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第三十六話 助けに来た理由

「何だよこの音……!?」

「アイツ一人で楽勝じゃなかったのかよ!」


 広い部屋の中、数名の男たちが外から聞こえる爆音に狼狽える。

 自分たちをあごで使ったあの少年は、自分たちに少女を守れと言って出て行ってそれっきりだ。

 貴族の少年の片割れもすでに不安に押しつぶされそうな顔をしていた。


「あ、慌てるなよ! どうせあがいてるだけだろ。 アイツに勝てるヤツがそうそういてたまるか」


 貴族の片割れ、セザールが視線を向けるのは捕らえられた少女だ。

 メリッサ・ファイエット。

 幼少のころから魔力の扱いに不慣れな彼女を思い、共に魔法の練習を行うなどセザールはいつも彼女を気にかけていた。

 しかし、その加減を知らずにずけずけと言い寄っていたのを、彼女から煙たがれていたことを鈍感な彼は知ることはなかった。


 そのメリッサは両手足を縛られて部屋の奥の壁にもたれかかっていた。


「くそっ……外に行ったやつらもそれっきりじゃねえか、ガキなんだろ? 相手は!?」

「ふっ……」


 確かにここを攻めてきたのは、騎士学校の生徒とは言えまだ子供だ。

 それなのにそんな奴らを相手に狼狽する賊たちを見てメリッサはほくそ笑む。


「いい加減、私を開放した方が良いんじゃない? まだ、情状酌量の余地はあるかもしれないわよ?」

「あ?」

「どうせ、ただの嫌がらせのつもりだったんでしょ、ねえ、セザール」

「嫌がらせだと?」

「でも、予想外の連中が関わってきて、話が大きくなりすぎて、始まってしまって後戻りできなくなって、それで意固地になってるだけでしょ?」

「うるさい!」


 冷静にセザールへ説得するメリッサに、セザールはその頬を叩いた。


「なんだよそれ、意固地だと!? ふざけるな! 何だよその目は! 俺はずっとお前の事を思ってやってやったんだぞ、下手くそなお前のためにどれだけ!」

「それでいつも図々しく近くに来て、人の気も知らないで、そういうのは有難迷惑ですらないの、ただの迷惑よ! それに何が教えるよ、いつも自分ができるところを偉そうに見せびらかしてただけでしょうが!」

「な、なにぃいい!!」

「おい止せよ」

「ん? 誰だ!」


 もう一度セザールがメリッサに暴力を振るおうとしたその時、賊の一人が声を上げた。

 メリッサとセザールが言い合っている中で、ドア付近にいた一人がドアがノックされる音を聞いたのだ。


「何だよ……!」

「誰だ! おい!」


 賊が警戒してドアに近ずく。

 この騒ぎの中でドアだけノックして一言も無いのは怪しい。

 しかし、これが敵であるという確証もない。 もしかしたら味方が負傷して戻ってきたというのもあり得る。

 賊の男たちに緊張が走る。

 ドアにはまだノックの音が響いていた。


「マテオか?」


 賊の一人が呼んだ名前は、少し前に様子を見てくると言って出て行った仲間の一人だ。

 その後すぐに爆音が聞こえたのだ。

 ひょっとしたらそれで負傷して戻ってきたのかも、その男はそう思ってドアノブに手を伸ばす。


 ドンドン!


 名前を呼んだ次のノックは一拍おいて強くなった。

 呼んだ名前に返事をした、それがその男に一瞬の安堵を与える。


「よかった、今開けて……」


 ドアノブを回し、ドアが開いていく。


「はっ!? 待て開けるな!」


 しかし、その隙間から零れた緑色の光をセザールは見逃さなかった。


 が、その忠告は遅かった。


「ハンマーガスト!!」

「やる……ぐぶっ!?」


 賊の男がドアを開毛はじめたその時、詠唱の叫び声と同時にドアもろとも吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

