第四十六話 ちょっと寄り道
「悪かったって! 機嫌直してくれよ!」
「むぅ~……」
頬を膨らませながら先に歩いていくクラリスの横を、俺は謝りながら歩いていた。 ドゥルヴァムという聞きなれないフルーツを使ったジュースを飲んでもらおうと思ったんだが、飲みにくそうにしていたので手伝ってあげたらこのざまである。
いや、俺のせいなんだけどね。
「あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてです……」
「ほんとにゴメンて、もうしないからさ」
ほんとにしない、もう絶対しない。 クラリスが飲んだ後、周囲から得体のしれない殺気がぶわっと溢れ出して体中に鳥肌が立ったからだ。
親衛隊の皆さん、軽いジョークだったんです、ほんとにすみませんでした。
「でも、許してあげます。 こちらも少々、良いことがありましたので」
「え、なにかあったのか?」
「ええ、まあ……。 本当に些細なことなのですけど……」
「んぐ……」
口元に手を添えながらうっとりしているクラリスの横顔がすごく色っぽいから視線を離せない……。
しかしジュース一本でここまで喜んでくれるとは思わなかったな。 強烈な酸っぱさが襲ってくる前のあの甘さは確かに美味しかったけど。
……また飲む? む~~……さすがそれは……。
ゴクリ。 あああああ……。
結局飲んでまた顔がひきつることになったんだけどな。 どうもやみつきになったっぽい。 こいつは危険だぜ……。
「そろそろクラリスの行きたい店いくか? 時間的にはもう空いてるけど」
「それでもかまいませんが、リューマさんはどこかまだ、行きたい場所はございませんか? 普段からこうして外を出歩く機会がないものですから、リューマさんが普段はどのような場所に赴いているのか興味があるのです」
ん? 俺が普段行く場所? そんなのに興味を持たれてもな……。
行く場所といえば……飯屋の場所は結構知ってる。 フランがしょっちゅう探し回ってて、あそこが美味しかっただの、ここは微妙だっただのと楽しそうに教えてくれるからだ。 しかも結構あてになる。
あとは雑貨屋とか服屋とかくらいか、ここにはゲーセンとかの娯楽施設がないのが痛いよな。 本屋に行っても漫画なんざあるわけない。
「あとは……あ、あとはギルドだな」
「ギルド……ですか? リューマさんはもう冒険者として登録されていたのですね」
ギルドというのは冒険者総合支援協会のことで、そこに登録していれば提携店舗での割引が受けられたり、行先の情報を詳しく知ることができたり、様々な支援が受けられる組織だ。
基本的に冒険者といえばここに登録してある者のこと言っていると思った方がいい。
で、俺もここに登録してあったりする。 手続きとかはユーロンさんが手伝ってくれた。 実はギルドに登録している人の中で、実際に冒険者として活動している人は登録者全員というわけではない。 確かに冒険者の方が多いが、冒険者として活動はしないけど登録はしている、という人も結構いる。
ギルドに登録しておくと、ギルドに来た依頼を受けることができるので、その賞金目当てに登録しておいたり、いつか冒険者として活動するために先に登録しておいたり、などだ。 ちなみに俺は後者だ。
でも、今はもっぱら小遣い稼ぎに簡単な依頼をこなして稼いでいるというのが現状だ。
「まあな、卒業したらやることあるし、今からやっときゃ資金集めもできるし」
「リューマさんは、騎士にならずに冒険者を目指すのですね」
「いろいろ考えた結果な、今はそうしようって思ってる。 あー……でだ、ちょっと見ときたいものがあるからギルド立ち寄ってもいいか? こっちは話とかするわけじゃないからすぐに終わるよ」
「ええ、大丈夫ですよ。 服屋は日が沈むあたりまで空いてますから十分時間があります。 それに私、恥ずかしながらギルドにはいったことがないので、どのようなところなのか興味があります。 まいりましょう」
普段なら行かないような場所に行くからか、少し嬉しそうに前を歩ていく。 行先としてはあれだが、そんなクラリスの横を歩くだけなら、雰囲気を味わうにも十分だ。
数分間のデート気分を味わった俺とクラリスは大きな建物の前に来た。 結構門に近い位置に建っていて、その入り口では防具を着て武装した人たちが出入りしている。 ここがこの町のギルド、というかこの国のギルドの本店で、出入りしているのはギルドに来た冒険者たちだ。
