巫女の守護者 仙痛命酔9
「羽黒よ、早くしないか。でないと影楼と美弥子を待たせてしまうぞ」
美琴はよっぽど金蓮祭を楽しみにしているのかさっきからこの調子である。待たせてしまうと言っても真頼たちと約束をした待ち合わせ時間にはまだまだ余裕がある。そのため羽黒は美琴をなだめることとした。
「まだ時間には余裕があるぞ。今行っても逆に待つだけだぞ」
そう羽黒がなだめると美琴は「ぐぬぬぅ」と何とも言えぬ顔で見つめてきた。
雪穂の方はと言うと、祭り用に浴衣を下すと言ったため着物から浴衣にと着替えているのである。
羽黒自身ファッションについては皆無であるが、普段から雪穂の着物姿はとても似合っていると言う事は言葉にするまでもないことは分かり、さぞや浴衣姿も綺麗なのだろうと心に秘めて待っていた。
一方美琴はと言うと、真頼から貰った白いワンピースがよっぽど気に入ったのかそれを着て行くつもりらしい。
暫くすると奥の部屋から「お待たせしました」との声と共にふすまを開け雪穂が白の桔梗模様の青い浴衣を着て出てきた。
「どうですか、羽黒さん。似合ってますかね」
雪穂の浴衣姿に見惚れたのか、羽黒は率直な感想が言えず口をパクパクしていた。彼をフォローするかのように美琴が先に感想を述べた。
「ほう、着物姿も似合ってはいたが浴衣姿も良く似合うのう。羽黒もそう思うじゃろ」
「あ、あぁ。前から思っていたが雪穂って着物とかを上手く着こなせているよな。ザ・和風って感じで」
そう羽黒は思ったことを美琴が作ってくれた御蔭の間で言葉を整理して雪穂に言った。
羽黒自身の考えは、真頼の着物姿や浴衣は似合うが雪穂と比べると雪穂の方が断然だろう。雪穂は常日頃から大和撫子と言う感じがする。真頼の方も確かに大和撫子感はあるのだがそれは大切な式典だけであって普段からではあまり大和撫子感を感じられない気がする。そのため羽黒はあまりの雪穂の美しさに目を奪われたのであった。
「 それを言うのなら羽黒さんのその浴衣も綺麗ですよ」
そう雪穂は羽黒の浴衣を見て褒めた。羽黒が今着ている浴衣は父の物であり、黒色の薄灰色の縦縞が羅列した浴衣だ。父が着ていたため自分に似合うか不安であったが雪穂にそう言ってもらえたため羽黒は安心しきって「ありがとう」と言った。
「そうだな、羽黒の浴衣も中々だな。それはお主の父の物なのか」
「ん?あぁ、そうだが。よく分かったな、父さんのだって」
すると美琴は何を思ったのか呆れたかのように、嫌みのように横目で羽黒を見つめて言った。
「当たり前じゃ。いつもジャージで生活しているお主が浴衣を持っているとは思えんからのう」
そう美琴に言われると羽黒はグサッと心に矢を射抜かれたようで少し痛い。羽黒はいつもジャージで暮らしているのは確かであり、大学の時は大学で与えられた入学式と卒業式用の制服を着ているが、休日の時は黒のジャージを着ているのである。羽黒は自分でもファッションセンスの皆無さは理解している。しかしそれでもジャージを着るのには理由はある。ジャージだと動きやすいためいつでも運動ができる。もちろんこれがただの言い訳だとも言う事も理解しているため美琴の言った言葉が痛いのである。
「別にいいだろ、大事な式とかではちゃんとした服を着てるんだからよ。それより、行くぞ」
そう言うと羽黒は家の玄関にと足を運ばせた。それを追うかのように美琴、雪穂の順で羽黒の後を追うかのように玄関へと向かった。
今日は浴衣なためなのか羽黒はそれに合った靴にするため久しぶりに靴棚から下駄を取り出した。
すると美琴が靴を履きながら何やら不安そうな顔で羽黒を見つめてきた。羽黒にはあまりにも不安そうな顔に見えたため「どうした」と美琴に声を掛けた。
