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第二章

 

 

他国の王に比べればリオン王は雛同然の若さである。だが彼には三つの誇りがあった。




一つは魔法王との異名を取る程の魔力。数多の魔法。




一つは若輩にして民を纏め上げ、家臣に絶対的な忠誠を誓わせるカリスマ性。




そして、人の素質を見抜く力である。




「旅人」




リオン王は自身の表情が緩むのを隠せなかった。否、隠さなかった。




薄ら笑いを浮かべた顔と視線が噛み合っているのにようやく気付いたリブラティエは、視線を直ぐ様逸らした。




国王を睨み付けていたと同義なのだ。しかしリオン王の紡いだ言葉に、視線は再び絡み合うこととなる。




「お前、我が軍に頭を垂れる心はないか?」




そして続けて紡がれた言葉に、リブラティエの瞳は眼鏡越しでも判るほど見開かれた。




「今なら空席のサー・クイーン……参謀の地位を与えんこともない」




チェスの駒に見立てた軍の形態を取るギャミックでは、リオン王がキング。




その下にクイーン、ビショップ、ナイト、ルーク、ポーンと続く。そしてチェスと同じ。参謀は王と共に唯一無二、只の一人しか存在し得ないのだ。




これまで沈黙を保ち整列していた兵らも、動揺を隠しきれずにざわめきたつ。




「無論、新顔が己より上位に立つのだ。快く思わない者もいるだろうな」




リオン王は絨毯の左右に列を成す上位魔兵に視線を流しながら言う。ただそれは呆れでも叱責でもなく、心の根から洩れた感想。




「そして欺瞞の眼で見る者もいるだろう。この者は本当に信頼に足るのか――。この者はどこぞの回し者ではないのか――。とな?」




それまで薄く笑みを浮かべていたリオン王は、ここでやおら立ち上がる。リブラティエの跪く位置より元々高い玉座。そこで立ち上がれば、圧迫感はより一層強まる。それにより、色めき立っていた兵らは再び沈黙を取り戻した。




「俺もお前を心底信頼しきってはいない。心の底に払拭しきれぬ程の僅かな欺瞞がある。匙で掬いきれぬ、皿に残ったスープのようにな」




尤も、それは殆んどの家臣に言えることだがな。とリオン王は心中で呟く。だがそれはおくびにも出さず、彼は冷静さを取り戻した参謀候補を高みより見下ろし、再度問うた。




「ハイリスク超リターンと言っても良いだろう。して……いかにする?」




身の振り方を考える時間は与えられない。返答はせっつかれている。




だが元より、リブラティエに迷う余地はなかった。




「謹んでお請けさせて頂きます。国王」




自嘲的ではなく、侮蔑でもなく、日和った訳でもない。リブラティエは柔らかな笑みを浮かべながら、任命を受領した。




笑みを浮かべたのはリオン王も同じ。



 

「この旨奴らに伝えんとな。……おい、そこの一番端の。ビショップ共に召集掛けて来い。今から軍議を始めるとな」




指名されたのは、整列した際たまたまリオン王の一番近くに立った兵。彼は任命に驚き身を一度震わせた後、「はっ、はい」と応じ、小走りに謁見の間を後にした。




「さて……。これから軍議で奴らを説き伏せてから、お前に正式な任命を……」


「恐れながら、それには及びません。国王」




リオン王の言葉を遮り、リブラティエは首を横に振った。怪訝そうに眉根を寄せる彼に向け、こう続ける。




「今は戦時中。それも敵方の拠点を奪ったばかり。いつ敵の報復があるやも知れません。任命式は……」




眼鏡を押し上げ、彼は笑う。不敵に、そして嬉しげに。




「我が国が世界を掌握してからでも結構でございます」




自信に満ち溢れ、しかしそこからは傲慢さなど見えぬ。ただ、志を貫けると信じて止まぬ確固たる想いが、言葉に乗る。




リオン王は確信した。自身の力を。自身の人間を見抜く力が、間違っていなかったと。




「……ふっ。ふははははは!」




そしてそれは堪えきれぬ笑いへと変わる。広く、あまり物を置かれぬ謁見の間には。彼の高笑いが反響し木霊した。




「やはり俺の見込んだ通りだ! これから楽しくなるぞ! くくっ!」




自身のあまりに騒がしい笑い声を抑えようと、リオン王は歪んだ口元に手を当てる。しかし笑いは止まらず、くぐもった声となるだけ。切れ長の瞳は目尻を緩ませ、指から見え隠れする唇は愉快さを表すように歪んでいる。




「よし、下がっていいぞ。俺も軍議場に行かねばな」




口ではそう言いながら、リオン王は再び玉座に腰を据えた。一頻り落ち着くまで休むつもりで。




それを目に捉えたリブラティエは、久方ぶりに立ち上がった。若干痛む膝を擦り、己の主に一礼する。




「……そういえば、まだ名も聞いてなかったな。お前、名は何と言うんだ?」




玉座にて、足を組み肘掛けに頬杖を突きつつ、リオン王は尋ねた。




だが訊かれて初めて、自身が名乗りを上げていないことを旅人も思い出した。




それと同時に、名も知らぬ旅人を、たった一度の殊勲と何度かの問答で参謀に任命してしまう、王の懐の深さも思い知ることとなった。




「……リブラティエ、と申します。リオン・レーベル国王」




されどリオン王を見詰める瞳には、畏怖も恐々とした様も見られない。真っ直ぐに、射抜くような眼。




それで益々リオン王の笑みは大きくなった。




「俺を楽しませてくれよ? クイーン……リブラティエ」


「仰せのままに」




深く一礼し、彼は踵を返した。つい先刻まで旅人であり、今では一国の参謀まで辿り着いた彼。




絨毯の両端整列する兵たちの様々な目――侮蔑・不信・疑惑・畏怖・尊敬――に晒されながら、だが彼は威風堂々とその中を通り過ぎた。




大きな謁見の間。それに見合うよう造られた荘厳な両扉を押し上け、彼は御前を後にした。




------




大扉を閉め、それを背に深い溜め息を一つ。緊張はあった。ひた隠しにしていただけ。




胸を押さえて一息つくと、彼は歩みだした。しかし、その歩の進みは遅い。



急ぐ理由がない上に時間だけは無駄にあるのだ。思案を巡らせながら歩くには最適であるとも言える。




顎に手を添え、腕は組む。典型的な考え事中のスタイル。自然と視線が斜め下に落ちる。故に前方への注意は疎かになり、一瞬だけ、反応が遅れた。




大気が震える感覚。肌を柔く刺されるような、総毛立つ感覚。ただ見られているだけでは陥らない、不安と悪寒と同時に味わう感覚。




(殺気……!?)




その発生源へ向けて顔を上げる。それは、前方。リブラティエが向かう先は左右に分かれた道。




視線が分岐点を捉える頃には、既に殺気は掻き消え誰の姿も見えなかった。




「努々注意を怠るな、と? そういうことか……」




頬を伝う一筋の汗を拭い、彼はひとりごちる。この事態は予想し得る範囲内だった。ただ少し、早かっただけのこと。




知らぬ内に与えられた待合室に辿り着いていたリブラティエは、割り当てられた客間のドアを押し開けながら溜め息を一つ吐いた。




望んだ境遇とはいえ、若干気は重いな……と。

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