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第四十話 本音と噂とおじいちゃん

「で、そういうことなんで、こうなったというわけです」

「はぁー……」


 太陽も真上を通り過ぎ、暖かな日の光が照らすなか、目の前に座るガラハッドさんはがっくりと項垂れて長~い溜息をついていた。

 今は昼食を取った後に王城に呼ばれ、そこの庭園にある休憩できる場所で聖王騎士団の団長であるガラハッドさんと、数日前にあった事件について話していた。


 数日というと、だいたい三日くらいか?

 バルドアとの戦いでぶっ倒れて、目が覚めたら寮の自室で目を覚ました。

 介抱してくれていたハワードや、規則なんぞガン無視で飛び込んできたフラン、事態を聞いて駆けつけてきてくれた主治医のユーロンさんとも話をして、俺の無事を伝えた。

 まあこんな状態で無事と言えるかどうかは甚だ疑問だが……。


『まったく君と言うやつは、ボロボロにならなきゃ私に会えないとでも言うのか?』


 とは、ユーロンさんの第一声である。

 誠に、申し訳ありません!


「私も龍真君が担ぎ込まれたと聞いたときはびっくりしたぞ、ユーロンさんの気持ちはよく分かるよ」

「ご心配をおかけしました」


 俺はテーブルにおでこがくっつく位に深々と頭を下げた。


「まったく、本当に無茶をしてくれるな君は、今自分がどんな状況が分かってるのかい?」

「はい……」


 返事をした俺は視線を自分の手元に落とした。 そこには包帯でぐるぐる巻きの両腕があった。

 ユーロンさんの話では、左腕のナイフで刺された傷以外には両腕に無数の打撲、左肩に浅い切創、背中の打ち身、他全身に軽い打撲。 

 特にひどいのは両手の甲側で、ひどく腫れあがっているせいで目が覚めたその日は手が全く動かせなかった。 無理に動かそうものなら皮膚がきりきりと痛み出して想像以上に痛かった。

 でも回復は速いのか、二日目あたりにはもう遅筆ながらペンを持てるようにはなっていた。 ユーロンさんは驚いていたが、若いっていいなぁと呟いていたのを覚えている。 若いってすげえ。


「それでガラハッドさん、あの後どうなったんですか? バルドアは……」

「ああ、安心してくれ、バルドアはちゃんと捕まえた。 君たちのおかげだ、ありがとう」


 そう礼を言いながら頭を下げるガラハッドさん。 ちょっとむず痒いな。

 が、どうやら当のバルドアはまだ生きているらしく、俺の意識が飛んでぶっ倒れた後、駆け付けた騎士団にハワードが拘束したバルドアを引き渡し、留置所で治療されたそうだ。

 ちっ、しぶとい。

 頭の中で呪詛を呟いているとガラハッドさんが立ち上がる。


「さて、聞きたいことも聞いたし、私も報告書を作らねばな。 龍真君も今日はご苦労だった、正直私が出向くべきだったのだがな……」

「いやいや、騎士団長がそうホイホイと外に出ていいもんでもないでしょう?」

「え!? あ、ああそうだな!  …………まさか昼食をよく買いに降りてるなんて……」


 最後の方がボソボソとした声になって良く聞こえなかった。


「え? なんですか?」

「いやあ何でもない、何でもないんだ、ははは……」

「ん? まあそれに、ずっと寝っぱなしだと余計に体が痛くなっちゃいますから、ちょうど体を動かせてよかったですよ」

「そうか、そう言ってくれると助かる」


 そして、俺たちは庭園を後にし、二人で城門付近までくると、城門の前が多くの騎士たちで厳重に守られていた。


「なんだ?」

「ああ、あれは……」


 ガラハッドの次の言葉を待つよりも先に目に飛び込んできたものがあった。

 騎士たちが二列になり、鋼鉄製の馬車への道を作っていて、その道を後ろ手に縛られた男が屈強な騎士たちに誘導されながら馬車へと歩いていく。

 その縛られた男は……。


「バルドア……」

「ヤツの治療が済んだから、ヴァロア国領の特別監獄に移送されるんだ」


 そんな説明を聞きながら、俺はバルドアを視線で追った。 特に悲しそうだとか、悔しそうだとか、そういう表情は全くなく、ちょっと余裕そうなニヤけた顔をしていた。 俺と街中であった時とか、追い詰められた時とかにしていた顔だ。