「いやな、刀は持っていかなくて大丈夫なのか。最近襲われていないから忘れておったが余は・・・」
すると羽黒はきっぱりと即決するかのようにはっきりとした声で言った。
「それ以上言うなよ。お前はただの女の子だ、それでいて僕はお前の保護者だ。お前の事は僕が守るからよ、それが守護者だろ。それに、祭りはただでさえ人目が付きやすいから抑止力団体とかあの研究者も来ないだろう」
自然と羽黒の手は美琴の頭を撫でており、美琴はすっかり安心しきった顔で「そうじゃな」と言い頷いた。
羽黒は更に美琴を安心させるために念のためにと袖の懐に忍ばせておいた短刀の木刀を取り出して見せつけるかのように見せて言った。
「それに、もしもの時のことを考えてこれを持っていくからさ。人ごみの中ではこっちの方が使い勝手がいいからさ。それと雪穂、無理で無ければ美琴を守るため少しでもいいから力を貸してくれないか」
確かに美琴の言う通り抑止力団体とかからの攻撃が来ないことはあり得なくはない。そして羽黒だけでは美琴を守るのは少し厳しいと思い、そのため羽黒は雪穂にも手伝ってもらえないだろうかと思ったのだ。だからと言っても彼女の尊重を大切にしなければならない。そのためにも彼女には自分から言わなければならない。そう決意して羽黒は思い切り彼女に手伝ってもらえないかと聞いた。
「分かってますよ。私の出来る範囲で美琴ちゃんを守ります。――それより、祭りに行く時間って大丈夫なんですか」
そう言われ羽黒は自分の腕に巻いてある腕時計に視線を落とした。すると、見てみると既にいい時間となっており、家から出て待ち合わせ場所まで行くまでのことを考えれば今から行っても十分間に合うだろう。羽黒は頷き「そうだな」と言い玄関の扉を開けて待ち合わせ場所に向かうことにした。
祭りの日だけあって金蓮祭が開催される天海神社周辺には出店がいっぱい出ており、普段より人が混んでおり、その場に立っていると人混みに流されそうだ。
出店の種類も多いためなのか美琴は様々な出店にと目移りしてしまい、歩く速度も普段と比べると遅く感じてしま、我慢しろと美琴に言ったとしても無駄だと羽黒は思ったのか、待ち合わせ場所に行く前に何か一つ買ってあげることにした。
「おい、美琴。待ち合わせ場所に行く前に一つ何か買ってやるから好きなのを選んでいいぞ。雪穂も、何か欲しいのがあったら遠慮なく言ってくれ」
それを聞くと美琴はすぐさまに辺りの出店に目を配らせて目当ての物、又は珍しいものは無いかと探し出し始めた。雪穂の方は既に決まっていたのか「ではわたあめを」と言った。そのため羽黒はすぐに近場の出店でわたあめを買ってあげ雪穂にと手渡した。
中々決まらない美琴の方はというと、何かを見つけたのか、腕を組んでいる羽黒の袖を引っ張り出店の方にと指を指して言った
「あの、赤い珠が棒に刺さったのはなんじゃ?皆がおいしそうに舐めておるが」
「あぁ、りんご飴のことか、林檎の回りが飴になっているんだよ」
「であればそれを買ってくれぬか。そのりんご飴と言う奴が気になる」
美琴はそう言うと羽黒の袖を強く引っ張りりんご飴の売っている出店へと引っ張った。羽黒は「分かったから引っ張るな」と美琴を落ち着かせるためにも片手で制しながら出店の者にお金を渡してりんご飴を受け取った。
「ほら美琴、これでいいんだよな」
受け取ったりんご飴を美琴にと渡すと、美琴は嬉々とした表情でそれを口で頬張った。頬張っていた口から一旦りんご飴を放して歓喜の声をあげた。
「こ、これは、なんとも美味な物だな。羽黒よこん何も美味しいものは初めてじゃ」
