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第四十五話 市場と商会と酸っぱいジュース

「よし……と、まあ、こんなもんだろう」


 寮の自室に備え付けられた鏡の前で自分の格好をチェックした俺は、これで大丈夫だろうと一息ついた。 

 何分この世界のファッションについては疎い方で、基本的に着ている服は、学校にいる時は無論制服だし、寮にいる時はユーロンさんからもらった単色の上下数着、街に降りる時のは、ここに来たばかりの頃に外出用がねえって、こんなのが欲しいと服屋で適当に見繕ってもらった物が数着だから、今こんなん流行ってますよ~って言われてもピンとこない。

 今は手持ちの服で一番マシな組み合わせを切るだけで精一杯だ。


 今俺が着ているのはこの世界で一般に出回っている服だ。 俺が着ていた俺の世界の服よりも肌触りが少し気になるが、色合い的には無難なものになっている。 個人的な感想として、なんていうか、時代がずれている感じだろうか……。

 いや、でも、フランが着ていたのって、結構見慣れてる感じの雰囲気が……あ。


「もうこんな時間か、そろそろ行くか」


 腕時計を確認すると9時を回ったところだ。 クラリスが行きたいと言っていた店の開店時間は10時だから、待ち合わせは大体10~20分前ってところになっている。

 今から行くとかなり早く着くが、別構わない。 ごめ~ん待ったー? いや、今さっき来たところさ。 なんてことがしたいとかこれっぽっちも思っちゃいない。 


 カバンを持って寮を出て、校門をくぐり、そのまま道をまっすぐ下っていく。 途中で右に曲がり、商業区中央通りに入ってまた下りていくと待ち合わせ場所の噴水広場だ。 下り道が多いから進むのが楽だし着くのが早い。 その逆はしんどいんだけどな。


「おうおう、やっぱ賑わってんな」


 休憩がてら噴水の縁に腰を下ろして周りを見渡すと、休みということもあってかなり人が多い。 放課後とかに下りてくると、やはり人は多いとはいえ今よりももっと少ないのだ。 天気は晴れ、やっぱみんなお出かけしたいんだろうな。


 ふむ、十五分か、まだクラリスが来るまで時間があるし、ちょっと出店でも見てこようかな……なんて考えて立ち上がると、見知った色の頭が人込みをよけながらこっち近づいてくるのが見えた。

 金と麻と黒の三色だからクラリスたちだな。


「あ、わんちゃんはっけーん」


 先頭で出てきたのはリゼットだ、その後ろにクラリスとサラが続いてくる。 


「おはようございますリューマさん、お待たせしました。 早く着ていらしたのですね」


 優しく微笑んであいさつをしてくれるクラリスの顔が眩しい。 この子と一緒にお買い物だぜ? 浮かれるのもやむなしだろ、異世界に来てよかった! 


「今さっき来たばっかなんだ、適当に出店を見て回ろうと思ってたから。 てか、そっちも結構早いな」

「もうクラリス様が待てな……んぶ~!」

「せっかく一緒に来てくださるというのにお待たせするのは本当に申し訳ないと思ってですね! それで早く来たのです!!」


 クラリスは早く来た理由を言おうとしたリゼットの口を塞いで代弁する。 まあ俺は別に待つのくらいはいいんだけどな。 こういう時の連れを待ってる感覚ってすごくデートっぽい。


