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第一章

---1---

 

戦とは、美しくあるべきである。




そう彼は思っていた。思っている。




だがどうだろう。眼下にて繰り広げられているのは、力と力の押し合いであり、最早戦と呼ぶより規模の大きい取っ組み合いと呼んだ方が馴染み良い。




「低俗。下賎」




口を衝くのは貶し文句。彼は湧き上がる胸焼けにも似た感覚を抑え込む為に、無理矢理唇を結んだ。




「はぁ……。行きます、か」




次いで出たのは文句ではなく溜め息。吐息。彼は銀縁の眼鏡を指で押し上げると、崖から山道へと身を翻す。紺の外套が、彼を踊りにいざなわんとばかりにはためいていた。










「怯むなぁ! 押し返せ! 勝利は目前ぞ!」




雄叫びの如き怒号を上げるのは、濃紺の外套を身に纏った男。その頭には既に白髪が混じりだしており、彼の年齢と苦労が推し量れた。




彼の眼前には自身と同じ濃紺の外套が数十、群れをなしており、各々の背中には銀の紋章が刻まれている。濃紺の波の向こうには、甲冑の大地があった。それは数えずとも判断出来るほど、紺色の背を上回る。




甲冑には着色が施されており、それは赤と黄。すなわち、紺色の軍とは対極となる、敵。




彼らは手に手に剣を携えており、激烈な打ち込み斬り合いを前線で繰り返し、今にも指示を出す彼の元へ辿り着きかねない勢い。




紺の軍は、圧倒的に押されていた。




「ぬうぅ……。このままでは……」




自軍の兵士らを鼓舞せんと、先程は有利との声を上げた。だが、戦況の不利加減は誰にも一目瞭然。




「サー・ナイト! 魔擲隊の準備が整いました!」


「よし、放て!標的は最前線だ!」




彼は即応し指示を出したが、それを受けた伝令兵は眉根を寄せた。




「は……! しかし、最前線に放てば味方をも巻き込む恐れが……」




「構わん! 多少の犠牲よりも進軍を食い止めることの方が優先だ!」




伝令兵の進言を全否定し、彼は自身の出した指示を遵守させようと、威厳を振り翳すかのように杖を掲げた。




---2---




その杖が、何かにぶつかり乾いた音を立てた。




「おっと、失礼」




音と声に、ナイトと呼ばれた男と伝令兵とが即座に振り返る。そこには、先刻崖の上にいた彼が。




二人と同じ濃紺の外套。しかし彼らの羽織る物とは若干デザインが異なっている。




「何者だ!? どうやってここに……!」




ナイトは杖の先端を彼に突き付けた。だが彼はさして気にする様子もなく、切っ先と男の顔とをゆっくり見遣るだけ。




少しばかり俯き加減に、陽を反射して瞳の見えない眼鏡の奥から。それから、おもむろに口を開いた。




「いえ、旅の途中でしてね。……戦をなされているようですね?」




物腰も口調もひどく柔らかな彼。そこからは戦場での殺伐とした空気は微塵も感じられない。ただ単に、喧嘩に出くわした、それだけの事のようにすら。




「答えは見て察して頂けるかな? おい、彼を裏から街道に向かうルートにご案内しろ」




返答を聞き、ナイトは杖を下げた。次いで発した声は、口調とは裏腹に棘と緊迫感とを多分に孕む。更に、邪魔者を追い払いたい、と表情が物語っていた。




それは伝令兵にも、旅人である彼にも感じ取れる程の物。だが彼は柔和な態度を崩さず、右手を腹部に、左手を腰に回して一礼した。




「それには及びません。道は分かります故に」


「さようで。ではご覧の通り私は忙しいのでこれにて失礼を。伝令、行け!」




やはりナイトの態度は冷たい。急き立てられるまま、伝令兵は旅人よりも一足先に高台を下

って行った。指示の内容に、一抹の不安感を持ちながら。




擦れ違い様の伝令兵の表情からそれを読み取った旅人は、唇の端を吊り上げた。謀を思い付いたが、故に。




「サー・ナイト?」


「ん!? あぁ、まだいらしたか。もうとうの昔に出立なさったかと!?」




背中に掛けられた声に、ナイトは振り返りながら声を上げた。顔には露骨な嫌悪感が滲み出ており、語尾に行くにつれて荒く不快感が。




「僕はかねてより兵法を学んでいましてね? いかがでしょうか……」




旅人は満面の笑みを浮かべ、ナイトに語り掛ける。それは強制ではなく、進言ですらない。ただの、提案。




(何を言い出すかと思えば……。このこわっぱが……!)