美琴があまりにも嬉しそうにりんご飴を舐めているためなのか、羽黒は自分のことのように「そうかそうか」と笑顔で美琴に返した。雪穂も「良かったね美琴ちゃん」と彼に便乗するかのように言葉をかけた。
「おや、羽黒さんじゃありませんか」
するとどこからと男性の声が僕にと声を掛けてきた。声の主の方に顔を向けてみるとそこには大体五十代半ばの男性がいた。この少し小太りでいてそれでいて気さくな人柄の彼は天海神社の神主の息子の大竹金井である。
「大竹さん、こんばんは。今年も見回りですか」
「ええ、残りのことは全部下の者に任せても問題ないのでこうしていつも通り見回りをしますよ。――それにしても女二人を連れて、羽黒さんも立派になりましたね」
金井はそう羽黒のことをからかうかのように言った。一方羽黒は「そんなんじゃありませんよ」と苦笑いをしてこれと言った根拠のない言い訳で返した。すると金井は大笑いをして言った。
「わははは、まあ両手に花でいいじゃないですか。それより羽黒さん、やっぱり今年もやってくれないんですか剣舞」
「流石に無理ですよ。父はよくやっていたそうですが僕はあくまで剣道の方なんで」
羽黒の父、和徳は剣舞の方もかなり上手く、よく祭事の時によく頼まれてやっていたのである。しかし羽黒の場合は喋った通りあくまで剣道の方のため剣舞に至っては全くの無関心で知識も皆無なのであった。
「そうですよね、私こそ勝手なこと言ってすいません。では、私は引き続き見回りをするんで何かあったら呼んでください」
金井は「それでは」と言い、軽く会釈をして羽黒たちが待ち合わせとしている場所とは反対の方へと歩いて行った。
すると雪穂は羽黒に疑問の目で見つめた。羽黒はその意図がどのようなものなのか分からず「どうかしたか」と雪穂に聞いた。
「あ、いえ羽黒さんのお父さんって剣舞もやっていたんですね」
「まあね。でも、僕は剣舞にそこまで興味がなかったから父さんの剣舞は見なかったんだ。その結果もう二度と父さんの剣舞を見ることができなくなったんだけどね」
そう言うと気まずい空気ができてしまったのか雪穂が下に俯いてしまった。こんな時はどんな言葉をかければ良いのか分からず羽黒は戸惑っていると美琴がわざと口を膨らませたかのような顔で声を出した。
「そんな事よりもじゃ、早く行かねば待っている真頼殿や影楼と美弥子に申し訳ないだろう」
そう美琴は言うと羽黒と雪穂よりも前に出てゆっくりと歩きだした。
美琴のその言葉に救われ「そうだな。待たせると悪い」と言い、俯いている雪穂の手を取り先に進んだ美琴に続くように再び歩き始めた。とは言っても待ち合わせとしている場所まではあと少しなのであった。どのくらいかと言われると数分で待ち合わせ場所である記念碑にとたどり着く。
もう記念碑が見えて目と鼻の先の所に差し掛かった時だった。羽黒は直感的な物なのかは分からないが、何かしらの者が自分たちを尾行、追っていることが感覚的な何かでつかみ取ることができたのだ。このまま真頼たちのいる場所に行くのも手であるがそのままでは襲われる可能性が高い。そう考え羽黒は、先に集合場所に美琴たちに行ってもらい尾行してくる者を捕まえるだかした方がいいだろうと思いついた。
「あ、すまねぇ。雪穂、美琴を連れて先に行っててくれ。ちょっとトイレ行ってくる」
「はい、あまり遅くなるようでありましたら連絡ください」
そう雪穂は快く受け取ってくれて美琴の方にと駆け寄って事情を話した。美琴は「早くするのじゃぞ」と言い、雪穂の手を握って集合場所の記念碑にと歩いて行った。
それを見届けた羽黒ははわざと道の端の方にと歩いて行った。すると尾行して来ている者は羽黒の方にと近づいてくることが感じ取れた。羽黒はこんなことは今まで体験したことは無く、これが初めてである。もしかしたら美琴が言っていたミャルクヨの奇跡が何か関係しているのかもしれない。そう思うと羽黒はどこか心強く頼もしく思えた。
