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第五十四話 マウリ峡谷

 ザントライユ山脈。

 標高約4000mを誇るザントライユ山を中心に、東西に伸びる同盟最大の山脈だ。

 その全長は550km。 王都中央管轄区とザントライユ国領の境界を作るようにそびえており、その両端は同盟の端まで届くほどだ。 ザントライユ国領とその右隣りに位置するヴァロワ国領、左のリヒテンシュタイン国領の三領は全て、このザントライユ山脈が横断している。


 そのザントライユ山の左、100mほど離れた位置にあるのが俺たちが強行突破するマウリ峡谷だ。

 いくつかの小さな町や村を通り抜け、徐々にそのどでかい姿が視界を覆いつくしていく。

 圧巻だ。 その一言に尽きる。


 現在、ハヌーを先頭に一直線に並び、まっすぐに隊列をそろえている。

 山脈に一番近い村を超えるまでは、飛竜同士が近づき話し声も聞こえてきたが、今はピリピリとした空気が体を叩きつける風と一緒に流れてくるようだ。


「あの村を越えてから、徐々に高度を上げるからね! 合図をしたらついてきて!」


 さっき通り過ぎた村の手前辺りでフランが言った通り、村が足元を流れるように過ぎていくと手を横に出し、人差し指と中指をそろえて上へ跳ね上げるような合図を送ってくる。


「ハンドサインか」

「騎龍隊で使っている合図だ。 上がるぞ」


 前に座るサラが飛竜を操り、ハヌーに続いて高度を上げていく。

 思わずしがみつてしまった。


「おい」

「勘弁してくれ、この高さは初めてなんだ」


 飛行機に乗ったことはあるけど、あいにく俺は窓際をとれなかった。

 その時と違うのは、絶景が見える全面窓なしという事だ。


「フランからまた合図だ、速度を上げるぞ。 ここからは全速力だ」

「ばっちこーい」


 サラが飛竜に合図を送る。 飛竜が唸り、その翼に幾筋もの光が伸びていく。

 飛竜が飛ぶために使う魔物の魔法、原始魔法の一つ『飛行』。 その日鉱方法のひとつで、浮力を得るために使うエネルギーを後方に打ち出し、ロケットエンジンさながらのスピードで空を突き抜けていく。


「姿勢を低く、顔を前に向けるなよ」


 正直目を開けていられない。 当たる風が強いんだこれが。

 ちょっと気を緩めたらサラから剥がされそうで怖いったらありゃしない。


 空気を冷気を帯び始める。 体が冷たく感じるのは恐怖とかそれだけじゃなさそうだ。

 進む先の山に亀裂が見えた。 そこだけ叩き割られたかのように谷になっている。


「あれが峡谷か……」

「突き抜けるぞ」


 サラが懐から札のようなものを取り出すと、強く輝いて燃えるように消え去った。

 するとサラの体が緑色の光に包まれた。


「なんだよそれ?」

「マジックアイテム、防御魔法の応用だ。 過酷な環境下でも自分の命を守るためのものだ」

「じゃあ俺の命はサラに預ける」

「いらん」

「ひでえ」


 なんて軽口を言っていた時……。


「あれは……?」


 サラが目を細め、前方やや下、切り立つような岸壁を凝視する。

 なんだ? 俺に断崖絶壁しか見えないけど……。


「いや、いる……? なんだ……、いや、誰だ!? 人!?」

「なに!?」


 顔を出した瞬間、運よくサラが見たものを俺も捕らえることができた。 

 切り立つ岩壁に黒いローブを羽織った人が危なげもなく立っていたのだ。


「なんだあいつは……なぜ」

「おいサラ、あいつが持ってるの杖じゃねえのか!?」


 ローブを着た人は、ハワードが持っているような杖を天高く掲げる。

 そして、わずかに顔が見えた。 はっきりとではない。


「あいつ……」

「何!?」


 サラが叫び体をひねるように飛竜を動かす。 直後、飛竜が体をひねる。 

 突然のことに腕に力が入るが、それと同時聞こえた爆音に背筋が凍った。


 飛竜の翼が燃えていた。


「なにいいいっ!?」

「攻撃だ!! 翼を撃たれた!!」

「うっそだろおお!?」

「下にいたやつだ!!」


 バランスを崩し、なんとかして飛ぼうともがく飛竜。

 大きく揺れ動く背中の上で俺は見た。 あのローブを着た人が、二発目を撃つところを!!


