第四十七話 ハプニングと思い出話と……
「はぁ、はぁ……」
今の時間は……大体昼前だろうか、詳しくはわからん。 日は頭の上から降り注ぐが、今の俺たちには全く関係ない。 なぜならば……。
「リューマさん、こちらです!」
「ちょおっ!?」
今から服屋に行こうぜってなって、はいそうですねできゃっきゃうふふを想像していたら、なぜか俺たちは日も当たらないような暗くて狭い裏道を全力ダッシュしていたからだ。
意味が分からない。 あの後大通りをしばらく歩いていたら、クラリスに手を引かれて裏道ダッシュに突入。 特に説明もないまま走り続けている。
ちらちらと後ろを気にするクラリスにつられて後ろを見れば、どたどたと数人の足音が追いかけてくる気配がする。
ああ、なるほど、逃げてたのか……親衛隊から。
「逃げる必要あるのか!?」
「すみません! いけないこととは分かってはいるのです! しかし……どうしても!」
走るクラリスは必死にそう言い放ち、無造作に置かれた木箱を飛び越え、角を曲がる。
お嬢様に見えて騎士の家系だからか、身体能力が高い。 スラムでの戦いでも、戦う姿は一番様になってたし。
だから、その表情が疲れではなく心中からくるものだとすぐに分かる。
「しゃあないなあ!」
「リューマさん!?」
スピードを上げてクラリスを追い越し、手を引いて道を変える。 周りの建物に目を配りながら走っていると、手ごろな建物が見えた。 おあつらえ向きにもボロボロで人なんて住んでませんよと言っているような建物だ。 窓だって割れてるし。
「あんなか飛びこめ!」
「あの中!? 建物にですか!?」
「そう!」
「リューマさんは!?」
「撒く!!」
クラリスが建物の中に入ると、俺は壁をけって直角に曲がり、喧騒の聞こえる大通り目がけて突き進む。
目の前には大勢の人が行き交う大通りがあるが、その手前、手すりすらない安っぽい作りの階段があった。
「クラリス!! 大通りにでるぞ!!」
そう叫んだあと、階段の踊り場の真下にある樽を足場にして飛び上がり、その縁に手をかけて逆上がりするように体を持ち上げ踊り場に転がり込む。 その直後、後ろから数人の男たちが角から現れ、俺のいる真下を通り過ぎていく。 全員私服を着てはいるが、間違いなく親衛隊の人たちだ。
踊り場に身を伏せて様子を見ていると、大通りに出てしばらく足を止めていたが、そのまま人混みをかき分けていくように去っていった。
「うぐ……ふはあぁぁ……」
どっと疲れが押し寄せてきた……、何やってんだろ、おれ……。 今頃、親衛隊はクラリスを見失っててんやわんやなんだろうな……。 親衛隊の皆さんには終わった後で差し入れを持って行ってあげよう、そうしよう。
踊り場から飛び降りて、クラリスの入っていった建物まで戻っていく。 まあなんにせよ、これでデートに戻れるってもんだ。 ちょうど昼前だし、動いた分昼飯はいいところに行こう。
あ、そういえばフランから聞いたところがこの近くにいくつかあったな、聞いてみるか。
何気なく俺は建物のドアを開けた。
「あークラリス? お店寄った後だけど、昼飯どこにいくか決まって……な……」
そこにはクラリスがいた。 着ていたものとは別の服を持って……下着姿で……。
「え?」
「あー……」
バタン!! 即行で閉めた。 でも一瞬で真っ白な肌が身に焼き付いた。 あと、すげえでか……。
「ふん!!」
煩悩退散!! 近くの壁に頭突きをすると頭が覚めていく。 でも頭からはなれねええ!!
てかなんで着替えてんだよ!? どこに着替えなんて持ってたの!?
『うふふ……わんちゃ~ん』
手を振るリゼットが頭の中に現れる。 おうその呼び方やめーや、でもそれで一番に想像がつく当たり俺も毒されてるのかもしれない。 てかやっぱりリゼットが渡した大きなバッグのやつか? あの中身着替えかよ!?
