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第二十二話 お城の階段は長い

「うぇ~い疲れたー、帰ろう、帰って寝よう」


 五限目の魔導実技が終わり、ゴーンゴーンと鳴る授業の終わりを告げる鐘の音を聞きながら、俺は教室のドアを開ける。


「疲れたーってリューマは何もしてないじゃん!」


 そうフランが言いながら肩を揉んできた。

 やめんかくすぐったい。


「何もしてないわけじゃないからな? 体調悪くて休んでるように見えるけど、あれは立派な瞑想だからな?」

「迷走……」


 おうその言葉のニュアンスやめーや。


 ハワード、フランと飯を食い行ったこの前の休日。

 半年前、俺を襲った盗賊の男に再び襲撃されるという事件があった。

 その時は落ちてた鉄棒で剣を叩き付けて騒音を響かせ、路地裏に逃げる前の騒動と合わせて騎士へ通報が行くことに賭けた俺は何とか賭けに勝って、助けにきてくれた騎士達によって事なきを得た。


 アイツの言っていたことから察するに、誰かに雇われてハワードの親父、エルヴェシウスが残した本を探しているようだったが……。

 どうやらその本を今はハワードが持っていることと、ハワードがエルヴェシウスの息子だということは知らないらしい。


 だが、学校で待ち伏せていたってことは、ある程度の目星はついているってことなんだろうか。

 詳しいことについて、俺を助けてくれた騎士モードレッド・ジャービスに話そうとしたが、詳しいことは今度聞くから今はかえって休めと言われた。

 だから騎士団にはまだアイツの狙いは知られていない。

 出来ればすぐにでもガラハッドさんには言っておきたいんだが……。


「どうしたの? 難しい顔して」

「ああハワード、この前のな……」

「龍真君を襲ったやつの事?」

「ああ」


 あの事件の後、すぐに噴水広場に戻ったが、ハワードたちは奴と接触してはいないそうだ。

 近くには事情を(エルヴェシウス関係の事を除いて)説明し、先行してもらっていた騎士もいたので手を出すことはなかったのかもしれない。


「なあハワード、あの本ってまだ持ってるのか?」

「え? ああ、うん。 それがどうしたの?」

「ああ……」


 奴の狙いについて話そうと思ったが、後ろからぞろぞろとクラスの連中が入ってくるので一旦席に戻って、片付けながら小声で話す。


「あの本なんだけど、多分、あの男の狙いはその本だ」

「え!? あ、……それ、どういうこと?」


 狙われているという事実に一瞬デカい声を出すが、すぐにトーンを落として小さくなるハワード。


「あの本って、前に図書館で見つけた……なんて名前だっけ?」

「アンリ・ユベールの構造変形についてだ」

「そうそれだ。 で、なんで狙われてるの?」

「知らん。 だけど、アイツは誰かに雇われてる感じだったから……」

「誰かが僕が持ってるあの本を欲しがってる」


 ハワードの答えに頷いた。


「魔物化に関する本だ。 そんなもん欲しがるなんて相当ろくでもないやつだろうぜ。 だからお前はその本をどっかに隠しとけよ、見つからないようにな」

「うん」


「ちょっといいですか?」


 コソコソと話していると急に頭上から声をかけられた。

 ヤバい、内容が内容だけに心臓が止まるかと思った。


「そんなに驚くことはないじゃないですか」

「な、なんだ、サルヴェール先生っすか、ビックリした」

「ねー、それで先生、どうしたんですか?」


 意図せぬサプライズにビビる俺たちに呆れる先生にフランが訪ねた。

 そしてサルヴェール先生がその手に持っている書状を俺に渡した。


 なんだこれ?