 静かに見守られる中、バルドアが牢獄のような馬車の中に入れられ、堅牢な扉が閉まり、許可なく開かぬよういくつもの鍵がかけられる。

 そして、多くの騎士たちに見送られながら、その馬車は護衛達と共に城を出て行った。


 俺は何となく、その馬車が出て行った城門を見つめていた。


「……」

「なあ、龍真君」

「……はい」

「君は、バルドアと戦う事にこだわっていたそうだね」

「ああ、それは……」


 ガラハッドさんの質問にどう答えようか、それを考えながら、いつの間にか人がいなくなっていた城門へとまた歩きだす。


「怖かったんですよ」

「怖い?」

「はい、バルドアが、怖かったんです」

「怖いか、それはそうだろうな」


 なにせ、何も知らない分からないってところで、いきなり殺されそうになったからな。

 正直今でも夢に見る。


「でも、俺には目的があります」

「家族を探すことだな」

「はい、だけどそのためには外に出ないといけない……」


 この王都の外、この世界に飛び出していかないといけない。


「そうなると、ああいう盗賊とか、人と戦うだけじゃない、魔物とだって戦う事になります」

「当然だな、むしろ、魔物と戦う事の方が多いだろう」

「はい。 そうなると、アイツよりもさらに恐ろしい奴と出くわすかもしれない。 だから、アイツと戦う事は俺にとって、恐怖を克服する……って言ったらいいのかな、外に出たらそういう危険な連中にいくらでも出くわすのに、あんなのにビビッて足を竦ませたままでいいのかって思って、だから、俺の今後の為に、俺の目的の為に、バルドアと戦う事は絶対に必要だと思ったんです」


 今ここにバルドアがいる、これはそのチャンスではないかって考えていた。

 自分の思いを一気に吐き出して、ゆっくりと深呼吸をした。

 怖かった、だからバルドアと戦って克服したかった、自分を乗り越えたかった。

 お前なんぞに足を止めてたまるか、と。


「そうか……、そうか、じゃあ、今一歩、前に進めたんだな」

「俺はそう思ってます」


 そう言って、頭の中に図書館での戦闘の事が思いだされてくる。


「ははっ」


 つい、ちょっとだけ笑ってしまった。


「どうした?」

「でもバルドアと戦ったときは、一人じゃ結局勝てなかったんですけどね」


 フランとハワードには、最初は俺だけで戦わせてほしいとお願いしていた。 無論、二人からはすぐにダメだと言われたが、ピンチになったらすぐに呼ぶことと、何度も念を押されてOKをもらった。

 そして結果はあの通り……。


「いいじゃないか、共に戦ってくれる仲間がいる事も己の強さだ。 それに、自分の心を知ってなお、挑んだ君の勇気を、私は称賛したい」

「……ありがとうございます」


 城門を超えて足を止めると、頭上に影が差しこんだ。 門が太陽光を遮っていて、風が吹き抜けると少し涼しく感じる。


「ただ……」


 見送ってくれたガラハッドさんが言葉を続ける。 


「龍真君のそれは、ともすれば蛮勇とも、無謀とも言われるかもしれない」

「……はい」


 思い当たる節が無いわけじゃない。 その言葉を俺はしかっりと受け止める。


「自分が起こす行動、その先にある結果、それを一度、君自身のためにもよく考えてほしい」

「……、はい!」

「が……」

「が?」


 まだ続いたセリフに首をかしげた。 が?


