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第二十八話 スラム突入

 時刻はもう1時をとっくに過ぎている。

 敵の襲撃を退けクラリス達と合流した俺たちは、マティアスの居場所がスラム街の潤いの館と呼ばれていた旧宿泊施設にあるという事を聞き出し、さっそくそこに向かおうとした。


「けど、まあ、とりあえずこいつらどうする?」


 そう言って指をさす先は俺たちを襲ったベルグニウーとその手下たち。

 無論ただで解放するわけにもいかないだろう。

 また襲われたりしたらかなわん。


「しばらくはこのままにしておきましょう。 また襲われる恐れもありますし、事が済むまでこちらのものに監視させますのでご安心ください」


 そう言いながらとクラリスがポケットから小さな紙を取り出しペンで何かをしたためている。

 書き終わったらそれを綺麗に四つ折りにし、緑色の魔法陣が浮かび上がって同じ色の光がそれを包んだ。


「お願いしますね、えい」


 そして紙を包む光ごと頭上へ放り上げると、頭の少し上でフルフルと震えてピューンと空の彼方へと飛んで行った。


「……何アレ?」

「何、とは……あ、リューマさんはひょっとして見るのは初めてですか?」

「おう、初めて見た」


 何だあれ、メモを持ってったけどどっかに届けるやつなのか?


「あれは風の小霊を呼び出して、言付けを届けてもらったのです」

「小霊?」

「簡単に言えば小さな精霊みたいなものだよ。 原始精霊とも呼ばれたりするんだけど、正確には精霊ってわけじゃないんだけどね」


 ハワードの補足に状況を忘れて心が踊る。

 精霊とな?

 違うらしいけど、似て非なる物か?

 いやしかし精霊の類をこの目で見ることができるとは、やっぱり魔法は見ていて楽しい。


「先ほどの小霊に言付けを持たせましたので、しばらくすれば私の家の者が来てくれます。 彼らの事はその者達に任せましょう」

「わかった」


 はしゃいだ気持ちを切り替え、すぐに校門へと向かった。 

 場所はスラム街だが、ここからだとかなり遠い。 急がないと日が暮れてしまう。

 夜のスラム街ってその言葉面だけでかなり危険な臭いがするからな。 最悪その日の捜索を断念せざるを得ないかもしれない。

 正直それだけは避けたい。

 もたついている間にマティアスやセザールに逃げられる恐れがある。


 なので急いで校門を抜けスラム街まで行こうとしたとき、俺たちの前に一台の馬車が止まった。

 高級感あふれる大きな馬車だ。

 な、なんだ!? まさかまた敵か!?

 マティアスも貴族だからこんなのを使ってる可能性は十分ある。


 思わず身構える俺をよそに機敏な動きでその馬車の御者が降りてきた。

 細身の長身で銀髪をオールバックにした初老の男だ。 

 そいつは降りてくるとすぐにクラリスの前でお辞儀をした。

 あ、まさかクラリスが呼んだやつか?


「お嬢様、お待たせいたしました」

「ご苦労様ですフレデリク」

「監視の者はすでに向かわせております。 スラム街まではこの馬車にてお送りいたします」


 どうやらそうらしい。

 来るのくっそ早えなおい。


「ありがとうフレデリク、到着次第すぐに突入します。 装備の方を用意してほしいのですが」

「クラリス様達の装備はすでに準備に取り掛かっております。 ですが、クラリス様とサラ様、リゼット様の三名だけかと思っておりましたので、申し訳ありません。 すぐに追加の装備を手配いたします」

「ありがとう、申し訳ないけどなるべく早くお願いいたします」

「畏まりました」


 とんとん拍子で話がまとまっていく。

 クラリス達が乗り込み、俺たちも乗ろうとしたときに執事に呼び止められた。


「御三方の装備を手配いたしますが、何か用意すべきものはございますでしょうか?」


 どうやら注文を受け付けてくれるらしい。

 と言っても何を用意したらいいのか解らん。

 戦闘があることを考えて鎧と剣くらいか?

