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第九章

巨大な観音開きの扉の前。取っ手に手を伸ばした彼は、しかしその手を止めて自嘲めいた笑みを溢した。




慣習、習慣と言うべきなのだろうか。扉とは押すか引くかして開けなければならない。




一般的には。




彼は掌を、扉に向けた。




そしてほんの少しだけ魔力を込める。すると、扉はひとりでに、砕け散った。




「最近の若造は扉の開け方も知らんのか?」




舞い散る粉塵。砕け踊る木片の向こうから響く、呆れの混じる低い声。




口端を吊り上げ、彼は歩を進めた。手の甲で空を払えば、粉塵は強風に煽られたかのように道を開ける。




「今更扉の一枚や二枚、要らないだろう?」




彼が入室した部屋。そこは、広間。玉座の間と呼ばれる、王の日中の詰所。




しかしそこは、天井のない、骨組みが露になったテラスのような。




「開放的でいい感じになったじゃないか。どうだ、うちの参謀からのプレゼントは」




室内を眺め、青空を仰ぎ、無造作に玉座へと歩み寄りながら来訪者、彼は問う。




「剣帝よ」




紺色の外套に、銀の装飾。吹き抜ける風が揺らすのはブロンドの髪。程よく引き締まった細身の体躯を持つ彼は、魔王。




「そうさな。絶景なり。城を再建する必要は無いな」




応えるは、玉座に鎮座する者。最早一枚の絵画のように、そこに居るのが自然。肘掛けに腕を乗せ、平素より険しい表情を更に険しめ、彼方を見据える。




鍛え上げられた鋼の如き肢体が服の上からでも見て取れる。紅の絢爛な衣装を、上に纏っていた。




「貴様が此処にこうして居るということは……奴は間に合わず、失策に終わったということであろうな」




魔王が剣帝に近づくにつれ、空気が張り詰める。玉座は室内においても高台を設け据えられている。




「だろうな。奴が誰だか策が何だかは知らないが」




その足が止まるは、丁度謁見者が跪く位置。しかし当然、魔王は膝を付かない。




仁王立ちで剣帝を見据え、視線を交え、覇気の応戦をし――




先に動いたのは、剣帝。玉座に据え付けた大剣の鞘より一息に引き抜く。




魔王は掌を横に薙ぐことで大気に魔力を練り込み、突風を巻き起こした。距離はさほどない。旋風は即座に剣帝へと辿り着く。




が。




「憤っ!」




剣帝の身体を蹂躙するには足りぬ。大剣のただの一振りで、風は掻き消えた。




「微温いな、小僧! さながらそよ風よ!」


「調子乗んなじじい。今のは小手調べ……だっ!」




いとも容易く防がれた魔法。それに反応するのは片眉が引きつく程度で、魔王は直ぐ様次の魔法を構える。




広げた両手に各々の魔法。右手に圧縮した魔力玉。左手に魔力を解放した大気の淀み。




「一本じゃ二つは止められないだろう?」




先ず右手の魔力玉を投擲。空気を裂く音を響かせながら、それは剣帝へと一直線に向かう。




「我輩をそこらの不器用者と一緒にしておるのか? 相手の力量を推し測るも、頭の務めぞ。魔王よ!」




次撃の想定はつく。おそらく魔力の奔流は鞭状に撓り、向かってくる物だろう。大剣はその質量故に、切り返しが重い。




だからこそ、剣帝は筋肉の鎧を纏った。それを片手でも操れるようにと。




剣帝は、眼前の魔力玉を一刀の元に雲散霧消した。そしてその向こう。魔力玉の影になるようにして放たれた物を見止め、笑う。




そこにあったのは、鞭でも奔流でもない。無数の、魔力玉。




「見てないさ。全身全力で構ってやるよ? 剣帝」




それらは既に放たれており、剣帝目掛けて直線や曲線、放物線を描いて迫りつつある。




今からの回避は、それこそレイテックのように身体強化を瞬時にかける以外ない。




「質より量、か……!」




着弾。タイムラグを置くことなく、次々と魔力玉が剣帝の身の回り、壁面を、床を、破壊していく。




室内の上部が破壊されたときの影響からか、玉座周辺にも粉塵が立ち込める。舞い上がった砂塵が剣帝の姿を覆い隠す。




それは、魔力玉一発一発の威力の強さも表していた。




「俺に油断はない。隙もない。甘くは見、ない!」




姿の見えぬ剣帝。数発は防御されたかも知れないが、手傷は負ったはず。そこを、魔力の奔流で薙ぎ払う。




立ち昇るのは、手のひらほどの歪み。しかし手から魔王の意思で放たれたそれは、硬度を増し太さを増し、大蛇の如く成って暴れた。




二度、三度。玉座目掛けて鞭を振り下ろす。徐々に魔王の表情が、緩みだした。




(呆気なさすぎるが……まさか、だよな)




剣帝が既に倒れていれば、この戦はこれにて終い。万々歳でロウズをその手中に納められる。




(……くく。流石に緊張もする、か。まぁこれで片がついているなら良しとしよう)




