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第四章

 

 

開戦までの七日間。ある者は杖を新調し、ある者は新しい魔法を習得し、ある者は魔力のレベル向上を計り、ある者は非常食を買い込み、ある者はひたすらに祈りを捧げた。




しかし大概の人間は平和に過ごしたと言える。元々各地で繰り広げられていた小競り合いや領地争いも、ギャミックが仕掛けた物だった。




故に宣戦布告してからは小規模の陣取りをする意味がなくなったため、ロウズとギャミック間の戦は全面的に中止。




兵の中には予想外の休暇を使い、家族に至れり尽くせりの心遣いをした者もいた。







そして時は瞬く間に過ぎ、開戦当日。




伏線は張り巡らせた。準備は万端、用意も周到。計画には一分の狂いもない。




全ては、この日の為に。




地平線の彼方に山が連なり、そこから朝日が覗く。煌々と幾筋も目映い光の線を発しながら、周囲の気温を上げていく。




東には山々。

西には森。

南には湖。

北には峡谷。




北にずっと行けばギャミックが。南にずっと行けばロウズに着く、未だにどちらの領土でもない開けた土地。




山々を左手に見ながら、紺色の軍団が隊列を敷く。最前列には肩あたりまである大振りの杖を手にした防御魔法特化部隊、魔衛隊。




続いて鋼鉄製の錫杖を手にした、魔撃隊。彼らは近接、中距離を主とする。




その一団の後方部分は魔擲隊。中距離と、メインの遠距離魔法を得意にする部隊。




陣形は横に長く細く広がる、棒状。




最後列には指令部とその守備隊が陣取る。




魔法大国ギャミック。そして最前列の中心に、魔王リオン・レーベルが不動明王が如く立つ。




山々を右手に見るは、相対する赤を基調としたマントの群れ。最前列には人の背丈より大きい盾を持った兵。




そこから続いて、馬に乗り片手に剣を持った騎士。その後ろには剣と盾を手にした剣兵が大量に列をなす。




陣形は順番を待つ人々のように、縦長。




そして最後尾に、同じく指令部を立てた。




剣帝国ロウズ。軍の最前列に立つのは一騎の騎馬。漆黒の肢体に、雄雄しき嘶き。加えて豪華な兜をかぶる。




だがそれに乗る剣士は、更にただならぬ威圧感を放っていた。




広い肩幅。それに見合った筋肉、体躯がマントと鎧の上からでも分かる。マントには赤を基調に金の装飾。




幾重にも刻まれた皺は深く、彼の放つ威圧感を更に増させている。短く切りっ離した髪は白髪。




そして目を引くのは、背負った大剣。大人の胴程の幅があり、剣の大きさは巨躯の彼とほぼ同等。




それこそが、証。『剣帝』の称号を持つ者のみが所持することを許される、国宝。




そう、剣帝ナモーロは騎乗し、自軍の最前列に立っていた。それは、敵方の王が最前列に出てきたがため。




「お前が剣帝ナモーロか?」




両者の間にはかなり距離がある。しかし魔王リオンの呟きにも似たセリフは、易々と剣帝ナモーロの耳に届いた。




「名乗りの上げ方も知らんのか? 若僧め。……だが敢えて答えよう。いかにも! 我輩が剣帝国ロウズが帝、剣帝ナモーロである!」




名乗り上げただけで、兵らが喝采を送る。雄叫びは障害物のない平原に響き渡った。




だがそれに反応ひとつ見せず、ナモーロは口を開くと重厚な声を更に張り上げた。




「貴様がギャミックの王か?」




問い掛けの答えを期待し、待ち、兵が口を閉ざす。ロウズの領地でギャミックに奪われた処もある。兵の中には、唇を噛み締め拳を震わせる者もいた。




「そうだ。この大戦に勝利し、唯一王となる、魔王リオン・レーベルだ!」




