第三十八話 まだ終われない夜
「よう、無事でなにより」
地べたに座り込んでクラリスに声をかけた。
ぐったりとしたハワードを背負って、足元を確かめながら歩いてくるクラリスはちょっと複雑な表情をしていた。
よかったと安心しているような、なんて無茶をするんですかと怒っているような、真横でのびているマティアスに何があったのか分からなくて困惑しているような、まあ、その顔は複雑だった。
「ようではありません! 無事だったからよかったものの……、中級魔法の発動直前の相手に向かって走っていくなんて!?」
複雑じゃない、怒ってた。
ごめんごめんと、別に大丈夫と言わんばかりに軽く謝ったら余計に頬が膨らんだ。
やべえ、ご立腹だ。
「この建物の中にいたのなら、その威力は身をもって知ったと思います。 第四環位でこの威力なのですよ? 最悪……いいえ、普通ならば死んでいてもおかしくありません」
「ほんとごめん、悪かった。 まさかここまでとは俺も思わなくて、正直油断してた、すまん」
素直に頭を下げるのを見てクラリスのご立腹ゲージが下がったのか、ハワードをおろしながら無事でよかったと胸をなでおろしていた。
「心配かけさせたな、そっちは何ともなかったか?」
「はい、ですが……」
ぶっ壊れた、と言うよりも消し飛んだと言ったほうがいい気がする元玄関とは反対の方をクラリスが見つめる。
それで思い出した、そういやハワード達が助けに行ったメリッサはどうなった!?
まさかほかの連中も一緒くたに吹き飛ばされたのか!?
「俺の方はいいから、奥を見てきてくれ」
「それは、しかし……」
一人はまだ目が覚めず、もう1人は体が動かない阿呆、隣には戦っていた敵が寝ている。
目覚めて反撃されたらひとたまりもねえな。
「あ~、でも大丈夫だな、ほれ」
「え?」
廊下の奥、扉の向こうからドタドタと何人かが走ってくる音がする。
クラリスが顎で指す方を振り向くと、図ったかのようなタイミングで扉が開け放たれた。
「クラリス様!!」
「サラ!?」
そこから先頭を切って飛び出してきたのはサラだった。
そしてその後ろからはフランにリゼット、そして……。
「姉さま……」
「あ……! メリッサ……メリッサ!!」
無事に助け出されたメリッサがいた。
どうやら消し飛んだ方とは反対側にいたから助かったらしい。
メリッサの姿を見て感極まったクラリスは、メリッサを強く抱きしめた。
「よかった、本当に……無事で……!」
「ごめんなさい姉さま」
「ううん! あなたが無事でいてくれたなら、もう……」
感動の再会だ、頑張って良かったとそう思うよ。
晴れやかな気持ちで二人を見ていると、ハワードが目を覚ました。
いいタイミングだな。
「ハワード」
「龍真、うっ……どうやら、終わったみたいだね」
「ああ、大団円だ」
「そっか、よかった……」
壁にもたれながら体を起こしたハワードが、再会の喜びで抱き合う二人を見て笑う。
「辛かったら寝てろよ、こっちはまだ動けないから」
「もうたくさん寝たよ、大丈夫」
「ちょ、ちょっと姉さま! 見てるから、見られてるからもう!」
こっちの視線に気付いたメリッサが恥ずかしそうにクラリスを宥める。
そんな事言って~、嬉しいんじゃないの?
「バカなこと言わないでちょうだい!」
へいへいさーせん。
そんなやいやいやってる隣でサラがマティアスを見下ろしていた。
「あのマティアスが……」
サラまでマティアスがやられたことに驚いているのは、どうやらコイツの腕前は結構有名らしいからだ。
「凄いだろ?」
「ああ……」
「これでも結構がんば」
「さすがクラリス様だ!」
「え?」
いきなり名前を呼ばれたクラリスが驚く。
おい、俺は? 俺も一緒にいたんだけど?