先刻放った魔力玉。自分がイメージした大きさよりも小振りだったのを思いだし、肩を竦める。剣帝と魔王の頂上決戦。否が応にも動揺はするものか、と。




振りかぶると、魔王は鞭を玉座に一際強く叩きつけた。これで最後にしよう、と。




しかし。立ち込める粉塵の中から不意に一筋の光が差し、鞭を両断した。




完全に不意を突かれた魔王の動きが止まる。そこを狙い、剣帝が。




マントを翻し、光、大剣を振り翳して、玉座壇上から跳躍。無駄な動き、躊躇い、迷い、そんな物は一切なく、魔王に向け大剣を、振り下ろした。




「っ!」




辛うじて間に合う。我に返った魔王はすぐさま後方に跳び、剣帝の大剣は床を穿った。




「噂通り、化け物、だなっ!」




迫る追撃は大剣の巻き起こした衝撃波による物。床を縦一線に切り裂き来るそれを魔法障壁で防ぎ、魔王は前方を見据える。




「貴様もな!」




落ち着く暇はない。既に風を切りながら、大剣の刃が眼前に。




半円状に展開していた障壁を一点に集約し、魔王は剣帝を受け止めた。魔法の削られる音が鳴り響く。




「いいじゃないか、化け物。俺は新時代を創るんだぞ? そこらにいる奴と同じじゃ、困るんでね!」




大剣を止めたまま、魔王が手を翳す。その動きを察知し、剣帝は横に飛んだ。




鍛え抜かれたその脚力は、巨躯を魔王の眼前から瞬く間に回避させた。そこを直線的に、衝撃波が走る。




「新時代? ふん! 貴様が政治や民の心の何を解っていると申すか!」




片足が着地。続く足は地に着けず、勢いそのままに身体を反転させる回転力とする。




「悪政者が!」




足、膝、腰、上半身、肩、腕と動力が伝わり、渾身の一撃が放たれる。




回避は間に合わぬ。そう察した魔王は、先程よりも更に濃密に魔力障壁を造り出す。




「くっ!」




しかし、薄い。思い描いた通りに魔力が練れない。




大剣が威圧感と風とを孕み、音を切り裂いて。魔法障壁を、切り砕いた。




そして同時に、魔王の身体を傷つける。更に追加の衝撃波が彼の身体を襲い、後方へと吹き飛ばされた。




「浅い……か」




大剣を床に向けて払い、剣帝は魔王へ歩みゆく。歩幅は広く、未だ緊張感は切らせない。




「この……くたばりぞこないのじじいが……っ!」




剣帝の進む先。魔王は身体を起こしながら、手に水晶のように氷柱を生まれさせる。




それを細かな槍のように放ち、剣帝を足止めして立ち上がる時間を稼ごうと画策。




「脆弱っ!」




だがただの一振りでその弾丸は打ち緒とされ、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。




「魔法が使えねばこんな物か? 魔王と言えど人の子よな」




片膝を着くまでにしか時間は稼げず、魔王は剣帝を見上げた。そしてその言葉に、違和感を憶える。




「魔法が使えねば、だと?」




それはおかしい。現にたった今、氷塊魔法を放ったところ。剣帝とて、自分で叩き落としたのだ。わからぬはずがない。




「気付いておらなんだか。ふむ、まぁ良い。この部屋を覆う枠組み。あれは部屋を支えるための物ではない」




話しながら、剣帝は大剣を振りかぶる。戦闘はまだ終わっていないのだ。




