第五十二話 狂者の息子
「う……ぐ……」
寒い……、痛い……、頭が、ぼんやりする……。
腹減った……、のど乾いた……、痛てぇ……。
「んん……んぐ……っ――てぇ……」
体が寝返りを打った時、頭や体がゴリゴリと硬い地面と擦れた。 その痛みでようやく目が覚めて、頭もはっきりとし出した。
周りを見渡すと石壁に囲まれた四角い部屋で、一方が鉄の格子でできていた。 その格子の向こうのろうそくがこの薄暗い部屋の唯一の光源のようだ。
まるで牢屋だな……、あ、思い出した。
「そうだ、スタンガンみたいな魔法を撃たれて気を失ってたんだ」
徐々に何があったのかを思い出してきた。 カムイの槍とかいう連中に囲まれて拉致られたんだ。
ハワードとフランは? 二人はどこにいる?
「お目覚めのようですね」
「あんたは……ランヴァルド」
「覚えてくださっていたとは恐悦にございます、アカホさん」
きっちり90度に腰を曲げて深く礼をいったランヴァルドは、格子に付いた扉の鍵を開けて中へと入ってきた。
「我らの主はただいまお取込み中ですので、それまでの間は私が……」
「まず聞きたい、ハワードとフランは? あんたらが人質にした二人だ」
「ご安心くださいませ。 男子の方、ハワードさんはしばらく前に目を覚まされました。 女子の方、フランさんも、こちらでご用意いたしました別室にてお待ちいただいております」
まるで営業スマイルだ。 いや、そっちの方がはるかにましだ、話すその面からは張っ付けたようなまるで心のない笑みがくっ付いてる。
「無事なんだろうな?」
「もちろんでございます」
嘘か本当か測りかねるが、今は確かめようがない。
「で? あんたは主が来るまで何しようって?」
「アカホさん、あなたのお噂はかねがね……。 騎士学校に押し入った盗賊を相手に、果敢に立ち向かったとか。 その勇敢さ、まさしく騎士に相応しい正義感」
わざとらしい。 芝居がかって言うことじゃないだろうに。
でも悪い気がしてない当たり、俺もちょろいですわ~。
「街に噂の魔物が現れた時も率先して立ち向かわれたとか……素晴らしいです」
「そうかい、そう言ってもらえてうれしいよ」
なんだこいつ? なんでこんなに俺を褒めちぎるんだよ? よいしょしたら何かべらべら喋るとでも思ってんのか?
いや……ちょっとまて、何でこいつ、俺が魔物とやりあったことを知っている?
「人が魔物になる、何と嘆かわしいことでしょう。 そのような怪物にかかわることなく生きられたらと、どれだけ思っているでしょうか……。 しかし、悲しいかな、そのように祈っても、時には魂を売り払い地獄の扉を開くものがいるのもまた、人の業」
「何が言いたいんだよ……」
「アンリ・ユベール」
よくもまあぺらぺらとしゃべる口だ事、なんて思っていたのもつかの間、その名前にはらわたをつかまれたような感覚に陥る。
「ご存知ありませんか? かつて悲劇と呼ばれたあの事件を引き起こした張本人。 その悪魔が産み落とした業の産物。 祈りを踏み砕く邪悪の魔法。 ご存じありませんか? エルヴェシウスの研究成果を……」
「は? 知るわけないだろう」
とっさにすっとぼけた。 この野郎、それを俺に聞くってことはある程度のことは知っているってことなのかよ。
次の瞬間、俺の横っ面に何かがぶち当たり、俺は真横に吹っ飛ばされた。
「ぐはっ!?」
「ああ、申し訳ありません、本当に……」
なんだ? 殴られた? いや魔法だ。 こいつ、躊躇なく魔法でぶん殴りやがった。
「てめえ……」
「アカホさん、私たちは今、大変、怒りに打ち震えているのです。 尊い民の命を魔物へと変えた力。 それはまさしく悪魔の所業。 持っていらっしゃるのですよね? アカホさん」
こいつは、こいつらの狙いはエルヴェシウスの本か!?
