第五十三話 王都脱出
水面下でとんでもないことが起ころうとしているのではと肝を冷やす日が続くが、それでも日常は嫌でも続く。
あの日、俺たちを拉致ったカムイの槍の首魁、ベルナールと邂逅してから数日が経っても、彼らが動くような気配はなかった。
「大丈夫?」
「何が?」
フランが心配そうに顔を覗き込んできた。
そんなに顔色ヤバイ? 体調管理には気を付けてるんだけどなあ。
「体調よりも悩み事が原因だと思うけど?」
「まあなあ……」
「来たらどうしよう……」
どうするも何もない、もう決まっている。
俺たちはベルナールと別れたその次の日、すぐにクラリスたちに何があったかを話した。
そして、結論は意外と早く出た。
「ザントライユに行く」
「大丈夫かな……」
「なに、いざというときは……クラリスたちに頼るか」
「そこは俺に任せろじゃない?」
「そんなこと言われてもなあ……」
そう言いながら教室に向けて廊下を二人して歩いていく。 ちなみにハワードは今日は日直だから、一足早く出ていた。
「おはようございます、リューマさん」
「あれ? おはようクラリス、サラとリゼットはどうした?」
朝聞くには珍しい声だと思って振り向いたらクラリスだった。 珍しいな、クラリスがこっち側に来ているなんて。
クラリスは貴族棟という貴族だけが集められたクラスがある校舎に教室があるから、俺たちは朝は会いにくいのだ。
こっちに来たってことは俺らに何か用事か? 職員室は下の階だしな。
「はい、サラとリゼットは、今は教室で持ってもらっています。 そして本題なのですが、ハワードさんから詳しいお話を伺ってから、すぐにファイエット領の実家へ連絡を取ったのですが、十年ほど前、頻繁に魔導学者が来られていたとのことで」
「十年前? じゃあその一団がアンリの……?」
「おそらくは……、さらに、ファイエット領の北の関所で出領届けが見つかりました。 その中に、当時の魔道学者が何人か……そこにはアンリ・ユベールの名前もあったそうです」
「OK……でも、そこまで予想通りって感じだな」
ファイエット領にいたというのは俺たちも想定していたことだからなあ……。
何かほかに新しい情報とかない?
「それなのですが……、実はファイエット領に滞在していた十数日、彼らの行方が分からない日が何日かあったそうなのです」
「行方が分からない?」
「雲隠れしてたってのか?」
まあそりゃあ毎日ぴったり張り付いて監視するなんてメンドイだろうけど。 しかもその時はまだ、ただの学者集団だ。 後世で何と呼ばれるようになったか、当時の人にはわかるまい。
「おはよう龍真」
「おう、おはようハワード」
クラリスと話しているうちに教室まで来ていた。
とりあえず、ハワードにクラリスから聞いたことを教えた。
「雲隠れか……」
「どこ行ってたんだろう?」
ハワードとフランがそろってうーんと頭を傾ける。
観光、とかじゃねえよな。
「ファイエット領は30年前の攻略作戦で甚大な被害を受けました。 今も復興作業が続いている地域もあります。 観光資源などの復興は資金源となりますので、町村などと同時並行で進めていますが、現状は厳しく……。 ですので、観光目的で出歩くというのはないと思います」
「そっか……」
そのファイエット領の復興資金も、クラリスが生まれる少し前にようやく目処が立ったのだという。
ファイエット領の半分以上が瘴気の汚染領域にさらされたらしく、そのせいで当時は復興もままならずという状況だったらしい。
「まあ、そこらへんはあっち行ってからだな。 クラリス、ザントライユへ行くのに飛竜を使うんだよな?」
「はい。 王都とファイエット領を行き来する馬車はルートが決まっているので、到着地に先回りされる恐れがあります。 馬も馬車と同じルートを通らないければ、山を越えるのが難しいので……。 なので、フランさんがハヌーを置いていけないという事もあり、飛竜を用意することにしました。 それならば、足並みをそろえることもできますし、山越えのルートも一番早く進むことができます」
王都からザントライユ山脈を挟んでファイエット領までの直線を結ぶ飛行ルートがあるため、万が一の場合はそこを抜けてザントライユ入りするとのことだが……。
「しかし、まだ問題はあります。 そのルートが、北を向いてザントライユ山脈の中央やや左にある谷を抜けることです」
