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第六章


彼は放つ魔法を使えない。火を出し操る、水を出し流す、風を吹かし切る、土を揺らし落とす。そういった力が欠如している。




それは幼い頃の出来事に起因しているが、彼は気にしていなかった。今持ち得る力を総動員し、彼は彼の道を切り開き、築き上げた。




攻撃的・防御的肉体強化。腕力・脚力・膜式防御壁・身体硬化。




己の身体をひたすらに強く強く強く。そして杖ではなく武器を持つ。そうして、彼は彼のスタイルを確立させた。




場所は平原。姿は隠せぬ。だが人数がいる。両軍入り乱れての戦では、人が物となり林となり障害物となり森になる。




超前傾姿勢で、彼は機を伺う。一撃必殺で息の根を止める為の。




「すー……すー……すー」




呼吸を目標に合わせる。




「エノ」




数を数える。小さく、呟きで。それに呼応して腕に魔力が回り腕力を強化する。




「ウォット」




数を数える。小さく、呟きで。それに呼応して脚に魔力が回り、脚力を強化する。




「ヘレット」




数を数える。小さく、呟きで。それに合わせて大鎌を掲げ、背負う。




「フーロ」




数を数える。小さく、呟きで。それと同時に彼の身体が消える。一瞬で数メートルを跳び駆けた彼。




元居た場所と、今居る場所。その直線上には何人ものロウズ兵が。否、ロウズ兵だった肉の塊が。




ある者は剣を振りかぶったまま。ある者は周囲を見渡そうと首を伸ばしたまま。ある者は身に魔法を受け、苦痛に顔を歪めたまま。




皆一様に、胴を輪切りにされていた。




大鎌を振り切った体勢で強く息を吐くと、レイテックは身体を伸ばした。




「足りねぇ……」




小さく、呟く。それに呼応して身体強化の魔法が更に強まる。




「もっとだ。もっと、もっと! もっと……」




獲物を探し瞳をぎらつかせる。そこに笑みの付け入る余地はなく、さながら飢えた獣のような表情。




「もっと、死を!」




ぐるん、と首を向けた先には、ロウズ兵の一団。そこに狙いをつけたレイテックは、再び前傾姿勢を取る。




構えるために一振りした大鎌が風を切った。




「レイテックさん?」




数を数えようと唇を開いたレイテックの名が、呼ばれた。意識を集中させていたレイテックは、不機嫌そうに眉を顰める。




「リブラティエか。何の用だ? オレぁ忙しいんだよ!」




それは声であって声でない。耳にではなく直接頭に響く、魔法による交信。




身体を起こし、レイテックは一団から身近にいる兵士に狙いを変え、魔法を発動せぬまま駆け出した。




「戦況はどうです?」


「んな用か!? 問題ねぇに決まってんだろ! 邪魔すんならてめぇもぶった斬んぞ!」




全力疾走で自分に向かって駆けて来るレイテックを、剣兵はたじろぎながらも迎え撃つ構え。




「それなら良いんですが。あ、僕はちょっと所用で指令部から出ますので」


「あぁわかった勝手にしやがれ!」




大鎌を横に引く。剣兵からの横薙ぎをその体勢のまま跳躍して躱し、着地と共に振り切る。




鋭利な刃が剣兵の肉を裂き骨を断ち血の雨を降らせた。にぃ、と顔を歪めるレイテック。その頭に、最早リブラティエの声は響かない。




「もっと……もっと、血を!」




彼は、求める。









 

