第三十五話 空家の攻防 その2
「オラああっ!!」
「なにっ!?」
マティアスの顔面目がけ、真っ直ぐに突き出されるストレート。
だがマティアスは驚きつつも、それに遅れることなく回避する。
そして、反撃とばかりに振り下ろされたヤツの剣が、俺のミスリルの手甲を打ち砕いた。
とびっきり丈夫な物を、その言葉通りに巨漢の大斧さえも受け止めたミスリルの手甲は、その斧に比べればあまりに細い剣に粉々に打ち砕かれたのだった。
「なっ……!?」
右腕に衝撃が打ち付けられ、激しい痛みが走る。
だがそれよりも、魔法等の一切の防御手段を持たない俺の頼みの綱がぶった切られた。
ていうか痛いよりもこっちの方だ。
嘘だろ!? 斧だって受け止めたんだぜ!?
「そんな……ミスリルが!?」
「能無しならば退くと思ったが、まさかそのまま来るとはな……」
「なに!?」
「その様子から見て貴様、価値どころか、使い方も知らんと見た……」
「使い方……?」
何だよそれ?
使い方?
ミスリルは硬い鉱石じゃないのか?
「はぁ……はぁ……、ふん、いいだろう、教えてやる。 そもそも、ミスリルが何か知っているか?」
「ミスリルが?」
「ミスリルは、銀と魔力結晶の合金だ。 それに特別な要素を加え、加工することで完成する。 だがな、それだけじゃダメなんだよ」
「……」
こっちからは言える事は何もない、黙ってマティアスの言葉を待った。
だが、ダメとはなんだ?
いや、まて……、まさか……。
「魔力か……」
「流石に分かるか、そうだ。 ミスリルといえど、元々はただの純度の高い銀と、魔力の結晶体だ。 そんなものが工匠の鍛え上げた鋼鉄に敵うなどあるわけがない。 だがな、魔力を流し、内部に溜める事で、鋼鉄よりもはるかに硬い強度を持つようになる」
なんてこった……このミスリル、魔力ありきの性能だったのか。
じゃああの時ハワードが魔力補給してくれなきゃ、今頃は……。
ダメだ、背筋が冷える。
「本当に解せんな、アカホ。 魔力を入れてきたなら、引き際は分かると思っていが……」
「いや正直俺自身もなんてこったって思ってるんだ、そんな落とし穴があったなんてな……」
マズい、これはホントにマズい。
左の手甲だけで凌げるかって言われたら、はっきり言って無理。
じゃあどうする?。
「あっはっは……どうしよ……」
「今なら逃げたところで、誰も追いはしないぞ」
「いや、それはねえわ」
そうだ、逃げるって選択肢は……無い!!
無理だろうが何だろうが、何度でも殴りかかるだけだ!!
が、そう意気込むも動こうとしたその時、開け放たれた玄関から一瞬だけ光が見える。
外だ、外で何か……。
マティアスがそっちに目を向けた瞬間、外からものすごいスピードで鉄の塊が飛んできた。
「なにっ!?」
マティアスが体を逸らして、すれすれのところでそれを回避する。
あの鉄の塊……、てことは。
「フラン、とうちゃーーっく!!」
「フラン!」
やっぱりだ、ハワードが出した閃光に気付いてくれたんだ。
玄関から颯爽、と言うほどでもないけど、着弾の轟音と共にドヤ顔しつつ表れたのはフランだった。
「待ってたぜフラン!」
「いやあ、待ってたって言われると照れるにゃあ♡」
照れとる場合か!?
「腰巾着の方ではないな。 女、他の連中はどうした?」
「女じゃない! いや女だけど……私はフラン! 覚えとけ! ま、ま、マティス!」
おしい!
ビシッと指を突き付けるフラン。
名前間違えてるぞ、おい。
って、そういえば確かに他の奴らはどうした? 一緒にいたんじゃないのか?
クラリスとリゼットはともかく、一緒にいたはずのサラがいない。
「ってあれ? サラちゃん? サラちゃーん!?」
フランが困惑して周りを探しだす。
お前知らねえのかよ!?
ほら見ろ、マティアスがなんなんだコイツはって顔してるぞ!