「サラッ!! またくる!!」

「くそっ!!」


 サラが必死に飛竜を操り、なんとかその二発目を回避する。 

 しかし、翼に攻撃を受けたからか、飛竜のスピードが目に見えて落ちていた。

 徐々に前を行く飛竜から離れていってしまう。


「まずいぞ……このままでは!」

「サラ! アカホ! 何があったの!!」


 スピードが急激に落ちたことで、殿だったメリッサとロイクの飛竜が近づいてきてくれた。 


「おいおいリューマ! 今さっき下から光るの見えたけどありゃなんだ!? 魔法か!?」

「そうだ! 攻撃されたんだ! 下から!!」

「敵がいたってのか!?」

「ありえないわ、こんなところで……!」


 そんなこと言われたって撃たれたもんは撃たれたんだ。

 メリッサがむき出しの岩肌を凝視するが、そこにはもう誰もいなかった。


 にしても、あの野郎、笑ってやがった……。

 いや、今はこの状況を何とか……。


「あれは!? メリッサ様! 後ろから追撃がきます!!」

「なんですって!?」


 俺たちの数km後方から黒い点がいくつか近づいてくる。 

 っていや、空飛んでるんだから予想は着く。 飛竜に乗って追いかけてきやがったんだ!!


「マジかよ!?」

「このままでは追い付かれます!」

「どの道このままでは不利よ! 予定通り峡谷に入りなさい!」


 メリッサが指示を飛ばし、サラが飛竜の操作に集中する。

 前を行くハワードとフラン、リゼットとクラリスも、後ろにいた俺たちがそれよりもはるか後ろにいることに気が付いたようだ。

 峡谷の入り口で待ってくれていた。


「姉さま! かまわず行って! とにかく中へ!!」

「ええ!!」


 クラリスは翼が傷ついた俺たちの飛竜と、後ろからくる追撃隊を見るとすぐに決断する。

 クラリスたちは飛竜のスピードを俺たちに合わせ、峡谷へと突入する。


「危険は承知の上です、速度をリューマさんの飛竜に合わせてください! 追撃は私たちでカバーします!!」


 後ろとの距離は十分ある。

 この状況で追いつかれるのは面倒だが……。


「クラリス! ここで迎え撃てるか!?」 

「正面からぶつかるのは自殺行為です!! 可能な限りの迎撃はしますが、今は逃げに徹します!! なんとしても峡谷の領線を越えてください!!」


 さすがに迎え撃つのは無理か……。

 でもクラリスには策があるらしい。 領線を越える、つまり、ザントライユ国領に入ればどうにかできるという事だ。 

 頼りにさせてもらおう。


「この速さならどれくらいで抜けれるんだ!?」

「領線までなら……、 8分ほどで」


 8分……。

 何とかしのぎ切れるのか……。


「クラリスちゃん! 後ろ! もう来てる!!」


 フランが後ろを振り返り叫んだ。

 飛竜に乗ったあの白装束集団が、すでに俺たちのすぐ後ろにまで迫ってきていた。


「くっ……、サラは前へ!! リゼットとフランさんは後ろへ! ロイクさん! 魔法は!?」

「任せてください!!」


 ロイクが杖を取り出しガッツポーズを決める。

 自身はあるようだ。


「ならばメリッサも後方へ! 3騎でサラの飛竜を守ります! メリッサ、リゼット、フランさんは回避に専念してください!!」


 そして、指示のあった3騎が俺たちの後ろへと付き、迎撃を開始する。


