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第三十九話 長い一日が終わる

「ばかっ! リューマのばかっ! ほんとに死ぬかと思ったんだからね!?」


 馬が引く車の中から、フランが手を伸ばして俺の頭をポカポカと叩いてくる。 怒っている原因は、曲がり角をほとんど減速せずに曲がり、危うく横転するところだったからだ。 その時はハワードの魔法のおかげで立て直すことができたので、今は無事に学校目がけて爆走中と言う訳だ。


「悪い……悪かったからっ! あとはもう一直線だから曲がらないって!」

「もーーーっ!!!」


 十数回俺の頭をポコポコと叩いた後、フランはようやく手をひっこめてくれた。

 その頬はまだ膨れていたけど。


「安全にって言ったのに……」


 フランの隣からハワードが顔を出して頭を抑えながらつぶやいた。 


「心がける! ここからは心がけるから!」

「絶対嘘だぁ~……」


 なんてやり取りをしている間にも、学校の上空から閃光が照らしてその周辺を明るみにしていく。

 でも待て?

 なんかちょっとずつ動いてないか?


 俺の不思議そうな表情を見たフランが窓から乗り出して来た。

 おい危ねえぞ?


「どったの!?」

「フラン! 最初に上がったのはどのあたりだ!?」

「何が!?」

「明かりだよ!」


 フランが目を細めて学校を見上げると、すぐに答えが返ってきた。


「今上がってるのよりもっと奥!」

「奥!?」


 今俺たちは北側から学校に向かっている。 正門は南に向いてるから裏門に向かってるんだ。

 てことは、正門あたりに最初の閃光が上がったという事だ。


 そして、その間にもさらに閃光が上がる。

 徐々にだが左にずれてきているぞ。


「少しずつ動いてる」

「ああ、東に動いてるな」

「正門から侵入したって事?」

「大胆だが、でもやりかねんな。 でも結局見つかってこの騒ぎってか?」


 おそらくバルドアは、学校にあるエルヴェシウスの本を取りに来たんだ。

 それで正面から侵入した……が、やっぱり見つかって暗い中を閃光で照らされて、逃走中ってか。

 ハンターの数がえらいことなりそうだ。


「ねえリューマ、あっちの方向って……」

「あっち?」


 フランの見上げる視線の先は……。


「図書館……」

「エルヴェシウスの本が隠されていて場所だ」

「まさかバルドアは、本の隠し場所を知ってた?」

「いやそれはない、アイツは王都で最初にあった時、本を探していた。 学校にあるってとこまでは知っていたがな」

「じゃあどこかでその情報を手に入れた?」

「多分バルドアのクライアントからだ、お仕事って言ってたからな。 だから仕掛けてきたんだろうよ、アイツらを巻き込んで」


 街は騎士団の警備が厳重だったし、学校にだって騎士が常駐していた。 だから、バルドアは騒ぎを大きくして騎士を動かざるを得ない状況を作り出した。

 現に学校の騎士隊がいくつか街に降りたと聞いているしな、警備に穴ができると踏んだ訳だ。


「リューマもうすぐ!」

「おうさ! ハワード、着いたら俺はすぐに図書館に行く」

「バルドアと戦うの!?」

「危険なのは百も承知だ。 でも、あいつの首は譲れない」


 そんなことを話している間に裏門が目の前に迫って来ていた。 馬に停止の指示を出して門の側に止める。

 ここからじゃ向こうの詳しい状況は解らないが、物々しい雰囲気ってのは感じる。


「ねえ、門開かない」


 学校へと入ろうとしたフランが門を開けようとするが、門はびくともしなかった。

 まあこんなことになってるんだから閉めるわな。


「飛び越えるぞ」

「待って」


 助走をつけて飛び越えようとする俺にハワードが待ったをかける。 ハワードが杖を取り出して一振りすると、地面が盛り上がりもんを超えるかのように階段のようなものを形成する。


