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第四十四話 エルヴェシウス邸の探索

 

 イシュベル教暴徒エルヴェシウス邸襲撃事件。


 同盟歴563年、11月29日、王都セインハウル第一級住宅区域、天気、曇り。

 午前9時14分、イシュベル教の一派、ブノワ派と呼ばれるイシュベル教徒61名が、第一級住宅区域、通称貴族街に武装して現れた。 彼らはその貴族街にあるエルヴェシウス子爵の館を攻撃、これにより攻撃を受けたエルヴェシウス邸が半焼。 さらに、運悪く風向きの影響により隣接する館2棟にも燃え移り、半焼の被害を出した。

 ターゲットとされたエルヴェシウス邸が全焼を免れたのは、その場に居合わせた魔導士の消火活動によるものである。 しかし、負傷者34名、死者15名を出し、宗教関係が引き起こした事件では、同盟後史上最悪の事件となった。


 詳細は記録を見て知った。 これらは、逮捕されたブノワ派の教徒と鎮圧に参加した騎士の証言から記録された内容だ。 この事件のことは、あまり覚えていたくない内容だった。

 現れた暴徒は火炎瓶を使って館に火をつけ、消火するために外に出てきたエルヴェシウス邸に勤めるメイドと執事8名と、火の手に気づき、すぐに消火を行った魔導士を、悪魔をかばう異端者だと暴行、殺害。

 エルヴェシウス邸内に侵入し、主を守ろうとした執事とメイド3名を同じように殺害し、ハワードの母アリス・エルヴェシウスを、持っていた槍で何度も突き刺し殺害。 そして、主であるアンリ・ユベール・エルヴェシウスは、暴徒らに捕らえられ、教会へと拉致された。

 なお、被害を受けたエルヴェシウス邸の焼け落ちた部屋の中から、子供の焼死体が発見された。 身元はすでに特定できるような状態ではなく、見つかった場所からアンリの長子、ハワードだと思われる。


 騎士団はすぐに駆け付けたが、暴徒らの抵抗にあい消火活動に支障がでて、騎士から12名の負傷、エルヴェシウス邸は右半分にまで火がついたという。 暴徒の鎮圧の後、懸命の消火活動により、何とか鎮火するも、燃え移った火の手により貴族たちにも負傷者が出ていた。 

 騎士団はこの暴動に参加したイシュベル教徒61名を拘束。 しかし、その当時は誰一人、首謀者について口を割る者はいなかった。


 三日後、住宅区中央の広場にて、ブノワ派によるアンリ・ユベール・エルヴェシウスの公開私刑が強行された。 その場には多くに都民が集まっていて、アンリへと投げられる石や暴言が飛び交い、多くの人が嘆きの声を上げたという。 そんな中でアンリは絞首刑にされた。 

 首謀者の特定と貴族の拘束を行うための罪状をとり、派閥の代表であるブノワ伯爵を逮捕するその前日の出来事で、騎士団の動きを察知したブノワ派が先手を打ったものとみられる。

 この事件により、イシュベル教のブノワ派に組する教徒129名が除名。 内、暴動と公開私刑に参加した84名を逮捕。 代表ブノワ伯は爵位及び、総資産60%の取り上げ、そして、国外追放とされた。

 その後、当時の騎士団長はこの暴走を抑えられなかった責任の追及により、辞任という形でその席を下りることになった。



 以上が、公的文書として記録されている、エルヴェシウスの悲劇の全容である。



 この記録は、学校へと訪れていたガウェインさんにこの事件について知りたいと頼み込み、城の記録保管室で内緒で見せてもらったものだ。

 ハワードにはこの事件を知りに行くことを話している。 俺はハワードの父の無実を証明することに協力してやりたいと思っているが、この事件についてはハワードからの簡単な話しか知らない。 ハワードは、「辛い内容かもしれないけど知っておいてほしい」と言っていた。

 ハワードとエルヴェシウス邸に行くことを決め、ガウェインさんにそれまでで都合のつく日を教えてもらって調べに行った。

 だが、ガウェインさんがこの記録について知ることを渋った理由がよく分かった。 ただ黙って記録に書かれている凄惨な事件に目を通していった後ろで、内容に耐えられなかったフランが俺の背中に顔を埋めて泣いていた。


