第七章
不意に現れた魔力砲。それの下敷きになり倒れた兵士はいなかった。
本陣の後方に転移させたのだ。下敷きになる方がどうかしているとも言えるが。
「さて」
台座から飛び降り、リブラティエは魔力砲を見上げた。練りに練った集大成のそれは、眺めているだけで充足感を与えてくれる。
だが、まだ終わりではない。ただ眺めるために作った訳ではないのだから。
紺色の外套を羽織った作業員を見ると、指示を出されぬまま彼らは仕事を始めていた。
良し、と頷き、リブラティエは魔力砲の前面へと向かう。目標の見える位置まで。
上手くいくに決まっている。誰が図面を引き、工事を監修し、調整にまで顔を出したと思っているんだ。
彼はそう自分に言い聞かせた。これは彼の計画に於いて非常に重要な意味を持つ物。
しくじれば、彼の夢は掌から溢れ落ちるかも知れない。
(照準の狂い、タイミングのズレ、魔力の加減、一つとしてミスらせない)
魔力砲前方部、発射口の下に彼は立った。見上げて筒の角度、向きを確認する。
「問題なし」
この一帯の地盤魔力は安定した数値を記録している。それは調査済み。
よって放たれた魔力が突き進む上で湾曲することもない。
一つ一つ心中で確認する。その間にも、魔力砲には着実に魔力が充填されていく。
そして彼は、全てに問題がないのを確認した後、指示を出した。
「目標…………ロウズ帝国、剣帝居城」
「目標! ロウズ帝国! 剣帝居城! 照準狂いなし!」
右腕を広げ、指し示す。彼方を。敵国を。目標を。
剣帝を。
「消し飛ばせ。魔力砲、発射!」
魔力が貯蔵庫と発射口の両方から取り込まれる。魔力は炉に入れられ、そこで超圧縮される。
炉から発射口まで流れ辿り着いた魔力は、一定量溜まるまでそこでプールされ、量が満ちるや否や、既に解放されている発射口より――
轟爆音と共に撃ち出された。
蒼の波動は発射口と同じ筒、円柱的に放たれた。直径にして5メートルはあろうかという程の発射口から、それと同じサイズの魔力。
普段は目に映らぬ魔力が、超圧縮され凝縮、高密度になることで視認可能になる。
風を切らぬ。火を起こさぬ。
水を流さぬ。土を揺らさぬ。
風を飲み込み、火を身に宿し、
水を蒸発させ、地には残骸の一片も残さぬ。
刹那の時を疾駆する閃光。極大かつ極光かつ極限かつ極冠かつさながら旭光。
虫の報せめいた物を感じた何人かが、ロウズ城内で首を傾げた。その瞬く間の後。
ロウズ城の天守閣が消え失せた。
更にその周囲も抉り取られたかのように円形に破壊される。ロウズ城は、一瞬にして壊滅的な損傷を被った。
「素晴らしい……!」
「半端ないな」
「壮絶……」
「ば……か……な……」
リブラティエ、リオン、ストーン、そしてホウギ。各々言葉は違えど、感想は同じ。驚愕。
「しかし……あの化け物のような剣帝のことだ。もし直撃を受けていたとしても生き永らえているだろう」
ひとりごち、リブラティエは眼鏡を押し上げる。上目遣いに睨むは剣帝居城。
「だがこれで死なれちゃ詰まらない。計画にも差し障りが出ると言うもの」
金糸を掻き上げ、リブラティエは青の双眸を柔らかく閉じる。何かを嗜むように、表情を弛めて。
「魔王様」
呼び掛ける声。小さな呟きにも似たそれは、しかし紛うことなく彼方へと届く。
「なんだ参謀」
返答は直ぐ様。思いの外落ち着いた調子で。
「ご覧になられましたか?」
「無論だ。想像を絶する威力だったな」
「はい。対魔王様用の兵器でありますから」
「……首を洗って斬首刑を待て」
軽口を叩くと、高揚し過ぎた気分が冷静さを取り戻して来た。天守閣を破壊したとて、未だ終わりではないのだ。
この戦最大の策は、これから始まる。
「魔王様。剣帝の持つ、国宝である大剣には退魔の力があります。元来殺しても死にそうにない帝ではありますが……」
「あぁ、それはオレも知っている。それで?」
やはり魔王は冷静。だが話の促し方に一抹の違和感を憶えたリブラティエは、そこからある結論を導いた。