魔物と戦ったことを知っているっていう事はこいつら、一冊目の所有者に関係しているのか!?
「クッソ……痛てえじゃねえかよ……」
「どうかお答えになって下さいませんか? 持って、いらっしゃるのですよね?」
「魔物学の教科書なら持ってるけど……?」
不意に、腹に何かがぶつかる。 勢いあまって後ろの壁にたたきつけられた。
この野郎、拷問ならもっとうまくやれよ、死んだらどうする。
「ゲホッ……」
「アカホさん、私たちは地下組織故に、日に当たらぬよう密に、密に生きてまいりました。 故に、地上の日が当たる場所はとても眩しく、よく見えるのです」
「回りくでえな……、知ってるからさっさと吐けってか」
「ご推察、感謝いたします」
体だけ90度に曲げて顔だけがこっちを見ている。 不気味すぎる笑顔だ。
「どうか、切に……切に……」
「俺は持ってねえよ、自分で探せそんなもん」
嘘は言ってない。 だよな?
上体を起こしたランヴァルドが右手を上げる。 次に来る衝撃に身構えると、ランヴァルドがその手を振り下ろした。
しかし、ぶつかってくる衝撃はこない。
「く…………ん?」
「これはこれは……」
「ランヴァルド……私は、尋問をしろと言ったんだ」
牢屋の外、そこに一人の男が立っていた。 外套に複雑な模様の装飾が施されたその衣装は似たのを見たことがある。 城を歩き回っていた貴族だ。
「ええ、ですので」
「くだらない問答などする気はないぞ」
貴族の男は杖を取り出しランヴァルドに向けられていた。 そのランヴァルドは、水平にまで振り下ろされていた右手が震えている。
よく見ると貴族の男の杖とランヴァルドの右手が微かな光に包まれていた。
魔法で抑え込まれたんだ。
「君は外の空気でも吸ってきなさい。 今の君には誰も任せられない」
「……それは、大変失礼いたしました」
貴族の男が杖を下ろすと、ランヴァンルドは袖の中へと杖をしまった。
「それでは、失礼いたします」
ランヴァルドが視界から外れて少しした後、その言葉と共に扉が閉じる音がした。
今は、この貴族と俺だけか……。
「すまなかった。 あの男は、もう少し冷静な男だと思っていたのだが……」
「別にいいですよ……。 殴られた程度で、どうってことはありません」
あの連中に俺を拉致らせた張本人だろう。 この男がランヴァルドの言う主というやつか……。
「傷はあるか? すぐに直そう」
「いいです、大した傷なんてないですから」
貴族は杖の先に緑の光をともしながら心配そうに近づくが、俺は壁に体を預けながら体を起こし、その申し出を断った。
大した傷じゃないってのは本当だ。
「あなたがランヴァルドの言っていた主って人ですか?」
「主、というには語弊がある。 私は、ただ彼らを一か所にまとめているだけに過ぎない」
「何者なんです、あなたは……?」
杖をしまった貴族の男は、口を開きかけた。 だが、言うか否か、まよっているようだ。
「私は……、いや……私はベルナール・ブロンデル。 聖王騎士団の上貴会で役員を務めている」
「騎士団の? そんな人が俺に何の用です?」
「理由は、もう察していると思うが、今一度言おう。 8年前、彼の天才魔導士アンリ・ユベールが残した研究書がある。 それを、君が持っているそうだな? それを、こちらに渡してほしい」
貴族は男、ベルナールは、ゆっくりと落ち着いた声で、諭すように言った。
やっぱり、そうだよな。 だから俺を呼んだんだもんな。
でも、こいつらはなんであの本を欲しがるんだ?
「その前に、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「……なにかな?」
「その本を手に入れて、どうしようってんです?」
「燃やすんだ」
「え?」
聞いたとたん、思いもよらぬ答えが返ってきた。
燃やす? 本を? 欲しがってたんじゃないのか?