「り、リューマさん……もう入られても大丈夫ですよ」
「おう……おう」
そう言われて恐る恐るドアを開ける。 中には前とは色合いが全く異なる服装をしたクラリスがいた。
つばの広い帽子を被って少し目元が見えないが、だからこそ一瞬クラリスだと分からなかった。 が、やっぱりこの中にいるのはクラリスただ一人なので、すぐに気まずい感じが……。
「その……さっきはごめん」
「いえ……こちらこそ、いきなりのことで驚かせてしまって、お見苦しいものを……」
「ああ、いや! 見苦しいとかそんなことは全然!」
違うそうじゃない! ええい話題を変えねば!
「ん゛ん゛っ!! えーっとクラリス! その、前の服もよかったけど、そっちも……すごく似合ってるよ、すごくかわいい!」
「え!? えと……あ、ありがとうございます」
クラリスが顔を隠すように帽子を被り直し、小さくなっていく声でお礼を言った。
「最初にリゼットが渡したバックの中身ってその服?」
「はい、護衛の皆さんを撒いた後、変装するために用意してもらったのです」
用意周到というか、はなっから撒く気だったんですかい。
「用意してもらったって……いいのかよこんなことして、さすがに怒られるんじゃないのか?」
「はい……間違いなく、しかし、その……護衛ということは、いつも見られているということですよね?」
まあ、そりゃあそうだよな。 目を離した隙になんてシャレにならんし。 前科があるだろうし。
「私が行きたい服屋は……服だけではないので……」
「だけじゃない?」
「ええっと……」
言葉に詰まらせるクラリスが少しもじもじして自分の体を抑える。
少し頭の中に?が浮かんでいたが、すぐに合点がいった。
ああ……。
「下着か」
「っ!?」
ついポロッと口から出てしまった言葉にクラリスのわずかに見えていた頬がすぐに真っ赤になっていく。
だーーーっ!! ばっかじゃねえの俺!? 恥ずかしがってんだからそれ言っちゃダメだろうがよ!?
「ご、ごめん!」
「だ、大丈夫ですよ!? 買いに行くのは事実ですから、さあ! 気を取り直してまいりましょう!」
少し空回りしているような元気さでクラリスはもう一セットの服を取り出して俺に差し出してきた。
なにこれって、まさか俺も?
「一応、一緒に行動しているので、必要になるのではないかと思って……」
確かにそうだけど……本当に用意周到だな。 クラリスがそそくさと外に出ていくのを見た後、俺も急いで着替えることにした。
ああもう、しっかりしろよ俺! くぅぅ……下着姿めっちゃ綺麗だった!!
そんなハプニングがあったものの、いったいどこで知ったのか俺のサイズにぴったりの服を着た後、クラリスと共にようやく目的の服屋まで来ることができた。 渡された服はかなり上等なもので少し緊張したが、服の印象と緊張故の姿勢、それと帽子のお陰で意外と何とかなったようで、近くを親衛隊が通り過ぎても気づかれることはなかった。
「なんか、やっと着いたって感じがする」
「すみません、振り回してしまって」
「気にしないでくれ、俺も最初にいろいろ連れまわしてるから。 まあ、おあいこってことで」
「ありがとうございます、リューマさん」
やっとこさ来たその店を見上げると、白塗りの四角い建物で入口の上には大きな看板が立てられていた。 なんだろう、見覚えのある佇まいをしているような……。
「さあ入りましょう」
「ああ、そうだな」
中に入ると店員がいらっしゃいませという声が聞こえてくる。
服屋に来ることじたいは慣れているのか、適当に対応して服を物色しにいくクラリス。 内装はハンガーラックや陳列棚がずらりと並び、俺の世界の服屋にも劣らない綺麗に整頓された空間だった。
店員のほうも基本的にはこちらから話しかけるまでは壁際で待機しているか、品出しなどをするために店内を回っているくらいだ。
なんだろう……なんか……。
「リューマさん?」
「おうっ!? ど、どうした?」
「何やら難しい顔をされていたので、どうしたのかと……こういうお店には居づらいでしょうか?」
「いや、そんなことはないよ」
「そうですか? それならばよいのですが……あ、ところでリューマさん、いま服を選んでいるのですがどちらがいいか見てほしいのですけれど、よろしいですか?」
「ああ、いいよ。 でも俺のセンスは期待しないでくれよ?」
その後、クラリスが悩んでいる服を見てこっちがよさそうとか、こっちがかわいいんじゃねとかいってクラリスの服を選んでいく。 でもさ、俺の指さした方ばっかり買うのはなぜ? あとでやっぱ似合わなかったって言われるの想像するとすげえ怖いんだけど?