「何!? じゃあなんだという? ただの飾りか? 倹約家だという話だったが、所詮は噂だったか!」




振り下ろされるより先に横っ飛びに回避しながら、床に手をつく。そこを軸に身体の向きを変え、剣帝目掛けて放つのは蛇のようにうねる閃光。




「馬鹿め、未だに気取れぬとはな!」




大剣を振り下ろす。狙うは床。石造りのそれを砕き、破砕した岩盤にて魔法を叩き潰す。




魔王の放った三本の光の波は、消えた。




「……おい。俺に何をした」




疑問が確信に変わる。魔王は今、数十本の閃光を放とうとした。しかし、実際に現れたのはたったの三本。




魔力玉の大きさも。イメージ通りの物が生み出せなかった。氷も、本数速度共に心残り。極めつけは今の閃光。




「気付いたようだな」




剣帝は笑って見せる。頬に刻まれた皺が更に深まり、その笑みの度合いを示した。




「貴様の魔力は、今こうしている間にも急激に失われている。それがあの枠の効果だ」




跳躍。剣帝を見据えていた魔王は即座に飛び、斬撃を回避する。片手を床につき体勢を整えるも、剣帝は既に振り返っている。




迂濶に動けば、そこに大剣を見舞われるやも知れない。挙動を窺う。




「確かに魔法が使いにくい節はあったが……。なるほど、そういう種とはな」




くくっ、と笑みを洩らし、魔王はやおら立ち上がった。覚悟を決めた訳でも諦めた訳でも、ない。




「手品レベルだな。種がわかればどうということはない!」




語尾に力を込め、それと同時に駆け出す。足には脚力強化の魔法を普段よりも強く掛けた。




「時間の経過と共に負荷は大きくなる。今貴様に課せられているのは……。十倍。普段ならば一で済む消費魔力が十必要になる訳だ」




いつもの十倍の速度で魔力を消費すれば、すぐに底もつく。剣帝は読んだ。




これはただの突進。魔力を無駄にしないために、消費の抑えられる身体強化系をメインに攻撃して来るつもりなのだろう、と。




「浅薄!」




向かってくる魔王に向け、剣帝は大剣を薙いだ。未だ剣の間合いの外。しかし魔王に向け迸る衝撃波。




「どっちがだ、おいぼれ!」




しかしそれは、魔王の予想通りの攻撃。脚力強化を更に上掛けし、魔王は跳んだ。剣帝の体躯を軽々と越えた高さ。




空中で身を一回転し、剣帝の後方に着地。だが。




「それが浅墓と言うのだ!」




それすらも剣帝は見通していた。敢えて剣身ではなく衝撃波で魔王を狙ったのは、振り抜いた後に自分の動く時間を作り出すため。




身を捩って力を溜めていた剣帝は、すぐさま背後に向けて剣撃を繰り出す。




「負荷十倍? ハッ! なら。十倍練り込んでやればいいだけだろう!」




半円状に展開された魔法障壁と大剣とが、衝突する。赤青黄緑と、火花のように魔法が抉れ散る。




「相手を履き違えるな。百倍でも足りないぞ剣帝!」




障壁は破れない。魔王が手を薙げば、大剣が押し返される。




もう片手を薙ぐ。すれば、半円状の魔法障壁が沸騰するかのように蠢きだし、剣帝に狙いを定める。



「崩御せよ、剣帝!」




刹那。魔法障壁は槍と化し、剣帝の肢体を細く多く貫いた。




「ぐ、ぬぅ……っ! これしきで……!」




その上、大剣を受け止めている魔法障壁は健在。剣を押し切ることも出来ず、迂闊に引くことも出来ぬ。