「各騎展開!!」


 合図とともにクラリスが魔方陣を展開する。

 それに続きハワードとロイクも魔法陣を展開する。


「まあ……だよな」


 それを見ていた後ろの敵部隊も、魔法陣を展開し始めた。

 カムイの槍の連中が乗る飛竜の数は10騎。 その前列が魔方陣を展開する。


「あの連中、どっから魔導士とか飛竜とか持ってくるんだ?」

「後ろに付いているのがベルナールならば不可能ではあるまい」


 サラの言葉に言いよどんでしまった。

 本気の目で言葉を言い放ったからこそ、俺はあの人を憎みきれない。

 しかし敵となった以上、戦わなけらばならい。 それはわかる……。 くそ、胸の中がもやもやする。


「撃てええっ!!」


 クラリスが叫び、三人の魔法陣から火球が撃ち出される。

 魔法による空中戦が始まった。


 クラリスに続きハワードとロイクも火球を作り出し、次々と撃ちだしていく。

 さらに敵側も魔法陣から火だの氷だのを作り出しては撃ちだしてくる。

 クラリスの開幕攻撃からわずか数秒、数十もの魔法弾が飛び交う戦場と化した。


「流れ弾に気を付けてくれよ!?」

「当たってほしくなければ黙っていろ!!」


 叫ぶと同時にサラが急に飛竜を90°ロールさせる。

 そのすぐ後には真横、いや真下をデカい氷の塊が通り過ぎていく。


「うぉ……」


 血の気が引くって……。


「サラ!! リューマさん!!」

「大丈夫です、クラリス様!!」


 まずい……、こっちが魔法を使えない分、3対10じゃあ差がありすぎる。

 ハワードやクラリスが攻撃と同時に防御魔法も展開させるが間に合っていない。


「サラ、俺たちも迎撃に回ろう!!」

「誰が魔法を使うというんだ!!」

「サラは使えないのか!? 俺が操作するから!」

「私は……い、いや、遅くなっているとはいえ、こんな速度で入れ替われるものか!」


 一瞬サラが言いよどむが、言っていることはもっともだ。

 だけどこのままじゃやられちまう。


 何かないのか? 飛竜に付けた荷物の中は?

 飛竜の体に取り付けたバッグを開けて使えそうなものはないかと探すが、正直こんな空の上で使えるものってなんだよ!?


「しまった!? 龍真!! 2騎が抜けた!!」


 ハワードの叫び声に振り替えると、ハワード達の間を縫って2騎の飛竜が迫ってくる。

 守りやすいように俺たちのスピードに合わせていたのが仇になった。 それにこっちは二人乗りで荷物がある。 当然、重量はあっちの方が軽い。 

 数でも速さでも負けているのだ……、くそっ! 今更でも本当に恨むぜ、自分が魔法を使えないことを、どうすりゃあいいんだ!?


 その時、バッグの中を探っていた手があるものをつかむ。

 ……あ、いっこ見っけ。


「く、このままでは……」

「おいサラ!」

「なんだ!?」

「これどっかに縛ってくれ」

「はあ!?」


 俺がサラに手渡したのは一本のロープだ。

 俺が荷物に突っ込んだ手が捕まえたのは、常備されているサバイバル用キットの中の一つであるロープだった。


 飛竜用のバッグの中には非常用の食料やサバイバルキットなどが入っている。 戦闘用の装備には含まれないが、それ以外では基本装備として飛竜専用サイドバッグに入れられているものだ。

