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第五十話 光明が見えた、でも詰んでた

「それでは、名前を呼ばれた人は前に出てください。 先生が標的を作りますので、合図をしたら杖を構え、標的に向かって魔法を撃ってください。 目標は……そうですね、一人5回以上当てられることが出来たら合格としましょうか」

「ええ~!」

「それでも半分かよ!」


 サルヴェール先生が攻撃魔法の練習のための的を作り出し、合格ラインを通達した。 10回中5回、破壊する必要はない、半分当てられれば合格だ。 半分なのだから十分合格ラインは緩いだろうと思ったが、でも他のクラスメイトたちは不安だなんだと口々にこぼしていた。

 ターゲットまでは大体20メートル。 先生曰く、卒業した新米騎士でも、この距離なら百発百中できるらしい。 が、ひと月前までの授業で行っていた現在の半分の10メートルで行われた授業では、みんなの魔法はあっちヒューン、こっちへヒューンと、でたらめな方向に飛んでいったのだ。 

 たったこの距離を当てるのにも苦労するらしく、たかだか10メートルでも魔法をしっかり当てるにも慣れがいるようだ。

 へたっぴが拳銃をぶっ放したってちっとも当たらない、みたいな感じだろうか。

 特にこのクラスは平民出の子供しかいないので、貴族の子たちのように小さいころから魔法に慣れ親しんできたわけじゃないらしい。 まあハワードみたいな例外が何人かいるっちゃあいるが、全体から見れば極々わずかだ。

 まあそれでも先生の教え方がよかったのか、3、4回の授業でみんなすぐに当てられるようにはなっていったのだが。


 先生がニコニコしながら杖を振ると、足元に赤い線が伸びていき、ターゲット群と平行に20メートル離れた位置に線引きされる。 ここに立って魔法を撃つのだ。

 平静な表情を保って居られているのはハワードを含む6名足らず。 みんな魔法の練習を小さい時からしてきたから問題ないらしい。

 列を作っていたクラスメイトたちの先頭3人が名前を呼ばれ、不安そうに杖を取り出しながらライン上に立っていく。


「では、先の座学で教えた通りに、魔法陣を展開してください」

「はい!」


 3人が返事をすると、すぐさま杖の先に魔法陣が出来上がる。 


「では……はじめ!」


 先生が合図するとみんな一斉に撃ち始めた。 風を切る音がいくつも聞こえてきて、その直後に固い何かに激突する音、掠る音、砕ける音と、様々な音が響いてくる。


「ハンマーガスト、だったっけ」


 そんな授業風景を、俺は遠く離れた実技場の壁際から眺めていた。 下にはゴザを引いて瞑想するように座禅を組んでいるのだ。

 あ、フランの番だ。 いくつかの組が終わり、フランがラインの上に立つ。 10体のターゲットに向かってバンバンと魔法をぶっ放していくが……おいあれ目ぇ瞑ってないか?

 撃った衝撃が顔に来るのか、フランは撃った衝撃に髪が巻き上げられると同時に、きゅっと目を瞑っていた。 

 結果としては10発中5発を外し、1発が命中、残り4発は当たりはしたものの掠るだけというものだ。 これには先生も首をひねるしかない。 合格にするかめっちゃ悩んでる。 当たればいいで当てるには当てたが、果たして結果は……。


「まあ、今回は合格にしておきましょう」

「いぃやったああああ!!」


 めっちゃ嬉しそう。 フランがこっちを見てピースサインを満面の笑みで送ってくる。 ハワードと目が合った俺はもう笑うしかなかった。 合格したようで何よりだよ。

 みんなが合否に一喜一憂している間も俺は目を瞑り、体の内外に魔力がないか感じ取ろうと、瞑想を続ける…………が、正直なところ、俺の頭の中は瞑想をしていられる状態ではなかった。




 時は遡り、クラリスとデートを楽しんだ休日の第二日、日曜日に起きた王都で魔物が出現した事件。 この知らせは瞬く間に王都中に広がり、休み明けに登校した時にはみんなの話題はそのことで持ち切りだった。

