第四十三話 不穏の知らせと休日の予定
「はぁ……」
晴天の日差しが降り注ぐ中、王都の中央にそびえるリノハウル城の一室で、ガウェインは青空を仰ぎながら溜息を吐いた。
肺の中の空気を全て吐き出すと、一息ついて手に持っていたコーヒーカップに口をつける。
「コーヒーが美味しい……」
「そりゃあよかった、でもなあガウェイン」
「んん?」
独り言のように漏らしたガウェインの言葉に、彼の上司であり戦友である騎士団長、ガラハッドが何か諭すように言ってきた。
「黄昏るのはいいがせめて窓は閉めてくれ。 書類が飛ぶんだ……ああっと!?」
自分の執務用の机で書類仕事をしていたガラハッドは、バタバタと暴れる束になった紙を押さえつけながら催促するが、開け放たれた窓から突然吹い風がまだ無事だった書類を無残にも吹き飛ばしていった。
「ああ……」
「すまん、今日は風が穏やかだと思てっていたんだがな」
飛び散った書類を広い集めながらガウェインは謝った。
ガラハッドは溜息を吐きながらも特に怒った風もなく、もういいさと言いながら同じように書類を広い集めていく。
「こんな高さじゃ穏やかさなんて毛ほどもないと思うがな」
ガラハッドは集め終わった書類を受け取ると、机で端をならして吹き飛ばされる前の位置に戻し、首をぐるぐると回した。
「まあ、もう終わったから気にしないさ。 あとはそれぞれの部署に送るだけだしな」
「それはすまなかった。 しかしガラハッドが書類仕事か、昔の俺なら信じられなかったろうな」
ガウェインは昔のことを思い出しながらコーヒーを入れていく。
「まだ戦隊所属の頃は、西に東に走りまわるのが仕事だと思っていたからな」
ガラハッドも懐かしそうに目を細めながら、昔のことを思い出して苦笑する。
入れたてのコーヒーを受け取ったガラハッドは、椅子に座ってコーヒーをゆっくりと味わった。
二人がコーヒーを飲む間、しばしの静寂が部屋を包むが、ガウェインがカップを置いて唐突に話を切り出した。
「なあガラハッド」
「なんだ?」
「学校でのことなんだが……」
そう言われたガラハッドも、静かにカップを机に置いた。
「先生は、バルドアの位置を完全に把握していたんだよな」
「ああ」
「あの場所で指揮をとっていたのは俺だ。 どうして、止めたんだ」
先日、騎士学校で起こった事件、指名手配犯であるバルドアの騎士学校への侵入。 その制圧にあたり、ガウェインが直々に指揮をとり現場に出ていた。
「あの中には、龍真君たちがいたことだって分かっていたはずだ。 なら、なぜあそこで、図書館へ突入するのを待てだなんて」
「……」
バルドアの侵入が発生した当時、騎士学校の校長であるアドルフはバルドアの位置情報を把握するため、学校全体を覆うほどの巨大な結界を展開し、中にいる人物の追跡を行っていた。
当然、バルドアの位置はすぐにわかっていたし、そのさなかに赤穂龍真、ハワード・ダリルソン、フランシスカ・マートニーの三名が学校内に入ってきたことも、当然把握していた。
そのことを知ったガウェインはすぐに図書館を包囲し、すぐに内部へと突入しようとしたが、ここでガウェインとガラハッドの師であるアドルフは、ガウェインに突入を待つよう言ってきたのである。
「何かを待っているとか、タイミングを計っているとかじゃなかった、有無を言わせずにただ待てと……。 なあガラハッド、あの子が来てから、先生は少し変わった。 学校での決闘や、乱闘騒ぎ、それと、勝手に学校を飛び出していったこと、以前なら、すぐに当事者たちを止めていたはずだ」
しかし今は、彼のことに関してのみ黙認している節があると……。
ガウェインの言葉にじっと耳を傾けるガラハッドは、ただ眼を閉じて静かに聞いていた。
「一度先生に聞きに行ったが、はっきりと答えてくれずに流されたよ……。 だけど、先生があの子に、龍真君に何か期待しているの間違いない。 ガラハッド、あの子は……何者なんだ?」
「それは……」
ガウェインからの質問に、ガラハッドは何と言うべきか逡巡する。
その答えを、ガラハッドも持ち合わせていないのだ。
「異世界人だからとかじゃない、もっと別の何かがあるんじゃないか?」
「んん……」
ガラハッドはおもむろに立ち上がり、窓から外の街を見下ろした。
ここからは街を一望でき、そこかしこから煙突の煙が立ち、活気があることが一目で分かる。