「さ、サラちゃん!? どこー!?」
「何なんだコイツは…………っ!」
だが、マティアスのその油断を突くかのように、窓を突き破って何者が突入してくる。
飛び散る破片と共にマティアスへと襲いかかったのは、フランと共に行動していたサラだった。
「マティアス!!」
「ちっ! やはり来たか!」
フランに気を取られていたところへの不意を突いた攻撃だった。
しかし、それでもマティアスは対応してくる。
マティアス目がけ振り下ろされる剣を防ぎ、突撃してきたサラを払いのける。
「くっ!」
「追いつくに少し遅かったな」
「いや、まだ問題などっ! マティアス、覚悟!」
床を蹴り、サラがマティアスへと突撃し、剣を交える。
巧みにマティアスの攻撃を避け、果敢に攻めるサラ。
「はあっ!!」
「ええい、邪魔をっ!」
サラの素早い連撃に渋い顔をするマティアスだが、それでもマティアスを押し返せない。
何度剣を打ち付けてもマティアスは一歩も下がらなかった。
それどころか、マティアスからの一撃を避けきれずガードすれば、大きく押し返される。
体格差だ、サラとマティアスじゃあ素のパワーに差がありすぎる。
「クソっ!!」
「フラン援護だ! このままじゃマズイ!」
「ええとあんなんじゃ砲撃はダメだから……、ええと……よし!」
フランが周りを見て何かを見つける。
ってどこ行くんだフラン!?
フランが乱雑に置かれたテーブルの所まで走って行くのに目を取られた瞬間、サラの悲鳴が聞こえる。
「ぐああっ!」
すぐに振り向けば、サラが弾き飛ばされて床を転がりながら体勢を立て直すところだった。
サラの表情に苦悶が浮かんだ。
「く、クソ……」
「サラは下がれ!」
「何を!」
引く気のないサラが文句を言うが聞いている暇はない。
破壊されて背もたれだけになったイスだったものを拾いサラの前に飛び出る。
「懲りただろうにっ……!」
「しゃらくさい!!」
マティアスが剣を上げたタイミングに合わせ、背もたれをブン投げる。
だがマティアスは剣を小さく振って、柄頭でそれを叩き落とした。
二投目も言わずもがなで、牽制のつもりが全然なってないじゃないか。
そして、俺は役には立っていないが、助けに入られたことが気に食わないのか、立ちふさがる俺にサラが後ろから噛みついてきた。
「リューマ! お前は、余計な事をするな!」
「やかましいバカ野郎! 膝ついて言ってんじゃねえ!」
「なっ!? バカだと!?」
ところ構わずサラと罵り合っている隙にマティアスが接近してくる。
クソっ、こんな事言い合ってる場合じゃねって!
「お・ま・た・せええええっ!!」
「なにっ!?」
突如響く叫び声。
その声の主はさっき壁際に行ったフランだ。
振り返れば、どこぞの戦闘民族よろしく気合を溜めたフランから、ゆらゆらとオレンジのオーラが放たれていた。
「バカな……強化だと……!」
そんなフランの様子を見たマティアスが驚愕する。
そして、フランが両脇に置かれた長テーブルをそれぞれ掴むと、片手でそれらを持ち上げた。
「うぅぅりゃああああっ!!」
「なにーーーーっ!!??」
俺もサラも、挙句の果てにはマティアスでさえも開いた口が塞がらなかった。
長さ2メートルはあるだろう長テーブルは木製と言えどとても厚く、二人なら持つ事くらいできるだろうが……。
「くらえええええ!!!!」
端を持って片手で持ち上げるってのはいくらなんでもデタラメだろう!?
フランが叫び、マティアスへとテーブルを振り下ろす。
あまりの光景に呆気にとられていたマティアスがすんでのところで正気を取り戻し、大剣のごとく振り下ろされるテーブルを間一髪で躱す。
「こんな……くっ!」
マティアスがギリギリで躱すも、振り下ろされたテーブルが床を砕き、破片をまき散らしていく。
その破片を顔に受けたマティアスは、たまらず顔を覆い視界を遮ってしまう。
その一瞬の隙を狙い、フランが追撃する。
「もういっちょーーっ!!」
「デタラメが……がああっ!?」
横から薙ぎ払うように振り抜かれたテーブルがマティアスに直撃し、吹き飛ばされて壁へと叩きつけられる。
「す、すごい……」
「強化魔法……、べらぼうなしろもんじゃねえか」
「い、いや……これではまるで、超」
「とどめええっ!!」
長テーブルを持ち替え、投擲体勢に入ったフランがすかさずマティアス目がけテーブルを投げる。
だが、フランの咆哮と共に投げられたテーブルは、マティアスを捉える事は出来なかった。
あの攻撃を受けてなお、マティアスは避けるだけの力がまだ残っていたのだ。
投げられたテーブルはマティアスの横を掠めて壁を突き破る。
長年溜まった塵芥がその爆風で舞い上がり、マティアスを隠していく。
マズイ、暴れすぎた、逃げられる!