 そしてその第一日、俺たちは寮のエントランスで待ち合わせ、エルヴェシウス邸へと向かった。

 フランの足取りが重い、目に見えて元気がなかった。 城に行くのは止めさせておくべきだったか……。 ハワードは手に紙袋を持っている。 その中は、バルドアが狙っていたアンリの魔物化について書かれたあの本だ。


 俺たちは一言もしゃべることなく住宅区に入り、貴族街に足を踏み入れる。

 下の住宅区や商業区と違いとても静かで、清潔感があり華やかでもある。 その奥へと進んでいる途中で、ある人物と鉢合わせになった。


「あなたたち……」

「あ、メリッサ」


 現れたのはメリッサだった。 護衛として騎士を2人連れている。

 以前、スラム街入口で会ったモーリスと同じ意匠の軽装鎧を身に着けているから、ファイエット家の私兵だろう。 クラリスと同じく、一人での外出は控え、お供を連れているらしい。 本人は何やら不満そうだったが。


「何してるの? こんなところで」

「散歩、って言っとくか?」


 俺はハワードを見た。 メリッサに言うかどうかはハワードに任せる。

 ハワードも俺を見て少し考え、静かに首を振った。 すぐに顔を上げて、決意した顔でメリッサを見る。


「メリッサさん、僕たちはエルヴェシウス邸に行くんだ」


 そういった瞬間、メリッサの目が細められた。 その顔には、疑問、そして静かな怒りのような表情が写っていた。


「そこに一体、何しに?」

「父さんの家は、もうじき取り壊されることになってる。 その前に真実を調べたい」

「真実?」

「父さんが、何をしようとしていたのか」

「……人を、魔物に変える研究でしょ?」


 メリッサは少し目を閉じたのちハワードを見据えてそう言った。 ただ、さっき見せた怒りが混じった表情はない。 

 ハワードもメリッサをまっすぐに見返す。 食堂で怯えていた頃の面影はもうなかった。


「その先があると思うんだ」

「先?」

「ただ人を魔物に変えるだけなら、人を助けるためだなんて言わない」

「魔物になることで何が救われるの?」

「分からない、でもあるはずなんだ」


 根拠はないに等しいかもしれない。 でも、それでもハワードは父を信じているんだろう。

 目を背け続けてきたからこそ、これからは……。


「……そう、変わってはないようね」


 メリッサはハワードの言葉に再び目を閉じて考え始めた。 いったいどうするのかと、俺とフランは黙ってその先の展開を待ち受けた。

 しばらくして、メリッサが振り返り、護衛をしていた二人の私兵に指示を出す。


「貴方たち、ここまででいいわ、帰りなさい」

「え!? し、しかし……」


 突然のことに狼狽する私兵を置いて、ハワードに向き直るメリッサ。


「私も行くわ」

「いいの?」

「誤解、されたままじゃダメなんでしょ」

「あ……」


 メリッサの言葉に目を見開いたハワードは、すぐに顔を引き締め強く頷いた。


「うん!」

「じゃあ文句はないわね。 あんたたちも、いいわね?」


 メリッサの強引な提案というか決定に俺とフランは顔を見合わせる。


「まあハワードがいいってんなら、俺から言うことはねーな」


 少なくともメリッサは自分の目でハワードを判断しようとしている。 頭ごなしに否定してきたときは違うのだ。

 そして気分が沈んでいたフランが嬉しそうにフランの手を取った。


「信じてくれるんだね、ありがとう」

「それはまた別の問題よ、これからによるわ」


 握られた手を見ていたメリッサは、ぷいっとそっぽを向く。

 なんだ照れてるのか? 意外とかわいいところもあるじゃないか。


「なに?」

「なんでもないよ」


 笑ってごまかしておく。

 さあ、話が決まったなら行こう。 ここでおしゃべりってのもなんか落ち着かん。


「分かってるわよ」

「おお!」


 フランのテンションが戻ってる。 浮き沈みが激しいな、クラリスを見習うといいぞ。 いつも落ち着いていてかわいいし、ちょっと感情的なところを見せるギャップもいい。


「なんかリューマが余計なこと考えてる気配がする」

「そんなバカな」

「お、お待ちくださいメリッサ様!」


 歩き出した俺たちの横から、帰れと言われた護衛たちが慌てて引き留めてきた。 そりゃああんなことがあったから、帰れといわれて帰るなんて無理だわな。


「メリッサ様! どうか我々も!」

「大丈夫よ、こいつらがいれば何とかなるでしょうし、店通りならともかく、こんなところでバカみたいなことをする奴もいないでしょう。 帰りも家まで送らせるわ、それならいいでしょ。 叔父様にもそう言っといて」