「谷?」
「マウリ峡谷だね」
ハワードがその谷の名前を言い当てた。
地理はまだ詳しくないんだ、説明頼む。
「なんかヤバイところなのか?」
「はい、その峡谷は一番低い場所で標高2,040メートル。 騎士団の龍騎兵が主に騎乗する飛竜種、タッファー種でも、最大飛行高度は約2,000メートルと言われています」
ギリギリだな。 ギリギリで足りねえ。
飛べない訳じゃないだろうが、多分空気の薄さとか、温度とかの環境のせいでその高度が限界だろうってんだろうな。
飛竜頼みにしちゃあちょっと博打じみてる、不安だな。
「マウリ峡谷は抜けるだけなら大した距離はありません。 しかし、ザントライユ山脈の吹き下ろす風がとても強く、この時期はまるで嵐のような突風が吹く場合もあるので、確かに博打と言われれば否定できません」
「ほかのルートは?」
「あります。 しかし、大きく迂回しなければならず、その分飛行距離も大きく伸びるので、途中どこかで何度か飛竜を休ませなければなりません」
追われている、って言う特殊な状況下での話だから、悠長には休んでいられないという事か。
まあ、いつ追いつかれるかを考えてたら気は休まらんわな。
「ただ、これはあくまでリューマさんがおっしゃっていたカムイの槍なる集団が攻めてきた、という事を想定しての話ですので、このまま何もなければ、迂回ルートを通っての安全な方法で渡りたいと思います」
「だな」
「うん」
「このまま来なければいいのに……」
こおらフラン、そんなこと言ったら来るかもしれないだろうが。 意外とこういうフラグってのは馬鹿にできんところあると思うんだよ。
「考えすぎだよ~」
「そうかな~」
「あ、あの~」
声をかけられて振り向くと一人の女子生徒が困ったように話しかけてきた。 フランの後ろの席の子だ。
確か……。
「あれ? どったのアンナちゃん」
そうアンナちゃん。
そのアンナが毛先をくるくるいじりながら困ったように言ってきた。
「そろそろ始まるからさ、もういいかなーって」
「え? ああ……」
俺たち四人で話しているときにクラリスに席を進めたけど、その席の主だ。
周りを見るとすでにほとんどそろっていてみんなこっちを見ていた。
おう……マジごめん。
「ごめんなさい、話し込んでしまって」
「い、いえいえ、なんかすみませんこっちも水差しちゃって、ハハハ……」
クラリスが席を譲り、自分の教室へと戻ろうとする。
「それではまた後程……」
その直後、教室の扉が突然開いた。
それを見たクラスメイトがざわめく。 扉近くの生徒は席から立って後ずさる者までいた。
気持ちはわかる。 ちょっと俺もびくってした。
「な、なに?」
「なんだよあんたら?」
クラスメイトが口々にそう言う相手は……。
「こいつら……」
「リューマ……!」
「来やがったな」
「では彼らが……」
カムイの槍だ。 突然教室に現れたのは、白装束のカムイの槍が二人。 しっかり二又の槍まで携えている。
てことはだ……。 ベルナールはついに腰を上げたってことだ。
「アカホ・リューマ」
「おう」
「覚悟してもらう」
一人が携えてきた槍を構えた。
それと同時に悲鳴にも似た声で教室の後ろへと逃げていくクラスメイト達。
まあそれが安全だから助かるっちゃあ助かる。
「その前に一つ聞きたいんだけどさ……、ベルナールさん、なんか言ってた?」
槍を構えたそいつは何も答えないが、それとは別の人が一歩前に出た。
「生死は……問わない、だそうだ」
「そっか……」
ベルナールと話していた時、あの人の話すその目は迷いとか、不安とかに揺れるときがあっても、常に本気の色をしていた。 子供たちのためといった時もだ。
あの人の言葉に嘘偽りはないと思える。 だから、そう言ったことにあの人の絶対やるという意思を感じた気がした。
「分かった」
俺はファイティングポーズをとった。 ベルナールさん、覚悟はできてます。
「お前らも、急で悪いけどいけるか?」
「もちろん」
「いつでも!」
「はいっ!」
ハワード、フラン、クラリスが返事をしてくれる。
やっしゃ、じゃあ決まりだ。
「つーわけだ……、そこをどいてもらうぜ!!」
「ふんっ!!」
俺の宣言と共に槍を持った男が鋭く突きを繰り出す。
踏み込みながら掌底で槍の軌道をずらし、腹の横を穂先がかすめたところでカウンターに裏拳、さらに踏み込んでフック!!