 出現した魔物は変異性魔物で、汚染された魔力、瘴気によって動物が魔物化したものであり、そうして現れた魔物は、人間が魔物化したものだったと……。 

 エルヴェシウスの研究についてハワードらとともに調べていた俺は、寮に戻ってすぐにハワードに会いに行った。


「どうしたのさそんなにボロボロになって、クラリスさんと出かけていたんじゃ……」

「ああ楽しんできたよ、いい一日で終わるはずだった」

「どういうこと?」


 訝しむハワードから察するに、どうやら魔物が現れたことについてはまだ届いていないらしい。

 階段を駆け上がってきた俺は息を整える間に正直に話した。


「はぁ……魔物が現れた」

「え? 魔物?」

「ああ、王都にだ。 王都の、ど真ん中」

「そんなバカな。 結界があるから外から入ってきたわけじゃないだろうし……、中で変異するにしても、この辺りは常に浄化作用が効いてるはずだし……ちょっと待って、まさか龍真が戦ってきたの!?」


 俺は息を整えながら静かに頷いた。

 そんな俺の返答を見たハワードは頭に手を当てながら呆れるように溜息をこぼした。


「なんて無茶するんだよ。 あいては魔物なんだろう?」

「クラリスもいたから大丈夫だった」

「巻き込んでどうするの……」


 むしろ俺一人じゃ無理だったぞ。 なんなんだあの魔物のタフネスは、上半身吹っ飛ばされてまだ生きてるって、バケモンかよ。 ……バケモンか。


「んなことよりだ、現れた魔物についてだ。 ハワード、落ち着いて聞いてくれ、現れた魔物は、人間が魔物化したものだった」

「……っ!?」


 俺は街で見たことをハワードに伝える。 壁を破壊して現れたなにか。 黒化変異を起こし、膨れ上がった体。 その人だったものに「おじさん」と必死に呼びかける女の子。 

 打ち明けた事実に、ハワードは静かに息をのんだ。 


「ま、まってよ……ほんとに、どういうこと? なんで……」

「ハワード、まず確認したいことがあるんだ。 俺が見つけたエルヴェシウスの本は今どこにあるんだ?」

「本? あ……ちょっと待って」


 ハワードは立ち上がるとクローゼットを開けて奥から箱を取り出した。 見た感じには何の変哲のない箱で、あの本なら入りそうな大きさだ。

 あの中に入っているんだろうか?


「今出すから」


 そう言ってハワードが箱の蓋を持ち上げる。 


「なっ!?」


 しかし、その箱の中身は空だったのだ。 

 この中にあるんじゃないのか!? まさか本当に……!?


「ハワード!?」

「落ち着いて、見えないだけ」

「み、見えない?」

「魔法だよ」


 取り乱した俺にハワードは落ち着くよう言ってくる。 魔法で見えないだけと言われて納得しそうだが、正直それどころじゃないんだよ、ほんとに。

 ハワードは持ち上げた蓋を前後逆にして箱に戻した。 すると魔法陣が箱の側面に浮かびゆっくりと消えていった。 そしてハワードがもう一度蓋を持ち上げると……。


「あ、あった……」


 箱の中には、エルヴェシウスが残した魔物化の研究について記された本、構造変形について、という題名の本が収められていた。

 俺たちが見つけたあの本で間違いない。


「幻を見せる魔法で空の中身を見せてたんだ。 蓋を逆にして戻すと解除用の魔法陣が起動して、中身が見えるようになってるんだ」

「そういうことか……、そりゃ分からんわ」


 エルヴェシウスの本は確かにここにあった。 よかった……。

 俺は心の底から安心して深く息を吐いた。 ようやく落ち着いた気がする。


「はぁぁ……」

「ひょっとして疑ってた?」

「悪い……、やったやってないの情報が何もなかったから、正直なところ……そうだった。 本を隠したのはハワードだけだし、人の魔物化はエルヴェシウスの研究だろう? 帰ってくるとき、お前じゃないって思っても、ぬぐい切れなかった。 お前じゃないって分かって本当によかった。 疑って悪かった」

「ううん、仕方ないよ。 心配してくれてありがとう」


 ハワードは俺を責めることなく、首を振って許してくれた。 ぐぅぅ、なんというか罪悪感が……。

 そんな思いで頭を上げられない俺にハワードは続ける。


「でも、あの魔物が現れたのは、関係ないことはないと思う」

「え? どういうことだ?」

「ちゃんと話そうとは思ってたんだけど、いい機会かもしれない、ちょっと見てて」


 ハワードは立ち上がると、おもむろに服を脱ぎだし上半身裸になった。 そして、目を閉じて集中する。 まるで俺が魔法実技の授業中に瞑想するかのように。


「何をするんだ……?」

「ふぅ……いくよ。 …………ふんっ!」


 ハワードを力を入れると同時に、その体を淡い光が包んでいく。 強化魔法? いや違う。 体に魔法陣が浮かんでいく……?