一瞬の静寂。その後に、声だけで一国滅ぼせるのではなかろうかという雄叫びが上がる。




魔王の名乗りが終わると同時、兵が自身らに声量を上げるための魔法をかけたためだ。演説時の魔王の十八番である。




ここで初めて、剣帝ナモーロの表情に動きがあった。僅かにだが、嘲笑と驚きを込めて小さく笑った。それから背に手を回し、手首を返す。




「寝言が言いたくば寝付かせてやるわ! 小童が!!」




鉄と鉄の擦れる音。そして掲げられるのは大剣。




「全軍! 突撃!」


「おおおおおぉぉぉ!!」




剣帝が剣を振り下ろす。それを合図に、盾兵が横を向いた。幅は広かれど、分厚過ぎない盾は、兵が皆して横を向くことで通れるだけの隙間を生んだ。




そこからまず飛び出すのは、騎兵。……ではなかった。二列目に配置されていた長剣兵が、横一列に並んだまま疾駆する。




雄叫びを上げながら抜き身の白銀を高々と翳し、朝陽を反射させながら攻め込む。




連なり重なり迫るロウズ兵には、ギャミック兵を上回る気迫がある。




「はっ! 遅いな!」




たじろぐ自軍の兵を尻目に、魔王は嘲笑う。魔王は空に片手を上げ、一言唱えた。彼にすれば、それで十分。




一瞬の後、ギャミック軍のすぐ上に黒雲が生まれる。否、それは雲ではない。




黒く巨大な平たい塊。その正体は、幾重にも幾層にも連なった、槍。




「貫け!」




魔王の号令と共に、槍が長剣兵たちの列目掛け一人でに突き進む。空に浮き、持ち主の意思なく動く槍の群れ。




しかしロウズの兵は微塵も突き進む速度を落とさなかった。彼らの前方に、剣帝が躍り出たためである。




「ほう、遅いとな?」




肩に背負うようにして、剣帝ナモーロは大剣を構えた。まるでそれは、巨大な何かを投擲せんとするように。




「だが我輩には――」




剣帝が剣を下げた。否。目で追えぬ速度で振り抜いた。




「貴様のそれは止まって見えるがな」




大剣が巻き起こしたのは、さながら魔法のような旋風。強靭かつ強烈なそれは、槍の軌道を変えさせるに足る威力を持つ。




しかし魔王を名乗る彼の魔力も半端ではない。風が止んでも後方には槍が未だ控えていた。




「遅れを取るな! 続けーっ!」




飛ぶ檄は長剣兵の最前列にいる、スキンヘッドの男から。彼の呼び掛けに呼応するように、長剣兵の列は更に勢いを増して突き進んだ。

 


 

「勘に障るな、剣帝……。だが所詮剣は剣。俺の魔法軍には指一本触れられやしない」




自身の魔法が打ち砕かれたというのに、彼の顔には笑みが浮かぶ。それは絶対の自信から。




魔衛隊の防御力は彼も勿論知っており、周辺各国にも『完壁』と言わしめた程の魔法壁。




魔王はその力を見せつけてやろうと、敢えて第一線から退いた。魔王の背後に構える最前列は、変わらず魔衛隊。




彼らは長杖を高々と掲げ、口々に防御魔法を紡いだ。半透明の薄い膜のような、円形かつ曲線の魔法障壁が連なりゆく。まるで、両断されたシャボン玉が並べられているかのように。




だが、それでもロウズ兵は怯まない。そして剣帝は、してやったりと唇を吊り上げる。




「斬り開け!」




数多の剣が一斉に降り下ろされる。結果は、無数の悲鳴によって代えられた。




長剣兵の振るった白刃は魔法障壁を切り裂き、幾人かはそのまま斬り伏せられ、また幾人かは長杖を両断される。




「バカな!?」




困惑し混乱する魔衛隊。だがそれ以上に驚愕させられたのは、魔王。自他共に認める魔法障壁が、いともたやすく眼前で破られるとは、予想だにしなかった。魔王が戸惑う間に、長剣兵は更に進む。