 そして部屋の中には白い煙が直ちに充満していく。


「スモッグ……!?」

「やられた! ここまで来やがった!」


 煙幕が部屋を満たしていく中、賊たちが臨戦態勢を取るがおぼつかない。

 強襲に動揺しているのだ。


「あの声……まさか……」


 メリッサはまさかと思った。

 助けに来た人物、間違いなく姉のクラリス達だ。

 しかし実際に来たその人は、その声は違う。 自分に聞き覚えのあるのはもっと頼りなく、情けないものだったと記憶している。


「くそ! おい何やってる!」

「な、なにも見えねえ!」


 賊がやみくもに剣を振るがかすりもしない。

 だが救出に来たのその陰は、視界のきかない部屋の中を迷いなく走り、敵へと接近する。


「もうひどい事はさせません!」

「こいつ、ガキじゃああっ!?」


 その陰と接触した賊が吹っ飛ばされる。

 壁に叩きつけられたその男は、そのまま気を失った。


「お、おい! 今のは! な!? こいつ、うわああっ!!」

「な、なんだよ、ガキだろ! 何して……がああっ!」

「な、何が……」


 セザールは賊たちが次々と倒されていく声に後ずさり、メリッサへと寄って行く。

 だが、すぐに気を取り直して懐から杖を取り出す。


「吹き飛ばせ!」


 荒々しく命令するように唱え、魔法陣が杖先に展開する。

 発動した魔法は瞬く間に部屋を満たしていた煙を吹き飛ばした。


「く……」


 こちらに近づこうとしていた影は立ち止まり、吹き荒れる風に顔を覆う。

 だが、すでに解放された部屋はその陰の正体をさらけ出していた。


「お前か……」

「あなたが……セザール、ですね?」

「やっぱり……何であんたが……」


 影の正体、少年が顔を覆ていた腕を下ろす。

 あどけなさの残る童顔、知らなければ女の子のようにも取れるその顔をメリッサは知っている。


「エルヴェシウス……」

「メリッサさん、助けに来ました」


 だが、こんなにも堂々と、敵に相対する事の出来るような声ではなかったのに。


「お前……騎士学校の生徒か?」

「はい、ハワード・ダリルソンと言います。 サロモン伯のご子息、セザール・セドラン、ですね?」

「だったらなんだよ?」

「メリッサさんを開放してくれませんか?」

「バカじゃねえの!?」


 セザールがハワードに杖を突き付ける。

 その先にはすでに魔法陣が展開し待機状態にあった。

 いつでも発動できる魔法にハワードはつばを飲み込む。


(マズイ、この人、魔法に関してはできるみたいだ……)


 セザールは腕がフリーの状態から杖を向けるまでのその一瞬で、魔法を発動待機状態まで進めた。


 クイックと呼ばれる、下級魔法を使う上での必須テクニックだ。

 魔法術式の同時展開、魔力の練成、呪文の詠唱破棄、これらのプロセスを一瞬で行う技術だ。


 ハワードは内心焦った。 強襲をかけて見事に敵の数を減らし、あとはセザールただ一人という状況まで作った。

 だが、この一瞬でセザールの後手へと回されてしまったのだ。


(出来ないわけじゃい、でも、撃たれてからで間に合うのか……)


 この技術はハワードも、父であるアンリから教わり、すでに体得してはいる。

 しかし、だからとてまったくの動作もなくできると言う訳ではない。

 切っ先が届く距離で剣を抜いているか、抜いていないかと言う話なのだ。

 杖を握るハワードの手に汗がにじむ。


「色袖だろ!? ただの一般人がしゃしゃり出てさ!!」

「既に外の賊たちはほとんど倒してあります、じきにクラリスさん達も合流するでしょう」

「姉さまも来ているのね……」


 メリッサはそのことに胸をなでおろした。

 普段からそっけない態度を取ってはいるものの、こう見えて姉の事はしっかりと信頼しているのだ。


「それがなんだよ、こっちにはマティアスがいる」

「こちらは6人、僕を除いても5人、マティアスさんが手練れだとしても一人で相手にできると思いますか? それに、もうすでに騎士団も動いています、ここに着くのも時間の問題でしょう」