 メリッサはついてくんなと言外に放ち、俺たちを置いて先を歩いていく。


「いいわね、……ハワード」

「え……あ、うん、任せて」


 名前を呼ばれて少しびっくりしたハワードが、どんどんと歩いていくメリッサを追いかける。


「あ、行くぞフラン置いてかれる」

「え!? ちょ、待ってー!?」


 二人に追いつき、貴族街の先を進んでいくと、俺たちがハワードを追いかけてたどり着いたあの館が見えてきた。 あの時はいろんなことで頭がいっぱいだったから気にすることはなかったが、事件の内容を知った今では、右半分も焦げた壁も、煤けたような色合いも嫌に目に入ってくる。 前も見た通り、玄関前は雑草が生え散らかり全く手入れがされた様子はなく、壁には伸びた蔓が爪痕を見せないように、覆い隠すように広がっている。 

 そして、ハワードはその中へ入られないように門を括り付けていた色あせた黄色いテープを魔法で切り取った。


「入ろう」

「ああ」


 門が軋む音を出しながら開く。 雑草を踏み分け、玄関まできたハワードが扉に手をかけると、動きが止まる。 何か思い出すものがあったのだろうか、ハワードの顔に影が差しこんだ。


「ごめん、今開けるね」


 少し戸惑って、ハワードはすぐに扉を押し開けた。

 ギギギ……ときしむ音を立ててドアが開く。 中は昼間なのに薄暗く、非常に不気味な空気を感じるからか、窓から差し込む光がすこし眩しく感じる。 あ、明かりはどうしよう?


「はい、これ持ってて」


 ハワードが短い棒のようなものを取り出すと、その先端に丸い光が灯り、辺りを照らし出した。 その棒を俺にと渡してくる。


「懐中電灯みたいなもんか」

「魔力は入れてるから、しばらくは無給でもつかえるよ」

「ありがたい」


 受け取った俺はただの棒のようにも見えるマジックアイテムの先端に灯る丸い光を見る。

 じっと見ていても残像が残らない不思議な光だ。 一切の燃焼物がないのに、棒の先でゆらゆらと浮いていて、棒を振るとぴったりと丸い光が先端についてくる。


「ほぁぁ……」


 こういう魔法的なものをこんな間近で見ることはそうそうない。 この世界の人間ならこんなことでと思うだろうが、こんなことでテンションが上がり始めた俺はちょろい。


 もらったライトで周りを照らしながら見渡すと、足元は土汚れがひどく、そこら中に陶器が割れたような破片が散乱していた。 多分飾られていた工芸品か何かだろう。 壺とかを乗せて飾っていた台みたいなのがちらほらあった。

 そして、二階へと続くカーブした階段の壁に絵が飾られていた。 何かで切られたのか、無数の傷跡が絵を無残なものにしてしまっていたが、それでもわずかに見える女性の顔の写実的な絵は、息をのむほど美しい笑みを浮かべていた。


「ハワード、あれは?」

「あれは……母さんだよ」


 ハワードが傷だらけの絵を見上げながら、懐かしそうに笑った。

 この人が、ハワードの母さんか……。


「すっごい美人!」


 絵を見たフランが口をぽかーんと開けて驚くほどだ。 羨ましいとは口では言わないが、思わず言いそうになっちゃった。


「アリス・エルヴェシウス……、確かそんな名前だったわね」

「うん」


 メリッサは彼女の名前を知っていたようだ。 どうやら彼女の美しさは有名だったらしく、その噂を聞いたことがあるようだ。

 絵に向かってライトを当てていると、下の方にスーツを着た人の足が見える。 足の大きさを比較しておそらく男性だろうか、絵の構図としては、座ってるハワードの母の隣に誰かが立っているんだ。 その人の膝から上は特に酷くなっており、びりびりに破かれたように引きちぎられていて、人の輪郭さえわからない。