 無論、我が学び舎の飛竜たちのバッグにも入っている。


「このロープで何を!?」

「追い詰められたネズミが何をするのか教えてやるんだよ」

「……猫でも噛みに行くつもりか?」

「ああ、窮地のネズミは空だって飛べるんだぜ……!」


 ロープの片方を自分の体に括り付け、もう片方を飛竜の鐙に括り付ける。

 もう何をするかは察しが付くだろう。 だからサラ、俺をバカを見るような目で見るんじゃない。


「言っておくが屍を拾うつもりはないからな」

「死ぬこと前提で言うのやめえや!?」


 後ろを見ると、すでに敵の飛竜が真後ろに付けていた。 

 その間も徐々に狭まってきている。 

 これ以上近づかれてら、手に持っている槍の間合いに入るな……。


「行くぞサラ!!」

「どうなっても知らんぞ!!」

「うっしゃあああああ!!!!」


 俺は飛竜の背にしゃがむように乗り、サラが飛竜の体を上に大きくそらせる。

 飛竜にブレーキをかけさせ、全力で飛竜の背を蹴って空中へと身を投げ出した。


「なっ!? なああああああ!?!?」


 しかし、カムイの槍の飛竜は構わずそのまま突っ込んでくる。

 後ろの敵はもはや言葉にならない悲鳴を上げるしかないようだ。

 そりゃあ目の前の飛竜に乗っている奴が空を飛んできたらびっくりするよな。


 俺は体をひねり、その大きく口を開けた顔に踵を叩き込んだ。


「ぐぺっ!?」


 そいつはそのまま飛竜からたたき出され、峡谷の間へと落ちていく。

 そして俺の体はロープに引っ張られ、空中で円を描くように空高く振り上げられていく。


「く、踏ん張れええ!!」

「うおおおおおお!?」


 サラが上に反らせた飛竜をそのまま上空まで飛ばし一回転させる。

 俺の体に括り付けられたロープはサラの飛竜に付いているのだから、それのつられて俺も空高く放り投げられるわけだ。


 並みの絶叫マシンじゃあ到底味わえない体験だろうな。

 そのままもう一方の飛竜に飛び乗れなかったら多分ちびってた。 

 こう、グルングルン回されて。


 しかし飛竜の背に着地したものの、その衝撃が半端ない。 が、ここは耐える、まだ耐えれる。


「い……っつぅううう……、ジェットコースターなんか目じゃないぜ」

「な、あ……!?」


 空にいるはずなのに突然上から人が降ってきたからか、相手は情けないほど大口を開けていた。

 お前もか。


「あ、悪魔……!?」

「失敬な!?」


 ドロップキックでそいつを蹴り落とし、そのまま飛竜に飛び乗る。

 暴れる飛竜を首を撫でて落ち着かせると、なんとか操ってサラに近づきロープをほどいた。


「サラ! ロープを回収しといてくれ」

「おい待て……まったく、お前というやつは、バカみたいなことを本当にやるとは……」

「正直心臓が止まるかと思ったよ」

「お前のは毛が生えてるどころではないな」


 ふっさふさだって? やかましい。


 とりあえず2騎は落とした。


「あと8騎!」


 振り返ると同時に雷鳴が轟いた。 一瞬、視界を真っ白にする閃光が瞬き目を覆うが、次の瞬間にはハワードの近くを飛んでいたカムイの槍の飛竜が感電しながら落下していく。

 乗っていた魔導士からはぷすぷすと小さな煙が出ていた。


「いや7騎」

「しかし私たちにできることはない。 魔法戦はできないないんだ」


 だから俺たちは逃げに徹する。 だけど……、くそ、本当に歯がゆいってやつだ!!


 ハワード達の無事を祈りつつ飛竜を飛ばしていると、視界が薄暗くなった。

 雲? にしてはおかしい、今は晴れているはずだし、高度的にも雲の上だぞ……?


 上に何かあるのか?

 見上げた時、そこには一匹の飛竜がピタリと真上を陣取っていた。

 その体からは棒状の何かが突き出している。


 カムイの槍の二又の槍! ……ややこしい!


「飛竜!? くそっ! 上を取られてた!!」

「アカホ! 高度を上げろ! 下は危険だ!」


 俺とサラはすぐに回避行動をとって高度を上げる。

 しかし、その飛竜は微動だにしない。


 同じ高さまでくると、そいつは槍を構えることなくこちらを見ていた。

 そして、そいつが他のカムイの槍と違うことがすぐにわかった。

 あの白いローブを着ていない。


 そいつはじっと俺を見ていた。

 年は三十代あたりだろうか、落ち着いた雰囲気の男性だ。 静かに、見定めるような眼をしていた。


「君が……赤穂龍真君か?」

「ああ……、ん? あれ?」


 そいつは、ふと俺のことを呼んだ。

 その呼び方に、何か違和感を覚える。


 何か違う……、この人は……?