 例によって読めない。 いや、まて、読めない読めないではいつまでたっても上達しない。 これは……し、城、城ってのは分かった。


「えーっと……城……に、なんだ? こい、来い?」

「まあ、かみ砕いて言うとそういうことですが、正しくは登城要請の書状ですね」

「とうじょう?」


 ハワードがその書状を覗き込んで翻訳してくれる。


「アカホ・リューマ殿、王城リノハウルへの登城を要請す」

「短い割には長く書いてるな」


 読み上げた部分からして上の数行だろう、それにしちゃまだ書いてるようだが。

 ハワードが更に続きを読み上げる。


「追伸、ぶっちゃけて言うとこの前の襲撃のこと聞きたいから、今日の授業が終わったらリノハウル城にある俺の執務室まで来てくれ。 正門のところでモードレッドが待ってるから特に難しいことなく入れるはずだ。 以上だね」


 追伸で書くようなことじゃねえ。


「これ書いたのガラハッドさんですか」

「ご名答、というわけでガラハッド騎士団長からの呼び出しなので、この後すぐに城に向かってください」

「はああ、了解です」


「城? 呼ばれたって……」

「今度はなにやらかしたんだ?」


 先生が堂々と言うもんだから城に行くことがバレた。

 別に悪いことしちゃいないからな!? ほんとだぞ!?

 つい睨むようにクラスを見渡すとミノーさんと目があった。

 涙目で目を逸らされた。

 泣きたい。


 ん?なんだよフラン。 肩に手なんか置いて。


「いつかやると思ってたよ」

「はったおすぞこのやろう」





 と、いうわけで。

 アホな茶番の後、2人と別れた俺は王都中央に悠々とそびえるこの城、リノハウル城の正門前に来た。


「おおう、学校が隣に立ってるからいつも見てるはずなのに、やっぱ近くで見るとでっかいなあ」


 そう見上げながらぼやく俺の格好は騎士学校の制服だ。

 なんか正装とかした方がいいのかと思ったけど、騎士学校の生徒は騎士だけど騎士ではない騎士見習いという扱いなんで、俺たちの正装は制服になるんだそうだ。


「たしかモードレッドさんがいるって書いてたけど……あ」


 いた、城を囲む城壁の入り口、そこに一人騎士が立っていた。


「おうリューマ君、やっと来たな」


 俺を見つけたモードレッドが大きく手を振って呼びかけてくる。


「すみません、お待たせして」

「いいよ、学校終わんのこの時間ってしてるし、どうせ暇だし」

「モードレッドさんは騎士学校の卒業生なんですか?」

「ああそうさ、だから困ったら相談に乗ってやってもいいぜ? 先輩面したいしな、はははは」


 最後が無ければ頼れる先輩って感じだったんだがなあ。

 そう言って正門に歩き出すモードレッドを追いかける。


「そんじゃあ今からガラハッド騎士団長の所に行くけど、まあ説明はもう入ってるだろうから特に小難しいことはないはずだ」

「はい」


「そこの騎士、リノハウル城に何ようか!」


 その意味を聞こうとしたところで門番に呼び止められた。


「外周防壁警備隊所属、モードレッド・ジャービス二位騎士であります。 私以下二名、先日の乱闘事件についてガラハッド・バリストン騎士団長殿より登場の要請を受け参上しました」

「ああ失礼、貴方たちの事ですね、騎士団長より話は伺っています。 どうぞ」


 確認作業はすんなりといき、門番に礼を言って門をくぐって城の中へと足を踏み入れる。


「うわああ……すげええ……」


 当然のごとく広い空間、落ち着いた装飾の中にも煌びやかというか華やかというか、そんな意匠があしらわれた美術品が置かれ、意外と明るい感じを受ける。

 あと以外と言えば、結構静かな感じかと思えばそうではなく、人の往来もそれなりにあってあちこちで人の話し声が聞こえたり、忙しそうにバタバタと走る音が聞こえたりと結構、言い方は変かもしれんが活気があった。