その風景を眺めながら、ガラハッドは口を開いた。
「先生は……、俺からも先生に聞いたが、いずれ分かる、としか言わなかった」
「いずれ……って」
「だが、その時は近いらしい。 いずれその時が来れば、知らなければならないんだそうだ」
ガラハッドは机に置いたカップを取り、コーヒーの残りを一気に飲み干した。
「はぁ……、先生はこう言うと意地でも言わん人だ、今はその時とやら来るまで待とうじゃないか」
ガウェインはやっぱり聞けなかったかと落胆しながら、ソファに深く腰掛け、そのまま体を預けて天井を仰ぎ見る。
「悠長に待っていられるものならいいんだがな……」
「何が待っているかは神のみぞ知るだ。 なあに大丈夫、『何があったって何とかなるさ』。 今までだって、そうやってきたんだ」
「なんて曖昧な自信だ……」
ガラハッドは笑いながら空になったコーヒーカップを、天井を眺めるガウェインに差し出した。
「だから、何もない今ぐらいは、仕事終わりのコーヒーを楽しんだっていいだろう?」
「……」
ガラハッドは、もうこの話をおしまいにしよう、という風にカップを差し出す。
呆れたようにガウェインはガラハッドを一瞥だけして、また天井を仰いだ。
「その楽しみは自分で入れてくれ」
「ちぇ」
ガラハッドが渋々コーヒーを入れようとしたその時、突然この部屋の扉が開けられた。
「失礼します!!」
「おう!?」
扉を開けたのは一人の騎士だった。
肩で息をしていることから、この城の階段を一気に掛け合えって来たらしい。
ソファに仰け反っていたガウェインはすぐに姿勢を正して、顔色が青くなりかけている騎士にその理由を問う。
「ど、どうしたそんなに急いで」
「はっ!! 先ほど、ヴァロワ国領駐屯の騎士隊から、緊急の霊伝がありまして……」
霊伝とは、小さな精霊を呼び出し、それに言伝を持たせて特定の相手に送る情報伝達手段である。
が、情報の漏洩に関する危険度が高いことから騎士団だけでなく、ほとんどの組織において利用されることはほとんどない。
しかし、その伝達速度は早馬を出したり、飛竜で飛んで行くなど、通常の情報伝達手段よりもはるかに速いので、上記の危険度を無視してでも早急に伝えなければならないことがある場合などに使用される。
使用する際はその言伝そのものを暗号化したり、敵にバレてもいいと言うのなら、複数の小霊を飛ばして到達率を上げるといった対策もしばしば行われる。
騎士団内でもこれが飛んでくるということは、緊急事態であるという意味が強く、総じて、このような方法で伝えられた情報は大体において吉報となることはない。
「ガウェイン」
「ああ」
ガラハッドはガウェインに目配せをして、届いた情報を伝えるためにこの城の長い階段を駆け上がってきた騎士を部屋の中へと招き入れる。
「聞こう、何があったんだ?」
二人の胸中には不安による胸騒ぎが起こり始めているが、その不安は思いもよらぬ形で的中することとなった。
「バルドアが……脱走しました」
~~~~~~
「あ゛あ゛~……」
「どったのリューマ? アンデットみたいな声出して」
授業が終わった後の昼休み、鐘の音が聞こえた瞬間に俺は机に突っ伏し、地獄の亡者を真似るかのようにうめき声を出していた。
その声につられてフランが机に顎を乗せるようにひょっこりと顔を出してくる。
「ああ……」
「んん?」
フランの黒くて大きいクリクリした目が、なんだいおねーちゃんに言うてみい? と言っているかのようだ。
でも素直にフランに言うのは、なんか悔しい。
「ふっ」
「うわっぷ!?」
文字通り目と鼻の先にあるフランの顔に息を吹きかけると、驚いたフランの顔が机から落ちた。
はっはっはっ。
「もーなにすんのさ~!」
「は~……こいつを見てくれ」
「んん?」
体を起こした俺は一枚の用紙を見せた。 これはさっきの授業で行われた小テストの答案用紙だ。
受け取ったフランがささっと目を通すと、あっと驚いてすぐに気づいた。
「え!? なにこれ!? あたしの半分じゃん!?」
「うっそだろおい! まじかよ……!?」
フランのセリフに思わず立ち上がってしまうほどだった。
そう、俺がアンデット化するほどに落ち込んでいたのは、帰ってきたこの小テストの点数が驚くほどに低かったからだ。
しかも、フランの半分だと!?