しばらく歩いているといい感じに人混みの少なく、人目の少ない路地裏があったためそこに入り尾行してくる者をおびき寄せることにした。路地裏の広さはそこまで広くないため囲まれる心配もないだろう。すると案の定なのか尾行して来た者だと思われる大柄な男性と少し小柄な男性が現れた、どうやら相手は二人で尾行して来ていたらしい。
「よく分かったじゃねえか。どこで分かった」
二人のうちで一番大柄な男性が睨みながら羽黒にと話しかけてきた。羽黒は袖の懐に忍ばせている短刀の木刀をいつでも出せるよう準備をして言い返した。
「何となくは分かったさ。人数までは分からなかったけどある程度の距離は感じ取れた」
そう言うと大柄な男性は後ろ側に右手を回した。相手は後ろ側に武器を忍ばせているという事は武器を取るのにある程度の時間がかかるはずだ。であれば武器を取る前に一人は片付けたほうがいいだろう。そう思い羽黒は自分の履いている下駄の片方を足で蹴るように投げ、大柄な男性の顔にと投げつけた。すると下駄は見事に大柄な男性の顔にと当たり少しではあるが怯ませることに成功した。反撃される前に羽黒は木刀の短刀を抜き大柄な男性の腹部にと突き刺した。すると彼は腹を抑えてその場に倒れてしまった。 小柄な方の彼は短いドスを引き抜いてこちらにと突き刺してきた。彼の行動は誰からも見てもあまりにも単調な動きだったため羽黒は木刀でドスを持っている手を叩きドスを手から叩き落とした。小柄な男性は叩かれた手を抑えていたためすぐには反撃をしなかった。このままでもよかったが反撃されても困ると思い木刀を相手の首裏に当て気絶させた。
これで一件落着かと思い木刀を再び袖の懐にしまおうとしたその時だった。羽黒は後ろから殺気を感じてすぐさま振り返った。すると大柄な男性がいつの間にか起き上がってこちらにドスを突き刺して来たのである。羽黒は既に木刀をしまいかけていた時だったため反撃しようとした時には既に間に合わずドスが目前にと近づいたその時だった。大柄の彼はその場で倒れてしまったのであった、倒れた大柄な男性の奥には文鳥亭の姿があり、手には刀のようであり、それでいて刀独自の反りがあまりない刀を木の棒にとしまう姿があった。
「危なかったですね、羽黒さん。大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます、文鳥亭さん。それよりも、えっと・・・」
あまりのことに羽黒は言葉が出ず困惑していると文鳥亭が手にしている物を見て「これですかと」言い、再び木の棒から刀を抜いて刃を見せるように言った。
「仕込み杖ですよ、最近また持ち歩くようになったんですよ。それにしても、まさか羽黒さん尾行されていたことに気付いてたんですね、心配して後を追いましたがこれなら安心です」
「安心って、どう言うことですか?」
「あ、別に深い意味は無いですよ。ただ、紀子さんに羽黒さんのことをお願いされたので。“もしもの時は羽黒の陰で支えて”とのことでして、まさかこんなに早く活躍するとは思いませんでしたが」
母さんときたら、まさか文鳥亭さんにこんなことまで頼んでいたとは。でも、その御蔭でこうして生きていられるわけだ。そう羽黒は思いつつもこればかりは感謝しなければならないと思わされた。
「そうだったんですか、すいません仕事もあるっていうのに。それにしてもどこから来たんですか、後ろからは付いてきたようには思えなかったんですが」