「誰なんだ……あんた?」

「私はアレン。 ()()()では……そう、名乗っている」

「こっち?」

「君の名前を聞いたとき、本当に驚いた。 君もそうなんだろ?」


 心臓の動悸が激しくなる。 まさか、まさかこの人は……!?


 俺と同じ……!!


「日本人、そうなんだろ?」

「っ!! ああ、ああそうだ!! それじゃああんたは!!」

坂越(さかごえ) 藤次郎(とうじろう) 。 私も、日本人だよ」


 そう聞いたん瞬間、俺はいてもたってもいられなくなった。


「アカホ! 近づくな危険だ!!」


 サラの静止の声も聴かず、飛竜を近づける。


「そうだ……そうですよ!! 俺も日本人です!! 赤穂龍真!」

「やはりか……」

「あなたは、どうやってこっちに!? それに! その槍は!?」

「私は、元の世界で事故に遭い、死んで、こっちの世界にいた。 そして、この槍のことを知っているのなら……、そう言うことだ」


 事故で死んでこっちに来た。 この世界に来た経緯は俺とおんなじだ。

 でも、じゃあなんでカムイの槍なんかに……!?


 思わぬ出会い、望んでいた同じ世界の人、しかし、それは最悪の状況と関係だった。


 家族のことを聞きたい。 どうしてカムイの槍にいるのか聞きたい。 いろんなことを頭の中で巡らせるも、後方から聞こえてきた爆音が考えを止める。


 後ろではすでに3騎の飛竜が黒煙を上げながら墜落していた。


「なんと、学生だと聞いていたが……侮っていた。 完全な失態だ。 遺憾だが、ここは退くか……」

「待ってください!!」


 坂越さんが飛竜を引いて撤退しようとする。

 なんとか引き止めたい……でもどうやって!?


 考えがまとまらない。 でもとりあえず動け! このチャンスを逃すわけにはいかない!!


 飛竜を回り込ませ、坂越さんを引かせまいとするが引き止める言葉が思いつかない。


「坂越さん! 聞きたいことが山ほどあるんです!! 話を聞いてください!!」

「それはできないな。 私にもやらなければならないことがある。 今は退くことをだ」

「くっ……!」


 飛竜を操り、高度を下げて潜り込もうとするのを、俺も必死に飛竜を操って立ちふさがる。

 この人、飛竜の扱い方がうまい……!?


 俺だって、つたないまでもここまでできるようなったのは、授業を受け続けたからだ。

 入学して数か月。 坂越さんはそれよりうまい。

 こっちに来たのは数か月ってところじゃないはずだ。


 その時、いくつかの閃光が放たれる。 赤い光を放つ弾は空高く舞い上がり、ここにいる全員がそれを見上げていた。

 よく見ると、クラリスが杖を上に掲げていた。 おそらく彼女が打ち上げたんだ。

 その合図とともにクラリスたちが上空へと上昇していく。


「アカホ!! もうだめだ! 一度高度を上げろ!! 峡谷から出るんだ!!」

「え?」


 サラの声に視線を上げると、そびえたつザントライユ山の姿が後方にあった。

 王都とザントライユの領線は、ザントライユ山の頂点を通っている。

 つまり、俺たちはもうザントライユ国領に入っていたというわけだ。


 そう言えば、ザントライユに入れば何かあるって……。


 クラリスの言葉を思い出していた時、突如地鳴りのような音が聞こえてくる。

 空気を震わせるような音は徐々に大きくなってきて……。


「しまった……」

「龍真!! 高度をあげてえええ!! 風が来る!!」


 坂越さんが観念し、ハワードの叫び声を聞いた瞬間、俺の飛竜は強烈な突風に吹き飛ばされた。


「のわあああああああああっ!?!?」


 態勢を立て直せない。 飛竜から引きはがされる!? 