そして一通り選び終わった後、クラリスが嬉しそうにまた選びに行ったので少し店内を歩き回ることにした。
クラリスが言うには、ここ最近できたこの店は、最初はアスリオン国領のヴァーリから始まったらしい。 従来の衣服よりも目の細やかな布を織る技術を編み出し、その布を服に仕立て上げて売り出し始めたそうだ。 その肌触りから高級な衣服だと思われていたそうだが、実はそんなことはなく、普通の服よりも値は高いものの庶民が買えない値段というわけではない価格設定のお陰で、ちょっと贅沢すれば高級な服が着れると爆発的に広がっていったらしい。
その人気故に、オープンからわずか半年余りで王都にまで店を構えるという異例の成長を遂げた服屋ということだが……。
適当な服を一着手に取りその感触を確かめてみる。 サラサラでとても心地がいい。 これで男性向けの服も作ってくれないかなぁ……。 それなら俺頑張って稼いで買いに行くのに。
服をたたんで棚に戻し、クラリスが着たら似合いそうなものを探す途中、ふと上を見上げる。 天井からは快適な温度の空気が店内を流れていた。 プロペラのような羽が開店して空調を行っているようだ……。
空調?
「なんか喫茶店とかについてそうな……」
と見上げていたら……。
「リューマ……さん……?」
クラリスに呼び止められた。
どったの?
「た、確かに購入しようとは考えていたのですが……その……」
「おう?」
歯切れの悪い様子のクラリスに不思議に思った俺は周りを見てみる。
「で、できればそれは私自身で選びたいと言いますか……」
「…………」
天井を見ていたために、ちょっと歩を進めただけで俺はとんでもないところに足を踏み入れていた。
…………下着売り場じゃねえか。 このお店そんなに広いもんじゃないからね、仕方ないね。 いや仕方なくねえよ!?
「い、いえ! リューマさんが選びたいとおっしゃるならば私は!」
「そんなこと言ってないから!?」
「……選んでくださらないのですか?」
なんでそんな残念そうなの!?
「あ、あのな、さすがに俺には難易度が高すぎるというか……」
「物は試しに選んでみるというのはどうでしょうか!?」
いったい何を試すって!?
「お、おい……じゃあこれ! これがいいんじゃないか!?」
つい気おされてしまった俺は近くのものを適当に引っ張り出しクラリスに渡してしまう。 ク、クラリスの押し加減がすごい!?
「リューマさんは……こういうのがいいのですか?」
「な? な? あんまいい趣味じゃねえだろ? だからやっぱクラリスが選んで」
「あの、すみません……。 私、あともう一つ大きいのでないと……」
顔を赤くして胸を隠すように寄せ上げるクラリスに俺は「マジで?」と思わずこぼしてしまった。 そしてついサイズの書かれたタグを見るのは、この年頃の男子には致し方ない事なのではなかろうか……。
…………い、いーー!?
うっそだろおまえ!? これよりもういっこってことは……こ、これくらい……!? あ、頭の中が真っピンクになっていくのがはっきりとわかる。 す、すげえ……!!
なんてちょっと頭の中がお花畑になっていると、周りの視線にはっと我に返った。
「若いわねぇ、恋人同士かしら?」
「黒だなんて、なかなかすごいのを選ぶわねあの子……」
「んがっ!?」
そりゃあね、下着売り場で男女が何かしら言い合ってたらまあ目立つでしょうよ。 ていうかちがうんです、適当にとったらその色だったってだけで……なんの言い訳だ!?