「クラリス様ならば、例えマティアスが相手でも引けは取らぬと信じておりました」
嘘つけ、行けって言われて渋ってたくせに。
「う、うるさいぞ貴様」
「俺だってちょっとは頑張ったんだぞ?」
「どちらかと言うとほとんどリューマさんが……」
「どうせクラリス様の足を引っ張ったくらいじゃないのか?」
「ひ……っぱったけどぉぉ」
突っ込んで簡単に迎撃されたしな!
うなだれる俺にリゼットがなぜか頭を撫でてきた。
「ワンちゃんもよくがんばったね~」
呼び方はともかく褒めてもらったことは素直にうれしい、ありがとう。
だがしかし。
「ワンちゃんはやめえって、……ってなあ、それ誰?」
「えー?」
撫でるリゼットが肩で支えている見慣れない人物は、ちょっと肥満体系で俺たちと同じ騎士学校の制服を着ている。
てことはまさか……。
「そいつがセザールか?」
「せーかーい」
「こいつが……」
事の始まりはこいつがやらかしたせいだ。
面倒なことしてくれやがって、起きてたら殴ってる所だ。 むしろ起きろ、一発やっても罰は当たらんだろ。
気絶しているのか、起きる気配はない。
コイツと話すことは何もないが、強いて聞くならば……なあお前よ、あのメリッサのどこがよかったん?
「何か言った?」
「何も言ってねえよ」
ようやく動くようになった腕でセザールの額にデコピンをした。
うっ……と声を漏らすだけで特に反応はなかった。
フランといっしょに床にそいつを転がすと、フランが俺の顔を覗いてきた。
「お疲れ様、ケガは大丈夫?」
「俺は平気だよ、どっちかってーとハワードほう見てやってくれ、ズボンに血滲んでんだ」
「僕も平気だよ、ケガって言ってもちょっと切っただけだから」
「足だよね? 見せて」
「でも……」
ハワードが気まずそうに俺を見る。
ケガを治せない俺に遠慮してんのか?
「遠慮すんなよ、そういうのはちゃんと治してもらえって」
「……ごめん」
「謝るこっちゃねえって」
ハワードが負傷した足を伸ばして血のついたズボンの切れ目をやぶり、その傷口を露出させる。
ちょっと切ったとはいうものの、少し抉れたようにその肌を切り裂いていた。
それを見たフランがちょっと顔を青くする。
「うっ……」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ! 待ってて、すぐにやるから」
そう言って傷に手をかざすと、手のひらが淡い緑の光に包まれて魔法陣が展開する。
俺が初めてここに来たその日、ガウェインが使っていたものとは細部が違うが、恐らく治癒魔法だ。
「お前使えるのかよ」
「実技授業でやったでしょ?」
「瞑想とかイメトレぐらいしかしてないから、よく覚えてないんだよ」
瞑想、という名の居眠り。
内緒だぞ?
「先生に言ってやろー」
内緒って言ったろうが、止めろ小学生かおまえは!?