「その砦、山麓の魔力が淀み溜まる位置に拵えてあるのです。そして城の地下にはある物を建造しておきました」
この話、魔王は食い付く。そうリブラティエは確信しつつあった。
「まさかさっきの大砲じゃあるまいな」
「そこまでの予算と人間は割けませんよ。魔方陣です」
魔法での会話では、表情までは見えない。気を抜いたリブラティエの表情が醜悪に歪む。
「ロウズ城後方約一キロの地点に繋がる、転位魔方陣を」
告げられた事実は、ロウズの兵が聞けば失神しそうな物。魔法の研究が殆んどなされていないロウズでは、例え魔方陣を見つけたところで使用どころか対処のしようもない。
ただ手をこまねいているしかないのだ。
「お前という奴は…」
魔王の口端が歪む。ひどく楽しそうに、ひどく満足げに。
「たまには落ち度を見せてみろ。可愛げのない」
「申し訳ありません」
言葉を交わし、互いに失笑を洩らす。それは、さながら勝利を確信した者の余裕にも似た。
「僕も後から参ります。……平原で緒戦の勝利を納めた後で、全軍を率いて」
ロウズは気付かなかった。気付けなかった。敵国の参謀の、致命傷を与えるに足る、一撃必殺の策に。
「わかった。この砦は空にするぞ」
「問題ありません」
「じゃあ……城でな」
「はい」
笑みを含んだ口調で魔王は言葉を紡ぎ、交信を切った。リブラティエは喉の奥で笑いを押し殺しながら、眼鏡を押し上げる。
「僕も向かわねば、ね。やることを全て済ませて」
見上げた魔力砲は、先刻までと一切変わらず聳えている。夜明けと共に火蓋を切った戦。
時刻は間もなく昼に差し掛かろうとしており、強い日差しが眼鏡越しにリブラティエの瞳を刺した。
目を細めて俯くと、目蓋に残った残像を振り払うかのように彼は頭を振り、それから。
手近にあったコードを一本、引き千切った。
暫くコードを見詰めていたリブラティエは、外套の中にそれを仕舞う。
そうしてから、何事もなかったかのように声に魔法を掛けて響き渡らせた。
「僕は平原に向かう。これより軍を撤退させ、勝利と思ったロウズ軍を魔力砲で殲滅する。照準を平原に固定し、持ち場から離れぬように!」
その指示に対し、魔力砲の右側、左側、後方などから、次々と了承の声が上がる。
受けたリブラティエは、良し、と頷き、戦場へ向けて歩き出した。
未だ、現状がどうなっているか知らぬままに。
ギャミック軍、西側奇襲部隊。
ロウズ軍弓兵大隊により壊滅。
中央、正規直進型大隊は西側の弓兵大隊により相当数の負傷者・死者を出し、手痛い損害を被る。
残存する部隊と、レイテックの死神部隊とが弓兵大隊・剣兵らと交戦中。
東側奇襲部隊。
奇襲には成功したものの、ホウギと、駆け付けた他国の援軍により……壊滅。
レイテックは未だに無傷。
ロウズ軍から見た戦力図。
前後左右関係なく、外側に剣兵・長剣兵を置き、内側に短剣兵を配置する、回の陣形が功を奏した。
被害拡大はすぐに食い止められ、西側からは弓兵大隊が、東側からは隣国の応援が駆け付けた。
しかしビショップ・レイテックの率いる死神部隊に苦戦。
弓兵大隊は約半数を失い、回の最前列もかなり薄い。
総力で言えばロウズの方が圧倒的に上回っており、優勢。
しかし、魔力砲による居城直撃は、士気に大きく関係した。
ホウギの呼び掛けで持ち直しはしたものの、これから先どうなるかは不明。
そして援軍は、ホウギの命を受けた。司令官を含めた半数はロウズ城へ。残りの半数がロウズ軍へ一時的な頭を垂れる形に。
リブラティエの策を知らぬホウギのこの決断が、明暗を分ける。
「ヘレット」
大鎌を構えるレイテック。小さな鍔鳴りは、殺意と共に風に乗り、標的へと届く。
振り返るロウズ軍剣兵たち。レイテックは彼らのことなど微塵も知り得ない。初対面。
しかし躊躇など欠片もない。これは戦であり、殺し合いであるのだから。
「フーロ」
死の数字。呟くと同時に足が前へ出る。転移魔法のように、誰の目にも止まらずにレイテックは移動した。
そう、移動しただけ。
