第四話 最初の決意
目が覚めた。
茶色い。
何処だここ。
よく見えない。
「目が覚めたようだな少年! よかった! 本当に良かった!」
嬉しそうな声がする。その声にようやく意識がはっきりとしてきて、ぼやけた視界もくっきりとして来た。
木造の茶色い天井に、涙を潤ませながら覗き込む精悍な顔。
「……あ……なた、は……」
口の中が乾いてうまく声が出せない。
「いやいい、今はまだ無理に話そうとしなくていい、すぐ医者を呼んでくるから少し休んでてくれ」
そう言うとその人はバタバタと部屋を急いで出ていった。
何でここいるんだ俺、たしかみんなで水族館に行こうとして、それで……そうだ、事故だ。
死んだんだ。それでここに、ああいや、森だ。森にいたんだ。
死んで森にいた。それで変な奴らに追い回されて、騎士に助けられて。
はっきりとしだした意識の中、ゆっくりと今までの事を順番に思い出していく。
騎士が敵をやっつけていって、でもまだいた敵が弓で狙っていて、そしてそれを助けようとして、騎士を突き飛ばして。
「いてぇ……」
思い出してくると矢が刺さった脇腹が僅かに痛む。
だがもう恐ろしいほどの激痛ではない。微かに痛みがある程度だ。
「また……死んだ……わけじゃない、のか……」
口を動かしたくてひとりごちる。
暫く天井を眺めていたら足音が近づいてきて、部屋の前で止まるとノックがして扉が開く。
そこには白衣を着た男性とさっきの人がいた。
たしか……ガラハッド、そう呼ばれていたような気がする。
「おはよう」
「え、あ、おは……よう、ございます」
白衣の男はゆっくりベッドの横の椅子に腰かけると穏やかな口調で挨拶をしてきた。
言葉に詰まりながらもなんとかこちらも挨拶を返す。
それを聞くとその人はゆっくり頷いた。
「私の言葉はちゃんと聞こえているようだね」
「はい……」
「私は町医者のユーロンだ。よろしく」
医者、医者か。白衣を着ているからそうなんだろう。
ユーロンと名乗ったその医者は俺の左腕を取って脈を調べる。
「君の、名前を聞いてもいいかな?」
「あ……俺は、あかほ、りゅうまです」
「ん? あかほ?」
「赤い稲穂に、難しい方の龍、真実の真、です」
漢字の事を聞いたのかと思ってそう答えたが、よく分からないと首をかしげている。
違うのかな?
「真実の龍、カッコいい名前じゃないか」
うんうんと医者の後ろで騎士の人が大仰にうなずいている。
そう言われると少し恥ずかしい。
「龍真君、だね。君が倒れる前の事は覚えているかい?」
「はい、あの……すみません、勝手なことして、こんなになって」
正直馬鹿なことをしたと、今になって思い返す。
「いや、君のおかげだ、君が助けてくれたからこうして私たちは無事にやつらを倒すことができた。ありがとう」
俺の左手をごつごつとした力強い手で包みながらそう言った。
分からないいけど、自然と涙があふれてくる。
「でも、馬鹿な事、したんじゃ……ないかって」
「そんな事はない、君の勇敢な行動が私を助けてくれたんだ、本当にありがとう」
「え……」
「それに、君にこれほどまでに深い傷を残してしまったのは私の不手際だ、すまなかった」
「いえ、そんな、助けてくれて、ありがとう……ございます」
すこし涙が出てきた。
あんな事になって、なのに礼を言われるなんて思いもしなかったから、それがただただ嬉しかった。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね、私はガラハッド・バリストン、王都セインハウルの騎士団に所属している」
騎士団……やっぱりこの人は騎士なんだ。
王都という聞いたことのない名前が出てきたが、とりあえずこちらも改めて自己紹介をしようとすると、部屋の扉からノックの音が聞こえてくる。
ガラハッドがこちらに目配せをしてくるので、入室の許可を求めていると気付いて軽く頷く。
「いいぞ」
その声から一拍して扉が開きもう1人騎士が入ってくる。
あの戦いの後、最後に駆け付けてきた騎士だ。
魔法がどうとか言ってたのを覚えている。
「失礼します、ガラハッド、先の件で話がある。後で来てくれ」
「わかった」
もう1人の騎士がガラハッドに耳打ちすると、こちらに向き直り――
「ガウェイン・ボースマンだ、ガラハッドと同じく王都の騎士だ」
「あ、えと、赤穂龍真、です」
ガウェインと言う騎士、見間違いでなければ魔法のようなものを使っていたと思う。
「あの、あの時、魔法をつかってま……せんでしたか?」
「ああ、うむ……そうなんだがな」
やはり、魔法。魔法がある。うすうす頭の中で見え隠れしていた一つの答えが浮かび上がってくる。
ここは俺が生きていた場所と違う。信じたくなくという思いがボロボロと崩れていく。
