第三十二話 家の為に
「遅い……」
小さな部屋の中、青年が静かに一人ごちる。
(さして時間のかかるものではない、ただ単に様子を見てこいとだけ……)
今いる建物に来てからずっと待っているが、様子を見に行かせた部隊が戻って来ない事に少しばかり焦りを感じていた。
クラリス達がこの後どうするかで自身の立ち回り方を決めなければならないのだ。
(つながっているという事が露見しているのは分かっている。 クラリスの飼い犬が探りを入れに来ていたからむしろ、敢えてバラした。 セザールから目を逸らすために……、しかし、やりすぎたか? まさかその日のうちに行動するとは……違うだろ、それが分かってたからこちらもすぐに行動を起こさせたんだ。 ……メリッサの情報が騎士団に入って、騎士団が捜索に動いた、それだけですでに俺の目的は終わっている、後は……)
椅子に座りながら、額に流れる汗をぬぐう。
閉め切って光さえまともに入らない薄暗い部屋だからか、少し湿気があって熱い。
窓は蝶番が壊れているのか開かないので諦めた。
(端からファイエットが幅を利かせていることが気に食わない連中だ。 足からちょっとでも引っ張れる裾が出れば全力で引っ張ろうとする。 俺は事を起こさせて、後は知らぬ存ぜぬを決め込むだけ。 それだけで、その連中が小事を大事に仕立て上げ、勝手に盛り上げていくだろう)
彼の頭の中に議会の場面が浮かぶ。
ファイエットに対して下らぬ質問を投げかけ、些細なことをさも重大な事件の様に騙りファイエットを責めたてる貴族たち。
青年が知っているそういうやつらにも、人のことを言えぬ不祥事などごまんとあるのに。
「ふっ……」
滑稽すぎてつい噴き出してしまった。
が、すぐにささやかな笑みは消える。
(集めた賊どもは……、クラリス達がもし来るなら、集めた賊をぶつける。 クラリスとその腰巾着がやられるとは思えない。 飼い犬共も、不測の事態とは言えベルグニウーを退けたなら、無傷とはいかずとも……まあ大丈夫だろうから、めんどうな賊を始末してもらおう。 来ないなら、こっちで直接手を下す。 別のプランを使うと言って集め、魔法で潰す。 これでいい……いいが……)
今の状況を彼は正直危ういと感じていた。
シナリオも、どういう状態になろうともこちらに飛び火することが無いよう事前手配は済ませてはいたが……。
(ただ……バルドア……、やつはどうなんだ……)
彼が抱える懸念、それはバルドアだ。
セザールが手なずけたのは、せいぜいこの小さなスラムだけで顔をデカくしているようなチンピラ連中だと高を括っていた。
予想外の大物、そいつの動向が読めないのだ。
(セザールに余計な入れ知恵をしたのは奴だろう。 直情傾向にあるアイツにこんな簡単な事さえ考え付くとは思えない。 まあ、それを利用してこちらに利があるように口出して、少しばかり内容を変えさせたが)
元々の予定とは少々違うだろうが、別にどうと言う事はないという風に飄々とした態度を崩さないでいたバルドア。
青年が自身の思惑を伏せて提案した時も、どこ吹く風のようにああ別にいいよ? と軽く流していた。
(気になるのはバルドアが、この作戦を決行してから一度も姿を見せていないことだ)
正直彼は野放しにしておけない。
態度や喋り方もそうだが、奴の底が知れない。
汗が1つ、ポタリと落ちる。
一人になりたくてここを選んだが、格好つけないで端で座っていれば良かったと、どうでもいい事を考える。
マティアス・マンディアルグ。
マンディアルグ家の四男。
祖父、父、兄たちと、王家、公家のガーディアンとしてその武名をとどろかせてきた一族。
一つの主を持たぬ不埒物と一部で揶揄されることもあるが、同盟と言う一つの国をまとめる王族たちを守る剣として、誇りを持って武術に励み、全ての王家にその名を知り渡らせるに至った。
王家一つがこの国の主ではなく、同盟を取り纏める全ての王族が己の主だと言う考えだ。
他には見られない特殊な考え方だが、その名に恥じぬ実力ぞろいなのは確かだ。
「おじい様……俺は……」
その大きな期待は、マティアスの肩にものしかかる。
自分の耳に聞こえてくるのは呪詛の様に何度も聞かされた言葉。
『よいかマティアス……』
(うるさい……)
『負けてはならぬ』
(分かってるさ……!)
『ファイエットには負けてはならぬ』
(…………分かってるってば!!)