 飛竜がもがけばもがくほど空回りするように、めちゃくちゃに回転しながら、翼のいかれた飛行機のように墜落した。


「ぐがっ!? あ″あ″っ…… ぐ、うう……」


 運よく、と言えばそうかもしれない。 飛竜から下に落下し、それがクッションになったことで墜落死は免れた。


 そして、そこには俺が撤退させまいと足止めしていた坂越さんも落ちてきていた。

 しかし、坂越さんはこの状況下でも飛竜を操り、墜落することなく着地させている。


「君は……!! ぐうっ……!?」


 飛竜から降りた坂越さんが、あまりの強風に足を止める。

 凄まじい突風だった。 デカい台風の暴風域なんか目じゃない。 そんな圧倒的暴風がこの峡谷を流れていく……。

 気を抜いたらすぐにでも吹っ飛ばされそうだ……!!


 風が流れていく先で飛竜が1騎落ちた。 カムイの槍のだ。 クラリスたちに夢中で気づかずに突風に巻き込まれたんだ。

 クラリスが言っていた策ってのは、この突風のことだったんだ。

 峡谷に入り、敵を引き寄せ、こいつが来るタイミングで上昇し、突風に押し流させる。


 しかし、それに巻き込まれたバカ一人。

 落ちたカムイをバカにできないな。 突風が危険だって、今朝学校で言っていたのに。


 はるか上空では、クラリスたちが俺たちの真上を旋回しながら、残りの2騎と戦っている。

 特にハヌーは見分けやすい、ハヌーはタッファー種と違って一回り小さいからな。


 とりあえず手はふっておこう。 俺は無事だ。

 こっちはこっちで、やらなきゃいけないことがある。


 風が弱まってきた。 まだまだ体が持っていかれそうなくらい強いが、動けないほどじゃない。


「坂越さん!!」

「君と二人きりだというのなら、逆に好都合だ……」


 坂越さんが飛竜から離れ、俺と対峙する。

 そして、槍を構えた。


「待ってください! どうしてあなたはカムイの槍についているんです!?」

「拾われたからだ。 この世界に来て、彼らに拾われた。 右も左も、それどころか上下も前後も知らい。 何も知らないところで、俺はベルナールさんに助けられた」

「ベルナールさんに!?」


 あの人は、ベルナールさんは、坂越さんを助けたのなら異世界の人間のことを知っていたのか!?


「ベルナールさんには、話したんですか? 異世界のこと」

「いや、そもそも私が信じ切れていなかったからな。 相手も、自分も……。 だから何も言ってはいない」


 なら、まだ俺の体質のことはまだバレちゃいないはず……。


「しかし私は、彼らに返しきれない恩がある。 野垂れ死ぬしかなかった私に生きる道筋を示してくれた」

「でも、ベルナールさんがやろうとしていることは……!!」

「悪いことだとでも言うか? 私は思わない」

「そうじゃない! 本なんでしょう!? 目的は! あなたも!」

「そうだ!」


 槍を構え、一歩一歩近づいてくる。

 どうしてだ。 坂越さんも、ベルナールさんも、どうして俺たちの敵は、こんなに信念を持った目をするんだ……!。


 振り上げられた槍が迷いなく振り下ろされる。

 それを受け止め、脇へと抱え込む。


「くっ、あの本は待ってる人がいる!」

「そしてそいつは人を魔物に変える」

「違う! 確かに魔物化しているかもしれない。 でも心はあるはずだ!」

「そんなはずない、君も王都の事件を知っているだろう」

「あれは俺たちでも、あんたたちでもない! ――ぐうっ!?」


 坂越さんの足が俺の腹へと突き刺さる。

 そして、槍を構えなおし、またゆっくりと近づいてくる。


「だが、それがある限り、また誰かがああなるんだ」

「だけど、この本を必要としている子供たちがいるのに、見捨てられるか!」

「実在する根拠はないだろう!」

「子供が描いた絵を見た! 手足の真っ黒な子供たちの絵だ! あれは魔物化の黒化現象だった! 王都に出たやつは、もう自分をなくしてたけど、子供たちは……!」


 坂越さんがすかさず槍が振るう。 それを避けて踏み出すと石突で足を抑え込まれた。

 つんのめったところでまた石突で、今度は顎を打ち上げられる。

 そこを足を払われ地面へと転がされた。


 迷いなく繰り出された連撃に頭が追い付かない。


 振り下ろしが来る!? 