「ぐがはっ!?」
「くっ!!」
二人目が槍を振りかぶる。 薙ぎ払おうと槍を振った瞬間、その槍は半ばで真っ二つに切断される。
「フランさん! 今です!」
「よいしょおっ!!」
クラリスが風の魔法で槍を切り落とした後、すかさずフランが魔法を放つ。
魔法陣から鉄球が腹に直撃し、扉をぶち破って廊下まで吹き飛ばした。
「すげえ、当たった!」
「どういう意味だあ!!」
だって授業での命中精度を見てるとそう思いたくもなるって。
冗談冗談、そんな怖い顔するなよ。 それはさておき。
「んじゃあクラリスは、メリッサたちを連れてハヌーがいる龍舎に、フランは先に行って準備を」
「リューマとハワードは?」
「可能な限り引き付けて時間を稼ぐ」
「分かりました。 相手の数が分かりません、お気をつけて」
「遅刻はだめだかんね」
「おう、大丈夫だって」
クラリスとフランが教室を出ていくの見届けた後、倒れている二人を集めてハワードに縛ってもらう。
これでクラスのやつらに危険はないだろう。
「ね、ねえちょっと!?」
「なんだよアンナちゃん」
「ちゃ、ちゃん付けで呼ぶな! ていうかあいつら何なのさ!? 何しようっての!?」
「あ~……あれはちょっと、信仰の厚すぎるのが玉にきずのコスプレ集団だから。 そんで俺らちょっとザントライユ行ってくるって、先生に言っといて」
「はあ!? どういう事よ!?」
「龍真! 今のうちに!」
困惑しているところ悪いけどもう行くから。
教室を飛び出し、何事かと集まりだした生徒たちをかき分けて走り出す。
貴族棟に向かうクラリスと別れ、フランも俺たちから離れて龍舎に向かう。
「いたぞ!!」
「やっべー見つかった!!」
「こっちに行こう!!」
敵に遭遇するたびにわざとらしく声を上げながら右に左に道を変え、とにかく敵を引き付ける。
まあそうでなくても、本を持っているのは俺とハワードのどっちかなんだから、引き付ける真似しなくてもいいんじゃねって気づいたのは、大分走った後なんだけどな。
「こっちだ!」
「おっと」
まずい、曲がったところで出くわした。
すぐに踵を返そうにも後ろからも追われている状況、ここでの方向転換は追いつかれるかもしれない。
ここは突っ切るか……。
「悪魔め、覚悟ぶはっ!?」
「痛ってえっ!?」
追いかけてくる敵に向かって飛び出してきた何かが勢い良くぶつかり、敵と一緒に地べたに転がった。
なんだ!? こっちとしては助かったけどずいぶんタイミングの悪い……ってお前は!?
「痛ってえ……なんだよ、てか誰だよこいつ……っておいリューマ!? 何やってんだよ、もう授業始まるぞ!?」
「ロイク!? 何やってんだよこんなとこで!?」
「何って……遅刻だよ」
「はあ!?」
遅刻だあ!? あ、じゃあもしかしてこいつ、今朝いないせいで今何が起こってんのか知らないんじゃ……。
「いやあ、昨日ダチと一緒に新しいボードゲーム買ってさあ、戦術擬盤ってやつ。 意外とおもしろくて昨日夜遅くまで盛り上がっちゃって」
「それで遅刻かよ……、ちなみに聞くけど学校で今何やってるか知ってる?」
「え? ホームルーム?」
「そうだけどちげえよ」
「じゃあなんだよ?」
「く、くそ……」
うめき声がする方を見ると、ロイクと衝突した敵が槍を支えに立ち上がってきていた。
そいつは俺たちを見るとすぐさま槍を振りかぶる。
「やばっ!? ロイク避けろ!!」
「へあ?」
「せい!!」
振り下ろされた槍はすんでのところでロイクを鼻先をかすめ、廊下にたたきつけられる。
とっさにロイクの襟首を引っ張ったのが間に合った! 今のは本当に危なかったぞ!
「な……なん……!?」
「悪魔どもめ、仲間が増えようと!!」
「ロイク君!」
「何しやがるテメエ!!」
「べはあっ!?」
敵が再び攻撃しようと槍を振りかぶり、ハワードがロイクを守ろうと杖を構えたところで、ロイクがカバンを思いっきり叩き付けた。
あれ、教科書が入ってるから結構重いのよ。 だからか、予想外の重さに間抜けな声を発しながら敵がぶっ飛んでいく。
「やるう」
「やるうじゃねえよ、ほんとなんなんだよこいつら」
「あ、龍真、もうそこまで来てる!」
おっと話している場合じゃなかった。
後ろから来ていたやつらがすぐそこまで来ていた。
「おいおいおい、あれ何?」
「世界一危ない集団」
「はあ?!」
多分間違ってはないと思う。
というわけで俺らはずらかるから、お前も適当に……。
「おい、一人増えてるぞ!」
「誰がアカホ・リューマだ!?」
「かまうものか、全員やればいい!!」
……あれ? 間違ってなさそう?
