時針の覡1
文鳥亭が運転する車に乗り約三時間が経った。
父である和徳の死以来、羽黒は車と言う乗り物にはあまり乗ることは避けていた。その理由はあの日を思い出す、又はその思い出を暗示させられるからであった。いくら出来事が昔の事でも長時間の車の移動は羽黒にくるものがあり、自分でも知らぬうちに羽黒は足を震わせていたのであった。その様子を見かねて雪穂は「大丈夫?」と羽黒を気に掛けるようにして言った。
「大丈夫だよ、ただの車酔いだ。それに、寝てるこいつの為にもこれくらいのことは平気だよ」
羽黒は隣に寝ている美琴を指すようにして言った。
なぜ美琴が急に倒れたのかは詳しくは覚えていなかったが、雪穂に何らかの関係があったのは確かであった。その理由はあのビルでの一連での行動であった。確かに羽黒はあのビルで雪穂を何かの束縛から放つために戦い、誰かと話していた。そして誰かと話、何か大事な情報を手に入れたはずなのにその情報を羽黒は中々思い出せずにいた。まるでその誰かがこの世から、すっぽりと消えたように。
「羽黒さん、到着です。ここからは歩いて行くことになりますが、美琴ちゃんの方はどうします?」
「そうだな、僕がおぶっていくよ。それにしても、竹林ですか」
車が停まったのは、人二人が並んで通れるくらいの一本の道が通る竹林の前であった。そして周りの風景は一言で言ってしまえば田舎であり、一件の家もなく、街灯もない。都会的な松賀原とはまったくの反対的な場所であった。
羽黒たちは車から降り、羽黒は美琴をおぶって文鳥亭にと聞いた。
「それにしても、天城流の御開祖の子孫てどんな人なんですか?」
「雷曲亭覇天、彼の祖先は天城流の開祖とも言える人です。詳しくは知りませんがかなりの腕ですよ」
そう言うと文鳥亭は羽黒の前を歩き、ずかずかと竹林の奥にと続く道にと足を運ばせて行った。羽黒と雪穂もそれを追うようにして後を付いて行った。
竹林の道はとても緩やかで歩くにはとても最適な道であった。しかし、最適な道であると同時に不思議な気分であった。それは、周りの背景が竹林なためか、同じところを歩き回っているのではないかとの錯覚であった。特に羽黒の場合は酷く不快な気分が歩けば歩くほど強くなっていった。その不快な気分は段々と強くなり、歩くことすらもままならぬ状態になり、次第には片手を胸にと当て荒い呼吸でその場で膝を付いた。
その様子を間近で見ていた雪穂は慌てて羽黒にと寄り添うように近付き「羽黒さん!?」と文鳥亭を慌てて呼び止めるように羽黒の名前を呼び、前を歩いていた文鳥亭はすぐに羽黒の下にと駆け寄り「どうした!?」と言い羽黒の意識を問った。
「分から、ない。だけど、ここは駄目だ。なにが駄目かは分からないが・・・」
羽黒は今にも倒れそうな弱々しくも意識を強く保とうと声を絞り上げて言った。すると寝ていた美琴も事の異常に気付いたのか、慌てて目を覚まして立ち上がり心配そうにして言った。
「どうしたのじゃ、羽黒、羽黒!?文帳亭殿、説明を求む」
「説明って、天城流の開祖者の子孫の雷曲亭覇天さんを訪ねて竹林に来て、急に羽黒さんがこうなったんです」
その説明を聞いて美琴は何やらある程度の合点がいったのか「そうか」と静かにそう言うと今度は張り詰めた声で烏丸を見て言った。
「文帳亭殿、お主短刀は持っておるか?なければ貴様の軽い仕込み刀を貸せ。余に仕込み刀を貸している間は羽黒の刀を使え」
その張り詰めた声が烏丸はまるで、自分よりも年上の者、威厳のある者に聞こえ言われるがままに美琴にと自分の仕込み刀を貸し、羽黒の腰に掛かってある鞘から刀を抜いていた。その様子を見て雪穂も何か手伝えないかと思い「私は?」と震えながら言った。