「わぁお!」

「ホントずるいよな魔法って」

「そんな事言わずに早く!」

「おう」


 ポンポンッと土の階段を上って門を飛び越える。

 すると体にぞわっとした何かが触れる感触がした。 鳥肌が立つ感覚だ気持ちわりぃ……。


「何だ今の!?」

「今のって結界? 多分先生たちが張ったやつだと思う」

「ああ~、これでばれたんだな。 まあいい、ハワードは一応本の隠し場所に行ってくれ、フランもハワードについてけ」

「一人で行くつもりなの!?」

「ああ」


 バルドアと戦う、それは俺にとって、この世界で生きていくうえで絶対必要な事だ。

 本は守る、でも、俺のこんな我儘には巻き込めない。


 バルドアを追うために図書館の方へと向くと、ハワードが俺の前に立ちふさがった。


「相手は盗賊だよ、マティアスたちのように学生じゃない」

「盗賊相手ならスラムでやりあった」

「でも今度は一人だ!」

「分かってる」


 俺の言葉にハワードは俺の目をじっと見て、覚悟を決めたように頷いた。


「じゃあ僕も行く」

「じゃあってハワード、これは俺の我儘だ、ただやり返したいって言うそれだけの……」

「その我儘で死んじゃったらどうするんだよ、家族、探しに行くんだろ?」

「当たり前だ、死ぬつもりもない」

「じゃあ決まりだね」


 後ろからハワードにのしかかるようにフランも顔を出してくる。

 その顔は何故か自信に満ち溢れていた。


「私もいるから大丈夫! さっさと悪い奴を捕まえちゃおう!」

「フランまで……」

「私ね、リューマがボロボロなところ見てすごくつらかったんだ。 クラリスちゃんの為にこんなに頑張ったのに、私は何もできなかったなって……」

「そんなことないだろ」


 フランの強化魔法による攻撃で、初めてマティアスにダメージを与える事が出来た。

 俺としてはその攻撃が、勝敗のターニングポイントだと思う。


「本当なら待ってればよかったんだけどさ、またボロボロになるリューマを見るのは嫌だから……付いてきたのは私なんだから頼りにしてほしいな」

「…………はぁ、……ありがとな、フラン」


 素直に出てくる感謝の言葉。

 こんな事に付き合ってくれるんだ、責任はしっかり持たねえとな。


「ちなみに、お前らがいてくれたらボロボロにならないと思うか?」

「う~ん…………、なるね!」

「ならないて言えよそこは!?」


 キリッとしてそんなことを言い放つフランに俺は頭をワシワシとかき混ぜた。


「ふぅ……よしっ! これで正真正銘最後だ」

「うん!」

「行こう!」


 気合を入れ直した俺たちは図書館へと走り出した。






 ~~~~~~






 明かりが消え、足元もおぼつかないような暗闇の中、一定間隔で降り注ぐ強い照明弾の輝きを頼りに図書館の奥を静かに目指す。

 もしかしたらすでにいるかもしれない、高まる緊張感を押さえつつ周りの音に気を配る。

 照明弾が上がる度に聞こえる花火のような弾ける音、騎士たちが叫ぶ声、そんな喧騒の中に僅かに聞こえる物音。

 身を隠して奥へと目を凝らすと、最奥のある一角にて動く人影を捉えた。 本を取り出しては確認し、興味が無いように後ろへと捨てる。


「どこだ~……どこかな~……」


 その人影、男のつぶやきが届く。

 どうやらまだ見つけていない、いや、知らないらしい。


「一番下の奥だよ」


 覚悟はとっくにできている。


 俺は身を隠しながらそう言った。

 外の喧騒が静寂をかき混ぜる中、声を聴いたその男が動きを止める。

 だが、すぐに何事もなかったようにしゃがんで、探していた本棚の一番下の段を覗き込む。


「ふ~む……」


 そこはもうすでに調べつくしたのか、本は一冊も残っていなかった。


「あ~……嘘は、いけないな」

「ああ、悪いな、俺が見つけた後なんだ」


 フランから借りた剣の柄を握りしめて男の前に姿をさらすと、外からの照明がそのとこの顔を照らし出した。 顔の左側に縦に一本の傷があることがよく分かる。


