第五十三.5話 二人目
エイムリス十国同盟、王都セインハウル。 その中にあるとある教会の一室で、男は溜息をついた。
見上げる空は青く、自分が見ていた景色とは全く違うものなのだと思うと、自らの置かれた境遇に感嘆した。
「不思議なことってのは、あるもんだ……」
この言葉を何度つぶやいたかはもう覚えていない。
男は壁際の小さな机に置かれた、手の平サイズの箱を手に取った。 中身が少なく、また、紙のようなものでできているのか、手に持った瞬間、クシャッ、と乾いた音を立てて少しつぶれた。
中に入っているのを取り出そうとした時、もぞもぞと隣のベッドで誰かが身じろぎする。
「うぅぅん……、せんせい……?」
少女だった。 一糸まとわぬ姿で体を起こすと、窓から指す光が肌を照らし、きめ細やかな白い肌を輝かせる。
振り向いた男は呆れたように息を吐きながらも、どこか優し気な笑みを浮かべながら、その少女にシーツをかけてあげた。
「ああ、ごめんよ。 起こしてしまったな」
「ううん……」
まだ寝ぼけているのか、男の手を掴みながら目を擦るその視線は、まだよく定まっていない。
しかし、ふとその目が男が持っている小さなつぶれた箱に止まる。 その箱を見てその少女は表情を曇らせた。
「先生、私、その匂い、好きじゃない……」
「ああ、だから、外で吸ってくるよ」
そう言って上着を羽織ったそのとき、扉がノックされた。
続いて、男の声が聞こえてくる。
「アレン、いいかな?」
「はい、少々お待ちください」
アレンと呼ばれた男は、少女を寝かせて羽毛の布団をかけてあげた。
アレンとは彼の名だ。 こっちではそう呼ばれている。 彼を助けた恩人が拾ってくれた時、怪しまれないようにと名前を送ってくれたのだ。
そして、素早く身だしなみを整えるとアレンは扉を開けた。
「お待たせしました。 仕事ですか? ベルナールさん」
そこには、50代ほどの男が立っていた。 この男性こそ、アレンを拾ってくれた恩人であり、また、様々なことを教えてくれた先生でもある。
アレンは、ベルナールのことを信頼していた。 だから、何か頼まれても断るつもりはない。
「ああ、頼みたいことがある。 すぐにザントライユに飛んでほしいんだ」
「分かりました」
迷いなくそう返事をしたアレンに、ベルナールは驚いた。
「即答か、少しは戸惑うものだと思ったよ」
「拾ってもらったご恩はまだまだ返したりません。 増えるばかりです。 そちらの方はもういいのですか?」
「ああ、もう片付けて来た。 もう、何も残っていない。 あとは君たちだけだ」
「そうですか……」
アレンは知っている。 ベルナールが自身の目的のために、全てを投げ捨てて挑もうとしていることを。
だから、最後まで付き合うと。
「もし、これが終わったら君たちのことは……」
「その時のことは、その時に考えますよ」
準備をしますと、アレンは扉をいったん閉めて部屋の中に戻ると、荷物をいくつかまとめて出立の準備をする。
それをベッドの中から覗いていた少女が飛び起きた。
「私も行くわ!」
「イネッサ、君はだめだ。 いい子に待っていなさい」
イネッサと、なだめるように呼ばれて、彼女は自分の服を抱いて座り込む。
ベルナールに拾われたアレンが、ベルナールを信頼するように、彼女もまたアレンに拾われたことで全幅の信頼を寄せていた。
「でも……」
「ほら、服を着て、風邪をひくだろう」
渋々服を着るイネッサを見届けて、彼は扉に向かう。
「いつ帰ってくるの?」
「ザントライユまで行ってくる、長旅だ。 2,3週間は戻らないだろう」
「そんなぁ……」
「ちゃんとお留守番、できるよな?」
「うん……」
泣きそうなほどに弱々しくなる彼女を見て、アレンは小さな箱を手渡した。
しっかりと手に乗せて握らせると、クシャっとまた小さくなった。
「私の大事なものだ、もうこれだけしか残ってない。 守ってくれるね?」
「はあ~! うん!」
アレンの大事なものを任されたとたん、その表情は一気に明るくなり満面の笑みを浮かべる。
それを見たアレンは、これで安心して出発できると彼女の頭を撫でた。
「それじゃあ、行ってくるよ、イネッサ」
イネッサの額にキスをして、扉を開けるアレンを、イネッサは満面の笑みで送り出す。
そして、彼女はそういう時、いつも彼のもう一つの名前で送り出すのだ。
「いってらっしゃい」
自分の本当の名前を。
「藤次郎」
「ああ、行ってきます、イネッサ」
静かに扉が閉まる。
ベルナールの部下から武器を手渡され、彼は戦場へと飛び立った。
(修正)アランてだれやねん