「でもこうして早く着いてしまうと、開店まで待っている時間ももったいないですね。 どうしましょうか?」

「とりあえずそこらの店でも見てこうぜ? なんか掘り出し物とかあったりしてな」

「こんなところの出店にそんなものあるわけ……んん゛!?」

「は~いサラちゃんは余計なこと言わな~い」


 今度はリゼットがサラの口を塞ぐ、乙女には秘密がいっぱいって、違うか。 まあ、仲がいいのは良いことだ。 ぜひ加わりたい。


「じゃあ俺とクラリスはそこらへん見てくるけど、二人はどうする? もう実家戻るのか?」

「そうですね~、護衛はわんちゃんに引き継ぎますし、私たちもしばらくは家の方で両親の手伝いをしますから、早めに行って始めた方がいいでしょうね~」

「んんー! ぷはっ! こらリゼット! そろそろ離せ!」


 ずっと口を塞がれていたサラがようやくリゼットの手をはがして、こっちを睨んできた。 別に口を塞がれたのは俺のせいじゃないだろうが。


「そんなことは分かっている。 そうじゃなくてだ」


 ずいずいと顔を寄せてきたサラが俺にだけ聞こえるように声を小さくして言ってくる。


「おいアカホ」

「んぐ……なんだよ」


 ヤバイ、声色が軍曹ボイスになった……。 脇腹をガシッとされたせいでどうもこの声色には強く出れないんだよな。


「クラリス様には秘密だが、実は護衛をしているのは貴様だけではない」

「はあ? じゃあ結局お前らもついてくんのかよ」

「そんなわけあるか! いいか? 今この場でも、ファイエット家の私兵であるクラリス様親衛隊が都民に紛れて監視している」

「なんと!?」


 素早く視線を周りに向けてみる。 まあその親衛隊の人の顔なんて知らないから、さっぱりわからないんだけどな。 せっかく二人きりだと思ったのに、結局おまけがついてくんのかよ。


「貴様一人に任せるわけないだろうが、たわけ」

「ですよねー」

「アカホ、貴様の任務はクラリス様が気分を害することなく外出を終えられることだ、余計なことは一切許さん」


 こえーって、顔を離せバカ! 分かったから!


「ちなみに余計なことって?」

「クラリス様に必要以上に近づこうものなら、こうだ」


 いったいどこから取り出したのか、その手に持った小枝をポキッと折った。 おおう、言わんとしていることがはっきりとわかるから、背中に冷や汗がだらだら出てきやがる。 まじでヤベェよこいつ。


「いいな?」

「イェス、マム!」

「ところでそのいぇすまむとはなんだ」

「俺の世界でいう女性上官に対する了解の意です」


 こう言わなければならないと錯覚するほど、サラの声色がしっくりくるんだよ。 この鬼軍曹め。


「ふん、まあいいだろう」


 腑に落ちなさそうではあるが、サラが離れていってくれたおかげで気が楽になった気がする。

 くそう、フランが余計なことを教えたせいだ、覚えてろこんちくしょー。

 そしてサラとの話しを終えるのを待っていたリゼットが、持っていたバッグをクラリスに渡してサラの手を引いていく。


「それじゃあ、私たちはここで退散といたしますね~、さあサラ早く行きましょ~!」

「え!? おいこら、引っ張るな!? まだ私は」

「あ、そうそう」


 サラを腕を抱きながら引っ張るリゼットが、思い出したように立ち止まり、振り返って俺にウインクする。


「秘策は用意してあるので安心してね~」

「あ?」


 秘策だ? 何の? 


「それではー、ごゆっくり~!」


 リゼットがサラの腕を抱えたまま、うふうふと上機嫌に人混みをかき分けて去っていった。 あれ~? リゼットってこんなにテンション高いキャラだったっけ?


 二人を見送った後、俺たちは噴水広場で佇んでいた。 人混みが多いせいか、目の前を人がぞろぞろと流れていく。 この中を移動するのしんどいな。


「あ~……じゃあどうする? まだ開店まで時間あるけど、さっき言ったみたいにちょっと見て回るか?」

「はい、そうしましょう」


 そういうわけで、俺たちは人混みをかき分けながら噴水広場に広げられた出店を見て回る。 食べ物だったり、アクセサリーだったり、どこか祭りっぽい雰囲気だ。

 前見たときは食べ物やちょっとボロい質素な服といった生活に関するものが多かったけど、今はそういうのが少なく、お土産のようなお菓子とかアクセサリー系が多く出ていた。


「今日は出店の雰囲気が違うな」

「そうなのですか?」

「俺、ちょくちょく下には下りてるからここにはよく来るんだよ。 なんかいつもよりお祭りのような感じだ」

「お祭り……ああ、もしかしたらあれかもしれませんね」


 人とぶつかりそうになるのをよけながら歩く後ろで、クラリスがポンと手を叩いた。

 あれ? あれってなんぞ?