本来ならば一笑に伏し、その背中に蹴りの一つでも入れてやりたい。しかし、兵法は彼にとって未知数。加えてこの戦況。ただ手を拱いているだけで負ける戦である。




ナイトの見解では、勝率は既に一割、といったところだった。




---3---




負けて然るべき、勝てば儲け物。そんな打算がナイトの中で働いた。




「……いいだろう、指示を出してみろ旅人。しかし敗北を喫した場合、よもや五体満足で次の

街にたどり着けるとは思うてまいな?」




旅人は旅人であり、軍人ではない。この契約は戦には一切関係なく、ナイトの八つ当たりに過ぎない。しかしこれに、旅人は笑って返した。




「承知しております。お任せ下さい」




それから、笑顔を崩さぬままに言葉を継ぐ。それを聞いたナイトは顔が引き攣るのを隠せ

なかった。




「では、軍名と戦力、それから地形図を頂けます?」




旅人は戦局を、押されているとしか理解していなかったのだ。だがナイトも軍人の端くれ。今更前言撤回するのは自尊心に傷が付く。




「……我が軍は魔法大国ギャミック。敵は剣帝国ロウズ。最終状況は、我が軍五十に対して敵軍二百四十だ」




半ば投げ槍な口調は、自身の戦功も自軍の勝利も諦めたが故に表れる物。傍らの机を指差し、そこに戦域図があることを示す。




「ほぅ。かの高名な剣帝戴く帝国ロウズと、新進気鋭の魔法王リオン陛下率いる魔法大国ギャミックとの戦でしたか」




遥か彼方、古より続くとされる剣帝国ロウズ。重厚歴史と圧倒的な国土を誇り、戦乱の世相に於いても国内の秩序と和平は揺らぎを知らない。それに加え、剣帝ナモーロの政治手腕は見事の一言に尽きる。




対する魔法大国ギャミックは、数年前に建国されて以来、史上に類を見ない速度で領土を拡大してきた。絶大な魔力から魔法王と称される国王リオンがその原動力である。




旅人の口調に呆れて口を半開きにしながら、ナイトは溜め息を吐いた。




「攻め手はどちらが?」


「我が軍だ。この先に村がある。塀も堀もある、拠点として活用出来る村だ」




戦略で負け、戦力で負け、地の利すら負けている。かような状況ではまともな策を練る間もなければ、兵法の指南書も撤退は敗北ならずと語るだろう。




しかし彼は戦況を確認した上で、こう宣言した。




「二手で勝利の美酒をお出し致しましょう、サー・ナイト」




そして、眼鏡の奥で、にやりと笑った。




---4---

 

 

彼は魔擲隊員を五名所望した。




ギャミックの戦法は基本的に、魔衛隊と魔擲隊により成り立つ。防御魔法を最前線で横一線に張り巡らせ、その背後から攻撃魔法で敵を討つ。




残存兵力は、魔衛隊十八に対して魔擲隊三十二」。ロウズの攻撃力の前に、ギャミックの魔衛隊は陥落寸前だった。




「良いでしょう。手近な者を引き抜いて頂いて結構。手早く頼みますぞ!」




総計五名という数字は、ナイトにとっても支障の出ない数字。当然彼は何の迷いもなく了承した。




快い返事を自身の肚の中で反芻し、リブラティエは笑顔を作る。




「ありがとうございます。では、僕は一度失礼しますね」




言葉を置き去りに、紺の外套を翻し彼はすぐさま歩き出した。ふん。と鼻を鳴らしてその背を見送ると、ナイトは戦況を見るべく視線を前方に戻し、苛立ちを織り交ぜた溜め息を洩らした。