「ご、ごめんクラリス! やっぱもう無理! 外で待ってる!!」
「あ、リューマさん!?」
俺はたまらずその場をかけだし店の外まで出ていった。 はぁ……彼女なんてできたことない俺にはつらい状況だよ。 いや、経験ありでもつらいと思うけどな。
壁にもたれて気分を落ち着かせること数分後、店からクラリスが出てきた。 その手には大きな紙袋がたくさん持たれていた。
「お待たせしました、リューマさん」
「おう、悪かったな、途中で抜け出して」
「いえ、私も申し訳ありません。 少々、状況といいますか、場の空気といいますか、飲まれてしまって変なことを…………リュシーが変なこと言うから……」
「リュシー?」
「いえ! なんでもないんですよ!?」
「そ、そうか? じゃあもういい時間だし、昼飯でも食いに行こうぜ」
そう言って俺はクラリスの荷物を持って歩き出す。 にしてもクラリスも結構買ったな。
「あの! リューマさん! 荷物は自分で持ちますから!」
「気にすんな、こんだけあったらただ歩くだけでもしんどいだろ」
「しかし、だからといってリューマさんにまで持たせてしまうのは……」
「それにほら、俺は今回護衛だからそんな持ってたらいざというとき困るだろ?」
「私がついメリッサたちの分まで買ってしまったばっかりに……」
ああ、だからこんなに多いのね。 家族の分も買ってあげるとか優しいじゃないの。 かくいう俺はそんなことしたことなかったな、せいぜいコンビニでアイスを妹に買ってやったくらいだ。
クラリスがまぶしい……。
「いいじゃないの、みんなも喜んでくれるさ。 だからさ、護衛撒いといてあれだけど、今はクラリスが一番大切なんだから、ちゃんと動けるようにしないと」
ま、実力的に一番強いのはクラリスなんだけどね。 頭の中でフランがなさけなーいとか言ってる、おうやめーや。
「えへへ……」
「ん? どうした?」
クラリスを見ると両手で顔を隠していた。 時々クラリスって顔を隠すというか見せない時があるような気がする。
「なんでもないんです、少々お待ちくださいませんか?」
「……おう」
そう言って数十秒で顔を上げたクラリスはいつも通りの柔らかい笑みで俺を見た。 ああ、この表情はとても心が落ち着く……。
「もう大丈夫です。 それではリューマさん、申し訳ないのですが……半分こ、お願いできますか?」
「おうさ、まかせなさいな……あ」
クラリスと荷物を半分こして持ってあげて歩き出した後、俺はふと後ろを振り返る。
「リューマさん?」
俺たちが入った服屋には新しく別の客が入り、また出ていく者もいた。
あれ? 俺、あそこで何か見たような……。 今までで一番強い既視感といったらいいのだろうか、下着ショックのせいで忘れてしまったが、何かが頭の片隅引っかかった。
「もしかして、他の色がよかったのですか?」
「え?」
そんなことを言われてクラリスに振り替えると、クラリスは小さめの袋を大事そうに抱えていた。 服が入ったものより小さい……まさか。
「い、いや、そういうことじゃないって、大丈夫だから! 気にしてない気にしてない!」
この場に下手にとどまると俺の精神力が無駄に削れると思い、さっさとご飯が食べれるところに向かった。
その後、俺たちはフランがお勧めしてくれたお店に入り、そこで昼食を取った。 クラリスも行くのは初めてだったらしく、最初は口に合うか心配だったかが喜んでくれたようだ。
よくやったフラン! あとでお土産を買ってやる!
「リューマさん、少しよろしいですか?」
「ああ、いいけど」
ご飯を食べ終え、食後のお茶を飲んでいるとクラリスが話を振ってきた。
「リューマさんはこちらに来てからしばらくの間は、アルセムで過ごされていたのですよね」
「ああ、そうだよ」
こちらってのは言うまでもなくこっちのことだろう。
「その間はどのようにすごされていたのですか?」
「どうのようにって……まあ、俺が住まわせてもらってた宿屋の手伝いに、ユーロンさんの手伝いだろう……。 あと、可能な限りの体作りはしてたし、余裕があればギルドで小遣い稼ぎはしてたな」
ただ何もなくだらだらと過ごすのも一日だけで飽きてきて、すぐに何か手伝えることはないかとユーロンさんに言ったのだ。 宿屋なら掃除や皿洗い、洗濯なら覚えりゃすぐにできるし、ユーロンさんは医者だが、薬の買い出しや、治療の準備なら手伝える。 その間に筋トレなどを行いつつ、無一文のままはさすがにまずいから、ユーロンさんにお金を稼ぐにはどうしたらいいのか聞いたら、ギルドで働くのが手っ取り早いと登録をしてくれたのだ。
「もう登録されていましたよね。 そのころから魔物と戦われたりされていたのですか?」
「いやいやいや、さすがに無理だって。 来たばっかの頃は正真正銘ただの十六のガキだ。 魔物どころか動物に見つかったって逃げるのが普通なのに」