 降伏を呼びかけるハワードは説得にはったりを混ぜる。

 騎士団は動いてはいるが、恐らくここにはまだ来ない。

 まだ来ないが、時間の問題であることには違いないのだが。


「くそ……お前……」

「杖を下ろしてくださいセザールさん、お願いします」


 セザールは歯を食いしばった。

 追い詰められはしたが、逆に追い詰めた。 なのに、何故こいつは……。

 セザールの胸中に黒いものが立ち込める。


 セザールの見るハワードの表情は、決して引かないという覚悟が見える。


「セザールさん、もうやめましょう、こんなことをしてどうなるって言うんですか?」

「お前……」


 セザールの杖を握る手に力が入る。

 魔法陣が揺らめくが、それでもハワードは続ける。


「まだ騎士団だってあなた方がやったことを知りません、今ならまだ……」

「一般人が……!」


 ハワードの説得を、絞り出すように吐き出されたセザールの言葉が遮る。


「こんな奴にまでえ……! どいつもこいつも! バカにしやがってさああ!!」


 セザールが叫び、杖先の魔法陣が強く発光して光の球を瞬時に形成、ハワードへと襲いかかる。

 光球を見たハワードは、考えるよりも早く、反射的に防御魔法を発動させる。


 ハワードはクイックを、セザールが見せた技術を使い、腕を振り上げる一瞬で光の壁を形成する。

 襲い来る光球は、ハワードの目と鼻の先で光の壁に阻まれて消滅した。

 だが、間に合ったとは言え近すぎた。 激突する衝撃と閃光に思わず顔を背けてしまったハワード。


 人の心に鈍いセザールでもその隙は見逃さなかった。


「ぐっ……しまった!?」

「消えろよおお!! フォトンショッ――」


 だが、セザールの魔法は発動の直前で邪魔をされた。

 突然の大きな揺れが部屋を襲ったのだ。

 それと同時に下の階から、建物を破壊するような轟音が足元を揺らす。


「トおお!? な、何っ!?」


 強烈な揺れに手元が狂い、再び形成された光球は本来の目標へと向かわず、ハワードを大きく逸れて何もない壁を破壊する。


「外した!?」

「何なの今のは!?」

「メリッサさん離れて!」


 突然起きたこの揺れがなんなのか、恐らく下で戦っている龍真のものであろうが、今は考えている場合ではない。

 メリッサへと注意を促しつつ、ハワードは杖を彼女へと杖を向けて魔法を発動させた。


「フォトンシールド!」


 ハワードが発動させた魔法は、ハワードとセザールからメリッサを守るように光が集束し一枚の壁を作り出す。


「光壁?」

「何事もなくは……無理そうです」

「当たり前だろぉがあ!!」


 メリッサに代わりに応えるかのようにセザールが叫んで杖を振りかざす。

 既にセザールは、ハワードを排除する気でいるのだ。


「ハンマーガスト!」

「ゲイルバリア!」


 破壊力を持った突風がハワードへと襲う。 しかし、ハワードも今度は落ち着いて防御魔法で対応する。

 ハンマーガストはハワードの手前で渦巻く風のバリアに遮られ、その軌道を逸らされる。


 そしてハワードはすぐさま反撃の準備を整える。


(彼が使ったのは光と風、どのくらいかは知らないけど、あと2つはあると見た方がいい)


 ハワードはセザールが使う魔法の属性数に当たりをつけ、自分が使うべき魔法を絞っていく。


 魔導士は魔法を覚える際、自身が使う魔法の属性を2~3、多くても4つ程度にしていく。

 一言に魔法と言ってもピンからキリまで存在し、属性や型まで事細かく分類されるため、広く深く覚えようとすると、魔法の現象化の時に自身のイメージに揺らぎが出て予定通りの魔法が発動できず、威力の低下や効果範囲の縮小を招いてしまう。