 あ、いや、ひとつあった。


「僕は軽装鎧と剣をお願いします」

「あ、私もそれでいいよ、おねがいしまーす!」


 ハワードとフランは直ぐに決めたようだ。

 まあ俺も似たようなもんだな。


「俺も軽装鎧と剣を頼みます、それともう一つ。 手甲をお願いします、とびっきり頑丈なの」


 戦闘訓練の授業で分かったことだが、どうやら俺は剣よりも拳を繰り出すことのが多いらしい。

 決闘の時も最終的には格闘戦を挑むくらいだし、襲撃の時もそうだったし、俺は多分そっちの方が性に合ってるんだと思う。

 まあ授業ではそのたびに先生に怒られるんですけど。


「畏まりました。 クラリス様、装備についてはスラムに到着するまでにご用意いたしますので、それでは後程」


 最後の俺が座ると同時に一礼して扉を閉める執事。

 御者台にはいつの間にか別の執事が座っていて、扉閉まると同時に手綱を操り馬車を走らせた。

 最初人が走るより少し早い程度だったが、大通りに出たとたん一気に加速する。


「このスピードならさほどで時間はかからないでしょう」

「ああ」


 それ以降馬車の走る音と通り過ぎていく町の賑わいだけがこの中を包んでいた。

 皆この後の事を考えて緊張しているのか顔は強張っている。

 正面に座るクラリスはずっと外を眺めたままだったが、その手は強く自分の腕を握りしめていた。


 心配するな、なんてそんなことは言えない。

 そんなもんで消えるほど些細な心配事じゃない。

 今どうなっているのか解らない、その怖さは簡単には消えない。

 だけどそれでも何か言いたかった。


「クラリス」

「……! リューマさん?」


 呼ばれたことに気づいたクラリスが顔を上げる。


「必ず見つけようぜ」

「……はいっ」


 その表情は少しだけだけど、明るくなった気がする。

 心配するなとか、大丈夫だよとか、そういう同情は無責任だなんて思ってしまう。 それが心からの善意だとしても。

 だけどそうじゃなくて一緒に協力してくれる人がいる。

 それは恐怖を消せないもであっても、立ち向かう勇気は得られるはずだ。

 俺がそうだったように。


 馬車が目的地に近づく度に鼓動が速くなっていくの感じながら、外に耳を傾ける。

 先ほどまでと違ってすでに人もまばらになっていて騒がしさのかけらもない。

 耳に入ってくるのは鼓動と息遣いと馬車の駆ける音だけだ。


「そろそろです」


 外の静けさにクラリスが言った。

 窓から前方を見ると城壁が見える。

 その脇、城壁に一番近い位置にある建物から数件が木造建てで、すでに廃れたような外見をしている。


「あそこか?」

「はい、スラムの入り口です。 フレデリクもいますね」


 北の城門に向かって左側、西スラムの入り口に馬車が一台止まっている。

 傍にはさっき装備を要するために分かれた執事のフレデリクが立っていた。


 え? さっき用意するために分かれたのにもうできたの? それでしかも先回り?


「あっちの馬車に乗った方が早かったんじゃ……」

「フレデリク殿は仕事が速いからな」

「気にしても仕方のないことよ~」

「さいですか~……?」


 取り巻きーズの言葉に妙な納得? しつつ、フレデリクの近くに止まった馬車から降りる。

 あまり揺れなかったとはいえやっぱりお尻が痛いな。


「お待たせ致しました。 皆様の装備を用意してございますので、すぐにでも」

「ありがとうフレデリク、お願いします」


 クラリスがそう礼を言っているが……、いや逆にお待たせしたのではないだろうか。

 そんなことを思っているとフレデリクがチリリンとベルを鳴らす。

 何だと思った瞬間、馬車から六人のメイドが一斉に出てきた。


「へ? 何!?」


 フランが思わず驚くが俺も驚いたわ。 変な声を出さなかっただけ上出来だろうよ。

 ぞろぞろと言うよりもテキパキとした動きで、六人のメイド達が大きな荷物を抱えつつ馬車から飛び出しそれぞれ俺たちの前に立つ。

 何を持って来たんだ思う俺の前でメイドがその荷物を広げると鎧一式と武器が入っていた。

 しかも学校で見た物よりかなりの上等な代物だと思う。


「あ、ありがとうございます」


 フランが面食らったように礼を言う。

 ってメイドたちに驚いている場合じゃなかった。

 とにかく装備を付けてスラムへの突入準備をしようと思い、用意してくれた鎧に手を伸ばそうとしたそのとき、まだ目の前にいたメイドがその鎧を持って近づいてくる。

 え? メイドさんどったの?


「失礼いたします」

「え?」


 そしてメイドさんに抱き着かれた。






 ハッ!?


 いや違うなんだこれいきなりどうした!?

 よく見るとメイドさんが俺の後ろに手を回して何かしている。

 カチッという音が聞こえると俺の体にさっきの鎧が取り付けられていた。

 あ、鎧を付けてくれていたのね。 あ、うん、ワカッテマシタトモ。


 その後もテキパキと無駄のない動きで次々と装備を付けていくメイドさん。

 隣を見るとフランとハワードもちょっと恥ずかしそうにされるがままになっていた。

 クラリス達はなれているのか気に留めた様子はない。 もしかしていつもつけてもらってんの? うらやましい。


 なんてくだらんこと考えてるとメイドさんがスッと離れていく。 あっという間に全部付け終っていた。

 正直俺が付けるより三倍近く速い気がする。


「ん?」


 腰に妙な重みを感じる。

 見てみるとウエストポーチのようなものが付いていた。

 二つのホルスターが付いていて、中には綺麗に磨かれたソフトボール大の鉄球が入っていた。


 あの決闘を知っているやつはどこのどいつだ~い?