そんなことを言いつつも魔法陣が発動し、光が傷を包んでいく。
「うぐ……」
「ハワード、我慢してね」
「うん……」
「求るは再生、ヒール」
詠唱を済ませるとすぐに効果が出てきた。
傷口が徐々に塞がっていくのだ。
だがそのかわり、治癒魔法は体の再生能力を高めて傷を塞ぐ際に痛みを伴う場合もあるらしく、ハワードはそのせいかずっと歯を食いしばっていた。
「ふぅ、これでおしまい」
「はぁ……ありがとうフランさん」
「どんな感じだった?」
なんとなく感想を聞いてみた。 ちょっと気になるし。
「なんていうか、こう……ぎゅーって傷口を引っ張られるような」
「OK聞いて悪かった、その話はやめようぜ」
それを聞くと脇腹がムズムズしてきた。 かゆいかゆい。
ちょっと背筋がヒヤってする。
「それなら~、ワンちゃんも体験してみる?」
「え?」
リゼットが俺の頬を見ながらそんな事言い出した。
あ、そういえば切られたっけ? といっても、全然深くないんだがな。
微かに頬に血が流れた感触がするが、とっくに止まってるし。
「いいよ俺は別に、こんなのもう塞がってるって」
「まあまあ遠慮なさらず~」
別に遠慮してるわけじゃないけどぉ。
「リューマさん、それでは腕をほうを出してください」
「クラリス?」
リゼットの親切を遠慮していると、クラリスがさっきまでとは変わって真剣な顔で言ってきた。
「リューマさんの戦い方ですが、あれでは例えミスリルを装備していたとしても無事ではすみません」
「それは……」
うん、俺もそう思う。
振り下ろされる斧を正面から受けたし、同じく振り下ろされた剣に真正面から殴りつけたし、砕かれたし、硬いものにガンガン殴り殴られだったからな。
あれ? どうしよう、手甲を外すのが怖い。
「多分だいじょう……」
「リューマさんっ!」
「はい、すいません!」
やばい、これは結構怒っている。
素直に謝って手甲を外し、その手を差し出した。
「なっ!?」
「うげっ!?」
クラリスが驚き、フランが気持ち悪そうな顔をした。
っておいフラン、うげっとはなんだ、そんな気持ち悪そうな顔することないだろう。
俺もこれ見たらすると思うけど。
「あ、あらー……」
さすがのリゼットも言葉に困っていた。
差し出した腕、特に手の甲側が真っ赤に腫れ上がっていて、砕かれた装甲が付いていた右腕は青くなってあざが出来ている。
指の付け根あたり、拳の打撃面は少し血が滲んでいて、手甲を外した後の外気に触れるとチクチクと痛み出した。
それを皮切りに腕の各部が次々と悲鳴を上げ始めた。
痛い……どうしよう、ホントどうしようこれ。
「やっ……べー……」
「やべーじゃないって、リューマどうすんのさこれ!?」
止めろフラン、揺するなって。
「す、すぐに治癒魔法を使います!」
「龍真……」
ハワードが何か言いたげだ。
まあ、仕方ない。
「こりゃあ断れる雰囲気じゃない」
「求るは再生、ヒール」
クラリスがフランと同じように手をかざして詠唱し、魔法陣が展開して、その再生の光を俺の腕へと降らせていった。
「……」
「…………」
クラリスの眉が真ん中にきゅっと寄った。
こういう顔もするんだな、ちょっといいな。
「す、すみません、これでは効力が弱いみたいですね」
「クラリス」
「大丈夫です、ハイヒールの方も使えますので!」
そう言って手をかざしたクラリスは、さっきよりも一回り大きい魔法陣を展開して詠唱を完了させる。
降り注ぐ光はさっきよりも強い。 明るいな。
「…………」
「………………」
「あ、あれ? どうして……!?」
クラリスに動揺がして魔法陣がちょっとだけ揺れる。
それを見たサラたちがクラリスを心配し始めた。
「クラリス様? どうされたのですか?」
「い、いえ、大丈夫です、まだ時間がかかるということでしょう……」
「クラリス」
「あ、あの、リューマさんこれは!」
「違うよ、もういいんだ」
健気にも腕を直そうと頑張ってくれるクラリスを止めようと、自分の腕を戻そうとしたらクラリスの目尻にじわぁ……っと、って別に泣く事じゃないだろう!?
「き、貴様!? クラリス様のご厚意を何と……!?」
「だから違うって! 黙ってて悪かった! 治癒魔法がいらないんじゃない、俺にはそういう魔法が効かないんだ」
「……はあ?」
サラが何言ってるんだお前みたいな顔で反応する。
みんなが言葉に困っているなか、様子を見ていたメリッサが口を開いた。
「そう言えばあなた、あの決闘の後、アドルフ校長がアンタだけ傷を治さなかったわね、関係ある?」
「……ああ、一部の学校関係者には俺の事は話してるからな」
「どういう事です?」
何を言っているのか分からないという風にクラリスが聞いてきた?