 そのため魔導士はあえて自分が使う属性を縛る事でより多く、深く魔法を習得していく。

 こうして残った属性は、もっぱらその魔導士の得意属性と呼ばれたりする。


 ハワードはその得意属性を把握する事で、セザールの手の内を読もうと画策する。


(クイックができるなら、すでに独学である程度進んでいるはずだ。 もう絞り込みの時期に入ってるかもしれない。 アレさえ当てられればいいけど……まずは知っておくべきだ)


「貫くは岩槍、ロックランス!」


 わざと詠唱を行い、こちらの魔法に対処させやすくするハワード。 

 魔法陣から鋭くとがった岩を生成し、杖をセザールへと振り、それに合わせて岩槍が発射される。


(予想は、土、もしくは火……どっちだ)


 物理的な攻撃力を持つ土属性を防ぐには、同じ属性の防御を使うか、破壊力に長ける火属性で相殺するはずと、ハワードは予測する。

 そしてそれを裏付けるようにセザールは魔法で迎撃に出る。


「この野郎が!」


 杖を振ると火炎弾が形成されて襲い来る岩槍を迎撃し、砕かれた破片がメリッサを守る光の壁を叩く。

 予想通り、使ったのは火属性の魔法。

 数メートルと言う近い位置から発射された岩槍を、セザールは爆発で簡単に破壊して見せた。


「火属性!」


 相手の手の内を一つ見破りながら、さらに魔法陣を展開するハワードは、セザールの手札を使わせるために休むことなく魔法を叩き込む。


「押し流すは流水、ストリームブロー!」

「このっ!」


 風の防壁を作り出し。


「撃つは炎弾、フレアショット!」

「くそがっ! フレイウォール!」


 火の壁を作り出し。


 使うたびに魔法を変えて、属性を変えて、敵の思考力に負担をかけていくハワード。

 構築の早い下級魔法のみを選択し、手数でセザールを追い立てていく。


「てめえ……俺を試そうとするんじゃねえよお!! フォトンショットォッ!!」


 セザールが振り回す杖から魔法陣が次々と現れ、それぞれが光球を形成しハワードへと襲いかかる。


「ロックピラー! フレイボム!」


 焦りが出始めたセザールの攻撃に、ハワードは太い岩の柱を作りだし防御する。

 そして、そこからすぐに攻勢へと転じる。

 数発の光弾を防いだ岩柱に、炎球をぶつけ爆破させる。

 階段の戦闘でも使用した連携攻撃だ。


「クソっ! こいつはあっ!」

「そびえろ岩柱、ロックピラー!」

「守れ光盾、フォトンシールド!!」


 ハワードは火球が爆発する瞬間にもう一度ロックピラーを発動し、ハワードとセザールを寸断させ、セザールの右側へと貫くように岩柱を真横にして発生させる。

 それは、ちょうど爆発からハワードとメリッサを守るように。


「ぐうあああっ!!」

「くっ……ああっ!」


 爆発音とともにセザールの悲鳴があがる。

 セザールは何とか爆発を防御するも、その衝撃までは防ぎきれず、押し出されるように壁に叩きつけられた。


 ハワードも完全に防ぎきれたわけではなく、飛散した岩柱の破片がハワードの右足に当たり血をにじませる。


(うっ、この程度なら……、メリッサさんは……?)


「う……くっ、こんなところでバカスカと……っ!」


 メリッサへと視線を移すと、どうやらケガはしていないようだった。

 座っていたために被弾面積が小さくなり、ちょうど岩柱で覆い隠すことができたのだ。

 おかげで彼女を守るシールドにもまだ余裕がある。


「こんのおお!!」

「うああ!?」


 セザールが咆え、風が舞い上がる砂塵を吹き飛ばし、今までよりもさらに大きな魔方陣を展開する。

 その魔法陣は一回りずつ大きな円が重なるように展開している。

 円の数は4つ……。


(中級魔法!? ここでつかうのか!?)