「そうか……嘘は、イケナイな、ほんとに……」

「バルドア……」


 コイツと対峙するのは今回で三度目だ。 そう何度もあってほしくはない事だけど。


「よくこんな状況でここまで来れたな、鬼ごっこは得意なのか?」

「ああ、逃げるのには慣れてる。 こんなのは……朝飯前だ」


 バルドアはそう言い終えると静かに剣を抜いた。

 外の光をうけてバルドアの顔が鏡のように反射する。 その顔には、以前会った時のような不敵な笑みはなかった。


「それでなんだが……本、どこにあるのかな?」

「さあ? 何処やったかな、ずいぶん前だから忘れたよ」


 こっちも剣を抜き放ち、しっかりと構え、バルドアを睨みつけた。


「今度は……逃げないのかい?」

「三度目の正直って知ってるか?」

「いや?」

「そうかい……」


 柄を握りしめて、前傾姿勢を取る。

 バルドアもすぐに剣を構えた。


「こういう事だよ!!」

「おっ……!」


 俺は剣を振りかぶってバルドアへと一気に近づき、その顔目がけて振り下ろした。 そしてバルドアはその攻撃を難なく受け止めるが、その顔に不敵な笑みが戻る。


「へえ……」


 こっちが剣を引くタイミングで踏み込んできたバルドアが俺の首を跳ねるように剣を薙ぎ払うが、剣を引いてすぐにそれを防御する。

 睨み合う視線から感じる殺気に、背筋に流れる冷や汗が冷たく感じた。 

 ふざけるな、気迫で負けるなよな!!


「ぬぅうああっ!!」

「おっ!?」


 強く踏み込みこみ、バルドアの一撃を押し返してすぐに追撃をしかける。


「短い間に……まあまあ、強くなったんじゃなぁい?」

「そりゃあどうも!!」


 バルドアの一撃を左の手甲で防ぎ、空いた左への反撃をしようと剣を振り下ろす。 しかし、バルドアはすぐに肉迫し、振り下ろされる右手首をつかみ上げる。

 振り下ろしの初動で止められた!? だが、入ってきたな?


「オラアアっ!!」

「ぐうっ!?」


 バルドアの左の脇腹に蹴りがめり込み、その顔に苦悶が表れる。 直撃! こいつは入った! 

 バルドアが手を離して距離を取る隙を狙い、今度はその鳩尾に蹴りを叩き込む。 手ごたえのある感触、バルドアは膝を曲げることはなかったものの、ゆっくりと後退して背中を壁に預けた。

 その呼吸は息苦しいのか不規則だ。 効いてる……!


「ぐふ……がは……い、やあ……ほんと、強いなあ」

「……だろ? 今さっき死線潜ったばっかなんだ」


 バルドアは何も答えずにすぐさま飛び出してきて、俺の首元を一突きにしようとするが、間一髪で躱して反撃に転じる。

 不気味な静けさがある図書館の中に何度も剣戟を交える音が響き渡った。


「しっ!!」


 足元を狙った薙ぎ払いをジャンプで躱し、本棚を足場にしてもう一度飛び上がる。


「ふんっ!!」


 振り払った右足がバルドアの左頬をとらえ、顔面に直撃を受けたバルドアが本棚に激突する。

 バルドアはなおも体を支えようと手を伸ばすが、本をバラバラと崩れさせ膝から崩れ落ちた。


「ぐ、ぐぅぅ……」

「はぁ……はぁ……」


 この図書館にいつの間にか満ちていた静けさに、俺とバルドアの荒い呼吸の音が耳に良く聞こえた。


 まだ、バルドアは本気じゃない。

 王都の路地裏でコイツが使った強化魔法がある。 あれを使われてからの動きは見るからに違った。 本当の勝負はそこからだ。


「ふん……あぁぁ……」


 バルドアがゆっくりと息を吐き出した。 それを合図にバルドアの体中がオレンジ色の淡い光に包まれていく。


「来たな……」

「リューマク~ン……」


 名前を呼ばれて数秒の間が空き、奴は予備動作もなしに飛び込んできた。


「ぐっ!?」

「ハァァ……」


 出遅れた……!!

 左腕を振り上げて刺突の直撃を反らそうするも、突然の攻撃に反応できなかったがために、突き出されたバルドアの剣が肩を掠めていく。

 傷は浅い、1センチもないはずだ!


「バルドア……!!」

「さあ、もっと……出していこうか!!」