「近魔擲隊前へ! 前線を代われ! 遠魔擲隊、敵長剣兵後方に魔擲開始! 増援を寄せ付けるな!」




統率の乱れかけたところに指示が飛ぶ。呆然としていた者、騒然としていた者も我に返り、指示通りに隊列を組み換える。




最前線、交戦は近距離魔法を得意とする近魔擲隊に。その後ろに魔衛隊は下がる。




「……っ! リブラティエ! 何だあれは! 俺の軍の魔法障壁が破られた理由は何だ!」




号令を出したのは参謀。クイーン・リブラティエ。しかし指示の内容やタイミングよりも先に、魔王は剣の正体を知りたがった。




「何らかの効果で魔法が打ち消されています。理由は分かりかねますが」




リブラティエは軍師として必須である戦術以外にも、様々な知識を擁していた。それは旅人としての生活がもたらした物。




並外れた知識量と頭の回転を持ってしても判明しない。その事実に魔王は歯を食い縛った。




「魔王様、ここはお退き下さい」




平地のため、前線で繰り広げられているであろう戦いは見えない。だが音はする。声は届く。




「この戦は俺の悲願だった! それが目の前で展開されているというのに、おめおめと引き下がれと言うのか!」




紛れもなく、戦は進んでいる。




「魔王様の障壁がポーンの比ではないことも、この戦を待ち望んでいたことも重々承知しています」




ポーンの障壁は斬られたとしても、比にならぬ程厚く強い魔王の魔法障壁ならば、破られないかも知れない。




だが、破られるかも知れない。




「万に一つがあってはいけない。いいですか? 貴方は魔王だ。絶対的な力で、圧倒的に粉砕しなければならないのです」




引き止められる。しかし半身で振り返っただけで、心は未だ最前線にある。執着が勝手に反応し、つい戦場に目を向ける。




「それに、魔力が乱れすぎです。派手さだけで中身のない魔法で、あの剣帝を刺せると、よもやお思いではないでしょう?」




魔法とは集中力を必要とする物。多少心が乱れていようが、膨大な魔力でそれを無理矢理カバーしてきた魔王。しかし今回ばかりはそうもいかない。




ある意味力押しの魔法では、先刻の槍のように一太刀の元に斬り伏せられてそれで終い。呆気ない幕切れ。そのような事態もありえるのだ。




「まだ戦は始まったばかりです。これからの日々、月日、歳月を戦い抜くのです。……緒戦は確かに重要ですが、それ以上に魔王様の御身が何より大事です」




戦に勝てども王が不在ならばいかようにもし難い。今まで兵を、国民を、全ての民を率いて来たのは、まがうことなく王なのだから。




「……勝てるのか? 俺がいなくとも」


「策はあります」




ようやく落ち着きを見せた王に安堵の息を洩らしかけ、しかし気持ちを抑えてリブラティエは間髪入れずに答えた。




「ですから、ここは」


 

 

「……いいだろう。お前がそこまで言うんだ。頭を冷やすとしよう」




深く溜め息を吐き、魔王は戦場に背を向ける。それから魔王は紺色の外套の裾をはためかせながら、後方の拠点方向へと歩んで行き、不意に消えた。




「転移魔法……。またそんな無駄遣いを……」




魔力の消費量など彼は気にしない。なにせ無尽蔵と言っても過言ではないのだ。周りで見ている者にとっては羨ましい限り。




(好きにすれば良い)




どこで誰に聞かれるか分からぬ。リブラティエは心中のみで呟いた。




(その自信から来る気の緩みが、死に繋がらぬようにだけ留意せよ、魔王)




彼は怒号鳴り響く戦場へと青の瞳を向け、口端を吊り上げた。それは魔王の見せる物に引けを取らぬ程醜悪。




「戦は美しくあるべきだ」




彼はそう思っていた。思っている。




「この劇もそうしよう。準備は全て終わっている。幕も開いた。後は演者がしっかり己の役割を果たしてくれれば……」




眼鏡を押し上げ、彼は歩み出した。自らの舞台へと向けて。




「僕の悲願も成就しよう」

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