「君はまだ若い、時にはそれでもいい、考えが渦巻いて動けなくてもとりあえず突っ込んでみてもいいだろう」


 目を閉じて空を仰ぐガラハッドさんは、なにかを思い出すように話していた。 


「えぇ……結局どっちですか?」

「俺は年を取ったし、立場もある、だが君は違う……。 つまり……あれだ、自分を信じて歩き続けろという事だ!」


 ガラハッドさんはそう言い終えると、踵を返して手を振りながら城へと歩いていく。 

 なんかそれらしいこと言ったけど、まあ、俺はそのつもりだけどさ。

 俺もガラハッドさんの背中を見送って街へと降りていく……と、ガラハッドさんがまだギリギリ見えるところでまた声が聞こえてきた。


「先生譲りの言葉だ! いいセリフだろぉ!」

「今ので台無しだよおお!!」


 あのおっさん笑ってるし、まったくもー。






 ~~~~~~






 バルドアとの死闘が終わり、それから何日か過ぎた後、俺はようやく学校へと戻ってきた。

 ああ……久しぶりに来た気がする……スラムに突っ込んでからほんの4、5日程度しかたってないけど。

 寮を出て、学校に向かっていく同じ騎士学生たちに交じって、眠気を押さえながらフラフラと登校する。 療養中は朝でも爆睡だったから生活リズムを戻さないとな……。

 それにしてもなんだか……。


「あのケガ……やっぱり……」

「噂じゃ……この前の騒ぎの時に……」


 なんかこう……嫌に見られてるっていうか……まさか、また変な噂が流れてるのか?

 なんとなく居た堪れなくなって早歩きになると、追いつかれてきた生徒が脇に退いてぞろぞろと道が出来ていく。 わぁ、人が避けてくぅ……。

 この状況に涙ぐみつつさっさと校内に入ると、後ろから突然背中を叩かれた。 

 痛ってえなあ!? まだダメージが地味に残ってんだぞ!?


「よう! おはよう狂犬」

「あ゛あ゛?」


 だから、それで俺を呼ぶなよ!?

 呼ばれる所以を作ったのは俺自身だから、自業自得ではあるけどさあ!? 犬じゃないのよ、肩なのよ!

 朝一の最悪な挨拶に唸るように聞き返し、その声の主に振り返ると、とある男子生徒が爽やか風な笑みをその面に張り付けていた。


「ああ……確か……ロイク、だっけ?」

「だっけって、まあ覚えてくれてるだけマシか」

「なあ、俺が悪いの分かってるけど狂犬って呼ぶのはやめてくんない? 恥ずかしいんだ、わりとマジで」

「それは諦めろ、今じゃあ結構広まってるぜ、お前の異名」


 まるで面白いのを見つけた子供のように言いやがる。

 階段をのぼりながら、もうすでに広まっている噂とやらを聞いてみる。


「お前、あのマティアスとやりあったって?」

「何で知ってんの?」

「そっちより早くマティアスの方が復帰したのさ、傷だらけの顔でな」

「はあ?」


 まあ治るのはあっちの方が早いだろうさ、回復魔法を使やあポンとできるだろうぜ。

 でも傷だらけの顔?


「噂じゃあ、あの狂犬とやりあったって話だ。 あいつの属家のベルグニウーが狂犬とドンパチやってんのを見たってやつがいてさ、そこから主人にお礼参りってさ」


 人を呪いかなんかみたいに言いやがって、何がお礼だ。


「言っとくが先にふっかけてきたのはあっちだからな。 誰が黙ってやられるか」

「じゃあマジでやりあったのか?」

「おかげで制服が一枚ダメになったよちくしょう」

「じゃあその後でマティアスに噛み付いたのか?」

「アレは……色々理由があったんだ」

「ひょっとしてクラリス様絡み?」

「おう……って、様?」


 なんかお前みたいなのが様ってつけるといかがわしく聞こえるのは気のせいかな?


「お前は俺を何だと思てるんだ」