「フラン、逃がすなよ!」
「もちろん!!」
もう一つのテーブルを両手で持ち上げ、振り上げるフラン。
そのまま粉塵の中へと渾身の一撃を振り下ろす。
「調子に……乗ってくれるな!!」
テーブルが粉塵をかき分ける直前、視界を覆う粉塵の中から緑色の閃光が瞬く。
そして、その塵を巻き込みながら渦巻く突風が飛び出し、振り下ろされるテーブルの半分を粉々に打ち砕いたのだった。
「うぎゃあっ!? ええうそおっ!?」
「強化だと? そんなデタラメなものが……ふざけるなよ貴様!」
「魔法だと!?」
吹き飛ばされた粉塵から見えるマティアスは、その右手にハワードと同じ短杖を持っていた。
コイツ魔法が使えたのか!
「フラン!」
俺は叫びながらもフランの前に出ようと飛び出す。
簡単に破壊されたんだ、あのテーブルじゃあ盾にもならない。
「吹き飛べ!」
「うわあああ!?」
フランが半分だけ残ったテーブルを盾にして、マティアスの魔法を防ごうとする。
マティアスの短杖が光り、魔法陣を瞬時に展開、目標をフランに定める。
「させるか!」
フランとマティアスの間へと割って入った俺は、魔力を失って防御能力が無くなった左のミスリルで防御態勢を取る。
正直、結果は見えてる気はするが……ここは退けない!
「ハンマーガスト!!」
マティアスが詠唱し、短杖から風の塊が発射される。
着弾する瞬間、とっさに目を瞑って来たる衝撃に身を構える。
だが……。
「なに!?」
「ふぇ?」
マティアスの驚く声と、フランの間の抜けた声が聞こえはするものの、吹き飛ばされるような衝撃が来ない。
「ああ?」
目を開けると、前方のわずか数十センチ先で風が渦巻き、マティアスの魔法を受け止めていた。
コイツは……見たことがある、ゲイルバリア、ハワードも使っていた防御魔法だ。
「ちぃ……」
マティアスが舌打ちして、玄関口を睨みながら距離を取る。
マティアスが睨む視線の先には。
「なんとか間に合いましたね」
そこには、杖を構えたリゼットが魔法陣を展開し、その横からはクラリスが現われる。
「クラリス様! リゼット!」
「遅れて申し訳ありません、皆さんご無事ですね?」
クラリスが剣を抜け放ちながらマティアスに対峙する。
「俺らはな、ただハワードが先に奥に行った。 メリッサを探してる、あっちが心配だ」
「分かりました、ここは私が受け持ちます、皆さんはハワードさんの方へ」
「クラリス様! お一人では!」
一人で何とかするというクラリスにサラが心配して意見する。
だが、マティアスの方はそもそもそれを許さない構えだ。
「悪いがそれは無理だ、流石に大勢で行かれるのはこちらも困る」
剣と杖を構え臨戦態勢を取るマティアス。
5対1、それが出来そうだから強敵だよ、ほんとに……。
「じゃあ二手に分かれよう、俺とクラリス、残りはあっち」
「何を言っている貴様!」
「もう時間ねえんだ、わがまま言うな」
「わがっ……!?」
詰め寄るサラをリゼットを押し飛ばし、しっしっと手を振って合図する。
リゼットは困ったようにクラリスを見るが、そのクラリスは俺を見ている。
いいのですか? とそう言いたそうな目だ。
黙って頷いといた。
ベル何とかの一件がある、そのケジメはつけてもらわにゃあな。
クラリスがリゼットへと目配せをして、合図を受け取ったリゼットがサラたちをつれていこうとする。
「まかせたよ!」
「おう!」
フランの声に大きく応えた。
まかせとけ。
だが、もちろんマティアスはそれを阻もうとする。
「行かせないと……!」
「行かせるんだよっ!!」
杖を構え、奥へと行こうとするフランたちを狙うマティアスに俺は突撃し、杖を持つ手に蹴りを放つ。
「しつこい!」
マティアスは腕を上げて蹴りを避けるが、俺は上げた足をすぐにおろし反対の足で体を押し出してパンチの予備動作に移る。
それを見たマティアスはすぐさま剣を薙ぎ、それを妨害してきた。
剣が俺の首を刈り取る直前に身体をしゃがませ、そのままカウンターの様に足払いをかける。
「くそっ!」
だがマティアスは足を大きく開いた体勢になるが転倒せずに耐えきり、返す剣でしゃがんだままの俺へと切り払ってくる。
右からからくる、これは防げない……だから。
「ふんっ!!」
バク転の要領で体を逸らし、マティアスの反撃をかわす。
後ろへと大きく反らし、浮いた体の真下を風切音とともに一瞬で通り過ぎていくマティアスの剣。
「なっ!?」
大股に開いた足に、振り払った直後の腕。
流石にそれじゃあ踏ん張れねえだろう!