「市場ですよ。 南門の近くの大広場で、各地の商人たちが集まって大規模な市場を開くんです。 月に二度くらいの頻度で行われていて、その日は各地からも市場目当てで人が集まるので、お祭りのように人が多くなるのです」


 そうか市場か。 各地から物が集まってくるのなら、珍しいものとかもいっぱいあるだろうな。 それ目当てで人が集まってるからいつもより多いのか。

 そうか、市場か……。


 市場……。


 何か予定があったような気もするけど、今はもう思い出せないから気にしないことに…………。


「あ……」

「はい?」


 あったーーーーーーーーーーーーーー!!?!?!?


 気にしないじゃねえよ!? あったよ!? そうだ市場だ!!

 あーーしまったーー!!


 頭に電流が走ったかのようにあることを思い出した俺はその場に座り込んで頭を抱えた。 デートに浮かれすぎて一番大事なことを忘れちまってた!!


「思い出したぁぁ……市場だよぅ……」

「リューマさん? どうされました?」


 クラリスが心配そうにしているのをよそに市場のことを考える。 まだいるかな? 確かそれなりに人気店らしいから昼頃にはもうたたんじまうって言ってよな……。


「ああー、すまんクラリス、今一番大事なこと思い出した」

「え? 何をですか?」

「俺今日用事あったんだわ……、行かなきゃいけないとこがあって……」

「え……」


 クラリスに向き直って正直に言うと、クラリスの顔色が一瞬にして青くなっていく。 いや、そうじゃないそうじゃない!


「いやクラリスの護衛をほっぽりだすとかそうじゃないんだ! ただ市場の方へ行かなきゃけない理由があって、まだクラリスの行きたい店が開くのまだだろ? できればそこまで一緒に来てほしいんだ! 頼む! お願いします!」

「あ、そ、そういうことですね! よかった……ほんとに……」


 とにかくクラリスに拝み倒すと、クラリスがほっと息を吐いた。 そりゃああんな言い方すりゃあこんなとこに一人で放り出されると思っちまうかもしれないよな。

 いらん心配はかけさせないようにしないと。


「それならば、ぜひご一緒させてください。 私も市場には興味がありますし、それで、リューマさんのご用事が終わりましたら、い……一緒に、お店を見て回りませんか?」

「ああ、そりゃあもちろん」


 そして俺は、急遽予定を変更してもらったクラリスとともにまず市場に向けて歩き出した。

 ここから市場が開いている広場まではまっすぐ下りて行った方が早いから、そのまま中央通りを南門に向かって下りていく。


「きゃっ!」

「おい大丈夫か?」


 かなり広く作られている通りでも、こう人が多いとぶつかっちまう。 肩がぶつかって人混みに遮られたクラリスが手を上げて俺を呼ぶ。 


「リュ、リューマさん!」

「わりぃわりぃ、ほれ、行くぞ」


 俺はクラリスの手を引いて人混みをかき分けていく。 まあこういうのはお手のもんよ、興味があったらすぐにぴゅーんと飛んでいく妹の理華の手を引いて抑えたり、ショッピングモールとかで迷子にならないように一緒にいてあげたり、よくしてたもんだ。