「じゃあ、隣の見える足って……」

「父さんが描かれていたんだよ」


 やはりそうか……。 影も形もなくったその絵に描かれたハワードの父親は、どんな顔をしていたんだろうか。

 もう見ることはできない父の顔にハワードは顔を曇らせた。


「戻ってくるのに、7年もかかっちゃった。 ごめんね……ただいま、父さん、母さん」


 ハワードがそうつぶやいた隣で、俺はハワードの母アリスの顔を見ながらお邪魔しますと小さくあいさつした。


「さて、どこから探す?」

「二階は行かなくてもいいかもしれない、使用人の部屋しかないはずだから」

「それになんか危なそう」

「そうね、家はこんな状態なのに、上階へ上がるのは危険だわ。 脆くなっている所を踏んで一階に落ちるなんて馬鹿なことになりかねないわよ」


 確かにそうだ、この家、どうやら火の手を受けたものの、中にいた使用人たちが消火活動を行ったおかげで、二階はボロボロだが一階は無事なところが多い。 なので、俺たちは一階の探索を始めることにした。

 床を踏んだ時に足元でぱきっと音が鳴るのが、昼間なのに少々不気味さを感じさせる。


「ここは?」

「ただの物置」


 廊下に並ぶドアの一つをあけたフランがハワードに聞いた。 開ける前に聞けよ、何か出たらどうする。

 しかし、そこはただの倉庫代わりに使われていた部屋だったらしく、中の小さな部屋は家具もなく空っぽだった。


「でも何にもないよ?」

「全部ブノワ派に持っていかれちゃったから」


 悲劇があったその日に多くの研究物がブノワ派によって持ち出されたらしい。

 本などは焼却、それ以外もめちゃくちゃに破壊されたのだとか……。 そのため、アンリが研究していた技術は検証のしようがないらしい。


「こっちは?」

「そこも物置」

「じゃあこっちは?」

「そっちも物置」

「ここも?」

「そこも」

「物置多くね?」


 フランとハワードのやり取りについ突っ込んじまった。 アンリさん、物多すぎじゃないっすか?


「父さんって魔法研究用の資材はどんどんため込んでいっちゃうから、物置部屋はたくさんあるんだよ。 下の階を使ってる人が父さんと母さんと僕、執事とメイド長だけだったから、余計にね」


 使う人が少ないせいで部屋が余ったと、むしろそのせいで、際限なく増えていったんじゃなかろうか。


「だから父さん、いつも執事に、あれはどこの部屋へ置いたのですか旦那様! って怒られてたよ」

「以外ね、常に新しい魔法技術の開拓の最前線を行っていた天才が、まさかズボラだったとはね」


 ここに住んでいた人たちのことに思いをはせながら、俺たちは一つ一つ部屋を調べていく。 いつも研究に没頭するアンリを心配していた老執事、アリスと同じお茶が好きで、アリスのお茶の時間にはこっそりと一緒に楽しんでいたメイド長。 そんな彼らの部屋は当時と変わらないままになっていたらしい。


「ここも物置?」

「そこはトイレ」

「てい!」


 開けるんかい!

 トイレと言われてそのドアを開け放ったフランは、少し見た後にそっと閉めた。


「男の子用だった」


 頬を染めるな、開けたのはお前じゃろい。


「フランのえっち」

「いやん」


 一階の部屋をしらみつぶしに開けていき、探索も昼頃に差し掛かるころ、ドアが破壊された部屋を見つけた。 ほかの部屋と比べて横に広く、ドアノブが低めについてある。


「あそこは……」

「どうしたのよ」


 思わず足が止まったハワードにメリッサが怪訝な顔をする。 そしてフランがお構いなしに解放された部屋の中を覗き込んだ。


「どれどれ……っ!?」


 中を見たフランが息をのむ。 中を見たまま、どこを見たらいいのか分からないように目線が定まらない。

 どうしたんだ?


「おい、フラン?」

「そこは……母さんの、部屋だ」


 その言葉にハッとした俺は城で見た記録の内容を思い出し、すぐにフランの隣に走った。 薄暗い部屋の中は、破壊された家具が散乱し、あたり一面が赤黒い色で染まっていた。


「こ、これ……!」

「フラン……!」


 口元を震わせるフランの目を覆うように抱き寄せた。

 血だ。 特に、入って正面の壁の下と、右手に見える大きなベッドの壁際の床に大きく平がっていた。 死体はもうすでにない。 だが、目の前の惨状が、そのとき何があったのかをまざまざと見せつけてくるようだった。


「あ……」

「フランさん、先に外で待ってる?」


 正直、待つって言ってたら、俺も回れ右で一緒に駆け出してたかもしれない。 でもフランは俺の手をどけると、しっかりとした声で言った。


「ううん……だってそれじゃあ、私が一緒に来た意味ないもん」

「だってさ、最後まで付き合うよ」

「ありがとう」


 部屋の中の血はすでに乾いているが、踏んだところがはがれて足の底に付いた。 頼むから憑いてこないでくれよ?