「さっきのテストって難しいとこあったっけ?」
フランが俺の後ろにいるハワードに話を振ると、教科書を片づけたハワードが俺のテストの用紙を見る。
「さっきの武具知識だよね。 今日の授業内容からしか出てないはずだけど……、あ……」
〇とバツで簡単に添削された答案用紙を見ていたハワードが、何かに気づいて顔を上げた。
なんだよぅ……何が駄目だったんだ? 今日やったことをすぐ忘れるほど俺の頭はまだ耄碌しちゃいないぜ?
「龍真、これ、文字が間違ってる」
「は?」
え? え?
「ここ、ここも、ここと、ここ……、バツがついてるところ全部、文字の書き間違いでバツになってる」
ハワードがペンを取り出し、間違っている文字の隣に正しい文字を書いていく。
例えるなら、小文字のaが雑すぎてoに見えるとか、pとqみたいに左右逆とか、日本語なら『ほ』の頭を突き出しているとか、そういうレベルの間違いだ……。
そんなバカな!? うおお……なんつうこったよ……。
「アハハハッ!? 文字を間違うって私でもさすがにしないよ!?」
「うるせえ! しゃーないだろ!?」
こっちの言語は生活するうえでは必須なのだ。 言葉が通じるからと言って文字が読めなくてもいいなんてことはない。 だから必死こいて勉強してるってのに……。
がっつりと溜息を吐きながら、背もたれに体を預けて脱力する。 背もたれの角がゴリゴリと背中に当たる。 痛ぇ……。
割と本気で落ち込んでいる隣で、ドヤ顔のフランがハワードに自分の答案用紙を見せていた。
「ふふふん、どうよ?」
「ああ……龍真のちょうど2倍の点数……」
頼むから止めを撃ち込まないでくれ……。
ふと、ハワードがその答案用紙の何個かついているバツ印のうち一つを、不思議そうにじっと見つめる。 そして、見てはいけないものを見てしまったような表情で固まった。
「ん? どったの?」
「ね、ねえフランさん……」
「なに?」
「あの……これ……」
震えるハワードは気まずそうにじっと見ていた部分を指した。 フランの答案用紙の、いくつかついているバツ印の一つをフランは怪訝な顔で見つめる。
しばらくじーっと見たフランは次の瞬間、顔が一瞬にして凍りついた。
「ッ!?」
「あん? どした?」
なんだと思って俺も見ようとしたら、フランが凄まじい速さでその用紙を奪い取った。
「……」
「えーっと……フランさん」
顔を明後日の方向に向けて、決して俺たちと目を合わせようとしないフラン。
ハワードも苦笑いして窓の外を向いている。
おい……まさか……。
「なあ、フラン」
「ナ、ナニカナ?」
口調がおかしい。
おうフラン、ちょっとこっち見ーや。
「さっきのバツ印んとこ、見せてみ?」
「エー? ナンノコトカナ?」
汗だっらだらじゃねえか。
「まさか、お前、やったな?」
「……チ、チガウ。 マチガエテナイ、チョット……」
「ちょっと?」
・・・・・・。
「……忘れてただけ」
「てめえこの野郎、よくも笑いやがったなあ!?」
「あひゃああ! ち、ちがう! ちがうんだってえええっ!!」
な~~にがちがうだゴラアアアッ!?