「雪穂殿は羽黒の傍におれ。妖怪を相手にしたことはないじゃろ?」
美琴の知識、正確にはミャルクヨの知識が正しければ雷曲亭覇天と言う者、または雷曲亭と言う存在はただの人間では太刀打ちできるものではなかった。さらに言えば今こうして羽黒にとなんらかの攻撃をしている相手は人間では無いのだ。そしてそのなんらかの攻撃をしているモノも美琴は知っているのだ。
「雷曲亭覇天よ、ミャルクヨの巫女である黒坂美琴の頼みじゃ。姿を現してはくれぬか」
そう言うとまるで美琴の応じを聞くかのように突如と目の前に羽黒と同年齢くらいの青年が刀を携えて現れた。それはほんの一瞬の出来事であったが、美琴が言う雷曲亭覇天と言う男は平静とこちらを見ていた。
文鳥手と雪穂はその状況に追いつけなかった。それはそうであろう、普通であれば突然青年が現れたりなどしない。しかし美琴は飲み込みが早いのか、すました顔をして覇天の顔を捉えていた。
「して問おう、我が守護者である羽黒を攻撃したのは何故だ?理由を聞きたい」
「あなたがミャルクヨの巫女だと言う事を承知で聞きます、なぜそのような男を守護者にしたのですか」
「質問を質問で返すでない、無礼者。まずはこちらの質問に答えよ、それからでも答えは遅くは無いだろう!!」
美琴の言葉一つ一つには覇気があり、美琴がそう言うと風が吹き起り覇天を襲った。その風はあまりにも強く、文鳥亭や雪穂は手で顔を守るようにした。一方の覇天は平然とした顔で溜息を吐いて言った。
「彼が呪われたろくでなしの家系の者だからですよ。そう、剣技の欲に呑まれて周りの者を傷つける呪われた家系なんですよ。それが桜花家、今は黒坂家でしたっけ?」
すると美琴は眉をひそめて「ほう」と呟いた。その険悪な様子を見て文鳥亭は間を割くように、慌てた口調で言った。その口調は焦りと驚きの混じった明らかに初耳だと分かるほどであった。
「どう言うことですか?彼が、羽黒さんがそんなろくでなしなわけないでしょう。確かに剣技の欲はあるかもしれませんがそれは剣道などをやっているうえでは仕方ないことでは?」
「そうでしょうか?例えば桜花家の桜花十兵衛、彼は私の祖父である雷曲亭虎之助じいさんを見殺し、又は裏切りました。詳しいことは教えてはくれませんでしたがね。そしてさらに言うならば桜花勇、彼は剣技を極める、天城流と心中するために自分の子供を母方の家に渡しました。その母方の家がまさに黒坂家です、そしてその子供も同時に自身の剣技の欲におぼれ友を殺しました。さらに言えば――」
そう話を続けようとした時だった、突如とその話を中断させるかのように羽黒が大声をあげた。美琴と文鳥亭は一斉に羽黒の方を見ると羽黒は雪穂の肩を借りて立ち上がり、歯を食いしばって覇天の方を見た。
「分かったよ。要は僕のことが憎くい、家計が変なへまをやらかしたから僕もそうなるかもしれないからそうなる前に殺すことにするとか言う理不尽だろ?」
「理不尽かどうかはお前が決めることではない。だが、お前を殺すのは変わりない」
そう言った瞬間に覇天の姿は羽黒が見つめていた場所にはおらず、いつの間にかと目の前に覇天は抜刀の構えでそこに構えていた。とっさの判断に羽黒は後ろにとバックステップするようにと下がろうとしたが体調が不慣れのためか羽黒は後ろにと下がるのではなく、後ろにとこけてしまった。それでも瞬時に羽黒は右側にと転がり烏丸たちのいる方にと近付いて烏丸から刀を渡すように手を差し伸ばした。烏丸は不調子な羽黒に刀を渡そうかどうか悩んでいたが「はやく」との羽黒の声にどうなっても知らないとの思いで羽黒にと刀を渡した。