「あ、あああ、あの……!」

「ほれ、気ぃ付けねぇとぶつかっぞ」


 このまま進んで広場を出ると、人の流れに乗るように周りの速度を合わせいていく。 おかげで少し歩くのが楽になった。


「クラリス、大丈夫か?」

「え、ええ……」


 クラリスは返事をするが、じーっと俺の手を見ていた。 その俺の手はいまだにクラリスの手を握ったままだった。 それに気づいた俺はすぐに手を離した。

 さすがにずっと握ったままってのは嫌がられるだろう。


「ああ、わりぃ」

「あー……、い、いえ! おかげでこうして歩くこともできますし、お手を煩わせてしまいまいた。 ありがとうございます」


 大したことはしてないし、ひょっとしたら嫌がられていたのではと思ったがそうじゃなくて安心した。 こんなことにも律義にお礼を言いながら、クラリスは人にぶつからないようにいそいそと俺の隣までやってくる。 歩くスピードが俺の方が速いのかもしれない。 少しゆっくり歩こう。


「ところで、リューマさんは市場に何を見に行くのですか? 何か目的があるようでしたけれど」

「俺がアルセムにいたころから世話になってる人がいてな。 そのおっちゃんがこの市場にもよく店を出してるから、市場が開かれるときはいつも行ってるんだ」


 でも今回のはマジで忘れていた。 誘拐事件からバルドアとの戦闘、そのあとは療養期間を設けて事後処理のため事情聴取。 そのあとは毎日補習、補習、補習! が、それもついこの間終わったことで、ようやく解放された気分から、頭の中からスポーンと抜けていたのだ。

 その直後にデートのお誘いと、エルヴェシウス邸での事があったんでなおさらだ。 おっちゃんの店まだやってるかな?


「その方は商人なのですよね? どこの商会に所属されている方なのですか?」

「商会?」

「リューマさんはご存知ではないので?」

「ああ、身の上があれだからな。 あいにくそこまでは」

「あ、そうでしたね」


 クラリスには、メリッサ救出後のスラム街で俺が異世界の人間であることを話している。 回復魔法が効かないという致命的な弱点は、それを信じるに値するようだ。

 ごめんなさいと謝りながら、クラリスが商会について教えてくれた。 

 もともとは商人たちがお互いを助け合いながら商売をしていたのが始まりで、その助け合いの輪が商人たちの成長と拡大で大きな権利を獲得し、そこの庇護を受けようと多くの商人たちが集まったことで、商会という体制が出来上がっていったそうだ。

 主な役割は商売のいざこざの仲裁をしたり、各商人の売買ルートの安全確保、融資、管理等様々。 今ではその役割はなくてはならないものであり、すべての商人は必ずと言っていいほどどこかの商会に所属しているそうだ。 どこにも属さない商人は、客からもぐりだの闇商人だの言われて危険視されるらしい。


「てことはあのおっちゃんもどっかの商会に所属にしているのか」

「そうだと思いますよ。 そうでないと、市場で店を出すなんてできないと思いますし」


 ファイエット領でも商人たちの協力のもと、かつて起きたという北の大攻略の被害の復興に尽力しているというクラリスの話を聞きながら、俺たちは各地の商人たちが集まる市場に足を踏み入れた。


「うぅわっ……何度来てもすっげー」

「さすがですね」


 商業区でも一番広い南門前広場には、地面が見えないほどの人が集まっていた。 密集レベルはとおりのひじゃない。 おかげで熱気がすごいぜ。


「えーっと確かおっちゃんはいつもあのあたりに店を出していたはず……」


 俺は記憶を頼りに、いつも知り合いが店を出していた場所に向かって歩いていく。 途中ほかの商人が出している店を見てみると、見たことのない商品がずらーっと並んでいた。

 お土産屋かな? 口を開けたドラゴンの顔から手足が生えたような仮面なんてどこから持って来たんだ? 誰が買うんだろう……。 


「まいどありー!」


 売られてった……。


「いや仮面のことよりおっちゃんの方だ。 前はこのあたりだったと思うんだが……」

「せめてどこの商会かさえ分かれば、探しやすいのですが……」


 クラリス曰く、商会にはそれぞれ紋章があり、それに所属する商人たちにはその紋章が与えられ、店を出すときはその紋章を必ず掲示するよう義務付けられているらしい。 だからどこの商会に属しているのか一目でわかるようになっているのだ……が。