だからまずは結論から言うと。
「俺はこの世界とは別の世界で生まれた人間、異世界人だからだ」
再びの沈黙が辺りを包む。 やけに静かだ、風の音も聞こえない。
そして今度はサラがその静寂を破って口を開く。 その顔に敵意はなくむしろ……めっちゃ心配そうだ。
「大丈夫かアカホ・リューマ? 頭でも打ったか? 今すぐ学校の治癒しに見てもらうべきじゃないか?」
「おうてめえ、人を頭のおかしいヤツ扱いすんじゃねーよ!」
「バカか貴様は!? そんな世迷言を信じる者などいるわけないだろう!」
サラがそう言って俺の告白を切り捨てた。
「加護……」
「メリッサ様?」
ぽそりとつぶやいたメリッサにリゼットが首をかしげる。
「気にはなってたのよ、校長が治さなかったこと。 それに、あの決闘ではアンタは一度も魔法を使わなかった。 あの時なら普通は皆、あんなもの投げるよりも魔法を使うわ。 それと、姉さまとあんたの会話で、ミスリルをアンタが使ってたそうじゃない」
「ああそうだ」
メリッサの確認に短くそう答えた。
「しかもそれが砕かれた、ミスリルが砕かれるなんてそうそうないわ。 ミスリルは手に入りにくい分有名だから、まずほとんどの人がその特性を知っているはずよ、昔話の英雄も身に着けていたものだもの」
皆がメリッサをじっと見つめる。
なんか俺追い詰められた犯人みたい。 俺悪いことしてな……いや手甲壊したな。
「それを知らないのは余程の世間知らずね」
「まあ世間知らずというか、世界知らずというか」
「でも、加護が関係するなら、なんとなく分からなくは、ないわね」
「するどいな」
「当然、あんた、加護がないって事?」
ズバッと確信を突くメリッサ、だがサラが声を上げる。
「そんなはずありません、加護が無いなんて、聞いたことない」
「私もないわね」
「それについてだが、校長曰く、加護がこの世界で生まれる命に宿るから、別の世界で生まれた俺には加護が無い、ということだそうだ」
何をバカなことをと言うサラだったが、校長を引き合いに出されては黙るしかなかった。
「盲点だったわね、加護なんて皆あって当然、前提にありすぎて考慮すらしなかった、でも、まあ、そういう事なら納得いくわ」
「お前は信じるのかよ、異世界なんて」
「そうね、信じるかどうかと言えば…………信じないわ」
信じないのかよ!!
「ただ、その方があんたの馬鹿な行動に納得ができるってだけよ」
「バカは余計だじゃじゃ馬」
「じゃじゃ馬? ホント失礼ね」
話は終わりと言うようにメリッサがそっぽを向いたので、足に力を入れて立ち上がってみる。
うん、何とか動けるくらいにはなったか。
「リューマ、あんまり無理は……」
「大丈夫だって、足は何ともないから」
「リューマさん!」
騎士がここに来るかもしれないから、早く移動することを提案しようとしたらクラリスが呼び止める。
「クラリス?」
「もし、あなたの言う事が本当だとしたら、あなたに魔法がきかないのだとしたら、どうしてここまで来てくれたのですか?」
「それは……」
魔法の効かない俺は、ケガをすれば治すのにも時間がかかる。
それどころか、魔法を使われればおそらくなすすべがないだろう。
なのに……どうして俺はここまで来たのか……。
安否のわからない家族を思うクラリスへの同情、顔が可愛いからってじゃあ手伝うよなんて、そんなゲスな下心、困ってるなら何とかしてやりたいという正義感、まあいろいろある。
ほんと、いろいろある。
でも、それを言うのは恥ずかしいな。
「まあ、あれだ、その……クラリスのためだよ、お前の為になんかしてやりたかった、それだけだ」
「あ……」
あ~顔が熱くなってきた、俺何言ってるのホント!?