「マティアス!!」
「っ!?」
急にドアが開き自分を呼ぶ声がする。
足音に気付かなかった。
それだけ思いふけっていたのだ。
とっさに顔を上げ、声の主を見る。
「マティアス! どこだ!?」
入ってきたのはセザールだった。
マティアスの友人……ではあるが、彼自身はそんなに肩入れはしていない。
社交界などでよく話しているうちに、いつの間にかよくつるんでいるというだけだった。
思ったことは空気も読まず口にして、考えるよりも突っ込んでいく猪突猛進型。
彼が誘拐したメリッサとは幼いころからの知り合いであり、セザール自身は彼女の事を気にかけているが、メリッサの方はそんな彼を疎ましく思っていたらしい。
学校での出来事でついに爆発した彼女によって学校から叩き出されたと聞いたとき、マティアスはいつかこうなるとは思っていたと、逆上するセザールを呆れ半ばにたしなめた。
「おいおい、こんなクソ暑いとこにいたのかよ!?」
「あ、ああすまないな」
どうやら独り言は聞かれていなかったらしい。
マティアスはちょっとだけ安堵した。
しかし、こちらを見つけたセザールは焦りを見せていた。
「どうした、そんなに急いで」
「急ぐさ! アイツらだよ! メリッサの姉が! アイツらがもうすぐそこまで来てるんだ!」
「なに? おい、私兵は戻ってきたのか?」
「はあ? なんだよそれ? んなもん来ちゃいないよっ!」
マティアスの疑念が強まる。
おかしい。
(こちらの独断とはいえ、何か噛み合わない)
「賊どもは?」
「もう出たさ!」
「残ってるか?」
「メリッサのとこだよ」
「お前も近くで待機しておけ」
「お前はどうすんだよ?」
部屋を出て廊下を進む。
「外を見てくる」
セザールと分かれ突き当たりのドアを開ける。
目に入ってきたのは広いエントランスで、開けたドアはそこから階段を上がった二階あるものだ。
元々ここは、まだこの辺りが第四区として機能していた時に作られた公共施設で、多くの都民が出入りすることを考えて大きく作られている。
(静かだ……)
マティアスがドアを開けて最初に感じたのは静けさだった。
セザールはすぐそこまでと言っていたからには、戦闘音が大なり小なり聞こえてくるものだと思っていたのだが……。
見下ろす広い空間には一人もいない。
壁際には乱雑に寄せられた椅子やテーブルなどが転がっていた。
中には、かつて展示されていたのであろう、今は埃まみれの騎士団の全身鎧がある。
現在は型落ちして使われていない古いモノだが、騎士団の紋章が入ったそのマントだけは昔から変わらない。
マティアスは見ていられなくなり目をそむけた。
「無茶苦茶だな……」
目的を思い出し、窓の外に目を向ける。
まずは外を確認しない事には、どうなっているのか分かりようもない。
そう考えながら、階段を一つ下りたその時。
扉がゆっくりと開き、誰かが入ってくる。
「ここか?」
侵入者が呟く。
この声は?
マティアスにはわずかに覚えがあった。
何せ、今朝聞いたばかりだ。
妙な噂をよく耳にするせいで名前だけは知っていた。
「やはりか……」
こちらの気配に気付いた侵入者は顔を上げた。
その顔を見たマティアス自身に驚きはない、来るだろうと思っていた。
「ん? ……よう、今朝方ぶりだな、マティアス」
「アカホ……」
(別にどうと言う事はない。 少しできるようだが、軽くたたき伏せればいい。 命を取ることまではダメだ、余計面倒臭くなる。)
入ってきた噂の主、アカホ・リューマを見下ろしながら、マティアスは階段を下りていく。
(ヤツが一人で来たという事はないだろう。 ならば、他は外か)
「首を突っ込み過ぎたな」
アカホは剣に手を添えたままマティアスを睨み動かない。
そしてマティアスはエントランスのボロボロの絨毯を踏みしめる。
(こいつらを黙らせて、メリッサを騎士団に引き渡して、それで終わりだ。 そう、単純なものなんだ)
「まったくだ、ついほっとけなくてな」
アカホが苦笑しながらやれやれと、芝居がかったよう両手を上げる。
マティアスは剣を抜くと、刀身が鞘を擦り、涼やかな音が響いた。
見れば映り込むほど磨かれた刀身は、ピッタリとアカホにむけられる。
「マジか……」
そしてアカホも、答えるように剣を抜く。
(ああ、これで終わりだ)
マティアスはアカホへと斬りかかった。