クラリスを連れてさっそく中に入った俺はそのまま目的の場所まで一直線に進む。
「ふ~む……」
そこは入って左側の壁で、大勢の冒険者が壁にかかったボードに張り付けられたたくさんの紙を凝視している。
俺もそんな冒険者たちに交じってクエストボードを睨み始める。 その俺の隣からクラリスが不思議そうに聞いてきた。
「皆さんは何を熱心に見ているのですか?」
「クエストボードだよ。 ここに来た依頼はクエストって呼ばれてて、依頼相手がない不特定多数の人が受けられる依頼は、ここのクエストボードに張り付けられるんだ」
「何か依頼を受けられるのですか?」
「いやいや、他の人らはそうだけど、俺は逆。 受けられたかどうか見てるんだ」
「逆? ……あ、そういうことなのですね」
ギルドでできることはいくつかある。 まず依頼を受けること、情報収集ができること、依頼で必要な道具の取り寄せや移送の手配、討伐した魔物の解体した素材の売買など様々だが、登録していなくてもできることが一つある。
それが依頼の発注だ。 そんなに高いわけじゃないが、手数料はかかるものの依頼をギルドに出すことができる。 依頼相手や内容、期間、報酬等を決めて完了。 こうして出された依頼はクエストボードに張り出されたり、指定された人物、または組織に対して送られたりする。
そう、俺は依頼を出していたのだ。 もちろん依頼内容は家族の捜索。 アカホ・マサヒコ、アカホ・アキナ、アカホ・リカ、以上三名の捜索。 期間はなし。 報酬は12万リオラと破格の値段で、一人見つけると4万、全員で満額12万という支払い方。
捜索依頼として一般人が出す報酬ではかなり高い方だ。 が、もちろん俺はそんな大金は持っていない。 実はこの報酬はユーロンさんが出してくれることになったのだ。 その分のお金はいつか俺が払うと約束した。 いわゆる出世払い。
この依頼は探している家族が一人でも見つかるとユーロンさんに連絡が行くようになっているが、そのユーロンさんからは全くそのような連絡はなかった。 マーサさんが心配しているから、また長く休むことになったら顔を出してやれということくらいだろうか。 ユーロンさん、どうして俺がまたケガでぶっ倒れることを想定して手紙書くんです?
「ま、あるよな」
クエストボードには毎日依頼が張り出されていく。 そのため自分が出した依頼がどうなったか探すのに一苦労なのだが……、残念なことに俺の依頼はまだクエストボードにはっつけられたままだった。
「さすがに仕方ないと思います。 この内容を見るに、人相はある程度分かりますが、捜索範囲が同盟全土。 この広大な同盟内からご家族を探し出すのは至難と思います」
「ああ、分かってる。 こっちも気長に待つしかないさ」
そう言ってクエストボードから離れ、用はもう終わったのでそのまま出口に行こうとしたその時、誰かから不意に話しかけられた。
「おーうリューマじゃねえか、どうしたこんなとこで?」
「んあ? ああ、モードレッドさん」
「え!?」
相手を見た瞬間、驚いて目を見開くクラリスをよそに、俺は手を上げて答えた。
ギルドに隣接し、店内からも行き来できる作りになっているバーの方からモードレッドさんが上機嫌で話しかけてきた。
なんか顔が少し赤みを帯びてるし、手にはグラスを持ってるし……。
「……て、まさか飲んでる?」
「おう」
「朝から?」
「おーう!」
意気揚々と答えながらグラスの中の鮮やかな赤色の液体を飲むモードレッドさん。 多分カクテルかなんかだろうか。 いや酒の種類はどうでもいいんだ。
「なんで朝っぱらから飲んでるんですか!? 今日は仕事じゃないんですか?」
「あたりめーよう! 仕事があるのに朝から飲めるか馬鹿野郎!」
そりゃあよかった……いや良いか悪いかは別として、そこんとこはちゃんと分別がある人で。
「んおお? なんかかわいい子を連れてると思ったら、なんだようさっそく遊んでんのか?」
「んなわけないでしょうが!?」
「し、失礼いたします。 私、ファイエット領主カルロス卿の長姉、クラリス・エルザ・ファイエットと申します。 要塞モードレッドにお会い出来たこと、光栄に存じます」
クラリスがまた丁寧に挨拶をするが……まって、要塞?