ん? なんだよロイク、その顔は?
「なあ、あの槍もってぶっ殺すぜヒャッハーって感じの連中、今全員て言った?」
「言ったな」
「俺も?」
「まあ……殴ったからなあ」
「捕まったらどうなんの?」
「え? 殺されるんじゃね?」
「…………俺も付き合っていい?」
「どうぞどうぞ」
というわけで、どういうわけか不運にも敵に目を付けられてしまったロイクが逃走仲間に加わった。
ちょうどいいしそろそろ龍舎に向かってみるか。
「ちょうどいいじゃねえよちくしょーっ! なんで俺までええっ!!」
「タイミングがマジで悪すぎるよな、これに懲りたら遅刻するのをやめることだな」
「バカやろう、寝起きの布団の気持ちよさを知らねえな?」
「それであと五分ってか?」
「いや、そのあと三十分くらい寝てた」
「六倍かよ」
立ちふさがる敵を殴り飛ばし、廊下を走り抜け、本来閉まっているはずの非常用扉を開けて外に飛び出す。
非常階段から外を見ると、向こうの方に龍舎が見えた。 いいところに出てこれたな。
「龍真、あそこ!」
「クラリス!」
ハワードの下を指し示す指の方を見ると、サラを先頭にクラリスとメリッサ、リゼットが走っていく。
どうやら合流できたようだが、メリッサも来てくれたのか。
ハワードの声に気づいたのか、四人ともこっちを見た。
「リューマさん!」
「そのまま行ってくれ!」
「あんな大軍を引き連れていけないでしょ! 蹴散らしなさい!」
メリッサめ、無茶を言うなあ。
とにかく四人と合流するためにすぐさま階段を駆け下りる。 龍舎へ向かう前にあれを何とかしないといけないのか……。
駆け下りる間、クラリスがいることを知ったロイクが目を輝かせながら聞いてくる。
「おいおいおい、なんでクラリス様とメリッサ様がいるんだよ!?」
「ちょっと訳あって仲良しに」
「羨ましすぎるだろ!?」
地上まで下りて校舎から飛び出る。 あとはこのまま龍舎から飛竜で高跳びだ。
「なあところで、お前らこれからどこ行くんだよ」
「ああ、そういや言ってなかったっけ」
「僕たちはこのままザントライユ国領のファイエット領に行く。 父さんが何をしていたのか、その手掛かりを探しに行くんだ」
「ザントライユだあ!? 今から!? まさか飛竜で!? しかも父さんって、アンリ・ユベールのことだよな!?」
「そう、ついでにあの連中をこっちに引き付けりゃあ、王都でのドンパチもなくなるってわけ。 知ってるだろ? 町に人の魔物が出たって」
「マジかよ……」
さすがにロイクも驚いていた。 そりゃあいきなりそんなこと言われても無理だよな。
俺らは前々から準備をしてきたけど、ロイクを飛び入り参加だ。
「こっからはザントライユ山脈を難関ルートで山越えするし、あいつらとも本格的にやりあうことになる。 やめとくなら今のうちだぜ?」
ロイクが足を止めて振り返る。 後ろからはこっちを追いかけてくるカムイの槍が迫ってきていた。
しかもさっきより数が増えてる。 あいつらいったい何人いるんだ……。
「へっ、やめる? 冗談じゃない。 こんなやばい状況そうそう降りれるかよ。 俄然やる気が出るね」
そう言うとロイクは杖を取り出して地面に魔法陣を描きだした。
慣れた手つきで一筆書きのようにスルスルと描き終える。
「よっしゃ」
「なんの魔法なんだこれ?」
「走ればわかる!」
俺たちの背を叩いてロイクが走り出す。 それを追うように俺とハワードも走り出した。
後ろからはぞろぞろと団体様がついてくる。
後ろを見ながら様子を見ていたロイクがニヤッと口角を上げた。 ちょうど地面に描かれた魔法陣があいつらの足元に来た瞬間だ。
「はい、ドーンッ!」
と言うや否や、カムイの槍の集団の足元が光り、地面に亀裂が放射状に走り、弾けるように崩れだす。
地面が砕け、足元を失った集団の先頭は転倒、その倒れた人につまずき、後続も次々に崩れ落ちていく。
陥没したような地面の穴に、カムイの槍が断末魔と共に吸い込まれるようにして消えていった。
「なんだよあれ!?」
「よっっし!! どうよ! 現象の立ち上げに接触起動を使ったマジックトラップだ!」
「あんなんできんのかよ!?」
「魔法陣に触れたら発動する術式があるんだ、それを使った魔法の罠だよ」
