第四十五.5話 暗躍する者たち
夜の月明かりさえ隠す森の中、二人の男がそこにいた。
「いやぁ……やれやれ、世話の焼ける人だ」
ローブに身を包んだその男は、左目を切るように縦に入った傷をした男の顔を見ながら、その手にかけられた手錠を細い棒のようなものでカリカリと引っ掻いている。 棒の先端が鉄の手錠を引っ掻くたびに小さな青白い火花が迸る。
「今自由に動かせるのはあなたしかいないんだから、もっとスマートにやってくれないと……僕が困る」
傷の男はちっとも困ったような様子がないローブの男が扱う棒の先端をただ黙って見つめていた。
「でも、さすが騎士団だ。 君を連れていくのに少々手間取ってしまった。 やはり騎士団は強いなぁ、もう二度と戦いたくない」
引っ掻いては火花を散らすだけの棒に見飽きたのか、傷の男はローブの男の顔を覗く。 しかし、フードの中は真っ黒な何かに包まれていて、その表情を見ることはおろか、顔の輪郭さえも捉えることができない。
傷の男はすぐにその理由を看破した。 強力な認識阻害の一種だと。
「お、そろそろかな」
言うや否や、手錠を引っ掻いていた棒の先端からより強い火花が弾け、一瞬だけ浮かび上がった魔法陣がばらばらと崩れていくのが見えた。
その魔法陣が消えていくと、直後にガシャンと音を立てて手錠が外れる。
「取れた取れた」
ローブの男は嬉しそうに棒を振りながらその事を喜んだ。 対して傷の男は、手首をさすりながら不満そうな表情で立ち上がった。
ここで傷の男は初めて口を開いた。
「俺に、まだ何かさせようって……?」
「どうしたの? 不満そうじゃない?」
「しくじったやつをまた使おうってんで?」
「もちろん」
傷の男は、このローブの男のことが理解できずにいた。
傷の男がその身を置くのは、犯罪が蔓延る場所。 犯罪など侵さずとも生活していくこともできる、ごく普通の一般人がいる場所を表とするならば、傷の男がいる場所は裏の世界。 そんな場所で生きるためには、殺しも盗みも、ありとあらゆる犯罪行為に手を染めねばならない。 できないものが死ぬ、そういう場所だ。
しかし、それでも変わらないことがある。 殺しをするのも、盗みをするのも、すべては自分が生きるため。 そして生きるためには金がいる。 そう、金だ。
たとえ表裏がひっくり返ろうとも決して変わらないもの。 それを得るためには、裏で生きるために必要になるものを得るためには、働かねばならない。
仕事をして、報酬を得る。 極々簡単なことだ。 違うのは、その内容が狂っているというだけで。
それでも裏の世界ならではの厳しさはある。 その仕事のほぼ全ては犯罪行為にかかわる内容だ。 故に、もし万が一捕まってしまったのなら、足が付くようなことになるのだけは避けなければならない。
だから、失敗すれば殺される。 これは裏の世界の仕事の基本。 決して変わらない大前提なのである。
この傷の男も、それは身に染みて分かっているのだ。 酒場で偶然一緒に飲んだ男が、数日後には道端で転がっているなどよくあることなのだと。
しかし、目の前のこの男は、その絶対不変のルールを崩そうとしている。
「言ったろう? 君しかいないんだよ。 僕は知り合いが少なすぎるからさ」
棒を懐にしまったローブの男は、立ち上がるとローブをはたいて佇まいを直した。
「さてと、それじゃあ報告を聞きたいな。 あなたが捕まってから、まだちゃんとした報告を聞いてないからね。 まあ聞けない状況だったから仕方ないんだけどさ」
「エルヴェなんとかの本だろう? 持ってるやつを見つけた」
顔が見えない分、身振り手振りを大きく取りながら話していたローブの男の動きが止まる。
「ほんとに?」
「先に見つけてたんだとよ、行ったらなかった」
「マジか~……それで? 見つけたのは誰?」
「アカホ・リューマ、騎士学校の生徒だ」
「はあ~騎士学校のか~……そりゃあまあ、見つかるよな……学校にあるんだもん」
木にもたれかかったローブの男が頭をぐりぐりと回しながら頭を抑える。 その明るい声色からは全く落胆したような雰囲気は感じ取れない。
「で、俺はどうすりゃあいいわけ? また取りに行く?」
「いやいやいや、それはだめだよ。 捕まったばっかりで、脱走したばっかりだ。 とりあえず、今本を持っている奴は分かったから、今は僕の方で何とかしてみるよ」
「じゃあ俺は?」
ローブの男は棒をまた取り出し、森の奥深くの方へと向いて素振りをするように棒を振り始める。
「そうだね、しばらく休んでてよ。 また何かあったらこっちから用事を頼むから」
「休み?」
「そうそう、またしばらくすればたくさん働いてもらうからさ。 もちろん、その分報酬ははずむよ。 あ、でも、今回の分は減額ね。 一応失敗してるから、その体裁は保たないと」
「殺さないのかい?」
「もーーぶっそうだなあ、そんなことしないって。 言ったでしょ? 僕は知り合いが少ないって。 それに、失敗したからってそうやってすぐにポンポン切っていっちゃうのって何か違うと思うんだよねえ。 だからさ、安心して休暇を楽しんでよ」
そう言うと、ローブの男が手を振りながら森の奥へを歩いていく。
「それじゃあまたね、バルドアさん」
その足音はすぐに小さくなっていき、男の姿が解けるように消えてしまうのと同時に足音も消えた。
真っ暗な森の中には、すでにバルドアだけが取り残されていた。
「休暇……ね。 どうしよっか」
足元に落ちていた手錠を蹴って、まずは森から出ようと決めて歩き出す。
王都のリノハウル城の一室で闇から浮かび上がるようにローブを着た男が現れる。
男は窓から静かに眠る王都の街を見下ろしながらつぶやいた。
「へえ~、赤穂龍真、ね」
時系列的には45.5じゃなくて44.5ですけれど
主人公の登場しない短い話は〇.5話のような形で出していきたいと思います




