがり火によって照らされた洞窟のような空間にとなっていた。羽黒はあたりをきょろきょろと見まわしていると、後ろから誰かが声を掛けてきた。羽黒はその方にと顔を向けるとそこには、白い尼僧服を着た女性が立っていた。姿こそは人の姿だが、羽黒にはそれが神だと分かった。風格こそはミャルクヨの方が上であるが、目の前に立っているモノが神だ。またもや、ミャルクヨに会った時のように上手く言葉が出ず、何を話せばいいかと思った矢先に羽黒より先に神が言葉を発した。

「お前さんが思っている通り私が薬丸如来だ。格こそは低いがれっきとした神だ。どうした?私を殴るだか斬りにきたのだろう?自由にするがいい」

「自由って、抵抗はしないんですか?僕はあなたを斬ろうとしてるんですよ」

 羽黒はあまりにも無抵抗、もしくはそのつもりで羽黒の前に現れた薬丸如来を見て、内心驚きを隠せずにはいられなかった。ミャルクヨと比べてみると尚更だ。

 薬丸如来は少し困った顔で手を叩いた。すると、何もなかったところから突如とちゃぶ台が現れたのだ。薬丸如来はちゃぶ台の前に胡坐を掻き座った。薬丸如来は手招きをして羽黒も座るようにと誘った。羽黒は手招きされるがままにちゃぶ台の前にと座った。

「まずさ、羽黒君って言ったけ?きっと羽黒君が私を警戒するのは多分初めて会った神様が土着神だったからだと思うんだよね」

「そのことは美琴から聞きました。ミャルクヨは土着神だって。あなたは何が違うんですか?」

 すると薬丸如来はオーバーリアクションで手を振って「全然違う」と笑いながら言った。その笑いに羽黒は今まで警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなり、余計な力が抜けて肩が軽くなった気がした。

「まずね、私は基本的に人間のお願いは聞き届ける方なのよ。だけど、土着神は約束事にうるさいんだよ。――で、なんで私を殴るだか斬りたいと思ったんだい?」

「それは、あんたは雪穂を贄にしようとした。それどころか雪穂の気持ちを考えもしないで神喰いの儀式をやらせようとしたからだ」

 羽黒は形相を厳しくして薬丸如来を見つめた。しかし、薬丸如来ははたまた困った顔で気まずそうに言い出した。

「うん、分かった。まず言おう、私そんな古臭いこと言ってない」

 言っていない、その言葉にカッとした羽黒は怒りをあらわにし、感情的になって怒鳴った。

「今更になって言い逃れをする気か!?」

 羽黒は薬丸如来の顔を殴った。薬丸如来は羽黒のパンチをただ受けて羽黒を見つめて「気は済んだ」と言い放った。羽黒は熱くなったことに気が付いて「すみません」と言い手を薬丸如来の顔から離して一呼吸置いた。

「まず冷静に考えて欲しいんだが、巫女を贄とする神なんて今の時代じゃそうそういないよ、そもそもやってたら警察沙汰よ。それと、神喰いは本来禁忌に近い術のはずだよ。神喰いは字で書いての通り神を喰らう、つまりは神を消す行為に等しい。今回はきっと抑止の柱の誰かが私の代わりに雪穂ちゃんにそう言ったんだろうね」

 確かに、そう言われれば薬丸如来の言うことはもっともだと羽黒は思った。よくよく考えれば、巫女を贄としてするなど絶対に世間の目は許さないだろう。そうであれば抑止の柱とは何なのだろう、羽黒は身を乗り出して聞いた。薬丸如来はそれに応える前に懐からお猪口で蓋のされた酒ツボを取り出した。薬丸如来は流れるように、慣れた手つきでお猪口に酒を注いで一杯飲んでから語り始めた。

「抑止力団体を作った三人、とは言っても今じゃ抑止の柱は四人になったけどね。多分、雪穂ちゃんにそんなことをそそのかしたのは新しく入った天海(あまみ)の仕業ね。職権乱用も大概にしなさいよ」

「天海って何者ですか?それに、四人目って・・・」

「・・・天海はね、元は水を司る神だったの。神だった時はそれはとっても酷くてね、自己利益のためなら集落一つ襲うほどの神だったよ。その天海が抑止の柱になるって聞いた時は驚いたさ。あの神様は心を入れ替えたとは言っていたが、果たしてどうだろうね」