曲げた足と腕を伸ばしながら、頭から落ちる体を腕の力を総動員して押し返す。
ドロップキックだ!!
「だぁあらあああっっ!!」
そろった両足が無防備なマティアスの腹部に直撃し深く突き刺さる。
大の字のような体勢のマティアスはこの攻撃を耐えられなず、大きく吹き飛んて壁に叩きつけられた。
「がはっ!?」
「ふう……おし、いってくれ、二階の方だ! 頼むぞ!」
「く……任せるぞ」
サラが先頭になって奥へと入っていく。
それをクラリスの元へと戻りながら見届けた俺はマティアスへと向き直る。
マティアスはうずくまったまま、まだ動かない。
今のうちにこれを何とかしてもらおう。
「クラリス」
「え、はい、何でしょう」
呆然としていたクラリスが我に返る。
どうした?
「いえ、戦いなれているのですね」
「まさか、ケンカを超えたことすんのは今日が初めてだよ。 それより、魔力の補充頼めるか」
そう言って申し訳なさそうに両手を差し出す。
その……ね?
壊してしまいまして。
破壊されたミスリルの手甲を見てクラリスが驚愕する。
「ミスリルが!? こんな……何があったのですか!?」
驚きながらもしっかりと両手を持って魔力を手甲に送るクラリス。
手甲は徐々にその魔力の光を取り戻していく。
「魔力切れを狙われた、悪い、ぶっ壊しちまって」
「そうですか……いえ、あなたがご無事なら私はかまいません」
クラリスが優しく微笑む。
こんな時でもドキッとするあたり俺も男だよまったく。
「いやあ、そう言われると照れるにゃあ……」
そんなことを呟いた瞬間、誰かに睨まれるような気配、多分これが殺気ってやつだと思う。
それを感じた瞬間、すぐに体が動いた。
クラリスごと身体を押し倒して俺たち目がけて飛んできた何かをギリギリで躱した。
「な、なんです!?」
「やろう!」
その何か、魔法が飛んできた方をみる。
既にマティアスが身体を起こして杖を構えていた。
「マティアス……」
「おいおい、不意打ちかよ」
「冗談ではない……ここまでコケにされてな」
まだ足元がふらつくのか、壁を支えに立ち上がるマティアス。
それを見てクラリスが悲痛な面持ちで停戦を呼びかける。
「もうやめてください、これ以上は……、それになぜこんなことを」
「うるさい、貴様に何が分かる……」
「何をですか!?」
「てめえのきたねえ信念か? それとも捻くれた根性の事か?」
止めるつもりはないのだろう。
マティアスの目にはそれがありありと映っていた。
「バカに、してくれるな……」
「してんのはてめえ自身だろうがよ」
「っ……、はぁ……はぁ……」
腹を押さえながらでも剣を取るマティアス。
多分コイツにもこんなことをしでかしたわけってのがあるんだろうな。
じゃねえと、ここまで出来るもんかよ。
善悪云々ほざこうが、その分別がつかねえようなガキじゃねえのは分かり切ってる。
「やる気なんだろマティアス、もう今更なあなあで済ませらんねえのは分かってんだろうよ」
「ああ、そうだ」
「アカホさん! マティアス!」
クラリスの制止も聞かず、お互いに前に出る。
多分アイツはもう引くに引けないんだ。
そうじゃなきゃ、こんなところにはいないだろう。
こっちだってそうじゃないか、だから。
「ファイナルラウンドだ、このくだらねえいざこざにけり付けようぜ」