 作業を終えたメイドさんにまさかの視線を向けるとにこっと笑って一礼した後馬車へと戻っていく。

 お前かよ。

 もう気にしない事にしよう。


 そしてそれとは別に気になるポイントがもう一点、それは両腕の手甲だ。

 灰よりもわずかに紫がかった色合いで鈍い輝きを放ち、重厚な装甲が幾重にも重なって前腕部を覆っている。

 他の手甲よりも大きめで見た目からして重そうなのだが、まあ鎧だから重さを感じないってわけじゃないが腕を振る分には気にならない程度の重さだ。

 ただ、そのほかの鎧は普通の鋼鉄製なので、なんていうか腕だけ別物だから変に目立つような気がする。


 そういうわけで用意してくれた俺の装備はナイトソードと鉄球×2、盾は今回置いておくことにした、屋内戦が予想されるためだ。

 そのかわりにこの手甲が盾の役目を果たしてくれるだろう。


「にしても分厚いのにそれほど重くねえ、何でできてるんだこれ?」

「これも、見るのは初めてのようですね」


 不思議に手甲をジロジロと見ていると、鎧を着け終えたクラリスが酔ってきた。


「おう、随分綺麗な色してるしな」

「それはミスリルという魔法鉱石ですわ。 魔法銀とも呼ばれます」

「ミスリル!? これが!?」


 ミスリル!

 よく魔法力を高めるものとしてもちょくちょくいろんなRPGに顔を出す結構有名な素材だ。

 無論俺も本物を見るのは初めてだ。


「どうやらご存知のようですわね、では使い方も大丈夫でしょう。 それではみなさん準備はよろしいですね?」


 クラリスの言葉に全員が頷く。

 入口から覗くスラムは昼間なのに薄暗く感じる。 人が離れ、長い間放置されているからこその殺風景、それが不気味さを感じさせるのかもしれない。

 ここから見える範囲には人がいるという生活感を感じられない。

 まるで廃村だな。


「クラリス様ー!!」


 スラムに足を踏み出そうとした時、クラリスを呼び止める声がして振り向くと、俺たちが来た道の向こうから馬にのった騎士風の若い男が駆けてくる。

 騎士のような武装をしているがなんか雰囲気が違う、多分クラリスが言っていた私兵だろうか。


「モーリス?」


 クラリスがその人を見てどうしたのかと疑問の顔をする。

 モーリスと呼ばれた騎士風の男が馬から降りて片膝をつき、矢継ぎ早に言葉を切り出す。


「報告します! 騎士団が街の警戒を強め、現在いくつかの騎士隊が人気の少ない外周部を中心に捜索行動を行っているとのこと! おそらくメリッサ様を探しているのではと思われます!」


 肩で息をするモーリスが告げたのは、すでに騎士団がメリッサ捜索に動き出しているのではと言う事だったが。

 待てよ? クラリスは騎士団には話してないんじゃないのか?


「んな!? なぜ騎士団がもう捜索している!?」

「まさかどっかからリークしたんじゃあないだろうな」


 サラの言葉に思い当たるとすれば、誰かが騎士団にタレコんだってとこだろう。


「り、りーく?」

「情報が騎士団に洩れたのかってこと」

「い、いや、そんなはずは……!」


 じゃなきゃどうやって騎士団がそれを知ったかって事だが……。


「それとクラリス様、騎士団の動きなのですが、町の警備隊はそのまま、騎士学校を固めていた部隊が任を解かれ捜索に下りてきていると」


 何だと? 学校の騎士隊が?


「分かりました、ありがとうモーリス」

「なんで学校の騎士隊が動いてるんだよ?」


 現在学校警備は増員した複数の騎士隊で固められている。

 ガラハッドさんが校長と話し合い、守りを固める事に決めてそうなったんだ。

 バルドアがエルヴェシウスの本を狙って学校を睨んでいるからだ。

 なのになんで学校の騎士隊を?

 どうしたんだよガラハッドさん!?


「考えても仕方ありません、動かしたのは私たちではないのですから。 今は起こってしまったことよりも……」

「あ、ああ、そうだな」

「モーリス、私たちはスラムに入ります。 ここではまだ危険ですので、フレデリク達を連れて下がってください」

「……分かりました、クラリス様もどうかお気を付けて」


 頭を下げたモーリスはすぐさま馬にとび乗り、フレデリク達の馬車を率いて離れていった。


「さあ、私たちも参りましょう。 騎士団がメリッサを見つける前に探し出さないといけません」

「分かった、行こう!」


 そして俺たちはクラリスを先頭に俺たちはスラム街へと突入した。


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