「おうさ! 俺、ああいう小手先大好きなんだよ。 役に立つぜ?」
いつもの爽やか笑顔で売り込みをするロイク。
チョー頼もしー。
「俺より役に立ちそう」
「悲しくなるようなこと言わないの」
「周りにすげえの多いからもう慣れた」
意外と頼もしい仲間出来たところで、龍舎に近づいてきた。
既にクラリスたちは着いており、フランと共に飛竜を準備していた。
走ってくる俺たちを見つけたクラリスが手を振っている。
「もういけそうか?」
「リューマさん! ご無事ですか!?」
「おう、ロイクのお陰で助かったよ」
「ん? 誰だ貴様は?」
サラが警戒するようにロイクとクラリスの間に立ちはだかる。
こんな時まで睨むようなことじゃないだろうに。
「どうも初めまして、俺ロイクって言います。 こいつと同じクラスでして」
「なんでそいつがいるんだアカホ」
「遅刻してあいつらにぶつかって、ぶん殴ったら敵認定された」
「間違ってねえな」
「バカか貴様は!?」
「ぐっは直球!」
「話してないで手伝ってよおお!!」
慌ただしく動き回っていたフランにお叱りを受けて、俺たちはすぐさま龍舎に入る。
中にはすでに飛竜に鞍が取り付けられていて、飛行準備に入っていた。
「フランさん、荷物の取り付けはこれでいいですか?」
「うん、他のもお願い!」
手伝っていたリゼットにそう言いながら、フランが飛竜用の餌を大量に持ってきて飛竜たちに食べさせる。
今から飛ぼうっての食べさせるのか?
「飛ぶのにだって体力は使うからね」
「戦闘に出る飛竜も、出撃前に餌をとらせるのが基本です」
「吐いたりしない?」
「しないしない」
フランが飛竜の前の扉を開けていく。 それを見た飛竜たちが一斉に立ち上がった。
体のデカいタッファー種だからか、なんか壮観だ。 しかしフランは、そんな飛竜たちの鼻頭を抑えて待ったをかける。
「食べ終えていない子はまだ駄目だよ! 山越えだから体力がなくなっちゃう! 食べ終えた子から順番に出して飛行体制に入らせて!! 長距離飛行は体を温めないと翼が釣っちゃうから!!」
普段のフランからは想像もできないほどテキパキと準備をこなしていく。
「空中補給用のヘッドガードと補給ポーションを付けて! 最高速度で抜けるまで下りれないから魔力補給は必須だからね!」
飛竜たちの頭に、ハムスターのケージに付いてそうな水分補給用のボトルが取り付けられていく。
中には緑色の液体のようなものが入っていた。 魔力補給?
「飛竜が空を飛ぶのは、実は鳥のように自力ではなく魔法なんです。 原始魔法ってご存じですか? 魔物が使う魔法です。 飛竜は全て、飛行の原始魔法が使えるんです。 なので、飛びすぎると魔力切れを起こすので、今回は補給用のポーションを使うのです」
クラリス曰く、距離的には短いものの、可能な限りファイエット領まで近づくために魔力の限界まで飛び続けるのと、峡谷の突破のために飛行速度を上げるのとで、通常よりも魔力消費が激しくなるそうだ。
しかし空を飛ぶのが魔法……。
確かにこの図体を空に持ち上げるには重すぎるか。 魔法を使っていたとは気づかなかった。
「お前、本当は俺より賢いのな」
「グルルル……」
撫でるとハヌーより硬い感触がする。
「不味い……フラン! 急げ!!」
「おいおいおいやべえって!」
見張っていたサラとロイクが慌てて声を張り上げる。
指をさす先には、カムイの槍がこちらに迫ってきていたのだった。
「くそ、高跳びするのを感づかれたか……」
「フラン! あとどれくらい!?」
メリッサが問いかけるも、フランの顔には焦りが浮かんでいた。
「まだ時間がかかるの……、本当なら十分以上かけて準備するものだから、急なことで飛竜もびっくりしてたし、この体調ですぐに長距離飛行させると、多分持たない……」
フランの声色にも弱気がにじみ始めた。 飛竜のハヌーと生活していたフランだからこそ、飛竜の体調管理には詳しいのだ。
となると……。
「しゃーない、誰でもいい! 俺に付き合え!! 時間を稼ぐぞ!!」
「迎え撃つのか!? 急なことで武器がないぞ!?」
「魔法があるだろ? 使えるやつは後ろから撃ってくれりゃあいい!! 行くぞサラ」