「なんだったかなー……見たことはあるんだけどどんなのだったか……」


 そういうためのものだと知らなかったから、特に知りもしなかったんだよな……。 くそぅ、こうなるんならちゃんと見ときゃよかった。

 うろうろと市場をさまよい数分、いろんな店を覗きながら探した末にようやく知り合いの店を見つけることができた。 いつもより門に近い所に居やがったよ。


「いたいたいた! クラリス、あっちあっち!」

「え、どこですか!?」


 クラリスを呼びながら店の方へと進む。 その店をよく見ると、確かに紋章のようなものが旗のように掲げられ、風を受けてはためいていた。 髭を生やした男性の横顔と、栗と言うか、インドのタージ・マハルの屋根みたいな先のとがった丸い帽子を被り、空に手を上げている様子が描かれている。 

 これがおっちゃんの入っている商会の紋章か。


「おっちゃああん!!」

「ん? おお、龍真!!」

「……え!?」


 クラリスもその紋章を見つけたようだったが、途中足が止まって目を見開いていた。


「どうした?」

「え、いえ、なんでもありません」

「おう龍真、やっときたな。 遅いんでまた何か変なことに巻き込まれたんじゃないかと心配したぜ」


 口周りから顎にもみあげにとふんだんに黒いひげを蓄えた体格のいいおっちゃんが、真っ白な歯を見せながらニカッと笑う。


「わりぃわりぃ、いろいろあってすっかり忘れてた」

「忘れてたってそりゃあねえぜ……まあ元気そうで何よりだ。 ユーロンからやべぇのとやりあってぶっ倒れたって聞いたときは大変だったぜ。 マーサのやつが宿をほっぽり出して王都に走り出そうとしたくらいだからな」


 マーサさんは俺がアルセムにいたころに住んでいた宿屋の女将さんだ。 俺のことを本当の息子のように世話をしてくれて、うれしい反面、ちょっと恥ずかしかったりする。 


「その節はご心配をおかけしました」

「まあお前が元気にやってることは聞いてるから安心してるよ。 ところでそっちの子は?」


 おっちゃんがクラリスに目を向ける。 いつも一人で来ていたのに、今日は連れがいるから不思議がっていたそうだ。

 佇まいを直したクラリスが緊張した面持ちであいさつをする。


「お初目にかかります。 ザントライユはファイエット領主の娘、クラリス・エルザ・カルロス・ラ・ファイエットと申します。 どうぞお見知りおきを」

「カルロス・ラ……って、まさかあのカルロス公の!? 失礼いたしました! 私はダルマツィオ商会のオットー・チャンドラーと申します」


 クラリスの名前を聞いて驚いたおっちゃんが丁寧に名乗り返すと、俺の肩を急いで引き寄せる。


「おいおいおい! ファイエットっていやザントライユ王家の嫁もらった公爵家じゃねえか!? お前なんでそんなとんでもない貴族と一緒にいるんだ!?」

「俺がぶっ倒れた事件で、いろいろと世話になったんだよ。 それで今は一緒に楽しいお買い物ってわけよ、頼りになる親衛隊に見守られながら、ね」


 声を潜めるも驚愕の声色を隠せないおっちゃんに、クラリスと知り合った経緯をぼかしながらは教える。 さすがに誘拐云々は教えるわけにはいかないだろうから言わないけど。


「上客じゃねえか。 せめて名前さえ覚えてもらえれば儲けもんよ」

「そんなもん?」

「ああそうさ。 クラリス様、よろしければ見ていってくださいな。 この度の品はゴルトブルク近海で取れた新鮮な魚介類を仕入れていまして」


 おっちゃんは商人らしくクラリスに自分の店の品を進める。 陳列棚には様々な種類の魚や貝などが色鮮やかに並べられていた。 やっぱ見たことないのばっかだ。 でも俺の世界と似たような見た目してるから特に気持ち悪いとかはねえな、よかった。