 息がかかるほどの至近距離で、お互いの敵意がむき出した視線が交わる。

 俺はバルドアの額への頭突きを繰り出すが、バルドアは頭を反らして回避し突き出した剣を引き戻す。

 今は剣よりも殴り合いの間だ、離れるわけにはいかない!


「逃がすか!」


 離れまいとバルドアへ肉迫するが、それがまずかった。

 繰り出した拳を受け止めたバルドアは、俺の腕を絡めとり、テーブルなどが置かれている読書スペースへと俺を投げ飛ばした。


「おわああっ!?」


 5メートル以上も吹っ飛んで本棚に激突、ドミノ倒しのように本棚が倒れていくその下で、床に落ちてすぐに何とか身体を起こそうとする。


「ぐ、うう……」


 体中が痛い、特に背中を強く打った……これはマズイ……。

 腕をついて身体を押し上げようとすると体から悲鳴が上がってくる。

 さらに……。


「せーのっ……!!」

「はっ!?」


 バルドアがその手に握る剣を突き立てようと高く飛び上がる。

 せーので飛べる高さじゃないだろう!?

 体もすぐには動かない……、くそ! ここまでか!


「すまん!! フラン!!」


 そう叫ぶが早いか、その声にすぐに返事が来た。


 本棚といっしょに。


「ぐわあっ!?」

「なにっ!?」


 本の詰まった馬鹿デカい本棚まるまる一つが、俺とバルドアを遮るようにその間に割って入ってきた。

 既に落下してきていたバルドアが避けられるはずもなく、その本棚に逆に吹っ飛ばされてしまったのだ。


 あっっぶねええええ!?

 なんつうとこになんつうもん投げてきやがるアイツは!?


「もう!! ヒヤヒヤしたんだからね!!」

「それは俺の台詞だバカ野郎!! 俺に当たったらどうする!?」

「避けて!」

「無茶言うなや!?」

「ああぁ……痛い、痛いぞこれは……」


 緊張感のかけらもない言い合いの中、バルドアはほぼ無傷で埃の舞う中に立ち上がった。

 何であれでまだ無傷なんだ!?


「嘘だろ……化け物かよ……」

「キミは……よくない、なあっ!!」


 なっ!? さらに速い!?

 さっきよりもさらにスピードを上げたバルドアが俺の横を抜けて、本棚を投げてきたフランへと向かっていく。


「クソッ! フラン! 使え!!」


 剣を鞘に納め、すぐにフランへと投げ渡す。 それを受け取ったフランがすぐに剣を抜き放ち、斬りかかってきたバルドアと剣を交える。

 そしてフランが鋭い風切音を放ちながら振り下ろされる一撃を受け止めた。


「ぐ……ううぅぅ……」

「お?」


 耳をふさぎたくなるほどの剣がぶつかり合う音に動じることなくバルドアが距離を取る。

 しかしその顔には疑問が浮かんでいた。


「嬢ちゃん、ずいぶん強化率が高いんだね」

「いててて……そうだよ、これでも、家の手伝いでちっさい時からずっと使ってきたんだから!」


 フランが手の平をブンブン振りながら強気に答える。

 それだけ答えにバルドアは納得したのか、興味のある顔、あの不敵な笑みをむけた。


「ああ、それでか、その年でずいぶんと強いもんだから不思議に思ったよ」

「フラン! 気をつけろ!!」

「いっ!?」


 バルドアが少しだけ両肩を下げたのを見た瞬間、俺はとっさにフランへと注意を飛ばした。

 強化のせいで人並み外れた戦い方をしやがる。 肩を切られた時も、アイツはわずかに肩を下げたんだ。


「まずは君から、のけておこうか……っ!!」

「このっ……頑張れわたしいっ!!」


 バルドアはフランに斬りかかると、凄まじい速さでフランをめった切りにしようとする。

 しかし、威勢よく自らを鼓舞するフランはその猛攻に食い下がった。

 俺から見ても滅茶苦茶な剣の振り方にも関わらず、バルドアの連撃に対応してその一撃を防御していく。


「くっ、このっ……」

「ああ……こりゃヤバイナ、思ったより……だ」


 だが、フランの奮闘も虚しく徐々に防戦一方となっていき、少しずつ押されて壁際に追い込まれていった。

 このままじゃフランが……何か武器は、剣は渡したし……いや、これか!?