「く、仕方ない……」
俺とサラで言い合ってる場合じゃないんだ、なんとかして飛べるようになってもらわないといけないんだ。
フランとリゼット、メリッサ、ロイクを残し、後の全員で迎撃にまわる。
迫ってくるカムイの槍に立ちはだかると、大きな盾を持った兵が前へと出てくる。
おいおいおい、ふざけんなよ!? あんなもんどっから連れて来たよ……!?。
「めんどくせえのを……」
「魔法を使います! 下がって!」
「対集団を、数で行きます!!」
クラリスとハワードが一斉に魔法陣を展開する。
クラリスは二つの魔法陣を展開するが、ハワードは手を振るだけで数十もの魔法陣を広げていく。
ええ、なにそれえ。
「なんて数……」
思わずクラリスがそうこぼしていた。
クラリスも魔法についてはできる方だ。 何度か放課後の特訓中に見せてもらったことがある。 魔導実技の授業中、ずっとクラスメイトの授業風景を眺めていた俺からすれば、間違いなくダントツだ。
そのクラリスが言うのだから、数十もの魔法陣を同時に展開できるのは、どうやらハワードのそれは非凡な強みになるらしい。
「まずは盾を、一斉射!」
ハワードが叫ぶと、カラフルな多数の魔法陣からどかどかと火だの水だのと弾が発射されていく。
負けじとクラリスも魔法陣を起動させ発射する。
「いきます! ハイ・フレイボム!」
魔法陣に追加の術式が書き起こされ、依然見たフレイボムよりもさらに強い熱気を放ちながら火球が飛んでいく。
確か、魔法効果を強化する追加術式だったか。 ヒールとハイ・ヒールの違いを聞いたとき、教えてもらったものだ。 既存の術式を邪魔せずに魔法陣に追加記述しなければならないから、扱いがより難しくなるという。
しかし、その分威力はお墨付きだ。
魔法弾の雨あられに足を止められた盾部隊は、強化された火球の直撃になすすべなく吹っ飛ばされた。
ごつい体がでっかい盾を持ってしても簡単に吹き飛ばす。 それをクラリスは魔法陣二つで交互に撃ち、片方を撃ったら片方を構築し、発射から再構築までの隙を可能な限りなくしている。
そんな二人を相手に、迫りくる敵軍の隊列は瞬く間に瓦解した。
…………出る幕なくない?
「準備いい!? あったまった子から順番に出すよ!」
後ろのフランが手を振って合図を送ると、外に出ていた飛竜の一頭がフランの元へ歩いてくる。
すかさずメリッサが飛竜にまたがった。
「飛竜には二人乗りするわ、すぐに乗って!」
メリッサの合図にクラリスが目配せをする。 俺たちは軍団の対処をしなきゃいけない、今は無理だ。
「ロイク!」
「俺!? お、おう!」
メリッサの後ろにロイクが素早く乗り、それを確認したメリッサがすぐに飛竜を走らせる。
それを見た敵がすぐさま盾を構えなおして接近してくる。
「俺たちは後だ! 飛べるやつからいけ!」
「次出すよ! リゼットちゃん!」
「いきます!」
フランの合図にリゼットが飛竜に飛び乗る。
フランはまだ乗れない、飛竜の飛べるタイミングが分かるのはフランだけだ。
「クラリス!」
「しかし……!」
「かまいません!! お早く!」
「……すみません!」
一言そう言い添えると走り出す飛竜へと向かう。
リゼットの手に捕まり飛び乗ると、飛竜は助走のために走り出す。
しかし、その飛竜を狙う手が敵の一団から伸びる。
「いけません、これはいけません」
細めた目でクラリスたちを見据えながら、そいつは杖を握る手を振り下ろす。
火炎が弾となり、クラリスの乗る飛竜へと発射される。 だが、その攻撃は逆さの滝のように吹き上がる水の壁に遮られた。
ハワードの防御魔法が間に合ったのだ。
「させない!!」
「来んのかよ……!! ランヴァルド!!」
ランヴァルドは狐のような細い顔に気色の悪い笑みを浮かべながら、90度に腰を曲げてお辞儀をした。
「お久しぶりでございます、アカホさん」
「誰だあいつは!?」
サラは知らないだろうが知る必要なんざあるかあんなの。
「加虐趣味の質の悪いクソ野郎だ、それでいい! いくぞ!」
「突っ込むのか……しかたない!!」
隠し持っていた短剣を抜きながらサラが横に並ぶ。
え? ちょっと、そんなの持ってるなら俺にも貸してくれない?