「たった五人で何が出来るというのか……」




今更ぼやいてもしようがない。それでもぼやかずにはいられなかった彼は、ぎりりと歯噛みをし、己の賭けを悔いた。














そんなナイトの心情など露知らず、リブラティエは着々と準備を進めていた。




見つけた順に、五名の魔擲兵。自身を含めてたったの六名。しかし彼は満足げに笑みを浮かべた。




彼の策では、これだけいれば十分なのだ。




第一手として、彼らは軍から離れ後方へ向かい、罠を張った。数もさして多くはないそれは、少数でも難なく設置に成功した。




作業が終盤に差し掛かると、旅人はひとりでナイトの元へと舞い戻り、こう指示した。




後方に撤退せよ、と。




命令に従うのは釈然としないが、発した言葉は翻せぬ。渋々ナイトは、全軍に退却戦の号令を出した。




ギャミック軍の後方は、渓谷。しかしその先には道はなく、断崖絶壁。それすらも、地形の把握すらも、ナイトは出来ていなかった。




彼がその事実を知っていれば、まず反対し抵抗しただろう。文句を我慢し承諾したのは、まさかの出来事。




否。それすらも、リブラティエの手のひらの上のことだった。




近くに拠点を持つロウズ軍は、周囲の地形を熟知している。彼らはギャミック軍が敗北を悟り撤退しはじめたと察した。




当然士気は上がり、意気揚々と追撃を開始し、渓谷に逃げ込んだギャミック兵を追い詰めていく。




そこで。間を見計らい。彼は、リブラティエは。合図をした。




「全軍、撃て!」




逃げ場のない渓谷。ロウズ軍の最後尾を、落石と遠距離魔法による大攻撃が襲った。




面食らい、混沌とする戦場。だがロウズ軍に逃げ場はない。左右は崖。前にはギャミック軍主要軍。後ろにはギャミック軍奇襲部隊。




実際にはたった六名の奇襲部隊だったが、遠距離魔法を一斉射撃されれば、ロウズ軍には知る由もない。




ロウズは。全兵力をもった挟撃に遇い、抵抗する間もなく。




いともたやすく破れ去った。




「まさか……こんなにあっさりと……?」




半ば茫然自失するナイトの肩を、誰かが叩いた。はっとして振り向けば、そこには、満面の笑み。




「二手で間に合ったでしょう? ……勝利の美酒でも飲み交わしませんか? サー・ナイト」




彼は。旅人は。リブラティエは。こともなげにこう宣った。















戒厳令が敷かれた。正確には情報操作と言うべきだが。




しかし人の口に戸は立てられない。唐突に現れ軍を勝利に導いた旅の軍師の噂は、瞬く間に広まっていった。




それからほんの数日後。たかだか数日後。たった数日後。旅の軍師はギャミック軍の元を発ち、次の村に到着していた。




そこに、彼を訪ねて来た者がいた。旅人である、彼を。言われるがまま使者に連れられ、彼が辿り着いた先。それこそが現在地であり、この物語の真の始まりである。










彼は、跪いていた。




天井は高くアーチ状。あまりに広々としすぎている謁見の間は、最早目測で寸法を測れぬほど。そしてその最奥。金で縁取られ、紺色に染められた玉座に、彼は鎮座していた。




魔法大国ギャミック国王、リオン・レーベルの、その眼前に。




「面を上げろ」




玉座の下から大扉まで、氷のような深い青色の絨毯が敷かれている。その左右には何十人もの兵士が寸分乱すことなく列を成していた。




重々しい、酷く重々しい空気の中で発せられた声。それは空気を和らげるどころか、更に荘厳とさせた。




「はっ」




即座に彼は顔を上げる。片膝は付いたまま、仰ぎ見る形で見据える。




玉座に深く腰掛け、頬杖をつきながら、彼は値踏みするように金糸の旅人を見下ろしていた。




「先日の合戦でお前が指揮を執っていたと専らの噂だ。兵の間でな。真か? 偽か?」




さながら、磨き上げられた名刀のようにも、唸りを上げる矢のようにも思える、視線。




だが彼は、身動ぎも臆しもしなかった。




「真にございます。国王」




それどころか、うっすらと笑みすら浮かべて応じた。その不遜な態度と返答を聞き、リオンの片眉が僅かにだけ反応を示す。




それを、リブラティエは見逃さなかった。




「尾鰭が付いているか否かは存じ上げません。しかし僕が戦術を提案し、それが功を奏したのは事実でございます」




国王は押し黙った。ここで事の経緯を全て聞き出すことも出来る。しかし根掘り葉掘り旅人に聞かせ願うことは、国王としての誇りが許さなかった。




家臣を通じて粗方はナイトから聞き及んでいる。虚偽の功績も含まれているだろうが。




国王はその子細よりも、虚実かどうかと、もうひとつだけ確かめたいことがあった。




---↑ちょうど1000文字程---




「お前はなぜ我が国の側に協力を申し出た? 迷って辿り着いたとしても、不利を悟ればそのまま立ち去ることも出来ただろう?」




もしくは、戦に加担などせずに立ち去れば良い。発せずともリオン王の声色からは真意が滲み出ていた。




何故か。さして難しい質問ではない。理由がなければ気紛れだと言えばそれで済むような問いに、しかしリブラティエは顔を伏せた。




些かの沈黙。その後に、リブラティエはギリリと奥歯を噛み締めた。




「僕の家は戦火に焼かれました。両親も。それ以来、僕は戦術を学び、魔法を学びました。怨み辛みを晴らせる絶好の機会だったのです」




再びリオン王を見上げる旅人の瞳。それはリオン王をも焼くような、憎悪の業火を宿した眼。旅人の気配が、四方八方に向かい棘のように広がる。




「それをどうして、捨て置けるでしょうか」




魔力の流れが乱れる。今まで旅人が纏っていた空気を球とするならば、その内側から這い出でようとする何かが、球の外殻に槍を幾本も幾本も突き出しているかのよう。




(……空気が変わったな……)




そしてそれはこちらを向いておれど、自身に向けられてはいない。リオン王を透かして、彼方へと向けられている。




(面白い……。この場で真意は見せ過ぎたくない。故に理性で感情を押し殺し……。しかし、隠しきれない程の殺意は併せ持つ訳だ。くく……っ!)




あの戦場で対していたのはギャミック軍とロウズ軍。そこで自軍に加勢したということは、この殺意が向けられているのはロウズ軍だ。と、リオン王は見抜いた。

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