 ハワードの驚きをよそにセザールは詠唱を進める。


「根幹に風、もたらすは無法……!」

「ちょっと!? こんなところでそんなもの!!」


 メリッサが慌ててセザールを止めようとするが、彼の方はすでに聞く耳はもっていない。

 魔法陣に術式が展開しつつ、徐々にその輝きを強めていく。


「ここで使えば全部吹き飛ぶわよ!?」

「吹き飛べばいいさ!! 全部!!」

「セザールさんはっ!」


 ハワードが爆発によって半壊した岩柱を飛び越えてセザールへと走る。

 だが、セザールは魔法を詠唱中にもかかわらず別の魔法を発動させる。


「望むは破壊! くんなよ、フォトンショット!」

「くっ……、まだ!」


 杖を振り、風の塊をセザールへと打つハワードは、それが光の壁に防がれると同時に煙幕を広げる。

 防がれるだろうということは織り込み済みで、この煙幕の中でハワードは一気にセザールののど元まで迫る。


「まだ作り始め、まだ止められる!」

「こいつはっ! 関係ないだろ!? 全部ぶっ壊せば!」

「そんなことはさせない!」

「なっ!?」


 ハワードがいた正面を睨んでいたセザールは、真横から表れてすでに数十センチの位置までハワードの接近を許していたことに驚き、つい詠唱を止めてしまった。


「何で!? さっきまでそこに……!」

「すみません!」

「ちぃっ……あ!?」


 防御しようとしたセザールは言葉に詰まる。

 ハワードの杖が脇腹に突き立てられ、防壁を展開する隙間が無かったのだ。


「叩け雷衝、スタンショック!!」

「がああっ!?」


 セザールの脇腹に杖を押し当て短く詠唱すると、バチンという音と一瞬の閃光が走る。

 魔導士が敵の捕縛に使用する雷属性の魔法だ。

 杖先から強力な電撃を一瞬だけ浴びせ、敵を気絶させるのだ。


「か、かみな……ぞくせい……がっ……」

「はあ……はあ……最初から、これをねらっていたので……」

「な……」


 セザールは体を痙攣させながらも倒れまいと気力を振り絞るが、その意識を保てず、ついに崩れ落ちた。

 ようやく一人の首謀者、セザール・セドランを捕縛する事が出来たのだ。


「はあ……はあ……」

「エルヴェシウス……」

「メリッサさん、おまたせしました……」


 ハワードは体の緊張を崩さぬまま、ナイフを取り出してすぐにメリッサを縛る縄を外しにかかる。


 メリッサは何も言わずに後ろ手に縛られた両手を差し出した。


「初めからスタンショックを使うつもりだったんでしょ? 」


 縄を外している時、メリッサが思い出したように話し出す。


「物理的な防御力のある土属性なら防げたわ、それならどうするつもりだったの?」

「あそこまで近づけば、さすがに大きな壁を作る余裕はできないと思いましたし、おそらくセザールさんはすでに絞り込みをしていて、土属性は捨てていると判断しました」

「……最初の打ち合いもブラフ?」

「手の内を探ろうとしていたのは本当です。 でも正直に言うとそうです、長期戦に持ち込みたくありませんでしたから……外れた」


 メリッサは両手を縛っていた縄がほどけて自由になると、赤くなっている縄の跡をさすりながらすぐに両足の縄も外し始める。


「メリッサさん」

「いいわ、自分でやる。 向こう向いてて」

「え、あっ! はい、すみません!」


 メリッサが足を曲げて足首の縄に手を伸ばすと、うっかりその衣服の中が見えそうになり、ハワードは慌てて後ろを向いた。


「何で来たの?」

「え?」

「忘れたわけじゃないでしょう? 恨みはあるのよ、私」

「……」

「あれでも……私の、父なのよ……」


 どう思おうと、彼女にとって父だったのだ。

 メリッサはそれ故に、ハワードの正体を知った時、その怒りをぶつけなければ気が済まなかった。


「僕は、父さんのことから逃げてたんです。 でも、友達と、ちゃんと向き合うって決めました。 父は悪魔なんかじゃない、人を助けようとしたんだって」

「魔物化の力で?」

「それがどうやって繋がるのかはまだ分かりません、でも証明するって決めましたから」