抜刀。引き抜く際の鍔鳴りが心地よく耳に届く。相手にとっては不穏な音。それに反応し、兵士が振り向く。




無造作に歩み寄りながら腕を上げる。斜めに掲げられる刀が、日光を反射する。




鉄製の杖は接近戦に臨む者の証。それを彼は知っている。敢えて鉄杖を持つ者が多い方向へ向かって彼は歩む。




刀の間合いが何となくわかるのだろう。何か魔法を使おうと近魔擲兵が力を込めた瞬間。




大きめに一歩踏み出し、刀を振るった。何事もなかったかのように。




そのまま歩む方向は変えず、一歩。刀を振るう。速度をほぼ変えず、身体を回転させて勢いをつけると横にいた兵士へ斬撃を見舞う。




周囲を見渡すために首を横に向け、もう一振り。真っ正面から飛来する氷の礫は視線もやらずに屈んで避け、小さくステップを踏むように接近して斬殺。




殴り掛かって来た兵士の杖を両断し、目を見開くその胸を横一文字に薙ぐ。




踏鞴を踏む兵士を草履で蹴り飛ばし、その後ろから機を窺っていた兵士を遅らせる。




その間に背後から迫って来ていた兵士を叩き斬り、横っ飛びに先程蹴っ飛ばした兵士ごと後ろの兵士を突き刺す。




刀を引き抜き血を払うために地面に向けて一振り。肩に一度背負うと、身体を反転させながら勢いをつけて袈裟斬り。




歩みは止まらない。さながら踊るように、ホウギは次々とギャミック兵を斬り伏せて行く。




舞うはホウギ。着物と羽織が翻る度に鮮血が散らばり骸が増える。




無駄の一切ない動きは、彼の策略にも通ずるものがあった。




「……そろそろだな」




舞い踊りながら、彼は呟く。瞳を向ける先は西の方角。森――










コの字型で言えば、東が上になる。ホウギがいるのがそこ。西側には森。




そしてそこに辿り着いた剣兵。ホウギにより伝令を申し渡された彼は、その雰囲気に違和感を憶えていた。




森は高台になっており、戦場を見渡せ、見下ろせる位置。




「伝令か」




誰かが尋ねた。来訪者である剣兵に向けて。しかし姿が見えぬ。気配は感じるものの、誰かがいて誰もいない。




「そ、そうだ、が……なんだ、これは……?」


「その質問に答えよ、とは命を受けていない。伝令は」




ただ淡々と、事務的な口調で問いは続けられた。木々の囁きに混じり、抑揚のない声で。




「う……『うて』と。それだけだ」




吃りながら伝えられた指令。それにより、木々がざわめいた。




「な……っ!?」




驚きの余り、剣兵は踏鞴を踏んだ。木の影に数人。茂みに多数。木上には数えきれぬ程。




そこにいたのは、弓兵団。




「弓兵大隊。番え」




誰かが号令をかける。一糸乱れぬ速度、間で、全員が背中の矢筒から矢を抜き取った。




「標的の指示はない。狙うは最前列」




その号令で各々が角度を変えた。風向きは木々の梢から既に知っている。




剣兵がどうしたらいいのかと狼狽するのを気にも止めず、誰かは命令を下した。




「射て」




風が切れる。




ギャミック軍西側兵士は、集中を切らせつつあった。高位兵が出てくる訳でもなく、奇襲もこれ以上ないほどの成功。