 そして、その体の魔法陣が強く輝くと、突然ハワードの肩から先が真っ黒に変色していった。


「なっ!? お、おいっ!?」

「大丈夫だから! 大丈夫だから、見てて」


 この黒い体は、俺がさっきまで対峙していたあの魔物と同じものだ。

 まさか……。


 指先まで変色したハワードの腕は、途端に形を変え、筋肉が大きくなり、毛が生え、指先は鋭利な爪が伸びていく。


「魔物化……」

「うん」


 その腕はまるで獣のようで、言うなれば……獣人みたいだと思った。 本物を俺は見たことないけど、でも、この世界にいたらこんな感じだろうか。


「本当に大丈夫なのか?」

「心配ないよ。 ちゃんと使えるようになったから。 見せるためには、危なくないようにしないといけないからね」


 練習していたのか……。

 俺はハワードに近づいてその腕を取った。 本当に腕の部分だけ別の生き物になったみたいだ。 肩の変異している部分とそうでない部分の境目は、まるで別の生き物を切って張っ付けたかのように触った感触が異なっていた。 

 あ、でも毛を撫でた感触はふわふわで気持ちよかった。


「でもなんでハワードがこの……魔物化ができるんだ?」

「うん、最初は自分もこんなことができるなんて知らなかったんだけど……」


 ハワードは苦もなく腕を元に戻すと、服を着ながら机へと向かう。 そして、その上に置かれていた一枚の封筒を手に取った。


「それは?」

「この本に、挟まってたんだ」

「中には何が入ってたんだ?」

「手紙、父さんからだった」


 封筒を開けてその中から取り出された手紙を受け取る。 そこには『我が息子、ハワードへ』という書き出しで始まっていた。


「ふふ、読める?」

「おいおいおい、馬鹿にしちゃいけないって。 ここにきて何ヶ月経つと思うんだよ」

「ついこの間まで教科書翻訳してたのに?」

「ああ、それは……ついこの間までな、見てろよ……」



 ――――――――――


 我が息子、ハワードへ。   11.29 アンリ 


 このような形で言葉を残すことになったのは私も心苦しい。

 しかし時間がないため要点だけを書きとめる。 ハワード、キミの体には私が研究していた魔物化の魔法を施してある。 身体になじむには時間がかかるだろうが、どうか使いこなしてほしい。 

 魔物の血を取り込めば、その遺伝子を自動で解読し、変化できるはずだ。 本当はこんな術式を組み込む必要などなかったが、私はもうハワードを守ってあげることができない。 だから、ハワード自身が自分を守れるようにこの力を託す。 そして、その魔法をザントライユ



 ――――――――――



 これが書かれていた内容だ。 最後は走り書きのようになっていた。 おそらく書いている途中だったのだろう、文章も不自然に途切れている。 その後にはペン先を叩きつけたように黒い点ができていた。


 父アンリが、息子ハワードに宛てた手紙……。


「ハワード……」

「あの事件があった日に、急いで書いていたんだと思う」

「11月29日、か」

「この手紙を見て、自分の体に魔法陣が組み込まれていたのを初めて知ったんだ」

「たしか、イシュベルは研究資料を破棄していたな。 その成果までなくなることを恐れて、ハワードの体に完成した魔法を施した……ってところなのか?」


 気になるのは最後の行だ。 ザントライユで途切れるように終わっている。 その魔法を……持っていくのか?


「ザントライユに何があるのかは分からない。 でも、父さんはよくザントライユに行くことが多かった。 仕事で呼ばれることが多いって」

「手掛かりはザントライユに?」

「……どうだろうか。 でも、調べてみる価値はあると思う」


 アンリがいつから魔物化の研究を始めたのかは定かではないけれど、手紙にまで残したザントライユという名前。 生前の行動含め、そこに何かあるのは間違いなさそうだ。


「それで、街に現れた魔物のことだけど」


 ハワードがあの魔物についての話へ戻す。 そう言えばちょっと脱線してたな。


「ああ、あの魔物が出たことと何か関係があるんだよな」

「うん、正確にはこの本と。 龍真、多分その魔物……その人を魔物化させたのは、僕の体にある魔法と同じものだと思う。 いや、同じはずだ」


 ハワードは力強くそう言い切った。


「その根拠を聞いていいか?」

「魔物化についての研究は父さんしかしていない。 この同盟では、人同士の戦争が終わった後、魔物の被害が大きくなっていったんだ。 それから数百年、騎士団の規模は大きくなっていっても、その被害は止まらない。 だって人以外の生き物なんて、人の何千、何万倍もの数がいるし、魔力がある限りどこかに必ず現れ続ける。 だから、魔物嫌いの人はかなり多い。」