「燃やす? 本が欲しいのに? あんたたちは……カムイの槍は、あれが使いたいからじゃないんですか?」
「そのようなことは決してない。 欲しているのは燃やすためだ。 あれはあってはならない、存在してはならないものだ。 あの力が放つ魅力、魔力は、人を狂わせるのだ……私の父のように」
「父?」
「アカホ君、私はな……かつて、あの悲劇を起こした『張本人』の、息子だ」
何? 息子!? 張本人のって……まさか!?
ブノワの!?
「私の父はブノワ・ブロンデルだ。 否定派……ブノワ派を率いエルヴェシウス邸を襲った首魁のな……」
「あなたが……!?」
信じられない……、ブノワなんて見たことないが、あんなことをやったやつだ。 どうせあくどい面をしてるんだろうと思っていた。 その息子ならどこかそういう面影もあるかもしれない、でもこの人の見た目は、ほんとに気の優しいおじさんにしか見えなかった。
さっきだって、結果的には俺を助けてくれたし……。
「……話はそれるが、少し、話をさせてくれないか」
ベルナールは、近くの椅子を引き寄せて座った。
俺はただ、黙って佇まいを直した。
「ありがとう。 ……私がまだ、十にも満たない頃だ。 父と、母と、弟と共に王都からフュルステンベルクへと馬車で向かっていた時、魔物の群れに襲われた。 フルースキャットというネコ科の魔物だ。 やつらに囲まれ、襲われた馬車は車輪が壊れて動けなくなった。 隙を見て飛び出した父は、私を担ぎ上げると馬に乗せて逃がそうとしたが、まだ中には母と弟が残っていた。
護衛は父にも逃げるよう催促した。 だが、もう間に合わなかった。 すでに馬車の中にも、二匹入り込んでいた。 母も弟も戦うことなどできない。 父は何も言わず、私だけを共に乗せてそこから逃げた。 その後で、母も弟も、死んだことを教えられた」
それは、ブノワと、息子ベルナールの、あの悲劇がおきるまでの話だった。
魔物の群れに襲われ、妻と次男を失ったブノワは、一時期言葉も話せないほど衰弱した状態だったが、そこから回復したブノワは、当然魔物を憎むようになった。
「最初はそうでもなかった。 ただ喪失感を紛らわそうとがむしゃらに国営に心血を注ぎ、貴族たらんとするその振る舞いも……。 だが、あの時からおかしくなった。 父はもともと、イシュベル教の信徒だったが、いつからか、否定派と呼ばれるイシュベルの派閥に入っていた」
「否定派……ブノワ派か……」
「当代の指導者の名をとってそう呼ばれているな。 あの頃はまだライニール派と呼ばれていたが、彼らはイシュベルの最大の教えである争いの否定から、争いを生み出すもの、害を生むものの否定へと変わっていった。 それが最終的に魔物の否定、そしてそれを生み出す根源、魔力への否定となった」
「魔物の否定、憎いから排除しようってことですか」
「そう思ってもらって構わない。 父はその派閥に属したころから、その行動が過激になっていった。 ……この近辺の商路の安全性は知っているかな?」
「一応。 知り合いの商人が喜んでましたよ、対人護衛だけで済むって」
商人のおっちゃんのことだ。 確か何回か前の市場でそんなことを言っていた気がする。 盗賊だってめったに出ないとか。
「王都周辺の定期的な魔物の掃討作戦は、もともと父が始めたものだ。 王都の安全性と若い騎士たちの習熟訓練を兼ねてと言ってね。 しかし、父を知る人から見れば、それが、恨みからの行動だとすぐにわかっただろう」
「魔物への、復讐ですか」
「ああ、いつまでも続く、終わらない恨みだ。 見なさい、あのネズミを」
ベルナールが見た先には1匹のネズミがいた。 小さく、汚れたネズミだ。
こっちが見ていることに気づいたのか、警戒するようにこっちを見ていた。
「あんな小さなネズミは、いったい何匹いると思う?」
「何匹? この建物に?」
「いや、世界中にだ」
「そんなの……」