圧倒的有利な状況が、油断を生んだ。




その隙に、矢が突き刺さる。




何の前触れもなく背後より降り注いだ数多の矢。それらはギャミック兵へ突き刺さり、穿ち、貫いた。




「てっ、敵襲!」


「どこからだ!?」


「なんだ!? 矢だと!?」


「被害報告を……っ!」




どよめきたつギャミック軍。元々近魔擲隊が殆んどを占める奇襲部隊。遠距離魔法の苦手な彼らの、何人の頭に反撃の二文字が浮かんだだろうか。




「番え」




その間に、弓兵団は支度を整える。二撃目の。




「射て」




木々の間から、木々の上から、茂みの中から、木々の影から、矢は放たれた。




そして沸き起こる阿鼻叫喚。




剣技の国、剣のみの国、ロウズ。そこに於いて、史上初の弓兵団。




先に奇襲をかけ、油断し、更に矢など考えもしなかったギャミック兵らは、成す術もなく貫かれていった。




「目標減。これより大隊移動を開始する。撤収用意」




誰かの号令。それにより、弓兵団は一斉に片付けを始めた。はたと我に返った剣兵に歩み寄り、一人の弓兵が話し掛けた。




「伝令は終わったんだろう? 早く戻って持ち場につけよ」


「あ、あぁ……」




仲間からの忠言に頷くと、彼は元来た道へと引き返した。途方もなく複雑な心持ちで。




剣技は国技。騎士道は命。しかし弓兵の戦果を目の当たりにしてしまった今、それを邪道と罵ることも上告することも叶わない。




敗北はすなわち終焉。勝たねばならぬこの戦。立案者は弓兵団の存在を知っていた参謀、ホウギだろう。




何が正しいのだろうかと、胸にわだかまりを抱えたまま、彼は己の腰に提げた剣を眺めた。


 

 

ホウギの活躍。それに伴う士気の上昇により、東の奇襲部隊は次第に圧倒され、数を減らしていった。




西の奇襲部隊は弓兵団により壊滅状態。残るは中央突破を目指すレイテックの死神部隊のみ。




戦況は徐々に、ロウズへと傾き出していた。その事実を、リブラティエは未だ知らない。




戦場を離れた彼。所要で離れた彼。戦況を把握していない彼。昨日自軍の兵士を、敵国の剣を以て斬殺した彼は――




謀をしていた。




「転移魔方陣は?」


「問題ありません」




「装置は?」


「問題ありません」




「魔力供給は?」


「問題ありません」




「準備は……」


「万端です」




「良し」




そこはギャミック国魔王城地下。リブラティエは眼鏡を押し上げ、満足げな表情を浮かべながら装置を見上げた。




鈍く輝く銀色。巨大な胴から円筒形を生やしたそれは、通常規格では考えられない程の大きさの、大砲。




弾丸を込めるための穴はなく、その代わりに数多の管が備え付けられている。魔力供給のために。




つまりこれは、魔力砲。




「二発射てればいい。……もういけるか?」


「二発……であればこれで完成です」




返答に大きく頷くと、リブラティエは魔方陣の上に乗った。




「転移を決行する。座標は本陣後方」


「畏まりました。サー・クイーン」




魔方陣に魔力が込められる。それに従い、光り輝き出す。




(全て……全て、計画通り)