「スラムではかなり健闘されていたと思っていたのですが……」
ありゃあが騎士学校に通って戦い方を学んだからだ。 正しい剣の振り方も、鎧のつけ方も、いろんな条件下での戦い方、連携方法、武器の違う相手との戦い方。 全部覚えている、というには俺の頭はそんなに良くないが、それまでの授業が生かされているのは間違いない。
「まあ一番のところ、みんながいたおかげだろうなあ。 正直俺一人じゃあ無理なことが多すぎるってのはアルセムで一番思い知らされたからな」
「アルセムで何かあったのですか?」
「ああ、かなり痛いことがあってな。 腹を何十針と縫うことになった」
「ええ!?」
思わず口を塞いで驚くクラリス。 あれはほんとに辛かった。
アルセムに来てしばらく経ち、ユーロンさんにギルドでの登録をしてもらった後、ちょくちょく小遣い稼ぎをしていた頃だ。 昔、旅をしていたというユーロンさんから、倉庫にしまったままだった剣を貸してもらい、素振りがてら近くの森で剣を振る練習をしていた。
その頃はまだギルドでも採集やお使いなど、戦闘を行わない依頼だけを受けるようにとユーロンさんから強く釘を刺されていた俺は、剣を振って大木相手に練習しているだけでは物足りなくなってきていた。
剣の手入れの仕方も教えてもらい、練習の成果が腕ほどの太さの木なら真っ二つにできるという形で現れたせいで、俺ももう戦えるのではと思い始めてしまっていた。
要するに、調子に乗ってしまったのだ。
「まさか、それで討伐の依頼を受けたのですか?」
「いや、そんなことしたらすぐにばれちまうから、いつも通り森で練習するっていってさらに奥深くまで行ったんだ」
アルセムに隣接する森林は人里近いということもあって凶暴な魔物も動物も、現れたという話しはここ数年ではないらしい。 しかし、森の奥はそこを縄張りにする動物が多数生息しており、きちんとした装備なくしては町の人も入らない危険な場所だという。
俺はそこまで進んだのだ、たった一人で。
「そ、それは……」
「ばっかだよなあ、一人で危険地帯に飛び込んじゃってさ。 そんで案の定出くわしたのよ、でっかいオオカミと」
「オオカミ……犬型でアルセム近辺ですと……アルスハウンドでしょうか。 縄張り意識がとても強く、侵入した敵は必ず排除するまで追い続けるという習性があります」
「多分それだ。 そいつのデカさが、頭が俺の腹あたりまであってな。 そいつが真正面に現れたんだ。 調子に乗った気分も一瞬で消し飛んだよ」
そうして、異世界における俺にとって初めての実戦が幕を開けた。 が、俺は剣を構えようと鞘から引き抜いたときには、正面から突進してきたオオカミにものすごい力で吹っ飛ばされた。 多分2、3メートルは吹っ飛んだだろう。 あまりの衝撃に手放してしまった剣がはるか彼方に思えるほど遠くにあったからだ。
そして次の瞬間、俺の腹に焼けつくような激痛が襲った。
「俺の腹に横からそのオオカミがかぶりついてきやがった。 頭真っ白になってな、へその数が増えるかと思ったよ」
「そ、そんな! 増えるどころの話ではないと思います! 普通はその時点で助からないのですよ!?」
顔面蒼白でそう言うクラリスに、とりあえず落ち着けと頼んだお茶に付いてきたお菓子を差し出す。 そんなに心配せんでも、死んでたらここにはいないって。
「うぅ……。 モグ……、どうやって助かったのですか?」
「俺のはらわたを食いちぎろうとするそいつの頭を押さえて、死に物狂いでナイフを脳天に突き刺した」
採集用に持っていたサバイバルナイフだ。 これはギルドに登録した後、ユーロンさんからプレゼントされたものだ。 採取などで大いに役立ってくれた優れものだが、それがここでも役立ってくれた。
恐怖も痛みも、叫び声でかき消しながら突き刺したナイフは確かな手ごたえと共にオオカミの頭に突き刺さった。 しばらくもがいていたオオカミはすぐに動かなくなった。 しかし、その時には俺も全く動けなくなり、腹の痛みと出血に頭が朦朧となり始めた時、遠くから複数の足音が聞こえた。
他のオオカミか、それとも人か、最初は分からなかったが、『おいいたぞ!!』と声が聞こえた瞬間、俺の意識はプツリと途絶えた。
「聞こえた足音が人のものだって分かったらすっげえ安心して、そっからの記憶がねえのよな。 目が覚めた時にはユーロンさんの診療所のベッドの上だった」
「良かった……。 森に入っていったリューマさんを見て助けに来てくれたのでしょうか」
「そんな感じかな? 実は俺が森に入った日にな、森の外輪部にアルスハウンドの爪痕が付いた木が見つかったらしいんだ」
「確か縄張りを表すマーク、でしたね」