「さすがダルマツィオ商会ですね。 海から遠く離れたこの王都で新鮮な魚介類を食べられるのも、見なさんが頑張ってくれているおかげですね」

「ふ~ん、ダルマツィオってところは魚とかを主に扱っているのか」

「確かに取り扱いは魚介類が多いですけど、それだけではないんですよ」


 クラリスが鮮度を見るように魚の目を覗きながら教えてくれた。

 ダルマツィオはザントライユと王都を隔てるように伸びるザントライユ山脈の東側、ビクネーセ山岳からゴルトブルク国領の南端、海に面するボードレール伯爵領のビクネス港まで伸びる長大なビクネス川一帯を商売ルートとして取り仕切っている。 そのため、海で取れた魚介類を鮮度そのままに王都へ輸送して利益を上げて来たらしい。 

 海から離れた王都周辺では、魚とかを食べたいならダルマツィオ頼みだ。 これに目を付けた商会はいち早く水上輸送の重要性に気づき勢力を拡大してきた。 だからダルマツィオ商会は同盟内でも屈指の大商会なんだとか。


「ふっへー、おっちゃんすっげーとこに入ってたんだな」

「そうだろうそうだろう、もっと褒めてくれ。 親父から店を継いでから、がんばってこの商会の看板をでっかく掲げられるまでになったんだ。 最近うちの妻もとんと褒めてくれなくてなぁ……」


 いやぁそんな奥さんのこと言われてもなぁ……。 でも、商売の大変さはさっぱりわからんが、大変な苦労の末に今を手に入れたということは、その表情からも見て取れた。 せめて俺はすごいと言っておこう。


「おっちゃんすごい! よくがんばった!」

「おう、ありがとうな龍真」

「で、そろそろいいか?」

「おうそうだったな、俺の方が忘れちまうところだったぜ」

「何かあるんですか?」


 俺から話を切り出すとおっちゃんは椅子に座りなおして、さっきまでとは違い真剣な顔つきになる。


「まあ見ての通り……って龍真にはまだわかんねえか。 これらの品はゴルトブルクから仕入れてきたものだ。 ゴルトブルクの方は前に来た時には情報はなかったから、ついでにゴルトブルクの東側の国領、フュルステンベルクにも寄ってみた」


 おっちゃんがゴルトブルクで取れる魚が並んだ台とは別の台を見せる。 そこにはカラフルな木の実や果物が並び、微かに甘い匂いが漂ってくる。

 おっちゃんが言うには、フュルステンベルクは森林面積が領土の約5割以上を占めており、肥沃な土地のおかげもあって果物などの栽培が盛んで、建築物に使われる木材もフュルステンベルクが多くのシェアを占めているらしい。


 しかし、フュルステンベルクのことを教えてくれたおっちゃんの顔からは、残念ながら良い顔色がうかがえなかった。

 今回もダメだったか……。


「今はこの季節の旬の果物類が並ぶ時期だから、人が多く集まってるんで期待してたんだがな……」

「だめだったか」

「ああ、今回も坊主だ。 悪いな」

「いいさ、すぐに見つかるもんじゃないってわかってるし、ありがとう」


 バツの悪い顔で謝るおっちゃんに俺は手を振って返した。

 おっちゃんがそう答えることは、悔しいが予想がついていた。 諦めとか、悔しさとか、悲しい感情が混ざり合って胸の中に埋まっていく。 まだここにきて数か月しかたっていないんだ、人探しの報告を待つなんてそういうもんさ。