こいつ! 俺のこと笑い飛ばしたくせに自分もやらかしてんじゃねえか!?
おいフラン! その用紙見せろやてめえ!
「やーっ! ダメ! 見ちゃダメー!!」
「だーれがそんな間違いしないって!? もっぺんこの口で言ってみーや! え!? え~~!?」
「ふぶうう!! ほふぇんふぁはああい!?」
そうやってフランに天誅を下していると、コンコンと教室の扉をノックする音が聞こえてきた。
そっちを見ると、クラリスのお付きのサラがジトーっとした目でこっちを見ていた。
「げえっ、サラ!」
「げえとはなんだ。 おい、アカホ」
「何だよ?」
とりあえずフランを開放して、自分の答案用紙をカバンにねじ込んだ。 わざわざ見せるもんでもないしな。 見せたくないしな。 絶対。
「クラリス様がお呼びだ。 来い」
「来いったって……クラリスが?」
教室から顔を出すと、廊下の突き当りにいる人物と目が合った。 サラの主であるクラリスだ。
ペコリと頭を下げるしぐさが可愛いらしい。
「何か用なのか?」
「いいから、行け」
なんだよつっけんどんに、わーった、分かったから。 その突き刺さるような眼をやめろ!
「わりい、ちょっと行ってくる」
「じゃあ、先に食堂行ってるよ、席取っておくから」
「うあ~~……ほっぺたが~……」
ハワードが食堂に向かうのに連れられて、ほっぺたをグニグニとマッサージするフランも一緒に教室を出てくる。
早くしないと席が埋まっちまうもんな、頼むわ。
「おうフラン、答案用紙捨てんなよ?」
「ス、ステナイッテ……」
目を見て言え、目を。
二人が食堂に行くのを見送ってから、反対方向に進んで俺を呼んでいるというクラリスのもとへと向かう。
突き当りまで来て角を曲がるとクラリスがいた。
「ようクラリス、どうしたんだ?」
「え、ええと、お昼にお呼び立てして申し訳ありませんリューマさん」
まずは呼んだことに対する謝罪を口にするクラリス。
どうしたんだろうか、なんかもじもじしている。
「ああ、べつにかまわねえよ。 食堂の方はハワードに任せてるし。 何なら一緒に行くか? 用があるならそっちで聞いても……」
「い、いえっ! その、用というのは……個人的なお願いといいますか……その……」
個人的なお願いね、まあ頼みごとも内容によっちゃ人に聞かれたくないのもあるわな。
しかし、クラリスもなにか言いにくそうだな。
「ええと、次の休みの日なのですが、私、叔父の仕事に付いていかなくてはならなくなりまして、王都に帰ってくるのは夜遅くになるのです、それでひと月ほど前に新しいお店ができたとフランさんからうかがって私も行ってみたいと思ったのですが仕事の都合で行けなくなりまして第二日でようやく行けるとなったのですがサラとリゼットにはその日それぞれの家での用事があってそれで……」
「まって、クラリス待って、落ち着け」
最初はお願いするに至った経緯を話していたのだが、徐々に早口になっていき、最終的には息継ぎもなしに捲し立てるので頭の整理を兼ねてとりあえずストップさせることにした。
「クラリス様、頑張ってください!」
落ち着くために深呼吸しているクラリスの後ろでリゼットが応援している。
鼻息が荒い……こいつも最近ところどころおかしなところが出てきてるな。
「はぁ……はぁ……、す、すみません。 一方的に……」
「まあ落ち着いてくれたようで何より」
とりあえずクラリスを落ち着かせた後、クラリスが一気に話しきった部分を整理してみる。
「えーと、フランから新しいお店ができたのを聞いて行ってみたいけど、叔父さんの仕事が優先だから第一日はいけないと。 で、第二日にその店に出かけようとしたら、今度はサラとリゼットがそれぞれ用事でついてこれない」