「噂好きのモテたがり」

「なんだって!?」


 冗談だよ、落ち着け。 階段だから危ない。

 階段を上って、廊下を進み、自分の教室を見ざして歩いていく。


「いいなぁ、てことはさ、この前サボった時、クラリス様と一緒にいたんだろ?」

「サボりって……まあそうなるな」

「羨ましすぎるぜ、この学年じゃ間違いなくトップレベルだぞ」

「トップレベルって、全員調べたの?」

「当たり前だろう、チャンスは多くあって困ることはない」


 何のチャンスだ。

 その行動力には恐れ入るよ。


「なあ、ところで今どうなってんの俺の噂?」


 ここで恐る恐る聞いてみた。 興味本位ではあるものの、これ以上広がるのも嬉しくはない。

 有名になるならもっといいことでそうなりたい。 自分の馬鹿な発言でってのは悲しすぎる。


「それに関しちゃさっきも言った通り諦めろ」

「手遅れ?」

「あったりまえだろう、決闘の事覚えてるか?」

「ん? ああ」


 ハワードがエルヴェシウスの息子と分かった時、メリッサがふっかけてきやがったんだ。

 相手にも恨む事情があったんだろうが、それとこれとは別だ。


「ファイエット家と言えばザントライユ王家の親戚筋だ。 わずか三十年余りで伯爵位から公爵位までもらって、ザントライユ国領出身の中じゃあ一番勢いのある貴族だ。 しかもあのカルロス公は、若い頃のシメオン陛下と共に三十年前の北の大攻略を戦って、ザントライユの双璧なんて呼ばれて英雄視されてた」

「何だよそれ、カッコいいなおい」


 俺も呼ばれるなら、そう言うのが良かったな。

 じゃなくて、北の大攻略って言えば、クラリスもなんか言ってたな。


「知らねえのか? 今じゃ有名だ。 瘴気領域がザントライユの4分の1を飲み込んで、魔物があふれかえったんだ。 その規模は十数万って言われてる。 その魔物の大軍の進行を、カルロス公はシメオン陛下と共に、たった二人で防ぎきったんだ。 だから騎士とか、騎士を目指すやつらからすれば、雲の上の人、ヘタすりゃ神様扱いだ」

「数十万をか、そりゃすごいな」


 神様どころか、とんだ化けモンじゃねえか。 そのシメオン陛下もだ。


「お前はそのカルロス・ファイエットの娘、メリッサに、あろうことか宣戦布告しやがった。 しかもまさかの勝利」

「最後は爆発落ちになりかけたけどな」


 上級魔法の発動直前にメリッサを倒したから、魔法陣が制御を失って暴走、大爆発を起こしそうになった。

 けどそこは、いつの間にか現れた校長によって事なきを得たわけだけど。


「そっちの方がまだマシだったかもな。 普通の貴族なら面目を潰されたって、何かあってもかしくないぞ。 目が覚めたらドラゴンの腹の中とかな」

「止めろよ笑えない」

「その後の方がもっと笑えないって、その次にマンディアルグとドンパチしたんだろう?」

「詳しくは聞いてないけど、マンディアルグ家って王家のガーディアンがたくさんいるんだっけ?」

「ああ、自称『王家第一の剣』ってな」


 何だそれは、しかも自称って、そいうの自分で言って恥ずかしくないんかね……え? 俺? 俺は恥ずかしいに決まってるだろう。


「それがバカにできない状況になって来てるんだな、これが。 同盟の十家全てにだ、全ての王家にガーディアンが選ばれたのは、後にも先にもこのマンディアルグ家だけだ、それがどういう意味か分かるか?」

「さっぱりわからん、どういう意味?」 

「同盟全土の貴族の中で、一番王家に顔が利くって事だよ。 だからマンディアルグ家が一番ヤバいって言われてるんだ」


 で、俺はそのマンディアルグ家の御曹司とやりあったと。

 あれ? そのヤバい奴を殴り飛ばした俺ってヤバくね?