縄張り意識が強いアルスハウンドは、自分の縄張りであるということを示すため、自分のにおいを付けた木に爪痕を残していく習性がある。 それが町の近くに出たために、急遽アルセムで狩猟隊が編成、アルスハウンドが町の近くに現れたと知ったユーロンさんから、俺が森で練習していることが知らされ、狩猟隊が急いで森に突入し捜索を開始。 そして俺のあの場面へ、ということになる。
アルスハウンドが近くに現れたという緊急事態が、アルスハウンドによって死にかけていた俺を発見することに繋がったのだ。
ちなみに、この後無断で森の奥へ入ったことを正直に話したことで、ユーロンさんから鉄拳をもらったのは言うまでもない。
「もし万が一、無事に勝てたら、俺は冒険者として家族を探しに行こうと思っていた。 でも結果は惨敗、このままじゃ外に出て行っても生きて会えるかどうか、分かりきってる。 だから俺は、騎士学校に来てよかったと思ってる」
「ええ、私もそう思います」
「こうしてクラリスと昼を一緒にできるしな」
「え!? え、ええと……その、そう言われると照れてしまいますね」
「はは、照れんなよ~」
食後のお茶を飲みながら、楽しい会話に花を咲かせる。 こういうところを生徒に見られたら、学校で噂になって、そこから始まるラブストーリーって感じになりそう。
『よくもクラリス様を誑かしたな成敗!!』
『ぐぎゃあーーっ!』
脇腹に感じる冷たい感覚に冷や汗が流れるのを背中に感じていると、クラリスが思い題したように聞いてくる。
「そういえば、最近よく学校でリューマさんのお噂を聞くのですけれど。 どうしてリューマさんは狂犬と呼ばれているのですか?」
「んぶっふ!?」
セーーフ!! 噴き出してない! ギリギリセーーフ!! クラリス!? いきなり何聞いてんの!?
危うくお茶をぶちまけるところだったぞ!? ちょっと落ちたけど。
「このところ、リューマさんのことを狂犬と呼ぶ方が多くいらっしゃるので、リューマさんはそのような方とは思えないので、気になっていたのです」
「あ、ああ……そういうこと」
そう呼ばれることになった理由は深くとも何ともない。 自分のつるっと滑りやすいこの口のせいだ。
「俺がメリッサと決闘したのは知ってるよな」
「はい、あの時はメリッサが……」
「ああもういいって、あのことは一応決着ついたから。 でさ、その時につい強肩なめんなって叫んじまって、それが変に広まっていったんだよ」
「ご自分で狂犬とおっしゃったんですか?」
「肩が強いで強肩な、狂った犬の方じゃないからな!?」
自分から俺は狂犬だなんて言いまわってたらそれこそ痛いヤツじゃねえか!? 俺には耐えられんぞ。
「昔、っつーか、二年位前まで野球をやってたんだ」
「ヤキュウ?」
「スポーツ、競技だよ。 こっちにはないのか? 競い合うようなものって」
「闘技会はありますが……すみません、子供のころからやることと言えば勉強と訓練でしたので……そういうところは疎く……」
「いや、昔からそういうことやってりゃあしゃあないって」
申し訳なさそうに視線を下げるクラリスに、俺は慌てて話を戻すことにした。
「野球ってのは、攻撃側と防御側に分かれてするゲームで、防御側が投げたボールを攻撃側がバットっていう棒で打ち返して、投げた人の周りを一周走って戻ってこられたら一点入る。 これを攻守を交代しながら点数を競うんだ」
とりあえずこの世界に野球はないようなので、かなりざっくりとだが身振り手振りで概要を説明する。 これで大体わかるかな? 頭に?が浮かんでいるのがすごく分かるからダメそうだ。
「で、野球はチームを作ってするんだけど、それぞれに役目があって、俺はボールを投げる人」
「そのルールですと、重要な役目に思うのですけれど」
「まあそうさな、投げた球を打たれると点数を取られることになるから責任は結構あるな。 でも、年は幼くても、子供だけで作ったチームの中じゃ俺が一番投げる球が速かったんだ。 遅い球より、速い球の方が打ちにくいからな」
小学校低学年だけで集められたチームはみんな似たり寄ったりの体つきだが、その中ではたまたま、俺が一番球速が速かった。
でだ、そのことが分かったとき、そのチームの監督から言われたのだ。
『龍真が一番ピッチャーに向いているな。 まっすぐ投げられるし、球速も一番早い、いわゆる強肩ってやつだな』
そう言われた俺はついうれしくなってみんなにこう言っていたんだ。
『おう、まかせろ! なんたっておれはきょうけんだからな!』
正直、あの頃の俺は言葉の意味なんてよく分かっていなかった、ただただ褒められたことがうれしくてその言葉を繰り返していたのだ。
あ゛あ゛----っ!! 恥ずかしい!! 今じゃあもう思い出したくない思い出ベスト4に入るくらいなのに!!