一本一本は細かれど、数が多い。腕を、肩を、脇腹を、太腿を捉えられ、大剣を押す力が抜ける。




「負けて……!」




だが。双眸を見開き、柄を握る手に力を込め直す。




「成るものか!!」




手首を捻り、剣帝の振るう大剣は。




「我輩には、民を背負う義務があるのだ!」




魔法障壁を、切り捨てた。押し切らず、受け止められた部分だけを切り払った。




「超。超面倒臭いな剣帝……!」




バックステップで距離を取る魔王。しかし跳んだ直後に彼は後悔した。




「我輩は膝を着かん」




大きく飛び退さった訳ではない。軽く跳んだ。しかし、魔王の瞳に映るのは。




「我輩の双肩には民の想いが」




大剣を持つ右手を自身の左脇下に遠し、身を捻る姿。それは今までにも見たことのある構えだったが、威圧感が違う。空気が違う。覇気が、そして。




「我輩の大剣には民の志が」




殺気が、違う。




「全て積重しておるのだ!」




振り抜かれた剣は、豪速。魔王リオンを以てしても刀身の煌めきすら目に映らない。




剣帝の姿勢のみで剣が横一文字に薙がれたのだと理解した、刹那。




剣帝の肢体から血飛沫が舞い上がる。それは身体を貫かれたにも関わらず全身を利用して剣撃を放ったため。




そして魔王のブロンドの前髪が、そよ風にふわりと撫でられる。




(風……?)




今日はほぼ無風。髪を揺らし、体感するほどの風は感じた憶えがない。




(……ッ! 不味い!!)




剣帝が大剣を振り切ってから、風が魔王の髪を流れ、魔王が全てを悟るまで、一瞬の出来事。




勘づいた魔王は条件反射にも似た速度で、魔法障壁を作り出した。加減はなし。瞬時に使える全力、全魔力を以て。




半円状の魔法障壁は周囲の景色を歪めて見える程に濃密に精製され、それが出来上がるや否や。




轟! と。まるで疾駆する騎士を馬ごと受け止めたかのような、激烈な衝撃が押し寄せる。




「剣……帝……っ!」




魔力障壁に内側から両手を翳し、更に魔力を込める。大半を障壁に費やし、更に負荷による消費も多大。




「俺は……魔王だっ!」




それでも、胆の底の底から絞り出すように、魔王は全神経を集中する。




「魔法を極め、国を治め、軍を束ね、民を率いる、魔王だっ!」




剣帝の放った神風の如き衝撃波を、徐々に押し返す。掌が焼け付くような痛みに晒されようが、洩らした衝撃波が頬を裂こうが、押し返す。




「俺は、世界を統一し、世界を手に入れ、唯一神の如く崇め奉られるべき――」




腕の血管が悲鳴を上げて切れる。掌が焦げる。




「魔王だっ!!」




だが。完全に。魔王は。剣帝の渾身の一撃を、押し返した。




「軽い! 軽いな! お前の想いも! お前の背負う物も!」




弾くか流すか掻き消すか。威力の弱まり魔力に支配された衝撃波は、己の行く末を預けるのみ。ぎりぎりと魔法障壁を削るのは、半ば惰性とも言える。




「世界は俺の手に! 俺の意のままに! 全ては、俺が支配してやろう剣帝!」




片手を魔法障壁から外し、首を斜に傾けて視線を衝撃波から剣帝に移す。勝ち誇った笑みと共に。

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