「何か探し物をご依頼されていたのですか?」

「ああ、人探しをな」

「あ……」


 クラリスには人探しという言葉ですぐに察しがついたようだ。


「おっちゃんは各地を回って品を仕入れてくるから、そのついでに情報を探してもらってたんだ」

「そうだったのですね」


 俺はまだ外に出れるだけの力がない。 だから、こうして外を自由に行き来できる人に頼んでいるわけだ。 俺だって何もせずにいたわけじゃない。 まあ実際に動いてくれているのはおっちゃんなんだが。


「そんで、その礼として品をいくつか買ってるわけ。 てことで何かおすすめない?」


 今回もダメだったのなら仕方ない、気を取り直して今日のことを楽しもう。 ずっとそんなことを考えてると何日も引きずるのは悪い癖だ。 前向きに、前向きに。


 おすすめを聞かれたおっちゃんは、フュルステンベルク産の品の中から細い瓶がたくさん入った箱を取り出した。 その箱に組み込まれた魔法のおかげでひんやりした冷気が包むその中には黄色い液体が入っている。 瓶にまかれたラベルには……これはまだ見たことない単語だ。


「おすすめはこれだな。 最近は売り始めたドゥルヴァムって果物のジュースだ。 美容と健康にいいってもっぱらの噂だ」

「噂かよ」

「こういうのが出るたびに使われる売り文句だ。 伝統みたいなもんだよ」

「そんなもん残してどうなんよ……」


 とりあえず料金を払って二つ受け取る。 もう一本は付き合ってくれたクラリスへのお礼ということで。


「おっちゃんは次どこにいくんだ?」

「おう、そうさな……今まで南側だったんで、次はザントライユにでも回ってみるか」

「オットーさんはダルマツィオ商会の所属ですが、ザントライユにもいかれるのですか?」


 次の目的地の品々を思い浮かべているのであろうおっちゃんに、クラリスが手を上げて質問した。 ダルマツィオ商会はエイムリス東から南にかけての一帯を仕切ってるのに、おっちゃんが各地で商売をしても大丈夫なのかということらしい。


「いえ、商会にいるからって誰もがそうじゃありません。 そういう大事なルートを預かれるのはもっと上に上がってからですよ。 下っ端は基本的に普通の商人よろしく独自のルートで回ってるんです」

「そうだったのですね」


 勉強になりますと礼を言うと、クラリスがいくつか魚介類を買いたいとおっちゃんと話し始める。 買った魚は箱に入れられて配達用馬車に乗せられて運ばれていくらしい。 ここでしか買えないものもあるから、たくさん買っても持って帰れないという人たちのために配慮してそういう宅配サービスができたらしい。


「お勉強させてもらったお礼ということで」


 上品に笑いながらも購入する魚を選ぶクラリス。 値段を見ると今着ている俺の服の値段よりも数十倍しやがる。 高級魚というやつで高値なだけにかなり美味しいらしい。 そういうのをポンと買えるあたりやはりお嬢様だな。 


 俺の服より高い魚、複雑な気分だ。


「そりゃあありがたい、それならもっといろいろ教えとくべきでしたな」

「それもいいのですが……」

「おっちゃんおっちゃん、忘れてない? ほれ、見てわかんない?」


 クラリスに肩を寄せてサムズアップした。 男女が仲良くお買い物ってね! 