「護身用だ、一本しかない」
「じゃあしゃーないな。 ハワード、援護任せる!」
「気を付けて!!」
援護を頼み、サラと共に敵軍へと突っ込む。
既に盾は破壊されたから、まずは魔法を使えるやつをつぶす。 狙われたらたまったもんじゃない。
「アカホさん!」
「てめえだよクソったれ!!」
ランヴァルド、こいつをつぶす!
ほかに魔法を使うようなそぶりを見せたやつはいない。 とびだたせるのを妨害するなら、ほかに何人かは杖を出してくるはずだ。 それがないなら……。
「悪魔に魅入られた異端者、今制裁を!!」
「信者ぶるなよ、似非神父!!」
横から振りぬかれる文字通りの横やりを、ランヴァルドの杖が向けられた瞬間に体を落とし、スランディングで潜り抜ける。 直後、頭上を火球が飛んでいく。
「うぅらああっ!!」
スライディングから体を起こし、低い体勢のままランヴァルドの腹に蹴りをぶち込む。
「うぐおおっ!?」
自分の部下たちを巻き込みながら吹っ飛ばされたところを見てちょっと溜飲が下がった。
よし、ざまあみろ。
なんて頭の中で舌を出していると、後ろでバチバチと何かが弾ける音がした。
振り返ると槍を構えた敵が感電したように硬直して倒れる。
「龍真!! 気を付けてって言ったのに!!」
「すまん!!」
びっくりした、油断大敵……。
構え直したところで槍を突いてくる敵に肘撃ち、首を持って背負い投げ、そして頭を抱えて極める。
ゴリ………、嫌な音がした。 防御が下がりそう。
「サラは……!?」
乱戦とも言えなくもない状況にサラを探す。
敵を挟んだ向こう、敵の槍を巧みに躱しながら短剣で一突きにしていく。
流れるような動きだ、一切の無駄がない。
「カムイの槍と言ったか、こいつら、怖気づいているのか?」
サラが瞬く間に数人を倒したところでカムイの槍の攻めが緩む。 圧倒的数の有利を生かそうとしない。
ハワードが魔法を撃ってきていることも大きいだろうが、サラよりも比較的楽であろう俺に対しても、攻撃してくるもののどこか及び腰だ……。
「やああっ!」
「こんのっ!」
振り下ろされる槍をかわして両手で抑え、相手の横腹に蹴りのフェイント、空いた側頭部に本命を入れて、ついでにまた腹部に、今度は一撃を入れる。
手放した槍を使い、後ろから挟み込もうとしたもう一人を叩き伏せ、新たに突進してくる二人の敵に槍を横にして放り投げた。 そして首の高さ辺りで槍を蹴り込む。
「「ぐえぇう!?」」
蛙のつぶれたような声が重なり、二人同時に地面へ転がった。
きつい………、さっきのでめっちゃ動いた気がする。
こっちを見ていたサラがスルスルと槍をかわしながら疑問を口にした。
「こいつらまさか……ただの一般人か?」
「私兵ですらねえってか?」
「そうですが? しかし、彼らはあなた達の所業を目の当たりにし、心を奮い立たせ、立ち上がった英雄たちなのです」
腹を押さえたランヴァルドが再び立ちふさがる。 その目は彼らを誇る輝きであふれていた。
こいつ、マジで言ってやがる……。
「次!!」
「フランか!」
最後のタッファーの準備が整った。 すでにハヌーも準備ができている。 全員が飛ぶまで待っていたんだ。
ならもう待つ必要はない。
「行こう!!」
「サラさんと龍真は先に行って!!」
「よし、まかせるぞ」
サラが後退し、ハワードが追いかけてくる敵を迎撃する。
サラが飛竜に飛び乗り助走をつけさせる。
「あなたがたまで逃がしたとあれば、悔やみきれません」
「二度目はないぞランヴァルド」
また飛竜に狙いをつけるランヴァルドの腕を思いっきり蹴り上げる。
「くっ!!」
「次で地下のことチャラにしてやる。 歯ぁ食いしばれ、クソったれ!!」
ランヴァルドの魔法を突進しながら掻い潜り、全身をバネのようにして拳を叩き込む。
「ぅううらあああっっ!!!!」
「ぐぶっ!?!?」
足が地面から離れるほどの強烈なアッパーがランヴァルドの顎を打ち抜く。
ランヴァルドが大の字に倒れ伏した。 すげー爽やかな気分、これで勘弁してやる。
「急げアカホ!!」
「分かってるよ!!」
「ハワードも! 私たちも飛ぶよ!!」
「うん!!」
ランヴァルドを一瞥した後、すぐにサラの飛竜を追いかける。 ハワードも特大のロックピラーを作り出し追撃を妨害すると、すぐにフランのもとへと駆け寄る。
走る飛竜に追いつき、サラの手を取って飛び乗るとすぐさま浮遊感を覚えた。 下を見れば学校の屋上がすぐ見えてくる。
俺たちの後ろからは、フランとハワードを乗せたハヌーが追い抜かんばかりのスピードで上ってくる。
どうやら全員無事に上がれたようだ。
「クラリスたちは!?」
「あそこだ、追いかけるぞ!」
学校を飛び出し、北門へ続く大通りにそって飛行する。
「ん? 誰だ?」
スピードを上げていく中、北へ延びる道を馬が一頭走っていく。
それに乗っていた人物がこっちを見ると馬を止めた。
「あいつは……マティアス……?」
この距離でもサラはそいつの顔を判別できたらしい。
乗っているのはマティアスだという。
何でここに?