 それはこっちの歴史の授業で習った。 その結果として今なお行われているのが、王都周辺の定期的な掃討作戦だ。 おかげ商人は王都周辺は対魔物護衛なしで通行ほど安全だと言ってるけど。


「そして、王都周辺はイシュベル教のお膝元でもあるから、人の魔物化についての研究は、父さん以外に手を付けた人はいないと思う。 ばれたらどうなるか、分かってたはずだから」


 イシュベル教ってのはいやでも覚えている。 事件を引き起こした張本人であり、ハワードから見れば父を殺した仇敵だろう。

 かつてブノワ派と呼ばれた連中がやったことであり、イシュベルすべてが、と言うには強引だが、正直この団体にはいい気はしないな。


「別の誰かが引き継いだって線もなしなのか?」

「そこなんだよ」


 ハワードは俺の言葉に表情を硬くする。 

 アンリの研究を、アンリの死後、誰かがやっているかもしれないということ……。


 あれ? でも待ってくれよ。


「アンリの研究資料は破棄されたんじゃ……」

「うん、確かにほとんどなくなった。 でも……」


 ハワード言葉を切って本を見つめる。 

 そうか……、この本か。 この本自体が、その研究成果そのものじゃないか。 


 ……って、その本はここにあるじゃねえか。


「龍真、この本の内容なんだけど。 この本には、黒化変異を起こしてから、体内の魔力でその肉体構造が異常変形を終えるまでの過程を詳細に記したものなんだ」

「お、おう?」


 ハワードがこの本に書いてある内容を簡単に教えてくれるが……。

 すまん、そこはちょっと俺にもよくわからん。 専門ワードはチンプンカンプンなんだ。


「つまり、魔物化するには段階がある。 これにはその最後しか記されていないんだ」

「ああなるほど、一つ一つ段階を踏んで魔物になっていくって感じで…………」


 って、おい待て、その順番の最後しかないって……。 

 それはつまり。


「もう……一冊?」

「少なくとも……だけど、ある。 この本には魔物化に関する技術の基礎部分がない」

「その部分だけってことは……?」


 メリッサがズボラと評したアンリが、その部分だけ本に残したってことはないのか?

 いやな予感がしてきた。 

 それでもハワードは、その嫌な予感は間違いないと、叩きつけてくる。


「研究成果を本に残すってことは、それを誰かに教えるためでもあるから。 まずその基礎課程を残さないなんてことはないよ」

「だよな……。 てことは、街に出た魔物は……」

「父さんが残した2冊目の……いや、()()()の本が使われているはずだ」


 アンリ・ユベール・エルヴェシウスが残した、魔物化に関する研究書。 その本は2冊存在していた。

 そして、一冊がこっちに、ハワードの手元にあるってことは、そのもう一冊が、今回の事件を引き起こした……。


 ハワード曰く、十国同盟の政治的首都が王都に移されてから、今まで王都内に魔物が現れたことは一度もないという。 この王都には大型ドラゴンにも対抗しうる対魔物用の強力な結界が存在し、魔物化の原因である汚染された魔力、瘴気の発生に関しても常に目を光らせ、浄化作用を機能させ続けている。

 遷都からおよそ500年以上、いままで王都内に現れたことは一度もない。

 そして、今更その王都に魔物が突然現れた。 外部から侵入してきたわけでもなく……、自然的に変異したのでもなく……。


 それはつまり、あの魔物化は人為的に行われたものであり……。


「また起こりうる恐れがある、ということか……」

「一冊目を持っている人がどういう考えでこの魔法を使ったのかわからないけど、そう考えて間違いないと思う」


 あんなものがまた街に現れるかもしれない。 その答えに俺は天を仰いだ。 

 頼むから、何も起こらないでくれ……。


 その後は、お互いに頭の中を整理するために俺は自室に戻ることにした。 ハワードが魔物化できること、実はもう一冊ある研究書、それを使って人為的に魔物化が実行されていること。 そして、また現れるかもしれないという事。