「やっと気づいたか? 正直何でお前が学校に来られてるのか不思議だぜ」

「ドラゴンの腹の中が信憑性を増してくるな。 どのドラゴンが居心地よさそうだと思う?」

「入口なんて何処だって同じだろ? ベッドがあるのはあの世だ」

「だよねー」


 一息ついて外を見る。 天気の良い晴れ空の下をぞろぞろと生徒たちが入ってくる。

 昇降口前の広場には、多くの馬車が入っては出てを繰り返していた。 そんな中で、一台の馬車から見知った顔が出てくる。

 あ、クラリス発見。

 スラム街を飛び出した後の事は、見舞いに来てくれたクラリスたちから直接聞いた。 あの後に駆け付けた騎士たちに賊やセザールたちを引渡し、メリッサと共にファイエット邸へと戻ったらしい。

 でもクラリスは俺たちを心配してか、単身学校へと飛び込みそうになっていたとか。 それを侍女たちに羽交い絞めにされて止められたとか。

 まあリゼットが冗談っぽく笑いながら話してて、クラリスが可愛く怒ってたからでまかせだな。 まあ冗談でも見てみたい気もするけど。


「そして挙句の果てにはだ」

「まだあるか」

「あるだろう、学校で起こった事件だよ、盗賊のバルドアがこの学校に侵入したって」

「でも、捕まっただろう?」

「ああ、縄張りを荒らされた狂犬がキレてボッコボコにしたってもっぱらの噂だ」


 縄張りってなだよ!? 俺もそこまで狂っとらんわ!?

 くぅっそう! 噂の出所を聞いたら本当に噛み付いてやる! 


「まあお前のその様子じゃあ尾ひれがくっ付いてんは分かるけど、さすがになあ、世間一般からすら十分おかしいって」

「なんだとお?」

「何だもクソもあるか、ファイエットにマンディアルグ、同盟でも屈指の力を持ってる貴族に目をつけられたんだぞ? 気の弱い奴なら出会っただけで卒倒もんの連中にだ、そんな奴らにケンカを売るお前は、普通に生きてる俺たちからすれば十分気が狂ってるとしか思えないよ」


 くそう、好き放題言いやがって。 ぐうの音も出ねえよちくしょう。

 そうやっていろいろと話しているうちに教室前までやってきた。 同じクラスの生徒が中へと入っていき、おはようとか、昨日ねーとか、おしゃべりしている声が聞こえてくる。


「じゃあその気が狂ってるやつと一緒にいるお前は大丈夫なのかよ」

「なんだあ? 俺の心配かよ?」

「俺といたために女子にモテなくなったら申し訳ないと思ったんだよ」

「そんな事か、気にすんな、俺は人生は楽しみたい方だ」

「誰だってそうだろう」

「ああ、だから楽しそうな方につく。 お前はすごく楽しそうな雰囲気を感じるよ」


 無駄にいい笑顔でドアに手をかけるロイク。

 楽しいだって? だったらこの前を戦闘を一緒にリプレイしてみるか? 同じことが言えたら昼飯ぐらいは奢ってやる。


「まあ一番の理由は、お前が悪い奴に見えないからかな」


 そう言ってロイクは先に教室へと入っていった。 そのすぐ後におはようと大きな声の挨拶が聞こえてきた。


「そりゃあ悪ぶった覚えなんてないからな、……おはよう!!」


 苦笑しながら鞄を持ち直し、教室へと入る俺はロイクと同じように大きな声で挨拶をした。

 噂を払拭したいのならば行動で示すべきだ。 爽やかに元気よく!

 しかし、さっきとうって変わってしんと静まりかえり、全員の視線が集中する。 調子に乗った結果がこれだよ。 

 おうロイク笑ってんじゃねえ。

 しかし、そんな中で一人だけ、一番近くにいた子が恐る恐る挨拶を返してくれた。


「お、おはようございます……?」


 ビクビクと驚いた風に返してくれたのは、何故かビビられまくっていたミシェルさんだった。

 挨拶が返ってくるっていいね、今日は良いことありそう。






