第八章
降り下ろされ、ない。
レイテックは周囲で何が起こっているか全く知らない。ただその耳に、薄い意識の耳に、大小の様々な呟きが聞こえた気がした。
「レイテックさんレイテックさん。大罪者……斬らなきゃいけないでしょう」
その内の一つ。囁くような声が脳に響く。
「貴方は死神と呼ばれたくて……、殺したくて斬っているんじゃない。斬り伏せねば。殺さなければ悲願が達成出来ないのをわかっているんだ」
声の主が近いのか遠いのかすらわからない。けれどそれは、周囲の喧騒を掻い潜りやけにストレートに届く。そう。
「村を焼くのが、人を切るのが、肉を消すのが愉悦至極だという人間は、この戦と同じで終わらせなければならない。……違いますか?」
耳元で囁かれているかのように。
「そんな相手こそ、貴方が。自分の手で。冥府へと送らなければならないんだ」
「あぁ……そうだ……」
初めての返事。相槌を打っただけに近いそれをも、声は逃さない。
「でしょう? さぁ、大鎌を握って。夢を叶えるための道具を握って」
戦災孤児。それを無くすために、刃を降るって来た。誰にも言わなかったが、ただひたすらに。
鎌を持つ手に、少しだけ力が戻る。
「顔を上げて。大罪者を見据えて」
深呼吸は終了。……まだ身体は動く。なれば、己の成すべきことを成さねばなるまい。
目線は床。だがそれでも、顔を上げた。
「斬るのです。斬殺に愉悦を憶え、感触に陶酔し、身震いする……」
視線の先、床には男が寝転んでいた。否、違う。男だった肉塊が転がっていた。
顔をもう少しだけ上げる。そこには、顔面に笑みを張り付け、笑いを押し殺すようにしながら立っている男が。
「大罪者を」
半分以上背中を向けているせいで顔の判断は出来ない。だが、煌めく銀の錫杖は見覚えのある気もする。
が、それよりも特筆すべきは、足元に広がる血溜まりを見て、男の口端が更に吊り上がったこと。
そして、鼻で笑ったこと。
レイテックの脳裏に、故郷が焼かれたときの光景がフラッシュバックする。確か、誰かも、あんな風にして。
ワラッテイヤガッタ。
「……ああああぁぁぁぁッ!」
瞳に狂気の色が再燃する。魔法も何もない。ただ身体を弾みに任せ、大鎌を振りかぶり突進。
しかしそれでも相手が振り返るよりも早く、間合いに入る。死の間合いに。
同時に振るわれた深紅の大鎌は、相手を深々と切り裂いた。
「お前……何……」
斬撃を見舞った相手が声を洩らす。聞いた瞬間に悟れる相手。はっとして顔を上げると、そこにいたのは、やはり思い描いた通りの相手。
「……ストーン……」
ビショップの片割れ。戦友。だが見開いた瞳はすぐに収縮する。
「……大罪者め」
蹂躙を愉悦と話した。破壊を至極と話した。ストイックさは裏返せば、ナルシズムと同義。
己をただひたすら戒め磨くのは、己の欲望をただ満たすため。
「大……? お前、何を……」
「聞く耳なし。ツケを払え」
大鎌を、もう一振り。それは容易く、ストーンの胴を切り裂いた。
「レイ……テック……?」
疑問系の呟きを洩らし、ストーンの身体が傾ぐ。方向はレイテックの側へ。
避けもせず、レイテックは自身の胸にてストーンを受け止めた。違う。避けられなかった。
傷が深い。血が止まらない。治癒魔法は使えない。
ここはどこだろうかと今更ながらに周囲を見渡す。もしかすれば医療班が近くにいるかも。
そして、眉根を寄せた。
そこは広間。石造りの部屋で、広さも高さも申し分ない。加えて、カーテンや絨毯、暖炉など、装飾が施されており豪勢。
レイテックの記憶に、このような場所は存在し得ない。彼の知るギャミックの支配下国にしては、絢爛すぎる。
「ここどこだよ……ストーン」
問えど、彼の抱き留めた彼から返答はない。半ば呆然としつつ、彼は視線を落とし、気づいた。
足元に倒れて、血溜まりを形成していたのは、敵国の増援軍。その司令官である、と。
失血から薄れゆく意識で彼は考える。
ストーンは今、ここで、本当に笑っていた?
自分が戦災孤児であることを知りながら、彼に情報を流すおそれのある参謀に、自分の秘密を話した?
沸々と疑問が湧き上がる。理由は、ストーンの最期の表情。
心底信頼していた者に裏切られた、信じられなかった、絶望と困惑と混乱と悲哀に満ちた表情。
「ストーン、お前、本当に、村を焼くのが好きだなんて」
今更ながらの問い。面と向かって尋ねられなかった問い。
信じられなかったが故の問い。
答えは――
「その真っ正直な男にそんな趣味ある訳がないでしょう、馬鹿ですね」
吐き捨てるように、与えられた。声の主は背後。そちらへ視線をやると、そこには金髪の男が立っていた。
「そりゃ……どういう……?」
「そのままの意味ですよ」
眼鏡を押し上げ、紺色の外套を纏った男はただ淡々と告げる。
「ストイックが度を越して殺人衝動を? そんな訳ないでしょう。ストーンは貴方のことを心配してましたよ、えぇ。ビショップの片割れである貴方の夢は、自分の夢だとね」
知らされる、真実。今。今更。
「お前が……昨日言ってたのは……」
「全部嘘。ああ言えばこう成ることはわかりましたからね。貴方の性格からして」
踊らされた。その挙句に、自分を信じていた、信じてくれていた、戦友を、自分は。
「あの世でどうぞ仲良くやってください。向こうは戦はないでしょうし」
失意に打ちひしがれ、気力も魔力も欠片すら残らぬレイテックを。
目映い閃光と熱が包んだ。