そんな俺の状態を目ざとく見つけたフランがからかうようにつついてくる。
「うぇいうぇ~い、何照れてんのさ~」
「照れてねーし!? ほら! バカ言ってねえでさっさと移動しようぜ! 騎士に見つかっちゃまずいんだろ!?」
「そ、そうだな、そうしよう。 クラリス様、……クラリス様?」
じっとしたまま動かないクラリスをサラが気遣う。
どうした?
「クラリス?」
「え? あ、いえ! 大丈夫ですよ!?」
「お、おう!?」
急に飛び跳ねるように立ち上がったクラリスにびっくりする一同。
ど、どうした? 本当に大丈夫か?
「だ、大丈夫ですから!」
「わ、分かった、分かったから!?」
そんなわけで、俺たちはようやくこの建物を出ることにした。
出る、と言うかもう出てると言うか、改めてみるとひっでえなこりゃ。
外から見た建物は俺たちから見て右半分、マティアスと戦ったエントランスからそっち側が完全に吹き飛ばされていたのだ。
「うわぁ……」
「ほんと私たちよく無事だったね」
「マジでな」
フランに同意せざるを得ないな。
ちなみに、マティアスとセザールは建物の外に連れ出して、向いの家に放り込んどいた。
ここなら崩れないだろうし、風邪も引かんだろ。
ひょっとしたら騎士が見つけてくれるかもだしな。
「そういや、騎士団来るの遅いな」
「そー言えばそーねー、こんなになっちゃったんだから、来るわよねー?」
来てほしいわけじゃないけど、そんな素朴な疑問にリゼットが破壊されたスラムの風景を見ながら同意する。
マティアスの魔法のせいで俺たちがいた施設どころか、それに連なる家屋が軒並み破壊しつくされているのだ。
まず真っ先に飛んでくるだろうが……。
「ねえリューマ……」
「何だよフラン」
そこに突然フランが声をかけてきた。
振り向くと斜め上を見ながら袖をひっぱてくる。
「あれじゃない?」
「あれって?」
「来ない理由」
フランの視線の先を追うように、自分の視線を動かしていく。
王都を囲う外周壁とは反対側、王都の中央にそびえ立つリノハウル城の方向だ。
そっちに視線をやると、その城の下あたりが暗くなっていく。
「なんだ?」
「何か光ってた?」
こんな真っ暗な夜空の下で暗くなっていくってのはおかしい。
つまり、あの一帯で何かが強い光を放ってたって事だ。
ハワードの言葉を肯定するかのように、それは再び現れた。
「何か上がって……」
星が散らばる夜空を一筋の光が昇っていくのを見つけた。
そして俺がそうつぶやいた瞬間、強い光が放たれて城の付近を照らし出した。
「うっ! 何だっ!?」
「あそこは……騎士学校?」
クラリスの言葉通りに、空高く打ち上げられた光源は城を、正確にはその横に設立された俺たちの騎士学校を照らし出していた。
「あれは……リゼットのあれと同じやつか?」
「リゼットさんが使ったライトボールだよ、それよりもさらに大きい奴だ」
「何でそんなものが学校にっ!?」
「……はっ!」
学校、サラのその言葉を聞いて今、思い出した。
そう言えば……。
『じつはさあ、学校に用があって行ってたんだけどー』
アイツがいない。
『ああ、えっと……そう、エルヴェシウス、だっけ?』
まさか……。
『今回のはバルドアとセザールってやつが仕組んだ事だ』
『知らねえ、今日はまだ見てねえからな』
「やられた……」
「え?」
「バルドアだ、アイツがいない!」
「どういう事です?」
「ハワード! 学校に戻るぞ!」
俺は急いでボロボロの手甲をボロボロの腕に着け直す。
「リュ、リューマさん!?」
「ちょっとリューマ!? どうしたのさ!?」