 ~~~~~~






 ありそう、とか言って一日が過ぎていき、放課後。

 特に何もなく一日が終わった。 授業の内容は俺が知っているところよりも当然先に行ってはいるものの、まだ追いつけないわけじゃない。 補習を頑張る事にする。

 そういえば、今朝は珍しくミシェルさんと挨拶をすることができたが、その後からは近づくと逃げられ、知らずに近づいてくると、気付いた途端さささーっと避けていく。 すごく心に刺さるよ、これ……。

 傷心気味な一日だったかもしれない。


 そしてその日の放課後になり、寮に帰るために昇降口へと下りてきた俺とハワードとフラン。


「何で俺避けられてるんだろ……」

「ミシェルさんのこと?」

「別に怖くないだろ? こんなにフレンドリーなのに!」

「ハハハ……」


 2人に向かってニィッと笑ってサムズアップ! どうだい?

 ハワードは苦笑い、フランは。


「そんな顔で迫られたら私も逃げるね」


 何だとこの野郎。


「ていうかミシェルさん、男の人が苦手だから無理に迫るのやめたげてよね」

「迫ってないって! でもまあ、そうか、そういう事なら……今度機会があったら謝っとくか」

「そうした方が良いね」


 そんなことを話しつつ外に出ると、目の前に一台の馬車が止まっていた。

 朝方に昇降口前の平場に送り迎えで止まるヤツによく似ている。


「アカホ」


 誰の馬車だろうな~とその馬車を見ていると後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには、顔に絆創膏を貼りつけ、まだ薄く痣が残っている顔をしたマティアスがいた。


「むむむ……」

「ちょ、フランさん……!?」


 何故かフランが小さくファイティングポーズをとり、それをハワードがワタワタと止めた。

 何をやってるんだお前は、相手だってまさかこんなところでやり合う気はないだろう。


「ようマティアス」

「……」


 返事はなかった。 ただ俺の顔をじっと睨んでいる。 だから俺もマティアスを睨み返した。


「う……」

「お、おいあれ……」


 ハワードが気迫に押されたのか後ずさり、周りも何事だというようにざわつき出す。


「なんだよ、ずいぶんいい顔つきになったじゃねえか」

「皮肉のつもりか」

「いいや、ただの世辞だよ」

「……アカホ、俺は自分が間違っているなどとは思わん」

「それがなんだよ」


 マティアスはしばらくの間目を伏せると、また俺を睨むようにまっすぐに見る。


「だが、俺にも思うところはある、だからはっきり言っておく。 俺は、殺しは命じていない」

「はっ、今更どの口が……」


 その時、後ろからガチャッとドアが開くような音がする。 馬車のあった方向だ。

 そして、すぐに喜ぶような大きな声が聞こえてきた。


「おお~! マティアス!! もう降りてきていたのか! ならばすぐに来てくれればよいものを!」

「……っ!」

「ん? 誰だ?」


 その声の主を見たマティアスの顔が、急に強張る。

 俺もそれが誰なのか気になり振り返ると、一人の老人が馬車から降りてきて、両手を広げながらマティアスを呼んでいた。

 肩口まで届く白い髪を後ろへ撫でつけるように下ろし、髪と同じ色の白い髭を蓄えた老人は、見た目60~70くらいの年に見えるがしっかりと姿勢よく立ってマティアスを迎えた。