「ハワードのお母さまは、この騒ぎの中でも逃げなかったの?」


 メリッサがベッド横の乾いた血だまりに身を屈めながら聞いてきた。 曰く、血の付き方からして、抵抗したり、逃げようとした形跡がないのだという。


「母さんは足が不自由だったんだ。 母さんが子供のころに、病気にかかってからずっと車いすだったって」


 ハワードは母親と共過ごしたというこの部屋をゆっくりと見渡した。 そして、母親が倒れていた場所でしゃがみ、血に濡れていた壁に手をそえる。 ハワードが力を入れて壁を押し出すと、その下には大人でもぎりぎり通れそうな小さな穴が開いた。 隠し通路ってやつか。 


「この穴は……?」

「家の外に通じている隠し通路、母さんは僕をここに入れて逃がしてくれたんだ。 そのあとすぐに大人の怒声が聞こえてきた」


 ハワードを隠し通路に逃がした直後に現れた暴徒、足が不自由なら、見つかった時点で逃げ切れるわけがない。


「逃げて、生きて、あの人が残そうとしたものを届けてあげて。 それが、母さんの最後の言葉だったよ」

「そのあとは……?」


 メリッサの言葉にハワードは黙って首を振った。


「それ以上は、母さんの声は、何も聞こえなかったんだ」


 自分の息子を逃がすために、アリスは文字通り命を懸けて壁となった。 ハワードが逃げたこの通路を見せまいと。 命乞いも、悲鳴もあげずに……。


「そう……強い人だったのね」


 メリッサは錆びたような血が付くのも構わず膝をつき、両手で左胸を抑えるように重ねて目を伏せる。

 この世界での黙祷を捧げる仕草だ。 俺たちも同じようにして黙祷を捧げた。


 その後、ほかの部屋の探索中にフランの腹の音が鳴ったので昼食をとることにした。 適当な部屋を探し、外の光が差し込む部屋で、各自で持ってきた弁当を広げる。 


「しっかり弁当なんて持ってきてたのね」

「もしかしたら昼を回ると思って、今日中には全部探し終えとかないと、何回も来てると怪しまれるかもしれないし」

「ここに来るだけでも相当だと思うわよ」


 そこは言わないお約束よ。


「はいこれ、メリッサちゃんにあげる。 何も持ってきてないでしょ?」

「ええ、ありがたくもらうわ」


 フランが弁当の蓋にオカズを乗せて、予備のフォークと一緒にメリッサに渡してあげた。 仕方ないので俺からもおすそ分けだ。


「ほれ、これももってけ」

「あら、気が利くじゃない」

「じゃろう?」

「じゃあ僕も」


 みんなでフランの蓋に置いていくとちょっと豪華な仕上がりに、そこにハワードのパンも添えられた。


「すごいことになったわね」

「俺のより豪華」


 みんなで弁当をつつきながら、この後はどこを調べていくのかを決める。 本命はまだ調べていないアンリの研究室だ。 ただ、ハワードが気になっていることに、父が利用していた隠し部屋があるのではという話が上がった。


「出ていったわけでもないのに、ふらっといなくなったと思ったらいつの間にか戻ってきてたことがよくあったから」


 ハワードは昔のことを思い出しながらトマトを頬張った。 ハワードにとっては小さい頃の出来事だから、すでに記憶がかすれている所もあるようだ。


「ねえ、ハワード」

「なに?」


 フランがパンを頬張りながら、ふと思い出したように問いかける。

 せめて口の中にパンが入ってる状態でしゃべるのは止めなさい、はしたないですよ。


「んぐ、ごくん、ごめんごめん。 でさ、お城の記録ではハワードは死んだってことになってるのを見たような気がするんだけど、あれってどういうこと?」


 それを聞いて俺も思い出したことがある。 メリッサといざこざがあった食堂で、メリッサがハワードを『エルヴェシウスの生き残り』と言ったことをだ。 


「それについては僕も詳しくは知らないんだけど、今の父さんから聞いた話では、広がった火事に巻き込まれて死んだ子供を僕の身代わりにしたらしいんだ。 無意味な死よりもまだ希望が残ると、その子の親から渡されたって言ってた」