一人ではだめなのかということは俺も思ったが、メリッサ誘拐事件があってから、一人で出歩くことは可能な限りやめてくれと言われているらしい。 今回のことは、お店に行きたいというだけで、他の人の手を煩わせるのは申し訳ないということで、俺に白羽の矢が立ったということだ。
…………俺の手は? まあ、特にやんなきゃいけない用事ってのもないんだけどさ。
ちなみに第二日とは、ぶっちゃけ日曜日のことだと思っていい。 この学校は俺がよく知っているような月から金までいって土日が休みという風な時間割りになっている。 つまり休日は二日あって、土曜日が第一日、日曜が第二日だ。
もう俺は普通に自分が知ってる曜日であてはめて考えてるけど、それで困ったことは特にない。
「私たちはクラリス様の護衛をまかされておりますけれど、各自の家の事があれば、そっちを優先するようにと、ケヴィン様にも言われてまして」
「ケヴィン様からそう言われては、こちらも従わざるを得ないからな」
ケヴィンというはクラリスの叔父のことだ。
先日、学校の玄関口で、マティアスのおじいちゃんから放たれるとてつもないプレッシャーを気にも留めず、堂々とメンチを切りあっていたあの人だ。
「クラリス様は学校が休みでも、ケヴィン様の仕事の手伝いなどで休日をごゆっくり過ごされることは少ない。 我々としても、せっかくの休みの日にはクラリス様の思うように過ごしていただきたいし、こういう買い物にも行きたいとおっしゃられるなら、ぜひにも行ってもらいたいと思っている」
「そこでですね? わんちゃんには、私たちの代わりにクラリス様のお供をしてほしいのです」
なるほどね、実家を優先しなければならないサラたちに代わって、クラリスの護衛を引き受けてほしいと。 それならそうと言ってくれればよかったのに。 そういうことなら引き受けるのもやぶさかじゃあない。
「ん? てことはその日は、俺と……ん?」
俺とクラリスを順番に指さして、もしかして二人だけ? と聞いてみる。
「は、はい! そ、そうです! ダメ、でしょうか?」
潤んだ目で上目づかい……俺の心にはクリンヒットだ。
世の男がこれを断ることなどできようか、いや無いね。
「ダメじゃないって! 全然オッケー! 次の第二日だろ? 大丈夫大丈夫!」
何か予定があったような気もするが今はもう思い出せないので気にしないことにする。
多分あってもこっちが優先だろうしな、間違いない。
「じゃあ次の第二日は二人でデートってことか」
「デーっっ!? あっ!? う!?」
冗談で言った言葉にクラリスが赤くなりながら言葉を詰まらせる。
そのとたんにさらに左の脇腹をがしっとつかまれた。
んぎゃーーーー!?
悲痛な叫びは、ぎりぎり喉元で飲み込むことができた、が。
「ちょおおおおっ!!?? さ、サササラ!? そこは、そこはあかんてえええ!?」
固まっているクラリスをよそに、ギリギリと左の脇腹を鷲掴みにするサラが鬼の形相でにらんでいた。
「ほーう? フランから聞いてはいたが、ここは確かに弱点のようだな?」
「はああ!?」
フランから聞いただと!? あんの野郎!? なんつう奴になんつうこと教えやがるんだあんのバカッ!?
「いいか? 本来ならば貴様ではなくもっと信頼のおける実力のある者に頼むのだがな。 クラリス様の希望もあり、貴様を推すことになった。 先日の合同実技の際に、貴様の力を見せてもらったが、こちらとしては納得はできないが及第点はくれてやれる」
昨日の不機嫌はそれが理由か。 クラリスを俺が護衛することに反対だから、降ってわいたような模擬戦を使って俺の実力を図ったと……。
に゛ゃあ゛ああああ分かったから離して!?