すると文鳥亭は目をぱちくりさせて手を顎のところに持っていき顔を俯かせて「あれ、見えていなかったのかな」と呟き俯かせていた顔を上げて再び語り始めた。
「路地裏に回り込んだときは建物の屋根に飛び移ってここに着地しました。そこまでの移動はほとんど歩いてましたけどね」
「ぶ、文鳥亭さん屋根に飛び移るって、よく飛び移ることできましたね。と言うか何者ですか、というか一般人じゃ出来ませんよ!?」
そう言うと何がおかしかったのか彼は大笑いをして言った。
「まあ、一般人ではないでしょう、そもそも私人と天狗の混血ですから。とは言っても人の血の方が濃い訳ですから空を飛ぶことも羽さえありませんからね。このこと他の人には内緒ですよ、紀子さんは知ってると思いますが」
大の大人である人が噓をつくとは思わないがいきなり、自分は天狗の子なんですと言われると誰であってもきっと驚くか戸惑うであろう。そして羽黒はあまりのことにただただ口をパクパクするしかなかった。しかし文鳥亭はそんなことに構いませず更に話はじめた。
「とりあえずはここまでです。待ち人が待っているのでしょ、私のことはお構いなくそちらの方を優先してください」
そう言うと文鳥亭が何を言っているのかを羽黒は理解して「そうだった」と言い、軽く会釈をしてその場を立ち去るかのように走り出した。それを見て文鳥亭は「それではー」と羽黒に言った。
集合場所である記念碑の所に走っていくと、なぜだか記念碑の所には雪穂だけが立っており、美琴や真頼たちの姿が見えない。不思議そうに駆け寄ると雪穂が羽黒に気付き、近づいてくる羽黒に向かって言った。
「遅かったですね、羽黒さん。美琴ちゃんたちなら先にお友達の方々と一緒に行ってしまいましたよ。確か恵梨香さんっていう方が“じゃあ、邪魔するのも悪いんで私たちで先に回ってるので雪穂さんは羽黒先輩を待っててください”と言いましたので」
雪穂が言っている人は牧瀬恵梨香のことだろう。どうやら恵梨香は何らかの者から羽黒と雪穂の関係を知り、羽黒と雪穂二人で祭りを見て回るように仕向けたようだ。この場合だと美琴が恵梨香に羽黒と雪穂の関係を教えたのだろう。やれやれと羽黒は思いながらも「そっか」と案外まんざらでもない様な顔で言った。
「じゃあ、二人で見て回ろうか、祭り」
雪穂はその言葉を待っていたかのように笑顔で「はい」と頷き、自然と羽黒の手を握り祭りを見て回ることとした。
手を繋がれる行為自体に羽黒はあまり耐性がなく、最初こそ恥ずかしがってはいたものの次第に雪穂と共に祭りを見て回るにつれ自然と慣れていき、手を繋ぐという行為が当たり前だという感じを始めた。
暫く歩き回った後であった。羽黒が「少し休憩をしよう」と言い、近場のベンチにと座り休むこととした。
「ふぅ、にしてもやっぱり祭りって言うのは見て回るだけでも結構体力使うな」
「はい、そうですね。でも、美琴ちゃんと離れても大丈夫だったんですか?」
そう言うと、羽黒は雪穂が何を意図してそう言うのかが分からなかったため「どうして」と雪穂に問うた。すると雪穂は羽黒との距離を更に近づけ肩と肩がぶつかるくらいの距離の場所に座り直して羽黒の肩に寄りかかるように言った。
「だって、羽黒さんは美琴さんの守護者なんですよね。美琴ちゃんから聞きました」
「そっか、美琴の言う通り僕は美琴の守護者だよ。それだったら今美琴が何に追われているのかは聞かされた?」
雪穂は美琴が何に追われているかは教えてもらってないため素直に首を振った。
「美琴はなぜだか抑止力団体って言う奴と科学者に追われてるんだ。抑止力団体って言うのは、美琴からは何やら世界の秩序を安定させるだかそんな感じの団体って教えてもらった。だからって僕は美琴が悪いとは思わない、むしろ間違っているのは抑止力団体の方だ」