「おいサラ、悪いけど頼む」
「分かったから腹を叩くな! 仕方ない……」
飛竜がマティアスの頭上を通り過ぎ、しばらくして着地する。
「龍真!?」
「先に行け!!」
ハワードとフランを乗せたハヌーが頭上を通り過ぎるのを見送ってマティアスに相対する。
マティアスは大きな剣を背負っていた。
「見送りってわけじゃなさそうだな」
「騒ぎを知ってな。 まさかと思ったが、俺の感も当たるものだ」
「それでわざわざ馬に乗って追いかけて来たのか?」
そりゃあ学校であれだけやれば知らないやつはいないだろう。 まあそれで俺に思い当たられるのは癪だが……自業自得か。
マティアスが剣を握った。
「今度は何をするつもりだ?」
「答えなきゃその剣で真っ二つか?」
「魔導剣だ、この距離でも俺の間合いだ」
魔導剣? 聞いたことないが魔法の剣だろう。
斬撃が飛ぶのか? それともグレートになるの?
「アンリ・ユベールって知ってるよな?」
「ああ、魔物化を研究した魔道学者だ」
「なんで悪魔って呼ばれるんだろうな」
「やっていたことは、そう呼ばれてもおかしくないことだ」
「だけど俺たちは、この目で、そうじゃないかもしれないってことを見たんだ」
マティアスが訝しむように目を細めた。
「なあ、そんな奴に誰がありがとう何て言うんだろうな」
「どういうことだ」
「分からない、だから、本当のことを知りに行ってくるよ」
少し考えていたマティアスは剣から手を離した。
「理解が得られるとは限らないぞ」
「だろうな、でも知ってもらうことはできる。 誤解を解くのはそこからだろう?」
マティアスは一つ息を吐くと、黙ったまま馬に乗った。
どうやら見逃してくれるらしい。
「今回の件は、俺たちには関係のないことのようだ」
「あったら真っ二つ?」
「当たり前だ。 ファイエットとつるむのなら、容赦などない」
「お前、クラリスのこと嫌いすぎだろう」
「そういう風に育ったんだ。 今更変えられない」
今初めてこいつのことを聞いた気がする。
そういやファイエット家のこと目の敵にしてたっけ、マティアスの家って。
「そうだマティアス。 イシュベル、腹ン中は真っ黒だったよ、足の下にヤバいの飼ってやがった。 悪いけどそっちで何とかできない?」
「……王都に危険があるならな」
そう言ってマティアスは走り去ってしまった。
ヤバくなるまではそっちで何とかしろってか。 まあ変なことに首突っ込みたくないのは当然か。
「おいアカホ! もういいだろ!」
「おう!」
俺はサラのもとに駆け寄り、飛竜に飛び乗った。
サラのお腹に腕を回したの確認すると、飛竜に合図を出して再び空へ飛び立った。
ザントライユ山脈がある方向に飛竜が三頭、旋回するように飛んでいる。 クラリスたちだ。
俺たちが上がってきたの見たのか手を振っている。
クラリスの乗った飛竜が近づいてきた。 クラリスは心配そうな顔をしている。
「どうされたのですか!?」
「何でもないよ、ただ挨拶してただけだ」
編隊を組みなおし、速度を上げてザントライユ山脈へと進む。
「こっから先は時間との勝負だ。 一気に山を越えるぞ!」
「しくじったらみんな仲良くあの世行きか?」
「貴様と同じ墓など死んでもごめんだ! 行くぞ!!」
王都の城壁を超えると、広大な自然が広がる。 まだこっちは見たことのない景色だ。
俺たちを乗せた4騎の飛竜は、一路ザントライユ山脈、マウリ峡谷へと向かった。