「分からない、そうだろうな。 私にも、世界中の人間にも、決してわからないだろう。 それほどまでに多く、もしかしたらこの世界に生きる人の数よりも多くいるかもしれないあの小さなネズミのただ一匹が、一度でも瘴気に侵されれば、それは人を殺す化け物へと変貌する」
もう一度ネズミへと視線を向けたが、そこにはもうネズミはいなかった。
「瘴気が体を侵食し、汚れた魔力が体を増幅させる。 知能は消え去り、凶暴な攻撃本能だけがむき出しになる。 血は消え失せ、代わりに魔力が体を生かそうと血の代わりとなって流れ始める。 周りの魔力を飲み込み、瘴気を吐き出し。 自分以外の生きているものを襲い始める」
「それが魔物化ですか」
「先天性の、生まれた時から魔物として生きる魔物とは違う、生まれ変わった生物。 しかしそれは、もはや生物と呼ぶことすら憚られるものだ。 そんなネズミが、魔力があるだけで、何処からか湧いて出てくる。 瘴気さえあれば、魔力さえあれば、何匹でも、何度でも。
ネズミだけじゃない、あの蝋燭に誘われた虫も、空を渡る鳥も、川を泳ぐ魚も、犬も、猫も、すべてだ。 小さかろうが大きかろうが、命と魔力さえあれば、どこかに必ず現れる。 現れてしまう。
父のやっていたことは、決して果たし得ない復讐なんだ」
その復讐心は、今や商人にとってなくてはならない安全となった。 皮肉ではないだろう。 ブノワが望んだ復讐の先が、それだったのかもしれないから。
「決して終わらない復讐は、父の顔に次第に暗い影を落としていった。 父はじょじょにおかしくなっていった。 神を崇める言葉を口にするようになり、父自ら剣を持つようになった。 そして、八年前だ」
八年前、それはあの事件のある年を指す言葉だ。
「父は、父のもとに来た知らせを聞いたとたん、鬼に取りつかれたかのように屋敷を飛び出した。 その知らせには、ついに人を脅かす悪魔の法の主を知ったとあった。 父は、かねてから魔物化の研究が行われていることを察知し、その研究者、エルヴェシウスを探していたのだ。 その探し始めた時期、魔物化の研究を知った時期は、父がおかしくなり始めた時と一致する」
「そんなの、偶然でしょう……! だからエルヴェシウスが」
「ああ偶然だろうさ。 それでも、そのために父がおかしくなっていったことは変わらない! あの本の力が、それがあるだけで、母と弟の死を乗り越え、私にとって良き父であろうとした父、ブノワ伯爵をあそこまで狂わせた!」
「父親の敵討ちですか!」
「そうではない……! 敵を討つには、遅すぎた。 だが、それでも私は、そんな恐怖に怯えぬ未来を、次代へ繋ぐ子供たちに残す役目がある。 貴族だからとか、偽善の心ではない! 始祖イシュベルの言葉に、行動に、感銘を受けたからこそだ!」
強い目だった。 信念がある。 本当に心の底からそう思っている。
この人なら、もしかしたら話ができるかもしれない。
「ベルナールさん、人はエルヴェシウスを、アンリを悪魔と呼ぶけど、あなたはエルヴェシウスと会ったことはありますか?」
「アンリとか……、ある。 若い頃に何度かな……。 誰も思いつかぬような魔導技術を生み出し、今を生きる人々にとっても、なくてはならない技術を多く生み出した」
「そうですよね。 俺は今までアンリのことなんて全く知らなかった。 でも調べたんです! 家族思いの人だ。 息子の魔法の練習を見てあげたり、足の不自由な奥さんの面倒を見てあげたり、ズボラだって言われたけど、使用人の人たちからも好かれていた。
俺はどんなものを生み出したかすらわからないけど、あなたの言う通り、人々にとって大切な技術を作り出して、尊敬されてたんでしょ!? 神童と、天才と呼ばれて! そんな人が……! 自分の好奇心のためだけに、人を犠牲にしてまで魔物化なんてやりますか!?」
「それは……!」
好奇心だけで、人が魔物になったらどうなるのなんて、そんなことで生み出された研究が、ありがとう何て言葉をもらえるわけがない!