 その夜、俺は陰惨たる気持ちでベッドに沈み込むことになった。 今度現れたら、素直に騎士団を呼んで逃げよう。 あれを相手取るのは今は無理だ。 いやというほど思い知らされた。 

 ボロボロになって痛む体を休めることに集中しながら、目を閉じて睡魔を待った。 まあ結局、時間ギリギリまで爆睡したんだけどな。





 そして今この時間、頭の中を整理して今日を迎えているわけだが……。

 あれ? 意識を現在に戻してくると、目の前にいたはずのクラスメイトたちがいない。 なんで?


「リューマ!」

「どぅわっ!?」


 いきなり真横から叫ばれたからびっくりしたじゃねえか!? なんだよいきなり! つか誰だ!?


「うわあっ!? もう! 私の方がびっくりしたじゃん!」

「は? ああ、なんだフランか」

「なんだじゃないよ、ぼーっとしてどうしたのさリューマ、もう授業終わったよ」


 なんだって? だったら一言くらい声をかけてくれてもよかったのに。

 周りを見てみるとすでに俺たち以外はもぬけの殻だ。 先生まで帰ったんかい。


「難しい顔してじ~~っとしてるから、集中してるのを邪魔するのも悪いってさ」

「ありがたいお気遣いだこと。 でも居残り瞑想は体に悪いって……よっと」


 俺はのぞき込むフランの肩を支えにして立ち上がる。

 ああ~座りすぎてケツが痛てぇ……。 あ、ヤバイ! これは!?


「も~! ちゃんと立ってってばあ!」

「ちょっ!? ちょっとまて! 座りすぎて足が痺れるんだよ!」

「ほほ~……」

「おいフラン、なんだその目は……ばっっっかお前てめえこらぁっ!? 足を触んな!」

「ちぇい!」






 どたばたと実技場を後にした俺たちは、男女別の控室から出て合流し校舎へと向かう。 目の前にはすでに校舎へと歩いていく他のクラスメイトたちの列があった。


「うぐぅぅ……まだ頭がぐわんぐわんする……」


 フランが側頭部を抑えながら俺の横をフラフラと歩く。

 そんなんだと転ぶぞフラン。


「リューマがやったんでしょうが!?」

「悪かったよ。 また今度、街で飯でもおごるからさ」

「え、ほんと? どこでもいい?」

「ああいいぞ」

「やったああっ!」


 いいのかよ。

 いやあ、自分で言ってあれだけどそれでいいのかフラン。


「お値段高いんだけどおいしいところがあるからそこね!!」

「あ! 待って! すんません! それは勘弁してください!!」


 お待ちくださいフラン様! それはいけません!!

 畜生! 喜んだ理由はそれか!

 飯一回で財布が吹っ飛ぶなんてシャレにならんぞ馬鹿やろう!!


 ワイワイ騒ぎながら教室に戻り、それぞれ帰るために荷物をまとめる。 後ろからはまたねーとか、どこいくー? とか、今日の残りの時間をどうつぶすか話し合う声も聞こえてくる。