「え!? まさかデートだってか!?」

「そう思うだろ!?」

「どうせ荷物持ちだろう?」

「……当たり」


 クラリスが購入した魚を詰めた箱を配達馬車に送り、俺たちは店を後にする。 お客さんが集まり始めたから、邪魔になるんでお暇させてもらうことにした。


「次の市には間に合うと思うから、次は忘れるなよ」

「おう、まかしとけ」


 そう言って俺たちは適当に市場を見て回っていく。 途中、おいしそうな食べ物をいくつか寮に届けてもらった。 今日はおいしい夜食ありだ。


「ほれ、一本」

「え? これですか?」

「礼だよ、付き合ってくれたお礼。 受け取ってくれ」


 俺は手に持った瓶の一本をクラリスに差し出した。 わざわざ予定を変更して俺の用事に付き合ってくれたんだ。 これくらいしないとバチが当たるってもんよ。


「そんなお礼だなんて」

「まあまあ、そのために買ったんだ。 さすがに二本も飲めんだろう? 美容と健康にも良いらしいし、な?」


 おっちゃんの言っていた売り文句を真似ると、クラリスがパチクリと目を瞬いた。


「ふふふ。 じゃあ、美容と健康のためにもらいますね」

「おう、そうしてくれ」


 クラリスが瓶を受け取ると、さっそく自分の分を開ける。 魔法のおかげでしっかり冷たくておいしそうだ。 果物のジュースと言った通り甘い匂いもしてくる。 


「なんつったけ、なんかの果物って言ってたな」

「ドゥルヴァムですね。 最近になってから、フュルステンベルクでの安定した栽培方法が確立された果物らしいんですが、私も見たのは初めてです。 聞くところによるととても甘いのですが……」

「ほほう、じゃあさっそく」


 匂いの通りとても甘いと聞いてさっそくドゥルヴァムのジュースを飲んでみる。 これは……確かに甘い。 しかし、上品な甘みがあってそれとともにレモンに似た爽やかな……さわや……。


 す……すっぱああああああああああああああああ!?!?!?


「ああぁぁああああぁぁあぁああああ!?!?」

「その後すぐにとても酸っぱい味がすると聞いたことが……うふ、ふふふ……あるのです……ふふ、すみません……」


 甘いジュースと聞いて飲んでみて、最初は桃みたいないい甘さがじわーっと広がった次の瞬間、レモンに直接しゃぶりついたような強烈な酸味がしてきやがった!?

 俺がその酸っぱさに顔をゆがめている隣でお腹を抑えながらクラリスが笑っていた。


 こやつぅぅぅ、知っておったなあ!?


「す、すみません……ふふ、ドゥルヴァムと聞いてまさかと思ったんですが……」

「ほほう……そうかそうか……」


 ほっぺたを叩きながら顔を矯正したあと、俺は残っているものをクラリスに差し出した。


「ほれ」

「え?」

「ほれ」

「え? え?」


 どういうことかわからないという顔をしているクラリスの手に瓶を持たせてあげた。

 ささ、そのままぐいーっと。


「え? でも、これは……」

「気にすんなって、大丈夫、酸っぱいって分かってたらどうとでも我慢できる。 自分からレモンをかじるようなもんだ」

「それはそれで躊躇うのですが、そうではなくてこの瓶は……」


 さあさあ、美容と健康のために、そしてあまりの酸っぱさにゆがむその顔を見せておくれクラリスや。


「な、なんだか悪い顔をしていますね?」

「そんなこたぁない、せいぜい酸っぱい顔を拝見してやろうと思っただけだ。 さあ、さあ!」

「うぅぅ……」


 顔が赤くなっていくクラリスがプルプルと震えながら口元に瓶を運んでいく。 まあダメそうなら適当に引っ込む予定だったが、飲むつもりらしいのでこのまま様子を見ようか。


 俺だけが飲んで酸っぱくなるより、クラリスも飲んであまりの酸っぱさにびっくりするといいさ!


「で、では……」


 クラリスが恐る恐る瓶に口をつけた……が、瓶が傾かず、中身が口の中に入っていかないので。


「ほれ」

「んぐ!?」


 瓶を少しだけ、下からクイッと押し上げてやった。 最初は驚いたクラリスだったが、その美味しい甘さに口元が緩むが、次の瞬間には目が大きく見開かれた。

 来たようで。


「ひゃああああああああああああああ!?!?」


 これでお相子お相子、悪かったって!

 その顔に一しきり大爆笑した俺は、顔を真っ赤にしているクラリスをなだめながら、二人で市場を楽しんでいった。


甘酸っぱい(物理)

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