「そうなんですか、色々と教えて下さってありがとうございます。それと、なんでちゃん付けで雪穂のことを呼ぶんですか?」

 薬丸如来は不思議そうに羽黒を見て、雪穂のことをそう言うのがさも当たり前のようなに薬丸如来はきょとんとして羽黒を見て「変かな?」と聞いた。

「変かどうかは分かりませんが、本当になんでそう呼んでいるんですか?」

「う~ん、私の勝手なあれなんだけどね。私は雪穂ちゃんの保護者みたいなもんだからさ。彼女、幼い頃に父から暴力受けてたぽいんだよね。それで色々とあった訳よ、なんて言うのかな、私も何となくは分かるんだよ。元は人間だったし、年頃の女の子のことはさ、だから彼女を巫女として私の声を聞けるようにした。今回の件については私の責任だね、今度抑止の柱に会ったらうちの方から言っとくわ」

 あまりの呆気なさに羽黒は呆然とし、気の抜けた顔を浮かべ、情けない気持ちで言った。

「なんか、色々と申し訳ありません。そうとも知らず、一発殴るだとか斬るだとか言っちゃって」

 しかし、薬丸如来は全然気にしていないのか、笑い声をあげて「いいのいいの」と手を振って言った。羽黒はそれでも気にしているのか、顔を一向にあげようとはしなかった。薬丸如来はそれを見かねて一息ついて羽黒の方をじっくりと見つめてから言った。

「人間誰しもが早とちりするもんだよ、それに雪穂ちゃんを想ってくれてのことなんでしょ?だったら尚のことよ、私も嬉しい。だからさ、ちゃんと雪穂ちゃんのこと見てあげなさいよ」

 薬丸如来は羽黒の背を押すように、元気づけるように言いニヤッとした表情を向けた。羽黒はそれに応えるように元気よく「はい」との言葉を返した。


 ■■■


 その後、少年は「はい」との返事をして自分の神領域を出て行き、元いた人界にと戻った。

 私としても雪穂ちゃんのことを見てくれると言ってくれたのはありがたい。しかしだ、問題はあの柱だ。本当に天海の仕業であれば先に手を出した方がいいに決まっている。

「だけど、そうもいかないか。なんで雪穂ちゃんにあんなことを言った?天海」

 私の思っていた通り、いや、感じていた通り天海はいた。姿こそは消していたようだがやはり私の神領域にいつの間にか侵入していたのだ。その証拠に天海は姿を現した。姿こそは現代の若者男性だが自分との格を比べれば段違いに天海の方が上だ。

「うーん、神は越えられぬ試練は与えない。現に何とかなったからいいんじゃないか?それと、格下のお前が気やすく俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ、様を付けろ」

 今にも押し潰れそうな重圧が身を襲う。立っているのがやっとの位だった。それでも私は立っていなければならなかった。これも全て雪穂ちゃんのためだから。

「だったら天海様、あなた様は何が目的なの?今更になってミャルクヨに目を付けたのはなぜ?」

「今更ではない、何百年、それ以上前から俺は目を付けていた。今の巫女だって本来であれば俺の物だった、あいつさえいなければな」

 あいつ、天海の言っているあいつとはきっと守護者のことだろう。名前は知らないが巫女を守るために己の命を捧げて巫女を封印した。小耳にはしていたが天海がここまで気にかけていたとは思わなかった。

「さて、処罰は何がいい?平穏を目指す抑止の柱の命に背いた罰だ、本来であれば猟犬にやらせるがこの俺自らが執行してやる」

「処罰だと?笑わせるな、女の想いを考えずにろくでもないことを命じたあなたが抑止の柱?あんたはやっぱり傲慢な神よ」

 私は手を空にかざして『酔極点(すいごくてん)』と言う薙刀を取りだした。しかし、それと同時に突如と黒く、虚空な大きな棘が私の腹部に目掛けて刺さってきた。本来であれば他の神の神領域に干渉できるはずが無いのに関わらず。そのため私はなすすべなく真正面から受けてしまった。

「下らない、故に見るに値しない。神がいちいち人の想いなど考えるはずが無いだろ。だからお前は永遠に半神にとどまったままなのだ」

 静かに、ただ冷たく深海のように冷たい言葉を言い天海は私の下にと近づいてきた。天海の手にはいつの間にか両方に刃のある日本最初期ぐらいの剣を手にして私の目の前に立っていた。