吹き出るはずだった鮮血は舞わず、倒れるはずだった兵士は身動ぎしただけで驚きに顔を歪め生還する。
一拍遅れ、金属同士が噛み合う高い音が周囲に響いた。
片眉のみ吊り上げ、怒気に顔を歪めてレイテックは相手を見上げる。
大鎌と噛み合ったのは、刀。それをかちあて攻撃を受け止めたのは、スキンヘッドに細身の体躯。他の兵とは違った意匠の着物を纏った男。ホウギ。
「邪魔すんな……ハゲ!」
大鎌を力任せに振り抜き、刃とは逆の柄でホウギに殴りかかるレイテック。
「ハゲじゃねぇ! 剃ってんだ!」
上体を反らすことでそれを躱すと、身体を回転させ遠心力を加えた刀をレイテックに放つホウギ。
「同じようなモンだろォが! すっこめ! ひっこめ! それか……」
右手と左手の間の部分の柄でそれを防御し、即座に押し返す。角度が垂直でなければ、柄を走る刀に指を持っていかれる。自信と実力があるからこそ出来る防御。
「死ね!」
押し返され踏鞴を踏んだホウギの胸元に、大鎌が薙がれる。その射程の長さから、中距離武器に分類される大鎌の間合い。
「だ、れ、が――」
踏鞴を踏んだ。そう見えたレイテックに、落ち度はない。誰もこの状況で敵が舞いの音頭を刻んだなどとは考えつかないだろうから。
「退くか!」
ホウギがバランスを崩したと思ったレイテック。必殺の間合いで放った、必殺の一撃は。華麗に後方宙返りで躱された。
「軽業師かてめェ…ッ!?」
着地。それと同時に放たれる剣撃。横薙ぎでもなければ袈裟斬りでもない。ただ間のみを計って放たれた一撃。
「そういやぁ……」
それは驚愕に色を染めたレイテック。その胸元から肩にかけてを刀が切り裂いた。
「まだ名乗りも上げてなかったな」
斬撃が来ると悟った瞬間に飛び退いたレイテック。傷を負ったものの、距離は空いた。
「ロウズ帝国参謀、羽吾司 法義。吾、自由の羽を司りし法に義のある者よ」
「……長ェよ、クソ」
追撃はない。名乗りは武士の礼である。しかし今、この戦場に於いては二文字の言葉に置き換えられる。
「余りに裕過ぎてな」
余裕、の二文字に。
「あァそうかい! ならその頭にしっかと刻んでおけ!」
リズムは取らない。肩から出血し紺の軍服が朱に染まるのもいとわず、大鎌を振り上げてレイテックが叫ぶ。
「ギャミック国ビショップ! 『死神』レイテックたァ……」
自身に魔法をかけ、筋力を増大させる。ホウギにはわからない。されど、瞬間的に増した威圧感に歯を食い縛る。
「このオレのことだッ!」
金属の噛み合う音。凡人ならば認めることも出来ぬその速度を辛うじて見止めたホウギは、防御のために刀を引いた。
しかし先程よりも速い動きに対応しきれず、腕に斬痕を残す。
(速くなってやがる……! それにビショップだと……!?)
予想外の敵。精々が部隊を率いるナイトクラスだと思っていたホウギは、攻撃速度とも合わせて面食らった。だが。
「クイーンは確か参謀だったなぁ? つまり、お前はギャミックの中で二位ないしは三位の強さだってことだ」
刀を水平に構え、峰に手を添える。対峙する相手を睨み付け、口端を吊り上げた。
「お前を倒しゃ、この戦……勝ちが見える」
「ハッ! 寝言が言いてぇなら……寝かしつけてやンぜ!」
元の立ち位置から、再び駿足が来る。構えた刀で滑らせるように円を描き、ホウギは。
「要は音頭だろうが!」
二撃目は食らわぬ。滑らかに、滑らせるかのように、レイテックの斬撃を受け流した。
「ハン、ちっとはやるようじゃねェか、えぇ!?」
ホウギの脇を通り過ぎたレイテックは、しかしその場で急旋回。それと同時に柄を身体に巻き付けるかのように操り、背中越しにホウギの背面を狙う。
「目で追えりゃあ身体はついてくんだよ、ガキめ!」
しかし既にホウギは身体の向きを変えていた。真っ正面に迫る大鎌を難なく受け流し、反応する間もなく下腹部に蹴りを見舞う。
しかし、身体硬化の影響でろくなダメージはない。それでも、的確に突かれた人体急所。刹那のみ生まれる、隙。
刀が、肉を断った。