 希望か、それを聞くと世間の評判と一部で食い違いがあるんじゃないかと思えてくる。


「普通なら、考えられないよね」

「そりゃあ……な、相当な覚悟がいるだろうぜ」


 しかし、そのおかげでブノワ派はハワードが死んだと思い込み、ハワードに追ってが来ることなく、今の両親のもとで生活することができたのだ。


「てことはだ、その人は、少なくともアンリを敵視していなかった。 ハワードを希望と呼ぶんだ、何か知ってたんじゃないか?」

「話を聞いてみたいとは思うけど、その人が誰だか分からないんだ」


 その話をメリッサは何も言わず聞いていた。

 昼食をとった俺たちは、残りの部屋を開けては調べ、開けては調べ、ペースを上げて探索していくが、結局何か見つかるということはなかった。

 頼みにしていた本命の研究部屋も、すっからかんのもぬけの殻だったのだ。 正直もう見つからないかと思っていた。


「おりょ?」


 探索を続けてたどり着いたアンリが書斎として利用していた部屋で、パラパラと本をめくっていたフランが机にもたれかかった時、その机がギギギと音を立てて動いた。 そして足元に何かを見つける。 それは床に付いた小さなくぼみで、戸を開けるための引手のようなもがあった。


「なにこれ?」

「引手か? 床下収納?」

「何かあった?」

「ああ、フランが床に引手がついてんのをな……」


 俺は机をどかしてその場にしゃがむ。 机の下に隠すように床下収納みたいなのがあった。 メリッサが覗き込むなか、俺は引手に指をひっかけてみる。


「変なの出てきたりしないよね?」

「どうだろな、どう?」

「大丈夫だよ……多分」

「いいからさっさと開けなさいな」


 催促されたんでその引手を引っ張ってみる。 床ががぱっと開き、積もった埃を舞い上がらせながら、下へと降りていく階段が現れた。 まさかの隠し通路二号線。


「これは……」

「ハワード、この下って何があるの?」

「もしかしたら、父さんの隠し部屋かもしれない」


 ハワードが階段の先を見つめながら、袋に入っている本に手を添える。

 以前、ハワードが話してくれたアンリの腕の異変を見たのはこの部屋でのことらしい。 まあ隠し部屋の場所を考えると妥当か……。


「降りるか?」

「当然でしょ」


 何を言っているんだとばかりにさっさと下に降りていくメリッサ。

 おいおい、怖いもの知らずなのか、油断しすぎなのかわからんな。


「行こうぜ、足元が暗いんだ、こけたらシャレにならん」

「うん」

「まってメリッサちゃん!」


 急いで、しかしこけないようしっかりと踏みしめながら階段を下りていくと、その先には扉があった。 上の扉と比べて傷などついていない、無事な状態の扉だ。


「ここには連中の手は伸びなかったようね」

「隠されてたしな」

「てことは何かあるかも」

「うん」


 俺たちは一縷の希望を胸に中へと入る。 そこには、積み上げられた本に、様々な魔方陣や、数式のような文字の羅列、呪文などが走り書きされた大量の紙、実験で使ていたと思われる器具などが詰め込まれていたのだ。 そのせいで狭くなったスペースのど真ん中には、窮屈そうに机が置かれ、その上にも本や紙が積み重なっていた。


「うわぉ、いっぱいあるよ」

「ありすぎてめっちゃ狭めぇ、こんなとこでやってたのか親父さんは?」

「ここには入ったことないから、さすがにそこまでは……」


 まずは、調べようにもこの部屋に入れないので、片づけを兼ねて本を整理しながらスペースを開けていく。 本がたまっていったってより、とりあえず本を放り込んでいったて感じだった。 多分、ブノワ派の動きを知ったアンリがこの部屋に急いで放り込んでいったんだろ。 壁際に並んでいる本棚に本をしまっていくと、意外とスッキリとしてそれなりのスペースを確保できた。