羽黒は気づかぬうちに手を強く握りしめており、雪穂はそれを心配するかのように自分の手を羽黒の手の上に載せていた。羽黒は雪穂の顔を見つめ「雪穂」と彼女の名を呟いた。
「今のことだけを見てください、何が悪くて何が正しいとかじゃなくて、今羽黒さんが何をやりたいのか」
すると雪穂は羽黒との顔の距離を更に近づかせ、自分の唇を羽黒の唇にと合わせた。そして数秒もしないうちに顔を離らかせその場を立ち上がり、呆けた顔をした羽黒を見ていたずらをしたかのような笑みを浮かばせながら羽黒に手を差し伸べて言った。
「私の始めてあげちゃいましたね。――さあ、行きましょう。真頼さんたちと天海神社の境内の方で花火を見るよう約束してますから」
そう言われて羽黒は「お、おう」と返事を返して座っていたベンチから立ち上がり差し出された雪穂の手を取り、再び手を握り天海神社の方へと足を運ばせた。
■■■
真頼、恵梨香、そしてその前を歩いている美琴とその友達である美弥子、影楼は花火を見るため天海神社の方にと向かって歩いている。
「いやー、にしても羽黒先輩にお見合い相手ができたのは驚きでしたよ。剣道にしか興味のない羽黒先輩ですからね」
何を思ったのか恵梨香は串焼きを右手に持ちながら唐突に羽黒のことを言い出した。隣で歩いている真頼は「そんなに驚くこと」と言い返した。それにつられるかのように真頼と恵梨香の前を歩いている美琴とその友達である美弥子と影楼の内の美弥子が恵梨香を下から見上げるかのように顔を上げて「どうしてなんだ」と聞いた。すると恵梨香は昔を思い出すかのように言った。
「そうだね、バレンタインの時なんだけどね、羽黒先輩にチョコ渡したらなんて言ったと思う?」
すると真頼が「そんなこともあったね」と顔を頷かせていた。どうやらこのことについて真頼は知っているようだ。美弥子は一体何があったのか気になり今度は体を恵梨香の方にと向けて急かすように言った。これには美琴も気になったのか「どうしたのじゃ」と恵梨香に尋ねた。
「それがね“差し入れありがとう。剣道をやっていく中で糖分は大切だもんな”って言ったんですよ」
すると影楼は苦笑いを浮かべて「あははは」と言った。美琴の方もそれにつられるかのように「それは酷いな」と呟いた。しかし一方美弥子はそれが何を意図するのかが分からず「なんでだ?」とみんなに聞くかのように声をあげた。真頼は美弥子の顔を見て言った。
「美弥子ちゃん、バレンタインにチョコをあげるとしたら美弥子ちゃんはどんな人にあげる?」
「そうだな、やっぱり友達なんじゃないか。友達にチョコをあげるのは当たり前だろ」
美弥子は真頼が趣旨とすることが分からず、無邪気な顔でそう言った。これには少し意外な斜め上を行く答えだったのか真頼は頭を悩ませた。すると恵梨香はそれを助けるかのように補足をした。
「美弥子ちゃん、バレンタインと言うのは好きな人にチョコをあげたりすることなんだよ」
「そうなのか――って、それってつまり恵梨香は羽黒さんのことが好きなのか!?」
すると恵梨香は笑いながら串焼きを持ってない方の手でお腹に手を当てて言った。いきなり笑い出したため美弥子はちょっと驚きながらその場に立ち止まり「どうしたんだ」と聞いた。美弥子が立ち止まるのを合図に他の皆も立ち止まり恵梨香の方を向いた。
「いや、急に笑い出してごめんね、あくまで義理だよ。それに私が羽黒先輩のことが好きでも釣り合うわけが無いよ」
「そうかのう、そもそも恋愛と言うのは釣り合う・釣り合わない、の問題なのか?」
恵梨香少しの間を作り何か考えながら言った。
「うん、でも私はやっぱり釣り合わないよ。それに、今の羽黒先輩にはお見合い相手がいるんだから、彼女がいないよりは安心かな」