「だから、貴様はクラリス様の護衛として常に周囲に目を配り、危険を予測し、クラリスの障害を排除しなければならない」
「しょ、障害ってそんなただ街に降りるだけでのおおおおおおおおおお!?」
鷲掴みにするサラの手に力が入る。
すんません! しゃべりません!
「街のどこにクラリス様を狙うやつがいるのかわからないのだ、決して気を抜くなよ? それと、これはデートではない、いいな?」
「イエス、マム!」
「復唱」
「マム、これはデートではありません、マム!」
「よろしい」
俺の脇腹をつかんでいた万力のごとき手が離れていく。
ああ……やっと解放された……。 くそぅ、フランやつ余計なことをぉぉ……。
「はぁ……はぁ……と、とりあえず、第二日にってのは分かった。 で、どこで待ち合わせる? 俺がお前んち行くか?」
「は! え? あ、えーっと、ではそれでおねが……」
「噴水広場……! 噴水広場がいいと思いますクラリス様!」
戻ってきたクラリスの肩越しに、食い気味にリゼットが提案してきた。
王都の南に広がる商業区の真ん中、でっかい噴水がある広場だ。 俺にとっては嫌な記憶がある。 バルドアと遭遇した場所だからだ。
まあ、もう捕まったし、別に気にすることじゃねえな。
それはともかく、その噴水広場は広さ的にも噴水の目立ちやすさ的にも、いろんな人の待ち合わせスポットになっている。 ほら、渋谷の忠犬ハチ公みたいな感じで。
「俺は別にいいけど、それじゃあ護衛にならないんじゃねえの?」
街に行くのに護衛がいるから頼まれてんのに、すでに街のど真ん中にいるじゃん。 どうなのよそれ?
「問題ありませんわ。 私たちが戻る前にそこまでお連れして、そこでわんちゃんと交代するということなら、ね?」
「んー、まあそれなら大丈夫か」
ということで、急遽日曜日にクラリスとデート………ゲフンゲフン! お買い物の護衛をすることになった。 その日の打ち合わせを済ませた後、さっさと食堂にいって飯を腹の中に詰め込み、午後の授業も終わって寮に戻る道すがら、やっぱりこれってデートみたいなもんだよなぁと浮かれて、そのことをハワード達に話した。
「次の第二日?」
「おう、いやあやっぱそうゆうことなのかなあとか、思っちまうんだよなぁ」
生前、なんて言うとおかしいが、こっちに来る前はそういう経験は残念なことに一度もない。
だから意識してしまうんだよ、しかないだろう?
「ふーん……クラリスちゃんとねー」
フランがじとーっとした目でこっちを見ている。 なんだよその目は?
「何だよ? もしかして嫉妬か?」
「突くよ?」
ストップストップ! 悪かったから構えるなって!?
一日に何度も狙われてたまるか!?
「ねえ龍真」
「ん?」
呼ばれたんで振り返ると、ハワードは立ち止まっていた。
何かを決めたような真剣な顔に、俺とフランはじゃれあうのをやめて向き直る。
「第二日は予定があるなら、第一日は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だけど、どうした?」
「それなら、その日は僕に付き合ってほしいんだ、フランさんも」
どうしたのかと、俺とフランは顔を見合わせる。
どっかに行くのか?
「僕の実家に行こうと思ってる」
「え……それって」
フランはすぐに思い至ったようだ。 俺も同じように、頭の中にすぐに出てきた。
ハワード・ダリルソン、本名、ハワード・エルヴェシウス。 バルドアが探していた魔物化に関する本の製作者、アンリ・ユベール・エルヴェシウスの息子。
その実家ってことは……。
「貴族街、エルヴェシウス邸か……」
「うん」
父アンリを中心とした事件、エルヴェシウスの悲劇が起こった場所だ。