「だれ? あの人」

「さあ?」


 フランに耳打ちされるが俺に聞かれても知らんぞ。


「……おじい様」

「おじい様?」

「てことはマティアスのおじいちゃんか」

「マティアスの……マンディああ!?」


 ハワードが何かつぶやいていると急に顔を上げて驚いた。


「おうっ!? どうした?」

「ま、まさか……バルカン・マンディアルグ……」


 ハワードはその老人を見開いた目で見ながら、恐々とその名を呟いた。

 バルカン、それがマティアスの爺さんの名前か。


 緊張が体を覆うような感覚の中、マティアスはすぐに顔を引き締めて、満面の笑みで迎えに来たバルカンのもとへと歩いていく。


「マンディアルグ家の前当主で、一線を退いてからもその影響力は多くの貴族が恐れてる。 今のマンディアルグ家の在り方をまとめたのもあの人だよ」

「一番やべえ奴の大本ってか」


 しかし、そう言われる割にはこの目の前の老人は、人のよさそうな顔に、嬉しそうに孫と話す様子はとてもそうとは思えない。 孫好きの爺にしか見えないな。


「いやあ暇になったものだからな、家に寄ったついでにわしも共に迎えに行こうと思うてな。 どうだ、学校はうまくやっておるか?」

「はい、十分に」

「ははは、そうかそうか!」


 マティアスのそっけない返事にも、がははと笑ってマティアスの肩を叩くバルカンおじいちゃん。

 孫と話すのが楽しくて仕方ないらしい。


 そんなおじいちゃんがちらっとこっちを見た。

 視線が合うと俺の腕を見て、少し考えるとピンと来たように頭を上げる。


「ん?、んん~……お、おお! そうか! 君か!」

「へ?」


 何に気が付いたのかは知らないが、そのおじいちゃんはずかずかと大股で近寄ってきた。

 マティアスの身長が高いからなのか、並んでると少し低いだけでそう変わらないように見えたが、近くに来られると俺よりも身長が高い。

 ズンズン来たからすごいプレッシャーを感じたせ。


「君が、アカホ君かね?」

「は、はい、俺が赤穂龍真です」

「そうかそうか、先の件、孫が世話になった様だ、礼を言うよ」

「え?」


 先の件? それは誘拐事件の事か? 世話と言うかなんというかだが、礼だと?

 このおじいちゃんの言葉の真意を掴みかねていた俺がなんて言おうか迷っていると、校門からもう一台の馬車が入ってきた。 

 その馬車はバルカンおじいちゃんが乗ってきた馬車のそばに止まると、中から一人の男性が下りてきた。

 落ち着いた雰囲気をまとい、メガネをかけたその男性は馬車の御者に礼を言ってこちらへと歩いてくる。

 あれ? あの馬車どっかで見覚えが……?


「んん? おや、あなたは……」


 その人の気配を悟ったバルカンが、振り向いてその顔を見たその時だった。


「っ!?」


 バルカンと新しく来た男性が向かい合ったその瞬間から、息苦しさを感じるほどの威圧感が襲ってくる。 背中の冷や汗がじわじわと流れていくの感じるほどに……!


「これはバルカン卿、お久しぶりでございます。 たしか、以前お会いしたのは2年前のヴァロアでの式典の時でしたか。 息災のようで安心しました」


 俺が感じているプレッシャーなんてどこ吹く風のようにうやうやしく礼をして、バルカンに相対する男性。


「ケヴィン卿こそ、息災で何よりだ。 若いのにファイエットの領地をまとめるのは大変であろう」

「いえ、姪たちの助けもあり何とか。 よくできた子たちで助かりますよ」


 ケヴィン……ファイエット、ああそうか、この人がクラリス姉妹の父親に代わって当主を務める、叔父のケヴィン・ファイエットか……。


「バルカン卿、先日のスラム街からの野党捕縛作戦、ご協力くださりありがとうございます。 誰が手引きしたのか、思いのほか数が多かったのですが、お孫さんのマティアス君のおかげで、バルドアを含め、一網打尽にすることが出来ました」


 野党捕縛作戦? 協力?