「くっ、そぉ……」

「フラン!!」


 ポーチから最後の鉄球を取出して大きく振りかぶって、バルドアへと全力で投げつけた。

 それに気付いたバルドアが振り返りながら剣を払い、飛んできた鉄球を打ち返した。 だが、そのせいで剣が上に弾かれて大きな隙を作り出した。


「今だフラァァン!!」

「くらええええっ!!」


 俺の叫び声にフランが応え、バルドアへと剣を振り下ろす。


「この……うっとおしいコトを……!!」

「うそっ!?」

「クソっ!!」


 バルドアは呻るようにぼやくと仰け反っているような無茶な体勢から剣を操り、フランの攻撃を受け止めたのだ。

 それを見た俺はすぐに走りだし、加速をつけてその頭にハイキックを繰り出す。


「そっちもだ……」

「っ!?」


 足を振り上げた直後にバルドアはグンと体を起こし、顔にぶつかる寸前で俺の足を受け止めた。


 嘘だろ!? なんつう体してんだこいつは!?


「クソがっ!!」


 予想よりも遥かに強いことにそんな悪態が口を突いたその時。


「ハンマーガスト!!」

「なに?」


 バルドアの正面、数メートル先の空間に魔法陣が一瞬だけ展開されると、呻る風の音を放ちながら圧縮された突風がバルドアの腹へと直撃する。

 俺とフランの攻撃を受け止めたために両手がふさがっていたところへの直撃弾に、バルドアは後方へ吹っ飛んで本棚に叩きつけられた。


「い、今のって……」

「ふぅ、助かったぜハワード」


 詠唱の聞こえた方へと礼を言いながら振り向くと、杖を構えたハワードが息を切らしながら立っていた。


「待たせてごめん、準備できたから」


 そう言いながら呼吸を落ち着かせるハワード。

 しかし、その間にもバルドアは今までの態度からは想像できないような険しい表情をしていた。

 どうやらさっきの直撃ばかりはそうとう効いたらしいな。


「魔導士がいたのか……そうか、そうか……」


 バルドアが静かにハワードへと狙いを定めた。


「ハワード!」

「動かないで!」


 ハワードの元へ行くために走り出そうとした俺をハワードが止めた。

 いきなりの事に足を止めてしまった俺は、バルドアが既にハワードの近くまで来ていたのみてそれを後悔しそうになる。

 だが、ハワードに焦りはなかった。

 バルドアが剣を振り抜こうとした瞬間、バルドアの右側から光の球が飛来する。 それを察したバルドアが急ブレーキをかけて止まると身体を反らして間一髪それを躱した。


「ふ、へへ……」


 だが、ハワードの張った罠にかかからずに済んだことをバルドアが笑った瞬間、バルドアの前方、ハワードの真上から再び光の球が一瞬だけ展開された魔法陣から飛び出し、再びバルドアの身体に直撃する。


「がはあっ!?」

「最初が避けられたことは驚いたけど、僕が仕掛けたのは一つだけじゃない!」

「えっ!? 何これ!?」

「マジか……」


 ハワードが手を振ると、その周囲に大量の魔法陣が次々に展開されていく。

 その全てが第一環位の下級魔法だが、その数は十や二十どころじゃない。


「うわっ、ちょ、キモイ!?」

「キモイ言ったるなよ!?」

「ハハハ……」


 フランの率直な感想に苦笑いをするハワード。

 実は、俺とフランが戦っている間にハワードはこの図書館に大量の魔法陣を待機させて罠にしていたのだ。

 最初は俺一人で戦い、危なくなったらフランが参戦、なるべく時間を稼ぎ、ハワードの罠に嵌める。

 どうやらうまくいったかな?


「これは……これは……ダメだな……」

「狙いは全てお前に付けてある! 大人しく武器を捨てるんだ!」

「はあ……しかたない……捨てるよ」


 なに?

 腹を押さえながら立ち上がったバルドアは、観念したように肩を落として持っていた剣を捨てた。

 剣の落ちる乾いた音が、一瞬だけ図書館を震わせる。


「投降する?」

「や、やった……」


 フランから安堵のため息がこぼれて、ずるずると座り込んだ。