 窓を見下ろせば、校門を超えて広がる王都の風景が広がっていた。 校門は南向きだ。 そのまま真っすぐ下れば商業区に入る。

 今も賑わっているはずのあの場所でドンパチしたなんて思えねえな。 今はどうなってんだろう。


「また、なんか考え事?」

「え? ああ、なんでもねぇ……ことはねぇか。 ちょっと、この前のことでな」

「魔物が出たんでしょ? しかも、クラリスちゃんとお楽しみの最中に」

「ああ……」


 って、なーんだよその顔は。 また今度一緒に連れてってやるから不貞腐れるなよ。


「そこまで図々しくありませんー!。 ていうかなんで戦ったの? 魔法使えないのに魔物相手になんてさ」

「そりゃあそうだが……、女の子がさ、その人に必死に呼びかけてたんだよ。 なんかそれ見たら、知らんぷりできなくなってさ」

「いいかっこしぃなんだから」

「そういうんじゃないって」


 窓からすぐ下を見ると校門に向かっていく生徒と寮に向かっていく生徒の二つの列ができていた。 

 周りを見るとすでにほかのクラスメイトたちはすでに帰ってしまっていて、残っているのは俺たちだけだった。


「この後どうする? 町に行く?」

「いや、ちょっと気になることがあるからパス」

「気になることって?」


 ハワードが教科書をカバンにしまいながら聞いてくる。

 気になっていることというのはもちろん、エルヴェシウスの本についてだ。

 あの本の第一部、ハワードの曰く、基礎課程が記された本がいったいどこにあるのか。 そして、それを誰が持っているのか。 


「リューマが見っけてハワードが持ってるあれ?」

「そう、それ」

「……なにかあったの?」


 フランの声のトーンが落ち、その顔に不安そうな表情が浮かんでいた。 フランにとってあの本とすぐにつながるのはあの事件だ。 エルヴェシウス邸で見たあの凄惨たる状況を考えれば、不安がるのも不思議じゃないな。


「フランも感づいてんのかもしれねえけど、あの魔物、やっぱりアンリの魔法が関係していると思うのが、俺とハワードの見解だ」

「う……やっぱりそうなの?」

「残念だけど、僕もそう思ってる」


 フランがハワードに尋ねるも、ハワードもそうだと言った。 

 人の魔物が出た。 その噂はすでに学校の生徒の全員が知っているだろう。 なら、フランが知らないわけがない。


「そっか……」

「それでだ。 昨日ハワードと話して分かったのは、アンリの本は複数存在すること、あの魔物の出現が人為的であること」

「人為……誰かがやったって……。 ハワードのお父さんだけなんだよね、魔物化の研究してたのは……」

「うん……」

「また……誰か魔物になるの? 誰かがやってるってことはまた起きるかもしれないってことだよね?」

「そうかもしれない、でも……!」


 やっぱりフランもそれを考えてしまったか……。

 どんどんと小さくなっていくフランの声に、しかしハワードは力強く反論した。


「そんなことさせない。 絶対に父さんの本を取り返して、やめさせてみせる」

「同感だ。 あんなもん見せられて、黙ってられる程大人しくねえんでな」


 そう意気込むものの、しかし、だ。 問題は山積みだ。 思ったよりたくさん。


「でも、その本が今どこにあるのかさっぱりなんだよね」


 ハワードがため息をつく。 それにつられるようにフランも肩を落としてそっかぁ……とこぼしていた。

 そうなのだ。 相手がどこの誰か分からないから、どこから手を伸ばしていけばいいのか、捜索しようにも足掛かりも手掛かりもない……。


「でも、落ち込むのはまだ早かったりするんだなあ、これが」


 かと、思っていた。

 俺は朝起きて朝食をとっている間にあることを思い出していた。 

 それはバルドアのことだ。 やつとあの噴水広場で再会してしまい、路地裏まで逃げ込んできた時のこと、バルドアはここに来た理由を仕事だと言っていた。 そして一度は退くも、再び学校へと現れる。 それも、今度は本があった場所へとピンポイントに。


「あ、思い出した。 学校へ向かってる途中でリューマが言ってたやつでしょ?」

「そう、それそれ」


 得心がいったようにポンと掌を叩くフラン。 


「確か、ばるどあ……だっけ? その盗賊が学校に来たの仕事で、確か最初は本の場所は知らなかったんだよね」

「そうだ。 でもあの野郎は、夜に襲撃をかけた時には分かっていた。 なぜならあいつは図書館の中の『あの場所』を探していたからだ」

「ていうことはっ!」


 フランがバンッと机をたたき立ち上がる。 その顔にはさっきまでと打って変わってドヤァとでも聞こえてきそうなくらい自身に満ち溢れていた。

 ほんとお前はくるくると表情が変わるな。 まあ見てて面白いからいいけどさ。


「そのバルドアに問い詰めればいいんでしょ? ハワードのお父さんの本はどこにあるんだーって。 それで奪い返せばいい! そしたらもう誰かが魔物化されずに済むんじゃない!?」

「奪い返すのはそうだけど、問い詰めるのはバルドアじゃなくって、その雇い主だよ」


 フランは当てが外れて「あれー?」と首をかしげている。 まあバルドアにも聞くことはあるけどさ。


「バルドアは最初知らないはずだった本の場所を、どうやって知ったか。 俺は依頼主が教えたんだと思う。 どうやって突き止めたかはこの際置いといて、2冊目を欲しがっているバルドアの依頼主は、本への何かしらの手掛かりをもっていたんだ。 じゃなきゃ騎士団の本拠地の真横にある騎士学校にまで取りに行かせようなんて考えない。 バルドアでも危険なのは分かってたはずだ」