 どうやら俺の計り知れない所でごたごたは解決の方向に動いていたようだ。

 ケヴィンはもう一度感謝と共に頭を下げる。


「……気になさることはない。 マティアスも準騎士とは言え、その志は本物よ。 王都に悪あらば放っておく道理はない、のおマティアス」

「……はい」


 呼ばれたマティアスはケヴィンを見る事もなく淡々と答えた。


「それでケヴィン卿は、何ゆえここへ? ワシのように姪っ子のお迎えかな?」

「はは、出来ればそうしたいのですが、今回は私用でして。 それでは、人も待たせておりますので……」


 話しを切って一礼するケヴィンに、バルカンも軽く頭を下げて道を譲り、自らも馬車へと戻ろうとする。


「これはこれは、歳がをとると長く話そうとしていかん、失礼した」


 しかし歩き出すその時、バルカンは小さく俺にだけ聞こえるように言ってきた。


「アカホ君、君は良い騎士になりそうだ。 期待しているよ」

「……ありがとうございます」


 俺に向かって少しだけ笑みを見せるとそのまま、自分が乗ってきた馬車の元へと行き、マティアスといっしょに乗り込んだ。

 いつの間にか握っていた拳の中がじっとりとしているのを感じながら、馬車が学校から出ていくのを見送る。


「なんだが聞いてたよりも気のいいおじいちゃんだったね」


 フランが緊張感の満ちた場面から解放されたの嬉しいのか、ちょっと嬉しそうだ。

 でも俺はそんな気はしなかった。 


「良い騎士ね……」


 顔を近づけられて分かった、息が詰まるようなプレッシャーを放っていたのはあのバルカンだ。 気のいいだって? 嘘だろ。 目が笑っちゃいねえっての。

 ヤバいところの頭張ってただけはあるってか、とんでもないのに目をつけられたのかもな。


「失礼、もしや君がアカホ・リューマ君かな?」

「え?」


 動揺を悟られないように息を整えていたら、次はケヴィン卿が話しかけてきた。

 今日の最後で客が多いな。


「はい、そうです」

「初めまして、君たちのことはクラリス達から聞いていますよ。 叔父のケヴィン・ファイエットです。 捕縛作戦を手伝ってもらったようで、ありがとうございます」

「あの、捕縛作戦って」

「しー……」


 また礼を言うケヴィンにさっきからの作戦について聞こうとしたら口元に人差し指を充てて静かにするように合図を出してきた。


「あの件については複数の貴族が関わっていていろいろと面倒なのです、対外的には()()()()()|になっているので……」


 たしかあの事件には、ファイエット、マンディアルグ、ベルグニウー、セドランの家が……家と言うかほぼ個人だけど、それらが関わっていたはず。

 個人が勝手にやったとはいえ責任が無いわけではない、名前が出ているのだ。 この問題に下手に突っ込めばもっと面倒なことになる、脛に傷を持っているのは全員同じ、だから賊を協力して捕まえたという事にして水に流そう。 他にもいろいろなやり取りがあったらしいがそういう事らしい、あとで聞いた話だけど。


「は、はあ……」

「メリッサを助けてもらったことは本当に感謝しているよ、ありがとう」

「まあ、無事で何よりでした」

「礼はまた今度、改めてさせてほしい。 先の通り人を待たせているのでね。 それでは」


 ケヴィン卿はにこやかな笑顔でそう言うと、俺たちと別れて学校の中へと入っていた。


「クラリスちゃんの叔父さんもいい人っぽいね」

「そっちには同感だ」


 隠しているかどうかは知らないが、今はフランの言葉にはおおむね同意だった。


「龍真? 大丈夫? 顔色が悪いよ」


 なんか今日はやけに初対面の人に会うな、と思っていたら、ハワードが心配そうに顔を覗き込んできた。

 いかん、顔に出てたか。


「そりゃあ悪くなるだろう、実技が二時間あった後のこれだぜ? 早く帰って風呂に入りたいよ」

「だらしないなリューマは~」

「ランニングでへばってたお前に言われとおないわ! さあ帰ろ帰ろ」


 そう二人の背中を押しながら寮へと歩き出す。

 事件が終わってようやく落ち着いてきたのだ、暫くは何も起こらないでほしい。

 風呂と晩飯で癒されることを考えながら、切実にそう願った。


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