「また懐かしい名前を……って、ガラハッドが面倒見てた子じゃねえか。 妹さんはうまくできてんのかい?」
「はい、ガラハッド様のご指導の下、研鑽を積んでおります」
クラリスの様子からして多分モードレッドさんも有名人なのかもしれない。
でもメリッサって研鑽積んでてあれなのか……。 思い出すのは学校での決闘だ。 接近戦に持ち込もうとして二度も魔法を食らったんだよな。 まあ、今言うのはよしとこう。
ところでだ。
「なあモードレッドさん、さっきの要塞って何?」
「なんだよリューマ知らねえのか? ふふん……俺がまだ若い頃に呼ばれてた異名、二つ名ってやつさあ!」
ふふんとドヤ顔を放ちながら自慢げに言うモードレッドさん。
異名! 二つ名! くそう、なんてこった! 要塞ってだけなのに俺の狂犬よりかっこよく聞こえる!
「モードレッド卿はかつて、騎士団の精鋭部隊である龍特戦に所属されていたのです。 仲間を守るためにドラゴンの攻撃を一人で受け切り、それでも膝をつかなかった。 まさに鉄壁の活躍から要塞と呼ばれていたのです」
クラリスの口からかつて自身が所属していた部隊名が出たことで、モードレッドさんは懐かしそうに目を閉じた。
「久しぶりに聞いたなぁ。 対龍特務戦隊……、騎士団の上層部が暴れまわるドラゴンどもにビビッて、やけくそ気味に結成して放り込まれたんだ。 ガラハッドと俺に、他の同期の連中みんな一塊にされてよ。 お前らだけで勝てるんだからやって来いって、ケツ蹴られて放り出された時はまずテメエを討伐してやろうかってみんなで愚痴ったもんだ」
「対龍って言うくらいだから、その相手はドラゴンなんですよね? 普通はどれくらいの規模で戦うんです?」
思い出し笑いをしながら語るモードレッドに質問すると、クラリスの方から答えが返ってきた。
「大きさにもよりますが、大型のドラゴンとなりますと、数千からなる大部隊が基本となります。 主に攻撃大隊、防御大隊、拘束魔道隊、陽動機動隊、観測飛竜隊などがそれぞれ第三陣まであり、驚異的な破壊力をもつドラゴンの原始魔法をかいくぐり、堅牢な装甲でもある鱗と筋肉を破壊して討伐するのです。 時には大型のドラゴン一匹を相手取るのに、総戦力の一割以上を投入することもあったそうです」
「うわぁお……」
総戦力の一割……騎士団の規模は知らんが、日本だと自衛隊は大体23万くらいだったかな? それで考えると2万3千人。 ドラゴン一匹に……。 この世界、よく人が生きていられるな……。
「そんなでたらめな数をぶっこんでたのは今よりも騎士団の人員が少なかった大昔、うん百年も前の話さ。 今の対龍戦術だって実践レベルにこぎ付けたのは百年ちょい位前だし、近代魔術だってなかった。 今と昔じゃあ魔法の使いやすさは雲泥の差だ、今なら2~300くらいあればなんとでもなるからな」
それでも200人以上の人員を投入するのか……。
グラスの中身を飲み干しながら、モードレッドさんが補足する。
「まあんなことよりだ、二人してどうしたよ? ギルドに用ってのはクエスト使ってデートってわけじゃねえだろ?」
「当り前じゃないっすか。 そうじゃなくて、自分の張ったやつ見てたきただけですよ。 そういうそっちはどうしたんです?」
「俺は待ち合わせよ、さっき話した龍特戦の同期だ。 今は騎士団をやめて冒険者をやっててな、久しぶりに戻るってんで一緒に飲むことになったんだ」
龍特戦の同期か……気になるけど、水を差すのは気が引けるな。
「それじゃあ俺たちはそろそろ行くことにするよ、同期水入らずで飲んだくれてくださいよ」
「おうさ、酒蔵を空にしてやるぜ! また同期についてはまた今度紹介してやるよ、じゃあな!」
「モードレッド卿もどうかご自愛くださいませ、失礼いたします」