ただ、はきはきと話していた騎士の歯切れの悪い返事が気になった。
「どうかしたんですか?」
「ああ、いや、ガラハッド」
「……」
ガウェインがガラハッドを見やると腕を組んで考え込んでいる。
暫くして腕を解くとあの笑みはなく、真剣な表情だった。
「龍真君、起きたばかりですまないが、もうしばらく付き合ってもらえるかな」
「……はい」
何か大事な話があると思った俺は返事をして、力を振り絞り体を起こそうとする。
「無理に動かない方がいい、出血がひどかったんだ」
「ああ、君はそのままで聞いてくれ」
医者のユーロンに諌められ、ガラハッドもそう促した。
そういわれて力を抜いてまたベッドに倒れ込む。
「龍真君、これからいろいろと聞くが、答えたくないことがあれば黙っていてくれてかまわない、いいかな?」
「……はい」
警察の事情聴取みたいなものだろうか。
「まず、君はどこの出身かな?」
「……日本、です」
「…………にぽん?」
微妙に間違えてる。
「にっぽん、にほんとも言います」
「ふぅむ……聞いたことないな、ガラハッドは?」
「にほん……にっぽん……、んー私も騎士として各地を回ったが、聞いたことないな。それは何処にある国なんだ?」
ガラハッドもガウェインも知らないようだ。ユーロンもゆっくり首を振る。
オリンピックだって開催されたくらいだ、どの国行っても知らない人はいないだろう。
やっぱりここは異世界なんだ。俺のいた世界と違う何も知らない世界。
「何処……といっても……その、この世界には、無いと思います」
「この……世界には無い?」
「俺は、この世界とは、別の世界から、来たんだと思います」
ゆっくり、慎重に言葉を紡いでいく。
黙っておいた方が良いのではとも思ったけど、こういうのは正直に言った方が良いとも思った。
自分はこっちの事は何も知らないのだ、騎士の事も、魔法の事も、この世界の事のほとんどが。
なら、正直に異世界から来たと言って助けを求めた方がいい。その後で何らかの事件に巻き込まれるかもしれないと、言った後で思い出してもどうしようもないが。
しかし自分で言ってあれだが、異世界から来たとかとんでもないセリフだ。あっちで聞けば失笑を買うか病院を進められる。
だがこの人たちはそんなことはなく、真剣にその事実を受け止めようとしていた。
「異世界から、来た?」
「……はい」
「なるほど……」
ガウェインが納得したように考え込む。
ガラハッドやユーロンもそうかと納得しようとしている。
いや、まさか、本当に信じるのか?
「異世界から来たと言う事なら、まだ魔法が通用しなかったことにも納得できる」
「魔法が通用しない?」
ガウェインから不穏な言葉聞こえた。通用しないって事は効かないってこと?
そういえばこの人、あの時も魔法が効かないとか言ってたような気がする。
「それってどういう事ですか?」
「うむ、龍真君、この世界に生きる人間、いや全ての命は加護というものを授かっている」
神様とかから受ける守ってくれそうな力のアレだろうか?
「古の神霊から授かる加護によって、私たちはこの世界に満ちる魔力にふれ、目に見える現象とする、それが魔法だ」
「そして加護は、例外なく全ての生命が授かっている、今までだって加護がないなんて事例は確認されていない」
ガラハッドの説明にガウェインが続ける。
「俺が使った傷を治す治癒の魔法、肉体に力を与える強化の魔法、それらは全て相手の加護のにふれ作用する力だ」
その説明にはっとする。
加護の力で発動する魔法、相手の加護に作用する魔法。
回復魔法が俺には効かないと言う事は――。
「……俺には、加護がないって事ですか?」
「……そういう事になる」
当然、魔法も使えないということにもつながる。
「おそらくだが、君が異世界から来たという事が原因だろう、それなら加護が無い事も納得できる」
ガウェインの見解はこうだ。
この世界の人たちは、この世界に生を受けた時、既に何らかの神霊の加護を授っている。
生命として完成した時授かると言っていい。
しかし、俺はこの世界で生まれたのでなく、異世界から来たということだから、この世界の生まれた時授かる加護を授かっていない。
「はぁぁ……」
デカい溜息が出る。
加護があるから魔法をつかえて、その力を受けられる。そして俺には加護が無い。
そうか、魔法が使えないのか、そう思うと残念な気持ちがもくもくと心を覆っていく。
来ていきなり散々な目にあってはいるが、それでもやっぱりそういう気持ちはあるのだ。
「魔法、使ってみたかったなぁ」
「まあ使えないからといって悲観することはない、加護を持っていたって、戦闘に耐えうるだけの魔法が使えるほどの加護を授かっている人は少ない」
加護にもランクのようなものがあるんだろうか?