「聞いたことがあるか、薬丸如来。神を殺す、存在を無くすためだけに作られた剣を、それは全て五振りある。その一振りがこの天下ノ剣(あまくだりのつるぎ)

 黒い虚空の棘はどんどんと私の力である神気を吸い取っているのか段々と気がくらくらとする。今にも気が遠のきそうな自分に鞭を叩いて天海を見た。天海は何も言わず天下ノ剣を私の頭にと振りかぶった。その瞬間私の目の前の風景が真っ暗な闇、深淵にと変わった。あぁ、これで私の存在は完全に消える。これで会えるよ、父さん、母さん。

 羽黒が無事に神領域から屋上にと戻ってくるとそこには雪穂以外にもメガロヴァニアの姿もあった。

 メガロヴァニアは目的が果たされたとのことで羽黒と雪穂に「それでは」とだけ告げて先に帰ってしまった。行きはメガロヴァニアの車で来たため羽黒と雪穂は帰りの足はどうしたものだろうと思った矢先に、羽黒の方にと電話が掛かってきた。文鳥亭からは「ビル前に美琴ちゃんを乗せて待ってます」とのことだけであった。

 それを聞いて羽黒と雪穂は安心して階段を降りて烏丸と美琴が乗っていると思うわれる車にと向かうことにした。エレベーターは先にメガロヴァニアが使っていたため仕方なく階段を使って降りることにした。

 一階にいた、者たちは既に雪穂が手配していた車で帰らせていたためこのビルには羽黒と雪穂しかいないこととなる。

「それにしても、羽黒さん。なんで私はこのビルにいたんですかね?」

「はぁ?そんなの決まってるだろ?・・・えっと、なんでだっけな?確か美琴が危険でそれでいて雪穂が突然といなくなって手紙があってそこにはここの住所が書いてあった。確かになんでだろうな?」

 羽黒と雪穂には何やらモヤモヤとした気持ちが残った。とても大切だったなにかであったはずだったのにその何かが何故だか分からない。

 誰かから背を押された気がするのに羽黒は思い出すことが出来なかった。雪穂も同様に何か、大切な何かから声を聞いていたはずなのに誰から声を聞いていたのかが分からなかった。

「深く考えていても仕方ないか。それにしても、烏丸さんには何から何までお世話になりっぱなしだな、こんどしっかりとお礼をしないとな」

「そうですね、にしてもなんで烏丸さんはここまでしてくれるんでしょうか?」

 羽黒と雪穂は互いに分からないことを話しながら階段を降りて行った。

 雑談混じりの話をしながら階段を降りて行くと、階段の終点である一階にとたどり着いた。建物から出ると青いレガシィが横付けされており、車の中から文鳥亭が出て来て羽黒たちの方にと近づいてきた。

「羽黒さん、雪穂さん、迎えに来ました。安心してください、美琴ちゃんは車の中で寝ています。ある程度のことはベアリーヌと言う方から聞きました。熱の方はもう落ち着いたようです」

「それは良かった。ところでなんですが、美琴を連れて来たってことはどこかに行くんですか?」

 文鳥亭は静かに頷き「はい」と言った。羽黒は雪穂にと顔を合わせ、難しい顔をして言った。

「雪穂は、どうする?雪穂も付いて来るのか?」

「勿論です。私は羽黒さんと一緒に行きます、例えすべてを置いて行くことになったとしても」

 雪穂は全てを決意して羽黒を見つめて言った。羽黒にとってそれは嬉しいことでもあったが彼女を本格的に巻き込むことになると考えると気が少し重くなる。

 文鳥亭は少しでも場を和ませよとするために明るい声で、心配しないで下さいと言わんばかりに羽黒たちに言った。

「そんな重く考えないでください。羽黒さん、あなたには本格的に天城流の修行をしてもらいます」

「天城流の?でも、天城流についての書物は途中で破かれてていて・・・」

「はい。ですが、安心してください。天城流の御開祖である子孫の方と連絡が取れました。その方は天城流の呼吸方法、六桜の呼吸についても知っているようなんです」

 呼吸方法、確かに烏丸はそう言った。その一言で羽黒はミャルクヨの言っていた天城流の元となったとも言えるもの。羽黒は知りたかった。そして上手く使えるようになりたかった。そのためなのか羽黒はいつの間にか自然と「連れて行ってください」と言っていた。そして羽黒と雪穂は烏丸の運転する車にと乗って、天城流の御開祖となる子孫のいる所にと行くこととなった。

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