そう言って俺たちはその場を後にした。 モードレッドさんの同期か、どんな人なんだろうな。
「いやあしかし、モードレッドさんが有名人だとは思わなかったな」
「龍特戦に所属していた騎士たちは特に有名ですよ。 ここ百余年ほどで人同士の戦争はなく、大きな戦いはすべて攻略戦などの魔物を相手としたものですから、活躍された方の名前はすぐ広がるのです」
「あの人がどんな活躍をしたのかかえって気になるな」
砕けた感じの気のいいおじさんにしか見えないしな。
龍特戦のことで話が盛り上がり、どこでどんな活躍があったのかを聞きながら人の溢れる大通りを歩いていると、うっかりクラリスが通行人にぶつかってしまった。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
「おっと、大丈夫かクラリス」
「はい、私は……。 すみません、大丈夫ですか?」
「いやあこっちもすまんのお、よそ見しとったから気づかんかったわ」
肩から大きなバッグを下げた冒険者風の身なりの男性だ。 王都の人とはしゃべり方が独特だが、いわゆる方言があるところから来ただろうか。
謝るクラリスに自嘲した笑みを浮かべながら周りをきょろきょろしている。
「ああそうや、ちょっとキミら、ギルドがどこにあるか知らんか? ここ数年は王都から離れとったさかいに、本社が立て直されてからどこに移ったんか知らんのや」
「それだったらこの道を南門にまっすぐ行ったら、右手側に見えますよ。 俺は移ってからしか知らないですけど、聞いた話では外観はそんなに変わってないそうですから」
「ほんまか!? おおきにな! じゃあワイは人を待たせとるから、ホンマありがとな!」
そう言うとその男性は肩の荷物を担ぎなおして、人の間を早足で潜り抜けていった。
「なんか独特な話し方だったな」
「ザントライユの方ではなさそうですが、私も他領の方言までは分からないので……」
やっぱこっちにも方言とかはあるんだ。 まあ英語にも訛りとかあるしそりゃそうか。
「まあんなことより、こっちはもう一通り済ませたし、どうする? もう店の方行くか?」
「ええっと、私はまだ大丈夫ですなのが……」
「でも、今日はクラリスのために来てるのに、こっちの都合で連れまわすのは悪いっていうか」
本当はクラリスが服屋に行くからその護衛でついてきてるのに、俺のド忘れのせいで市場にギルドにと連れまわしてしまってるからな。 そろそろ本業に戻らないと。
「そうですか、でも私はまだ……いえ、そうですね、私がわがままを言うのも……」
「わがまま?」
何かぼそぼそと言っていたところを、聞こえたところをオウム返しで言ったところ顔を真っ赤にして慌て始めた。
「え? あ!? いえ! 何でもないんですよ!? その、ちょっと、いっしょに街を歩くのも楽しみだったものですから」
「ああ、それで俺の方を優先させようって?」
「うう……」
領主であるケヴィン叔父さんの後を継ぐために跡取りとしての勉強をして、さらに騎士学校に通って、普段のこいつは俺が想像できないくらい忙しいんだろうな。
「それなら、店に行った後で一緒に散策すればいいさ。 店に行ったらはいお終いってわけじゃないんだろ?」
「そうですが……そうなると荷物ができてしまいますし」
「そんなん俺が持ってやるって、ほら、楽しみにしてたろ? 行こうぜ?」
差し出した俺の手をじーっと見つめていたクラリスは、意を決したように自分の手を重ねる。
「はい、では……よろしくお願いいたしますね」
「おう、まかせろ」
むしろデートをしていると考えれば安い安い。 なんだって持っちゃうね。
俺は微笑むクラリスの手を引いて、目的の服屋を目指し大通りを歩いて行った。
やらかした
両親の名前すでにここの話で出してた……
54話をベースに修正します