 でも、なんだ、剣を捨てた乾いた音を聞いた瞬間胸が締め付けられるような感覚に陥る。


「これも捨てるよ」


 バルドアが腰につけていた丸い玉のようなものをぶら下げたベルトも外して投げ捨てた。

 え? あれ……確か……。


 それを見た瞬間思い出したのは裏路地の風景だった。


「ハワード構えろおっ!!」

「え!?」

「ハハ……」


 思わず走り出したのと同時にその玉が光り、真っ白な水蒸気が俺たちの視界を奪っていく。

 クソッ! クソッ! あんなクソッタレな奴が大人しく捕まるわけないだろう!! 


「魔導士から殺す、鉄則だよな……」


 寒気を感じるほどすぐ近くから感じるバルドアの声。

 白くなって悪くなった視界の中、ハワードへと急接近するその影は、ハワードの胸へと真っ直ぐに腕を伸ばしていく。


「させるかああああっ!!」


 バルドアの凶刃と俺のハワードへと腕を突きだされた腕、それがハワードの胸元で重なった。


「龍真!!」

「ぐううっ……!!」


 ハワードを突き飛ばした腕に激痛が走り、焼けるような痛みが襲う。


「ちっ!」

「間に……あったあああああっ!!」


 この真っ白な世界の中でもここまで近づけばはっきり見える。

 バルドが隠し持っていたナイフは、ハワードを突き飛ばした俺の腕に刺さり、最悪の事態だけは避けたのだ。

 そして……!!


「バルドアああああっ!!」


 狙いを外したことに眉をひそめるバルドアのその顔に、強く握りしめたこの拳を、叩きむ!!


「おおああああああ!!!!」

「ぐぶううっ!?」


 その面に殴りつけたままバルドアの頭ごと押し切り、そのまま壁へと叩きつけた。

 その拍子にナイフが腕から抜け落ち、その傷から血が噴き出してくる。


「ぐ……が、リュ……マ、グーン……」

「今度こそ終わりだ、バルドア」

「あ゛あ゛……」


 壁にもたれるバルドアが、俺へと静かに腕を向けた。

 その袖の中に光る何かが見えた瞬間、それは俺の顔に向かって飛び出してきた。

 しかし、コイツは絶対何かする、腕を上げた時にそう感じた俺はすぐに反応できた。


「ふんっ!!」


 間一髪でつかみ上げたそれは、拳の幅よりも少し長い程度の小さな矢だった。

 コイツこんなの仕込んでやがった!?


「コイツは……」

「ハッ!」


 さらにバルドアは逆手に持ったナイフを肩に突き立てようとその手を振り上げる。


「往生際が……」

「死ぬよな、リューマクン」

「悪すぎるんだよ!!」


 俺はバルドアの腕が上がりきったところでその手首をつかんで引き寄せる。


「な……!?」

「歯ぁ喰いしばれバルドア」


 バルドアを引き寄せ、体が密着する状態で俺は掴んだままの矢尻を。


「この……がっ、ア゛ア゛ッ!?」


 バルドアの脇腹へと深く突き立て、思いっきり捻り上げる。


「こいつは、死ぬほど痛いぞ!!」


 そして、勢いよく矢を引き抜いた。


「アアガアアアアアアア!?!!?」


 バルドアの獣のような悲鳴が響き渡り、バルドアを包んでいたオレンジの光が消滅する。

 コイツの強化魔法が解除されたのだ。

 そのバルドアは、掠れていく悲鳴を上げ続けながら倒れ伏した。


「はぁ……はぁ……」


 やっとだ。


 見下ろすバルドアは腹をおさえたまま動かない。


 正真正銘、やっとだ。 長かったなぁ……。


「龍真!」

「わりいハワード……コイツ、縛っといてくれ。 後で、騎士団に……出すよ」



 座り込む俺にフランが血相を変えて近づいてくる。


「リュ、リューマ! 腕ぇ!」

「え? ああ……、ああ……」


 倒れているバルドアをよそに、おれの鎧を外していくハワード。

 服を破り、切り裂かれた腕に巻きつけていくフラン。


 何だか耳鳴りが聞こえてきて視界がぼやけていく……。


 やっと終わった、そうつぶやいた瞬間、俺の意識はそこで途切れた――。






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