「今俺たちは、その研究の真意を、本当の目的を探しているんです! 時間はかかるかもしれないけど、でも! 街で起こった魔物化の事件だって解決の糸口をつかめるかもしれないでしょ!?」
「街……あの事件は、君たちではないのか……」
「なに……?」
俺たちじゃない? ベルナールは俺たちが変異させたと思っていた……。 それだと、この人じゃない?
あれをやったのはカムイの槍の主じゃあない?
「ベルナールさんじゃないんですか? あれをやったのは、だから本を探して……」
「違う、あれは私ではない」
「じゃあバルドアは、学校に仕向けたのは……」
「私は! そんなことは絶対にしないっ!!」
「……っ!」
「……すまない、だが、どうやら、君たちと私たちとは別に、第三者がいるのは間違いなさそうだ」
「ベルナールさんじゃあないってことは、本を狙っているのは別?」
ベルナールさんの目的は、本を使うことではなく燃やすこと。 でも、街に出てきたあの魔物は、本の魔法で変異させられたものだった。 じゃあ本当にベルナールさんじゃあない?
でも、それが本当か、まだわからない。 信用できるのか?
味方ではない。 でも、使った側の人でもなさそう……。
ここに来てまさかの三つ巴? 冗談じゃない!
「いや、どちらにせよ、その者より早く私が事を済ませればよいだけだ」
「あれをやったのがあなたじゃないとしても、この本を狙っている奴らはまた繰り返すはずです! そいつらは既に一線を越えたんです! 次からは躊躇わないかもしれない! もっと多くの犠牲が出るかもしれないんです!」
「もう一冊の研究書を持っているからか?」
「なっ……!? なんでそのことを!?」
「ここに来る前、ハワード君が目を覚ましてね。 先に話をさせてもらった」
よかった、ハワードは無事に目を覚ましたのか。
そして先に話をしたってことは、じゃあハワードはベルナールさんに教えたのか……。
「もう一冊、彼から隠していた本があることも聞いた」
「なら、今は協力すべきじゃあないですか? 俺たちは、本の魔力になんて取りつかれたりしない! でももう一つのグループは、すでに取りつかれてる!」
「対策はとる! だが、目の前にあるものを見過ごすわけにはいかない!」
「どうして……!」
第三者がもう一冊持っていて、そいつがまた暴れようとしているのに……!
「どうやら、平行線のようだな」
「それは……!」
「私は、折れるつもりはない。 君が持っているものも、もう一つも、どちらも燃やす。 必ずだ。 それに、もし君から奪い取ることができれば、その第三者は私を狙ってくる。 探す手間も省けるし、ここから離れれば、街に被害が出ることはないはずだ。 だから……」
「それでも、渡せない」
「そうか……」
ベルナールさんは指先に光をともして横に振ると、俺の手首からパキンと音がして手錠が外れた。
俺を開放するってことなのか?
「聞かせてくれないか? どうしてそこまでするんだ? 君はエルヴェシウスの関係者ではないだろう?」
「いえ、関係者ですよ。 ハワードは、俺の友達です」
「それだけのためにか……」
「はい」
呆れたような、それとも、何か思うことがあったような、そんなため息をベルナールさんはこぼした。
でもそれ以外に言うことはない。
昔の俺だったら同じことになっていたかはわからない。 でも、今の俺は、これを無視できない。 そのあとで家族に会っても、友達見捨ててでも探しに来たんだなんて、言えるわけがない! 言いたくない!!
「……分かった、君たちを解放しよう」
そうして俺はベルナールさんに連れられて牢屋を出た。 地下から上に上がると、静かな建物中にいた。
しばらくすると、広い空間に出てくる。 並んだ長椅子に、それと向き合うように立つ巨大な十字架。
まるで教会だな。 いや、教会か。 まさかイシュベルの?
「ここは……」
「イシュベルの教会だ」
やっぱり……。
ハワードとフランは? どこだ?
「リューマ!」
「龍真!!」
日が落ちていたのか、暗く人のいない聖堂の奥から、俺を呼ぶ声がした。
フランとハワードだ!