「とにかく突っ込んでいったって感じの置き方だわ。 エルヴェシウスも、ブノワ派についてはある程度の予測がついていたみたいね……ん? これは?」

「何か見つけましたか?」


 俺たちが振り返ると、メリッサは壁にかかった一枚の絵を見つめていた。

 それは、まさに子供が描いた絵だと分かるしろものだった。 大きな頭に大きな目、でも、みんな笑っていて、そんな子供たちの周りに描かれているのは木だろうか? 茶色の太い棒の上に緑でくしゃくしゃに塗られた木がいくつもある。 場面は森なのだろう。


「森、とかかな? そこで遊んでいる子供たち、ってところか」

「でもさ、この絵……」


 フランが不思議そうに、その違和感を覚えた場所を指さした。


「ん? あれ? この子……いや、全員か?」

「うん、この子達、全員……真っ黒……」


 俺はフランが感じた違和感にすぐに気づいた。 この絵に描かれている子供たち全員の身体がおかしいのだ。 その子供たちは、身体全てではないにしろ、右手、左足、あるいは顔の半分など、体のどこか一部が真っ黒に塗られていた。


「何だろう、これ……?」


 フランが俺の服の裾をつかんでくる。 不安がるのもわかる気がする。 この子供たちは、それなのにみんな楽しそうに笑って遊んでいるように描かれているからだ。 

 自分たちの身体に何の疑問も持っていなさそうだった。


「黒化変異……」


 その絵を見ていたメリッサが、呟くように言った。 


「おい、それって……」


 黒化変異(くろかへんい)、魔物学の授業中に聞いたことがある。 非魔力保有生物、つまり魔物ではない普通の動物が、何らかの要因で魔力を得ると体が真っ黒に変色して、そこから体の増殖、変形が起こり魔物となると。 

 先天的な魔物でない魔物、普通の動物が魔力を得て変異した魔物は、必ずこの現象が発生し、体の一部、または全てが真っ黒に変色する。

 つまり黒化変異とは、魔物化しているという、証拠でもある。


「この子達は……」

「エルヴェシウスの研究によって魔物化したってこと……」


 ハワードは本を抱きしめて絵を見つめた。

 でも俺は、この絵をアンリが描いたとは思えない。 わざわざこんな絵を描いて飾って、何だってんだ? アンリを殺したかったブノワ派の連中が見つけたなら、魔物化させたという証拠見つけて、喜々として処刑を実行したに違いないだろうけど。


「そうね、その通りだと思うわ」

「でも、それじゃあこれを描いたのって……」

「これを描いたのはこの子供たちだろうな。 でも俺には、これに恨み辛みがあるようにはかけら見えねえよ」


 そんな感情を抱いていたとして、その子供たちがこんな絵を描いてくるだろうか……当てつけか?

 疑問が晴れないなか、一度絵から離れてこの部屋を探していると、机の引き出しに手紙が入っているのを見つけた。 その内容は、エルナ文字で『ありがとう』と、それだけが書かれていた。


「ありがとう……」

「なにが?」

「これだよ」


 聞いてきたフランに手紙を見せると、ハワードとメリッサも覗いてきた。


「子供の字だよね?」

「そうね、覚えたてってところかしら、こういう書き方には覚えがあるわ」

「あの絵の差出人、かな?」

「そこまでは分からなねえが、でも、だ」


 俺はもう一度、絵の子供を見る。 真っ黒な足で森の中で遊んでいる子供。 真っ黒な手でものを持ち上げている子供。 みんな嬉しそうで……。


「もし、この手紙の差出人があの絵の子供たちなら、少なくともこの子供らは、親父さんによって救われたんじゃねえかな。 俺は、この絵も手紙も、嘘に見えない」


 大人が真似て書いた絵に見えないんだ。 この手紙も……。 そういう、温かさってやつを感じるんだ。


「そう、ね……ええ、そうよ。 私もそう思うわ」


 メリッサが複雑そうな顔で肯定した。 

 その後、時間ギリギリまで研究資料と思われる本や紙を、持ってきた本と照らし合わせて調べ、アンリが研究していた魔物化に関係していると思われるものを数点発見することができた。 だが肝心の、この研究が何につながっているのかまでは、わからなかった。

 部屋を探し終えて俺たちが館から出てくると、すでに日は落ちかけていて、空が夕焼けに染まりつつあった。 結構長い時間籠っていたようだ。 日が当たらないと時間感覚が狂っていたのを実感するな。