刀を手にした羽黒はすぐにと覇天を目掛けて斬りかかった。しかし覇天は上から落ちてくる紙を避けるかのように軽く、流れるかのように軽々しく羽黒の刀を避けた。
「その程度か、まるで全然だ。これでは俺が六桜の呼吸をしなくても簡単に勝てるぞ」
その怒号に似た挑発に羽黒は載るかのように「ふざけるな」と言い返した。羽黒は何を考えるでもなくただひたすらにと覇天にと斬りかかっていた。その様子はまるで本能に身を任した猪か何かのようであった。その様子が見ていられなかったのか雪穂は「ひどい」と声を漏らしていた。それに同情するかのように美琴は憐れんだ声で言った。
「それもそうだ。今の羽黒殿は感情の歯止めができてない。正確には歯止めができないように精神的に攻撃を受けているのじゃよ」
「どう言うこと?」
雪穂はオウム返しのように手を震わせてゆっくりと美琴の顔を見て言った。
「この竹林の奥、術式が組み込まれている。中心部に進むにつれて効力が強くなっている。その影響で今の羽黒はあんな感じじゃ、ここに入って歩き出してしばらくした時に羽黒殿は倒れたじゃろ?それが今では強く影響してるのじゃよ」
淡々と説明する美琴を前に文鳥亭は何かに気付いたのか、呆然と美琴を見て言った。
「美琴さん、紀子さんから聞いたのですが記憶を忘れていると言ってましたがもしかして――」
そう続きを言う前に美琴は「そのようじゃ」と呟き、仕込み刀の刃を鞘から抜き、刀身を顕わにしてゆっくりと羽黒と覇天が交戦している方にと歩き出した。それを止めようと文鳥亭と雪穂は身を動かしたが動かしたときにはその場には美琴の姿はいなかった。
美琴は羽黒を軽く蹴飛ばし、地面に飛ばした。あまりにも唐突なことに羽黒は怒り気味に「なにするんだ!?」と怒鳴るが美琴は聞く耳など持たず覇天にと刀を向けた。それはまるで切るのではなく刀で突くかのように刺し、足を一歩前にと出して覇天にと刀を突き刺そうとした。それに対して覇天は刀を縦に振り、美琴の突きを弾き返した。しかしその次の瞬間であった、突きを弾かれた美琴は瞬時に覇天にと回し蹴りを顔にと喰らわせた。
美琴の蹴りを頬に当たった覇天は頬を抑えながら美琴を見つめた。覇天の瞳には怒りではなく疑問の眼差しであった。その疑問の眼差しに美琴は動じず、冷酷に、冷え切った瞳で覇天と羽黒の両者を見た。そして一息ついてから覇天にと言った。
「ここに来たのは羽黒のことについてじゃ。見ての通り羽黒は平常心ではない、これはお前の術のせいである。合っておるな?」
覇天はゆっくりと頷いた。
「確かに黒坂家の者は過ちを犯した、お前が憎むほどにな。しかしじゃ、羽黒には罪は無い、それは分かっているはずじゃ。どうか余の面に免じて術を解いてほしい、そして羽黒に天城流を教えてやって欲しい」
覇天は顔を俯かして何かを考え込み始めた。しばらくして覇天は「分かった」と言い、目線を羽黒の方にと向けて言った。
「今ここに張っている術は解いてやる。その代わりに迷いの術を組ませてもらう、その中でお前は俺の下にと来てもらう。連れの者たちは、私と一緒に来てもらいますがそれでいいですか?」
覇天は美琴を見た後に雪穂や烏丸を見て言った。回答は沈黙であった。
「それでは来てください。羽黒さん、あなたは私たちが見えなくなったら来てください」
「羽黒さんが来るまでは任せてください。もしものことがあれば覇天さんが相手でも容赦はしませんから」
そう言うと文鳥亭は羽黒の刀を羽黒の下にと置いた。羽黒は「あぁ」と頷いて美琴の方を向いた。美琴の眼差しは依然と変わらず冷酷で冷たく、それでいてどこか悲しそうな眼差しであった。なぜそのような眼差しを向けるのかが分からない羽黒は頭の中で「どうして」の文字が行き来していた。