 腹に力を入れて体を起こすと、背のついていた地面に槍がたたきつけられる。


 しかし、穂先の向きが水平になるのを見て焦った。 それはまずいって!

 地面を蹴ってバク転すると、間一髪で体の下を槍の刃が通り過ぎていく。

 足を振り上げ、同時に坂越さんの顔へ蹴りを入れる。


 坂越さんが呻き、態勢が崩れる。

 ひるんだ!

 続けて、飛び上がって回し蹴り……は、くそ、防がれた。


 足を打ち下ろされ、鳩尾に石突が刺さる。 

 その息苦しさのまま、さらにそのまま槍を首にかけられ、岩壁に押し付けられてしまう。


「ぐあっ!? うぐぅぅ……!!」

「はあ、はあ、誰かを助けるためなんだろう……、誰かのために戦うんだろう……、今どきの子にはない、大した正義感だ。 しかしな、あれば誰かが使うんだ。 そういう強いものというのは!」

「だから、燃やすんですか!? ずっと待っている子供たちを放って……!!」

「それでもだ!」

「ぐ、があ……!?」


 首に押し付けられる槍に力が加わる。 

 このままじゃ、息が……。


「私にだって、守らねばならないものがある……!!」

「な……」

「そして、受けた恩は必ず返す……!! それは私の流儀だ! だから、私は、彼のために本を燃やす!」

「っ!?」


 流儀……、守るもの……、信念を宿した目、覚悟。

 確かにこの人だって戦わなければならい事情がある。 


 だけど、分かったじゃあ止めますなんて、そんなバカげたことを言えるわけがない。 

 前を向いて進むことを決めたハワードのためにも、アンリが助けたかった人たちのためにも……。


「守りたい人がいる、恩に報いる、それが……あなたの、流儀なら……!!」



『おじさんを……おねがい、します…』



 最後まで信じて、呼びかけ続けたあの女の子のためにも!!


「泣いた人を放っておけるわけがない……! それが、俺の流儀だあああああ!!!!」


 相手の信念をねじ伏せてでも、貫き通す覚悟を決めろ!!


「うおおおおあああああああああああああああ――!!!!!!!!」

「な、なんだ、この力は……!? 押し返される!?」


 体の中から激しく燃え盛る炎のように、体内に熱がたまっていく。

 やるぞ、赤穂龍真! 俺は、この人と戦う!!


「あああああああっ!!!!」

「ぐ、く……そ……!」

「でああっ!!」


 槍目がけ、全力で足を振り上げる。 

 その衝撃は、槍を空高くまで打ち上げた。


「バカな……!?」

「坂越さん!!」


 すぐにこっちに意識を戻した坂越さんがファイティングポーズを構える。

 戦いなれている。 おそらくこの人は、こっちに来てからずっと戦ってきたんだ。 坂越さんの流儀のために。

 今までと違う場所、世界に来て、そんなことができる。 最初は逃げ惑った俺には到底できないだろう。


「ふっ!!」

「ふんっ!!」


 坂越さんの右フックを潜り、リバーブローを叩き込む。


「ぐがあっ!?」


 右腕をつかみ、鳩尾に一撃。 左手もつかみ、膝蹴りも入れる。 引き寄せて頭突き。


 だから、すごいよ。 正直にそう思う。 どれだけ辛かっただろうか、俺には分からないけど……。 

 だから、俺は同情しない。 


 信念持ったあなたのために、やると決めた俺自身のために。


「だああああああっ!!!!」


 俺は立ち塞がる坂越さんをねじ伏せる!!


 両手を持ったまま、背負うように、投げ飛ばす!!!!