「結局、見つからなかったね。 お父さんの真実」

「でも、それに繋がっているものは見つけられた」


 残念がるフランとは対照的に、ハワードの顔はやる気に満ちていた。

 夜が来ようとしているのにいまだ温かさを感じる風を受けながら、俺たちはメリッサの家を目指して歩いていく。


「ハワード」

「なに?」


 メリッサが前だけを見据えて、ハワードに話しかけた。 俺とフランはその様子を後ろで見守った。


「私は……私も、あの絵は嘘じゃないと思うわ」

「うん」

「でも、なんであの子たちが魔物化しているのかは疑問が尽きない。 戦わない普通の人からすれば、魔物は自分たちを脅かす化け物よ。 その化け物になることに、何があるのかなんて……分からない」

「うん……」


 メリッサが慎重に言葉を選びながら自身の考えを伝えていく。 ハワードは静かにその言葉に頷いていた。


「それでも、私の中のエルヴェシウスに対して、何かが変わったのは確かよ」


 しばらく歩いたと思ったら、メリッサが豪邸の前で足を止めた。 奥にはさっき言ったエルヴェシウス邸よりも大きな館が見える。 どうやら、いつの間にかメリッサの家についてたらしい。 館の奥には城がそびえているのが見える。 結構近いところに住んでたんだな。 

 メリッサは門に手をかけながらハワードを見た。


「エルヴェシウスのことは、まだ許せないわ。 でも、彼が求めようとしたものがなんなのか、少しわかった気がする」

「メリッサさんは、研究の先が分かったの?」

「いいえ。 あの絵が、そうなんじゃないかって思ってるだけ、何の進展もないわよ」


 敷地内に入って門を閉めたメリッサは、少し歩いてまた立ち止まった。


「今日は……」

「なに?」


 メリッサは何か言ったようだったが、うまく聞こえなかったのか、ハワードが聞き返した。

 振り返ることなく突っ立っていたメリッサは、溜息を一つ吐き出すとハワードに振り返る。


「今日は、一緒に行けてよかったわ。 それと……悪かったわね……」

「え? 何のこと?」

「え……その……、し……食堂のことよ!」

「あ……」


 ハワードはメリッサに言われて、食堂で俺たちが初めて出会ったときのことを思い出したらしい。

 確かにいい出会い方じゃなかったからな。 でも、こいつらは少なくともそれを分かっているうえで互いに歩み寄ろうとしているのかもしれない。


「あの時は、僕が逃げることしか考えてなかった、僕の弱さのせいだから、でももう逃げないって、メリッサさんの誤解を解くことを決めたから、もう気にしてないよ、ありがとう」

「そ、そう……」


 メリッサが家の方を見るように顔を隠した。 耳あたりが赤いのに少し笑いそうになる。 こいつは素直じゃないだけなのかもな。


 ん? どうしたフラン? 


「ほっぺたが上がりそうなのを抑えてる」

「そうかそうか」


 俺はフランのほっぺたを掌で挟んでこねくり回しながら、沈みつつある夕日を眺めて黄昏た。

 青春ってやつかな~。


「あ、ところでアカホ」

「んあ?」


 夕焼けの眩しさに目を細めていると、メリッサが思い出しかのように振り向いてきた。


「聞いたんだけど、あんた、姉さまとデートってどういうこと?」


 え!? いや、それは……なんで知ってんの!?


「リゼットが姉さまと打ち合わせをしているのを聞いたのよ」


 メリッサとほっぺを挟まれたままのフランがじとーっと俺を見てくる。


「青春ってやつですか~?」


 だらっしゃいフラン。

 あとデートって言うなよ、脇腹を鷲掴みにされた感覚がじわじわと……。


「えーっと……詳しくはサラに聞いてくれ、それじゃっ!」

「あ、逃げた」


 俺は脇腹をつつかれるような視線から逃げるように寮へと走って帰った。

 今日得られたのは、研究に関する数点の資料と、天才と称えられたエルヴェシウスの人柄だった。 後者は、手掛かりにはならないのかもしれないが、世間に広がっている話と何かズレがある気がしてならない。 とりあえず、まだゆっくり探していくしかなさそうだ。

 晩飯を食って気分を切り替えた俺は、明日の約束の第二日に備えて、準備を万端にして就寝したのだった。


切りどころが分からずいつもより長くなった気がする

こんなもんだろうか?

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