真頼は恵梨香の言うことに「そうかもね」とだけ呟いた。それを聞いた恵梨香は笑顔を作って言った。
「さあ、そんな過去のどうでもいいことは置いておいて祭りを楽しみましょう。それに、羽黒先輩たちもやって来たそうですから」
そう恵梨香の向いている方向に皆が顔を向けると、その先には羽黒と雪穂が手を握りながらこちらに気付いたのか歩み寄ってきた。
羽黒と雪穂がこちらに歩み寄ってくるのを恵梨香はニヤニヤしながら見つめると「どうしたんだ」と羽黒が聞いたため恵梨香は手で自分の顔を扇ぐような手ふりをしてわざと暑っぽくして言った。
「いやー、お二人とも仲が良いことで結構。にしても暑いですねー」
恵梨香の手ふりと言っていることで羽黒は何を指しているのかを理解して顔を赤くして言った。
「なんだよ、手を繋ぐことが悪いか?雪穂も何か言ってやれ」
すると雪穂が反応するかのように美琴が微笑するかのように鼻で笑い、羽黒を指摘するかのように呆れた声で言った。
「いやー、なぁ、いくら何でも子供が見てる前でそこまでするのはどうかと思うがな。まあ余はそこまで気にしないから好きにすれば良いがのう」
そう美琴に指摘され羽黒は雪穂の顔を見て顔色を伺った。雪穂も少し顔を赤くはしておるが、嬉しそうな顔で言った。
「別に、羽黒さんが恥ずかしくても私は大丈夫ですよ。どうしましょうか?」
そう言われると羽黒はドキッとして顔を更に赤くしてそれを隠すように雪穂からの視線をずらして前を向いて、こほんと咳払いをして言った。
「た、確かに美琴の言うことも分からなくもない。その、雪穂、とりあえず今は止めるか?」
羽黒はなぜだか疑問形で雪穂に向かって言った。雪穂は少し残念そうな声で「そうですね」と言い、繋いでいる手を外した。そうして雪穂が繋いでいる手を外したその時だった、どこからか大きな爆発音が聞こえた。その方向を見てみると花火が夜の空を覆っていたのであった。気づかないうちに花火が打ちあがる時間となっていたのであった。
「まったく、羽黒先輩がイチャイチャしていたから時間になっちゃいましたよ。どうしてくれるんですか」
恵梨香はそう羽黒に文句を言うかのように、それでいてどこか柔らかい口調で言った。「なんで僕なんだよ」そう羽黒は恵梨香に返すと恵梨香は言葉で返す代わりに笑い声で返した。
今から天海神社の境内にと向かっても間に合わないため仕方なく皆はその場で立って空を見上げるように花火を見ることとなった。
「こうして金蓮祭を皆で来るのも悪くないな」
すると羽黒は花火を見上げながらそう呟いた。羽黒の突然の呟きに雪穂が反応したのか「どうしてですか」と上を眺める羽黒の顔を下からの覗きあげるように尋ねた。それに羽黒は花火を見ながら返事を返した。
「父さんが死んでからあまりこういう祭りごととかには出ないようにしてたんだ。いくら医者からASDは克服したと言われてもまだ不安だったのかもしれない、あるいは父さんと一緒に祭りとか見て回れないことを強く実感してしまい自分を見失いそうで怖かったのかもしれない。でも・・・」
そう羽黒は言い雪穂にと顔を向けた。雪穂はきょとんとした顔で羽黒の顔を見つめて「でも?」と羽黒の言った言葉を返した。すると羽黒は笑顔を雪穂に向けて言った。
「今は安心できる。父さんはいないけど僕の周りにはいろんな人がいる。こうして僕はいろんな人と一緒に祭りに来れた、今なら僕は言えるよ、寂しくないって」
すると雪穂は羽黒の手を握りはにかんだ笑みで言った。
「だったら、来年もこうして来ましょう。またみんなで集まって」
そう雪穂のはにかんだ笑みを見て羽黒もはにかんだ笑顔で「あぁ」と言った。