「ぐはっ!?」


 壁に叩きつけられた坂越さんが地面へと転がり落ちる。

 それでも、あの人は立とうとしていた。


「ぐ、ぐう……!」

「はあ、はあ……」


 既に風が止んでいた。

 上ではまだ、俺たちの戦いを見守るように飛竜たちが旋回している。


「ぐ、強い……のだな、きみは……」

「鍛えましたから、生きなきゃいけないから……」


 その時、はっと頭の中に戻ってきたことがある。

 この人にあったことですっぽ抜けていたことだ。


 しかし、そこで邪魔が入った。

 カムイの槍の飛竜が急降下し、こっちに迫って来たのである。

 さらに、それを追ってハワード達も谷に降りて来た。


「アレンさん!!」

「龍真!!」


 乗っていたカムイの槍が魔法を撃って、俺を坂越さんから引き離そうとする。

 それハワードが俺の前にバリアを張って防いでくれた。


 しかし、その隙に坂越さんを拾い上げ飛び去っていく。


「ぐっ……、坂越さん!!」


 こんなことになって答えてくれるかはわからないけど、ダメもとでも聞かなければならないことがある。


「他に!! 日本人を見ていないですか!? 赤穂って苗字、正彦と明奈、理華って名前! 俺の家族なんです!! 聞いたことないですか!!」


 飛び去っていく飛竜の上で、坂越さんが指笛を吹いた。

 すると、坂越さんと一緒に落ちて来た飛竜が主人を追いかけるように飛び上がっていく。


 答えてはくれない……か。


 しかし、坂越さんは振り返った。


「見たことはない! 日本人は、君が初めてだ!」


 そう言うと、カムイの槍の飛竜は速度を上げて山の向こう、王都へと向かって飛び去っていった。 


 でも、そうか……、見てないのか。


 坂越さん、二人目の日本人。 いないかと思っていた……、でも、それを聞いて嬉しさがこみあげてくる。 

 来ている。 根拠はないけど、確信が持ててしまう。 家族はいる! 

 来ているのは俺だけじゃなかったんだから。


「リューマ!! 早く!!」

「急いで!! 次が来る!!」


 フランとハワードが声を上げる。

 あの突風が来たらかなりまずい。 追い返せはしたものの、これ以上の足止めを食らうのはよくない。


 なんとか無事だった飛竜にまたがり、すぐにハワード達と共に上空へ避難する。

 直後、谷の間を強烈な突風が吹き抜けていった。

 谷底をでっかい岩がゴロゴロ転がっていきやがる……。 なんつうパワーだ……。


「あぶねえ……」

「も″お″お″~~!! し″ん″た″か″と″お″も″っ″た″~~!!」

「だみ声すぎて何言ってんのかわかんねえよ!? まあでも、大丈夫だから!」


 ズビビー!

 ハワードのティッシュ大活躍。


 そうしてみんなも集まってきた。

 みんな無事なようだ。


「リューマさん……」

「わりいクラリス、心配かけた」

「ワンちゃんが落ちてから、もう大変だったんですよ? すぐに助けないとーって、飛び降りようとするんですから~」

「り、リゼット!?」


 そこまで心配かけさせてたのか……。

 本当に悪いことしたな。


「ち、違うんですよ!? いえ、助けたいと思ったのはそうなんですが!?」

「分かってる分かってる、ありがとなクラリス」

「……いえ、はい」

「クラリス様~、あっち向いてた方がいいですよ~」


 クラリスが明後日の方を向くと、その耳は赤くなっていた。

 照れてる。 すげえ可愛い。


「おまけのハグもいる?」

「そこまでだリューマ、それ以上は俺の嫉妬がえらいことになる」

「冗談だよロイク」


 だからその殺気のこもった眼は止めてくれサラ。


「とりあえず峡谷は抜けたんだ。 いったん降りよう」


 最初の関門マウリ峡谷は、意外な出会いがあった。 

 決別の道は仕方ないと思うしかない。

 迷ってなどいられない。


 予想以上の戦闘で疲弊していた俺たちは、一度休憩を取るため、麓まで下りていったのだった。


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