「そんなの……」


 メリッサが足の縄も外し、足首をまわして調子を確かめる。

 立つことに支障はなさそうだ。


「だから、あなたに誤解されたままじゃだめだと思って」

「誤解なんて……くっ……!?」


 メリッサがふらつきながらも立ち上がろうとするのを、ハワードがとっさに支える。


「大丈夫ですか!?」

「触らないで、歩けるわ、自分で……」


 体を支えるハワードを振り払い、おぼつかない足取りで部屋を出て行こうとするメリッサを、ハワードは慌てて追いかける。


 すると遠くから数人の走ってくる足音が聞こえてきた。

 ハワードはすぐにメリッサの前に出て杖を構える。


「まさかまだいるの……」

「この中はまだよく見ていないんです、もしかしたら隠れていたのかもしれません」


 しかし、杖を入り口に向けて身構えるも、そこから現れてのは敵ではなかった。


「メリッサ様!!」


 現れたたのは、メリッサを探すためにハワードを追いかけたサラたちだった。

 上から聞こえる音を頼りにここまで来たのだ。


「メリッサ様! ご無事ですか!?」

「ええ大丈夫よ、だから叫ばないで」


 身体に傷がないか調べながら心配するサラを鬱陶しそうに押し返す。

 しかしその顔は、さっきまでの無愛想な表情が緩み、すこしばかり嬉しそうだった。


「メリッサ様、申し訳ありません、すぐに助けに来ることができず……」


 サラと共に助けに来たリゼットが頭を下げる。

 メリッサはその頭に手を載せて優しく撫でた。


「いいわ、来てくれたんだから、頭を上げなさい」

「はい…!」


 そんな彼らを見守るハワードにフランが寄って行く。

 その目には涙が浮かんでいた。


「無事でよかったよ、メリッサちゃんもハワードも。 ずっとドカーンバコーンって爆発するような音が聞こえるから死んじゃうんじゃないかって……」

「ごめんね、でも大丈夫だから、ほら、ちゃんとセザールさんも捕まえたし」


 振り向くハワードの視線を追うフランは、そこに倒れる男を見つける。


「こいつがメリッサちゃんを誘拐したヤツ?」

「コイツは……間違いない、セザールだ」


 顔を確認するサラがセザールだと断定する。

 当の本人もそうだと言っているようなものだった。


「リゼ、姉さまは?」

「はい、今下のエントランスで、アカホ・リューマと共にマティアスと戦っています」

「そう……エルヴェシウスがいるから、まあ当然か……」

「サラさん、リゼットさん、フランさん」


 ハワードがセザールの両手に魔法で枷を付けながら、救援に来た三人に切り出す。


「僕は龍真たちの援護に行きます、皆さんはメリッサさんとセザールさんをお願いします」

「あ、危ないよ! アイツ滅茶苦茶強いんだよ!?」

「でも、もう敵はいないとは言えないし、龍真を放ってなんてできないから」

「で、でも……」


「別にかまわないわ」


「メリッサ様?」


 自身を支えるサラを離して自分の足でしっかりと立つメリッサが、静かにそう言い放った。


「フラン、あんたの剣を貸しなさい」

「え、う、うん」


 フランが剣を抜きメリッサへと渡すと、2、3回振って具合を確かめるメリッサ。

 そして床へと突き立て、深く息を吐く。


「もうこっちは調子を取り戻したわ。 コイツを連れて外に出る。 だからあんたは行きなさい、まだ敵がいようともう問題ないわ」

「メリッサさん……」

「いつか、借りは返すわ。 行きなさい!」

「ありがとうございます!」


 礼を言ったハワードは、フランに大丈夫だからと安心させようと声をかけて部屋を飛び出す。



「さあここからさっさと出るわよ! サラ、このクソ野郎を放り出すから手伝いなさい!」



 後ろから聞こえるメリッサの声が離れていく中、ハワードは戦闘が続くエントランスへと、大切なもう一人の友人の元へと急いだ。




ごめんねメリッサ

助けるのに1年もかかっちゃった

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