リブラティエは恍惚に表情を任せる。何も遠慮は要らない。光に覆われ、兵士にも研究員にも悟られることはない。魔王にも、ビショップにも。




転移。超巨大な質量と、幾人かの兵士と研究員、リブラティエを乗せた魔力砲は戦場へと、飛んだ。




転移の魔力を魔力砲計画参加者以外で感じ取ったのは、玉座で紅茶を嗜んでいた魔王ただ一人。




自身の居城地下より放たれた莫大な魔力。それに違和感を憶えた若き魔王は、直ぐ様カップを置いた。




「リブラティエ?」




魔力で声を飛ばす。先は参謀、クイーン。




「何でしょうか?」




返答はすぐにあった。些かのタイムラグがあるとは言え、普段の会話と差異はないと言える。




「城で魔力の消費があったが、何事だ? 何かしたか?」


「……流石魔王様。本当は決行まで内密にし、驚愕させようとしていたのですが……」




「はっ。この俺に隠し事など無意味だ。全部お見通しよ。……で、何だ?」




肘掛けに凭れた身体を起こし、返答を待つ。退屈でならなかった時間から解放されると思うと、隠し事をされていたのを差っ引いても嬉しく思った。




「戦場の北東方向に、実は拠点を設置してあります。そこにストーンさんがいるので、向かって頂けますか?」




リブラティエの口調もどこか嬉しそうだ、と魔王リオンは感じた。おそらく、内密にしていても見せたくて仕方がなかったのだろうと推察する。




「なら最初からそこに駐在しろと言えば……まぁいい。すぐに向かう」




文句を言いかけたが、止めた。それよりも、従順な参謀の小細工を早く見てみたいと思ったのだ。




「では、ストーンさんと合流次第砦の屋上に上がって下さい。そこからまた交信を」


「わかった。待っておけ」




カップに残った紅茶を煽り、魔王は立ち上がる。戦場から東の方角には山麓が聳える。山々は北へと連なっていたはず。




その周辺に意識を飛ばすと、すぐにビショップ・ストーンの魔力を感じ取った。




リブラティエから連絡を受けて魔力を解放していたのだろうかと思ったが、魔王リオンにとってはどうでもよかった。




すぐにそこを照準に合わせ、転移する。




転移先は、砦、というよりも隠し拠点だった。山の中腹にぽっかり空いた洞穴を利用し、中を綺麗にして人の居住区を作ったよう。




「……山賊か」




それが魔王の初見。




「ストーン!」




遠距離の転移魔法は、いくら魔王と言えど誤差が出る。姿の見当たらないビショップを、魔王は声を張り上げ呼んだ。




薄暗い洞窟内で、何かが動く。そちらに目を向けると、通路のようになっているところからストーンが姿を現した。




「お早いお着きで」


「当然だろう。で、最上部へはどうやって出る?」




「こちらです。中は入りくんでおります故、離れぬようお願いします」


「わかった」




素直に頷く魔王。それを確認し、ストーンは踵を返した。天然の洞窟を利用して築かれたこの砦は、彼の言う通り大層入りくんでいた。




道を知らぬ者が迷い込めば彷徨った挙げ句餓死しかねない程に。




そこを迷いなく進み暫く。斜面の先が開け、明るくなった。薄暗さに慣れた目に強烈な日光は毒。




思わず袖で瞳を庇い、魔王はストーンに続いたまま外へ出た。




「ほぉ……」




普段外を出歩かない魔王は、山の腹から見下ろす眼下が非常に絶景に感じた。




広がる山々。果てのない地平線。緑と白とのコントラスト。




先刻己がいたであろう戦場の指令部も、小さくではあるが目視出来る。




平原で蠢く赤と紺は、若干赤が多いだろうかと気付くと、魔王は舌打ちした。




「ここで何を見ると? まさか戦場を眺めていろと言うわけじゃないだろう?」


「私も聞き及んでいません。時が満ちれば指示を出す、と」




その返答に、魔王は眉を潜めた。てっきりストーンが案内係だと思っていたために。




「リブラティエは何を企んでいる?」


「さぁ……。しかし、戦局は間違いなく有利になると言っておりました。故に、いつでも出れる用意はしておけと」




ふむ……と腕を組み思案を巡らせた魔王は、その弾みに気付いた。




「……待てよ。お前がここにいるということは、他の拠点はおろか魔王城の警備も酷く手薄じゃないのか?」


「その点に関しては私も問いました」




ビショップより下級の兵で一騎当千と呼べる者はいない。ナイトクラスでは、奇襲部隊であっても食い止められぬ。




拠点の一つや二つならまだしも、それが同時に攻められればいたく不利になる。




それを心配しての問いだったが、リブラティエは既に解答を用意していた。




「何でも、調べによればロウズの軍師は正直な攻めを信条としているとのこと。よって、緒戦と同時に他方向への同時攻撃は有り得ない、と」




戦が長引き泥沼化すれば、それも有り得る。しかし、剣帝の人柄を汲み取る軍師は、基本的にまどろっこしい策を善しとしない。




仕損じはしたが、中央突破策然り。曲がったことが嫌いな剣帝にホウギが歯向かったのは、弓兵の件のみ。




それもバレぬように、剣帝が退いて時間が経ったのを確認してから決行した。




基本的に真っ直ぐなのだ。剣帝も、参謀も。つるぎのように。




「成る程な……」




そこまでは知らぬ魔王にも、腑に落ちるところがあった。大戦ではあるが、剣帝が自ら開戦に出てきたのだ。




その騎士道精神重視は、予想出来る。




「……杞憂ならばいい。クイーンの策を、文字通り高見の見物させて貰おうじゃないか」




二人は肩を並べ、戦場を見遣る。


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