「お前らはここから移動しろ! 俺らは急用だ!」
「きゅ、急用って、学校にですか!?」
「そうだ!」
「いけません!」
クラリスが一際大きい声で引止めようとする。
「あれが上がるという事は何かあったという事です! もし本当にバルドアだとしたら……!」
「ああ、奴しかいない。 だから行く」
「治癒ができないんですよ!?」
「それでもだ!」
「リューマさん!」
クラリスが俺の腕をつかむ。
指名手配されるほどの悪党がいる場所に行くってのは、常識的に考えて自殺行為だろう。
クラリスは俺の身体の事を知ったからこそ、そんな危険な場所に行かせるわけにはいかないと心配してくれているのだ。
でもあそこにはハワードにとって大切なものがある。
それに、あんな危険な奴を放っておく事なんて俺にはできない。
「しかし……!」
直も引きとめようとするクラリスの言葉を遮るようにクラリスの頭に手を置いて、子供をなだめるように撫でた。
早くいかなければという気持ちがあるためか、そのなでる手はちょっと雑になってしまって髪を乱れさせてしまったけど。
「クラリス、ありがとな、心配してくれて」
「…………」
「でもバルドアには借りを返さないといけない」
「そんなことで……」
「それにあそこには、ハワードの大切なものがあるんだ」
「そのために?」
「それで十分」
手を頭から離して、乱れた髪を整える。
悪いな、子供相手にするみたいに。
「行くぞハワード!」
「リューマさん!」
クラリスの声が遠のく中、ハワードと共に走り出す。
「龍真、まさか今回の事件、バルドアが本を狙って仕組んだ事なの?」
「あり得ない話じゃない、誘拐事件の真ん中にはアイツもいたんだ」
手短かに説明しながら、ここに来る途中に見つけた放棄された馬車へと駆け寄る。
パッと見は壊れてなさそうなんだ、いけるいける。
「コイツを使おう」
「できるの?」
「やれるさ! ケツ叩きゃ走るんだろ!」
馬車のドアを開けてハワードに乗るよう促し、俺は御者台へと乗り込む。
「ごめんクラリスちゃん、私も行ってくる」
「フランさん!? あなたまで学校に行くというのですか!?」
「2人だけじゃ心配だから」
フランの言葉にクラリスが止めようとするが、フランはすぐにこっちへと走り出した。
「また明日学校で!」
御者台に座ったところでフランも走ってきた。
「何でお前まで来たんだよ」
「ハワード一人じゃ心配だから!」
「そいつはどっちの意味でだ?」
ハワードが心配? それともハワード一人じゃ俺が心配?
「どっちも心配ってこと!」
「そりゃあよかった、早く乗れ」
「事故だけはやめてよ!?」
「善処する!! はっ!」
手綱を振って指示を出し、馬を思いっきり走らせると、荷台があるにもかかわらずみるみるうちに加速していった。
こいつはすげえや。
「よっしゃあ、このまま学校まで突っ走るぞ!」
「い、いきなり飛ばすなんて無茶するなあもう……」
窓を開けたハワードがおでこをさすりながらぼやいた。
いきなり動いてぶつけたのかもしれない。
「わるいわるい、安全運転でかっ飛ばすから!」
「そう思ってるならかっ飛ばさないで!?」
もうすぐ北門前だ、そこを左に……。
「あ~……」
左に……。
「龍真?」
「どうしたのリューマ?」
「わりい、馬車ってどうやって曲がるんだ?」
「ええっ!? いまさらっ!?」
ほんとゴメン!? どうか無事に学校に付きますようにっ!!
俺はハワードから操作方法を教わりつつ、おそらく、いや間違いなくバルドアがいるであろう騎士学校へと馬車を走らせたのだった。