「うふふ、褒められたのがよほど嬉しかったのですね」
「しゃあないだろ? 子供の頃なんてそんなもんだろうに」
それからしばらくの間、俺のあだ名はきょうけんだった。 呼ばれすぎて近所ではそこそこ有名になる程だ。
「それがついあの状況で口からぽろっと、誰も好き好んで自分のこと狂犬なんて呼ばねえよ」
「でも、私はかっこいいと思いますよ?」
「笑いながら言われても世辞にも聞こえやせんて」
「うふふ、そんなことないですよ。 今もヤキュウを続けておられるのですか?」
「いんや、いろいろあって辞めちった」
その後も、しばらく俺の話に耳を傾けながらお茶を楽しんだクラリス、食べ物の好き嫌いとか、興味のあるものとか、子供の頃は野球以外にどんなことをしていたとか、根ほり葉ほり……取り調べ? いやいやいや、そんなことねえって。
「この後どうしよっか、クラリスは行きたいところあるか?」
「そうですね、雑貨などを見ていきたいと思っているのですが、商業区の東側にそういうお店がたくさんあると伺ったので、行ってみようかと」
「よし、じゃあお茶飲んだらそこに行ってみるか」
「はい」
その時だった。
「きゃああああああ!!!!」
「なんだ!?」
俺とクラリスは、突如響いた悲鳴の聞こえた方を振り返る。 そこには何事かとぞろぞろと人が集まっていった。 さらに何かが破壊されるような音に、群がり始めた人たちの頭上からは土煙が上がるのが見え始める。
おいおいおい、この休日に一体何だよ!?
「リューマさん」
「ああ」
クラリスは気を引き締めるかのように俺を呼ぶ。 それに答えた俺も、視線は現場の方から外さない。 何が起こったか確かめるべく、俺たちはすぐに飛び出した。 勿論お金は払っておく。
「マスター! ここにお代置いとくから!」
喫茶店を飛び出して野次馬の中を突き進むと、群がる人たちが後ずさりするように下がっていく。
「ねえ、何あれ」
「どうなってんだ?」
野次馬が口々に目にしたものの感想をこぼしていく。 そして、野次馬の中を突破すると、目の前にいたのは一人の女の子だった。 地面に座り込み一点だけを恐怖に固められた表情で見ている。
「いったい何が……」
「リューマさん、あちらを!」
クラリスが指をさす先はおそらく建物があった場所だろうが、今は瓦礫が散乱し、土煙を上げている。
その中から、巨大な何かがゆっくり現れた。 人、の形をしていた。 でもその頭は2メートルをゆうに超える場所にあり、その肩幅はおよそ人と思える限度を超えて平がっている。
土煙に映るそのシルエットからも、あの場所にいる何かが異常なものだと告げていた。
「何なんだよ、あれ……」
「…………うそ、そんな……」
現れたのは、筋骨隆々などという言葉では当てはまらないほど多きく膨れ上がった真っ黒な体に、その顔は異常をきたす前の面影を残してはいるが、正気があるとは到底言えなかった。
嘘だろ……あれって、まさか……。
「あ゛あ゛、ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!!!!」
人だった、もうそう言うしかないその何かは、おもむろに咆哮を上げる。 耳をつんざくような声が周りの音をかき消していく中、クラリスの声だけは、はっきりと聞こえた。
「人が…………魔物化している」
冗談だって言ってくれ。
俺が今、一番気づきたくなかった現実だった。
戦闘よりデート書いてる方が楽しかったり