様々な疑問が浮かびつつも簡単な聴取が続く。
どうやってこっちに来たのか、どうしてあそこにいたのかなどなど。
来てからの事は分からないと答えるしかなかったけど。
「まあさすがに分からないことがほとんどか」
「すみません……」
「気にすることじゃないさ、よし、今日はもう終わりにしよう」
そう言ってガラハッドがそう言って聴取は終了した。
行く当てのない俺のために、ガラハッドが話しをつけてくれていたのか、宿屋の一室に住まわせてもらう事になった。ただ住まわせてもらうだけではあれなので、仕事の手伝いもする。
ところで、回復魔法があるのに医者ってなにをするのかと思っていたんだが、ユーロン曰く魔導師の絶対数が少ないので、こういう小さい町にはいるんだそうだ。
それから数日、手伝いをしながらも特にやることもなく、なんとなく毎日を過ごしていたところ、部屋ボーっとしていた俺はユーロンから一通の手紙と封書を渡される。
「なんですか?」
「ガラハッドからだ、騎士学校の入学の書類だな」
「え?」
騎士学校の?
何でそんなものを俺に?
添えられていた手紙には、もし俺にその気があるのなら来ないか? という事だった。
行くのなら自分のサインを書いて騎士団当てに返送すればいいらしい。
「あとひと月の間に出せば間に合うから、まだ時間はある、ゆっくり考えなさい」
そういってユーロンは退室する。
おれはそのままベッドに突っ伏した。
騎士学校か。興味が無いわけじゃない、ただどうして俺にこれをくれたんだ?
俺はあの山賊の奴らから逃げる事しかできなかったし、魔法も使えない、普通の子供だ。
いや、加護が無い分それより下かも。行っても何ができるとは……思えない。
「うぅぅぅんん!」
いかん、ネガティブな考えが覆ていくのをブンブンと頭を振って振り払う。
「はあぁぁぁ……でもどうしようか」
これも何かの縁として行ってみるだけ行ってみてもいいんじゃないだろうか。
どうせこの先このままと言う訳にもいかんだろう。これからは一人で生きていかなきゃいけないんだ。
そう……一人で……ん?
そこでなにかが引っかかる。
一人……一人で…………あ、皆、家族。
そうだ、皆だ、父さん母さんに理華。何でこの考えに至らなかったんだろう。
俺がこっちに来た原因があの事故なら、その事故に一緒遭った皆だってこっちに来てるはずなんだ。
もしかしたら、かもしれない、多分、どのみち可能性だ。
でももしかしたらいるかもしれない。
そう考えた瞬間一気に気持ちが固まっていく。
探しに行こう。探しに行きたい。
この世界のどこかにいるかもしれない。でも、今の俺じゃあ探しに行っても、家族を見つけるどころか、その前にどこかで死ぬ。脳裏に過ぎるのは目の前に突き付けられた剣先。
だから、騎士学校に行く、そこで力を着けよう。
家族を探しに行けるだけの力を。
ガラハッドだって騎士として各地を回ったって言ってたんだ。チャンスはある。
何時になるかわからないいけど、今行くよりはましなはずだ。
そうと決まれば善は急げ、俺はすぐにユーロンに入学する旨を話し、サインを入れた書類を騎士団に送った。
しかし、入学式は半年ほど先らしい。だからそれまでの間に、腕立て腹筋背筋スクワット素振りにランニング、思いつく限りのトレーニングをやった。たった半年程度で鍛えられるとも思えないが、やらないよりましだろう。
どうせこっちには漫画もゲームもないんだ。暇つぶしにももってこいだ。
そして半年後、騎士学校がある王都へ向かうという商人に頼み込んで、一緒に連れて行ってもらえることになった。
ユーロンや世話になった宿屋の主人に見送られ、俺は遂に騎士になるべく王都へと向かった。