袈裟懸けに振るわれた刃は、見事にレイテックを捉える。肩口から腰元までを一息に切り裂かれ、レイテックは大鎌を取り落とし踏鞴を踏む。
下は背の極めて低い草原。しかし硬質な大鎌は、それと衝突し小さな悲鳴を上げた。
「寝言を言うのはお前だったな、ビショップ・レイテック」
折れる両膝。倒れきりはしないものの、俯いたその肢体からは威圧感を微塵も感じない。
切っ先を眼前に突き付け、ホウギは問う。
「何か言い遺すことはないか?」
「……す……だ」
それはお決まりの、だが武士の血を引く彼の、礼儀。揺れることもしなかったレイテックは、顔を伏せたまま何事か呟いた。
「声が小さくて聞き取れねぇ。も少し頑張れよ」
眉を潜め、ホウギが言う。本当ならば刀を納めてしまいたいところだが、ここは戦場。集中力を切らせる訳にも、レイテックにのみ集中する訳にもいかない。
「…………無くすんだ」
「何を?」
再び洩らした呟きに、ホウギが若干傾げた頭。そこを。
「戦を! 無くすんだよッ!」
大鎌が背後から振り抜いた。
「な……っ!」
首を傾げたお陰で致命傷とはならなかったが、左肩に突き刺さった大鎌。
持ち主不在のそれを引き抜いて地面に叩きつけ、今度はホウギが踏鞴を踏み、片膝を着く。
「魔王!? 剣帝!? 参謀!? 僧正!? 祖国!? ……関ッ係ッねーッよッ!」
掌を開閉すれば手繰り寄せられる大鎌。それを固く握り締め、レイテックは立ち上がった。
ほんの数秒までとは逆に、レイテックが見下ろす形。瞳は爛々と輝き、顔は覇気に満ち満ちて。
(傷が……深ぇ……っ!)
痛みに歪む表情。未だ肩に受けた刃の衝撃が抜けきらない。しかし。
「だ、れ、がっ! こんなガキに……っ!」
無理矢理に立ち上がる。刀は手放さない。しかし肩に力が入らないため、片手に提げたままの状態。
「戦を無くす、だぁ……? お前んとこの魔王みてぇな喧嘩っ早ぇ奴が治めたんじゃ、なくなんねぇよ!」
身体を捻り、勢いをつけて右腕を持ち上げる。その肘を左手で支え、刀を頭の横に構えた。
「剣帝のやり方じゃぬりィんだよ! 反抗も反逆も許しちゃいけねェ! 絶対的な支配じゃなきゃ、結局人間なんざ変わんねェ!」
魔力を込める。腕に、手に、脚に、足に、全身に。
「上から押さえつけるなんてやり方で、本当の笑顔が生まれるわきゃないだろうが。人と人との温もりん中で、義の中で! 心てなぁ育つんだよ!」
敵を見据える。その一挙手一投足すら見逃すまいと。次の一撃に、全てを懸けると。
「笑顔? ハッ! 温もりィ? ハッ! 義だ、心だ、そんな下らねェ物、ガキん頃に捨てて来ちまったよ!」
「あぁそうかい。ならお前にオレぁ斬れねぇよ。――そんな軽い刃じゃなぁ!」
言葉に、レイテックは奥歯を噛み締めた。強化しすぎた身体が悲鳴を上げる。
しかしそれでも、大鎌を振り上げ、地を蹴る。それは駿足を超えた、瞬足。瞬く間すら与えず、レイテックはホウギの元へ。
それは嘗て無い速度。
交錯は一瞬。
すれ違った二人。互いに全力を以て、己の武器を相手に振り切った。
一人は、自分が背負う物を全て重みに変えて。
一人は、自分が捨てざるを得なかった物を迅さに変えて。
「クソっ……タレ……っ」
そして、倒れた。もう一人は背中を越えて草原に身体の落ちる音を聞き、愛器を切っ先を下げる。
軍配は、己が感情を捨てざるを得なかった原因を無くすと言った男に上がった。
「てめェだよ……最期まで悪あがきしやがって……」
袈裟懸けの傷が、二本に増えていた。ばっさりと斜めに切り裂かれた傷は、二本目の方が更に深く太い。
「……重てェじゃねェか……」
重傷に加え、精も根も尽き果てた。大鎌を握る手に力が入らない。それでも膝を着かず、レイテックは若干でも体力の回復を行おうと、俯いたまま深呼吸していた。
そこににじりよる、ロウズ兵。決闘にも似たそれには手を出せなかったが、終わった今。彼らの瞳に宿るのは『仇』の文字だけ。
互いに目配せをし、取り囲まれているのに気付かないレイテックへ向け、一斉に、刃が。