 依頼主はエルヴェシウスのことも、その本のことも知っていて欲しがったんだ。 

 そして、誰かがやった王都での人の魔物化。 エルヴェシウスの本でしか実行できない魔法。

 それと、これは俺の憶測でしかないが、本についていた手紙についてだ。 


 俺が思うに、1冊目の本にも、あったんじゃないのか? ハワードへと当てた手紙のようなものが。 二冊目だけにハワード宛の手紙を残したとも考えられるが、それなら俺が見つけた時2冊あってもよかった。 同じところに置いとけばいい。 でも見つかった本は1冊だけだった。 


 もともと2冊とも。ハワードの元へとそろう予定だったのではないだろうか。 それぞれ別の場所に置き、最初の本に手掛かりの残して。 全部そろって完成する魔法なのに、はいこれだけで何とかしてねなんて、そんなことするわけがない。


「それじゃあ、もしかして……」


 俺の推測を聞いたハワードはどうやら俺が言いたいことが分かったらしい。 

 そうだ。 推測の域を出ないとしても、これが当たる確率は十分デカいだろう。


「ああ、本の一冊目を持っているのは、バルドアを差し向けた依頼主だ」

「それじゃあバルドアにはその依頼主のことを聞くんだね」


 フランの言ったことにそうだと頷きそうになったが、実はそう簡単に行く話ではなくなっていた。

 この考えに至って俺はもう一つ思い出したことがあるのだ。

 ハワードもそれが分かったのか口を開いた。


「でも待ってよ、そのバルドアって今……」

「そうなんだよ、ヴァロワ国領の監獄の中だ。 城からごつくて物々しい馬車にぶち込まれてドナドナされてったのを見たよ」

「どなどな?」


 それは置いといてだ。 しかし、まだ諦めるには早い。 実は手がないわけではないのだ。

 と言ってもさすがにヴァロワまで行くのは無理だろう。 たしか地理の授業でヴァロワまでどれくらいって言ってたっけ?


「馬車だと片道2週間だね」

「往復一か月以上だな。 ぜってえ許可出ねえ」


 単位云々よりそんな長旅に許可を出してくれるわけがない。 その目的がバルドアに会いに行くことなんだから。


「そもそも僕たちみたいな学生が会いに行ったって、面会させてくれるわけないよ」

「だろうな、仮にできたとして素直に吐くとも思えないし。 が、しかしだ」


 学生にだめなら本職にやってもらえばいい。

 俺たちただの学生が会いに行ったところで門前払いなんて分かりきってる。 事情を説明しても極悪人相手に学生を合わせてもいいなんて言やあしないだろう。 が、しかしそれが騎士からならどうだ?

 捜査のための尋問なら、騎士を相手に断ることなんてそうそうないだろう。


「ガラハッドさんに事情を話してバルドアを尋問してもらおう。 それで依頼主のことを吐かせるんだ。 可能な限り本について知っていることを聞き出してもらう」

「騎士団長相手に直談判するつもりなの? さすがに無茶だよ」

「ガラハッドさんにはバルドアが来た目的のことは話してある。 話は通じるはずだ」


 心配するなハワード。 騎士団のトップに会いに行くのに必要なコネはいくつかある……と思う。 

 ガウェインさんだろ? モードレッドさんと……もしかしたら友達つながりでロッティも会いに行けるかもしれない。 最悪校長にも頭下げに行ってつないでもらおう。

 やり方はあれだが、何としてもガラハッドさんに直接会わなければならない。 なりふり構っていられるか。 また人が死ぬかもしれないんだぞ。


「確かに構ってられないってのは分かるけど……」

「もう! 騎士団長ならなんとかできるんなら、早く何とかしてもらいに行こうよ!」

「おうさ! というわけでだ、さっさと荷物を持って帰って城に行こう!!」


 最悪の状況になるかもしれない。 その不安をかき消す光明が見えた俺たちは、急いで荷物を寮の自室に放り込み、ガラハッド騎士団長へ会いにリノハウル城へと向かった。


 しかし、その見えた光明が実は幻だったと知ることになるのは、ガラハッド騎士団長から真実を突き付けられた時だった。



 いきなり詰んだよ。

 嘘だろ?

 バルドアが脱走したなんて聞いてねえよ…………。




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