「二人とも無事か!」
「うん、なんともないよ。 リューマの方こそ大丈夫? ケガしてない?」
「ああ、俺はな。 フランは?」
「うん、大丈夫。 なんともないよ。 ここに連れてこられた後、大きな部屋に入れられて待ってたの。 そしたらあの人が来て、リューマとハワードから本を渡すように説得してほしいって言われて」
「まさかのった?」
「そんなわけないじゃん!」
「さすがフラン!」
俺はわしゃわしゃフランの頭を撫でた。 ハワードでだけでなくフランのところに行っていたようだ。
まあ結果はふられたようで何よりだけどな。
「僕のところにも来たよ。 でも、本は渡せないって、はっきりと言ったから」
「ハワード……」
「ベルナールさんのことは僕がどれだけ謝っても、償えるものじゃない。 でも、だからってここで本を渡したら、この本に希望託してくれた人や、あの絵をくれた子供たちに顔向けできなくなると思うから」
「ああ」
俺たちに意志は固い。 ならやってやれんことはないはずだ。
決意を新たにしたとき、ベルナールさんは俺たちの前に出た。
「諸君」
「ベルナールさん……」
「君たちを返すのは……私の最後の良心だ」
「良心?」
「だが、覚悟してほしい。 私は、私の持つ全てを使い、全て捨てて、目的を達成させる。 おそらく、その時は、君たちのことを……」
ベルナールさんはこぶしを握り締めながら、そう言葉を切った。
それは、俺たちの命は保証できないと言いたいんだろう。
そうまでして言うのだ、俺たちだってもう決まってる。
「覚悟の上です。 ベルナール卿。 僕は何があってもこの本を守り切ります」
「だから、そっちも覚悟しておいてくださいよ。 俺たちも、全力で戦いますんで」
「ああ、私にとっても、最後の勝負だ。 覚悟はもう、できている」
それだけを言うとベルナールさんは、俺たちが出てきた扉の向こうへと静かに消えていった。
とりあえず俺たちは外に出た。 外はもう真っ暗だ。 夜になってたなんてな。
まさか一日たってたなんて言わないよな?
「だいじょうぶだいじょうぶ」
まあ確かにフランの言う通りだろう。 それだったらフランがずっと起きてるなんてないしな。
「龍真、まずはどうする?」
「そうさな……ザントライユに行く当てを探すか」
多分、ベルナールさんはカムイの槍をぶつけてくるはずだ。 学校にいたんじゃ迷惑がかかる。
ザントライユに行くための方法を探して、あいつらが来る前に脱出するしかない。
「でもザントライユのどこを探すの?」
「ぐ……それよな……」
ザントライユへという事しかわからないのだ。 国一つを虱潰しにやるなんてさすがに無謀すぎる。
「どうするか……」
「それなら、一つ案があるんだ」
「案?」
「実は、実家の隠し部屋の中で見つけたものなんだけど。 ザントライユへの渡航券が残ってたんだ」
「券?」
ってなんだ? 昔のパスポートみたいなの?
「王都から出てる長距離用馬車の利用券のことだよ。 王都と各国領の主要都市とを結ぶ馬車で、ほかのより利用価格が高いからこういう券が発行されてるんだ」
「なるへそ、その券になにかあったのか?」
「うん、ただの利用券だと思って忘れてたんだけど、その券、行先がファイエット領になってたんだ」
「なに?」
「そこって、メリッサちゃんとクラリスちゃんの故郷の?」
「うん」
なんでそこに? でもアンリは人狼ワーウルフの捕獲のためにザントライユに行っていたんだ。 もしかしたらそこから北へ向かったのかも?
「行ったのは一度や二度じゃないし、数日間の滞在記録もあった」
「よっしゃ、決まりだな」
「うん!」
ファイエット領に行くには、まずはやっぱり、クラリスに聞いてみるの一番だろ。
まあとりあえず今日はもう遅い。 寮に帰って明日だ。 多分あの人はすぐにはこない、そして正面切ってくるはずだ。 不思議とそんな確信があった。
戦いになる。 その不安はあれども、もう後戻りはできない。
啖呵を切ったその決意を胸に、俺たちは学校へと戻っていった。
そろそろ龍真君に能力あげないと大分危ないことに足突っ込んでるよこの子