「意外と賑やか」

「そうか?」

「もっと静かだと思ってました」

「まあ、ここは王都だけじゃなく同盟全土の政務も仕切ってるからな、年がら年中こんな感じだ。 どいつもこいつも忙しそうに走り回りやがってぇ」


 モードレッドが呆れた感じにそうこぼした。

 イメージでは貴族とかが優雅に歩いてたり、警備兵が静かに立ってたりとか、ゲーム内で見るような落ち着いた感じかと思ったが全然違う。

 役所とか都庁とかそんな感じをもっと忙しくした印象。


 が、俺たちが城内を進む中、ある通路に続く一角が急に静かになり始める。

 そしてそこにいた人たちが次々と膝をつき頭を伏せた。


「なんだ? モードレッドさん、あれなんなんです?」

「ん? げえ!? おいちょっとこっち来い!」

「え? ああ、ちょっ!?」


 静かに膝をつく一角を見た瞬間いやな顔をするモードレッドが慌てて俺の腕を引いて壁際に連れて行く。


「ほら、お前も同じように膝ついて頭下げて!」

「へ? あ、はい」


 急いで皆と同じようなポーズをとった直後、最初に膝をつき始めた人たちがいた場所にある通路からある集団が入ってきた。

 全員がその人たちに向かって恭しく頭を下げている。

 その人たちは如何にもな服装をしていた。


「あれって……ひょっとして王様ですか?」


 こっそり目を向ける俺は隣のモードレッドにひそひそと聞いてみる。


「ああそうだ。 先頭にいるのが現同盟統合王家議会長、シメオン・フェリクス・アニエス・ド・ザントライユ国王陛下だ」

「マジもんの王族ッスか」

「マジの王族っすよ」


 チラリと顔を見てみると、確かに厳つい顔をしていて如何にも国王だって雰囲気を感じる。

 と、そこで国王率いる集団の中に一人小柄な女の子がいるのが目に入る。

 集団に守られるように真ん中にいたその子は、鮮やかな、でも深い青色をしていて綺麗な髪をしていた。

 青い髪、今までは普通に黒や金、茶、とかそんな感じだったけど、あんなに綺麗な青色ってのは初めて見た。

 コスプレとかじゃ珍しくはないけど、やっぱ作り物感が激しくてそういうのには抵抗があったが、あれは違う。

 一発で地毛だと分かるような美しさだった。


「あ……」


 いつの間にか顔が上がっていたのか、その青髪の少女と目が合う。

 なんていうか冷たい目だ。 視線だけで切り裂けそうな感じの。

 ヤバいと思ってすぐに頭を伏せる。


 その後は何事もなく国王らは通り過ぎて行った。

 そして徐々にこの一帯に入ってきたときと同じ活気が戻り始め、再び人の往来が多くなっていく。


「あの子は……」

「どうした?」

「なんか、めっちゃ綺麗な髪した子いませんでした? 青い髪の」

「ああ、そりゃあシメオン陛下の末姫、セラフィーナ・ベルティーユ・シメオン・ド・ザントライユ殿下だ。 あの髪は、まあ次期国王の証みたいなもんかな。 実は俺も詳しくは知らん、代々ああいう奇抜な髪をしたのが王位を継ぐってことくらいかな」


 奇抜な髪、ねえ。

 奇妙というよりも、特別、という印象を受けたけどな。


「さあ行くぞ、騎士団長殿の部屋は四階だ」

「了解です」





 で。


「はあ、はあ、はあ……長い」

「もうへばったのか? あとちょっとだから頑張れ」

「はい……」


 各階層が天井までが以上に高いから、上がるまでの階段も必然的に長くなる。

 ここまで長い階段を上り続けたのは初めてだ。

 つ、疲れた、エスカレーターとかエレベーターとか誰か作ってくれ。 切実に。


 ちょっとだけ休憩をはさみ、ガラハッドがいる執務室の前に来た。

 扉には札がかかっているがこれは……多分執務室とでも書いてるんだろう。

 モードレッドが扉の前に立ちノック、そして大きな声で中にいるであろうガラハッドに告げる。


「モードレッド・ジャービス二位騎士及び、アカホ・リューマ騎士学生、要請に応じ参上しました!!」

「入れ」

「失礼いたします!!」


 ガラハッドの言葉にモードレッドが礼儀正しい姿勢で断りを入れて扉を開ける。

 中は大きなデスクに山積みの書類。

 小さなテーブルとそれを挟むように置かれた椅子が四つ。

 校長室の部屋によく似ている。

 壁には同盟の国々の国旗だろうか、十の国旗が並びそこに騎士団の旗も掛かっていた。


「モードレッド・ジャービス以下二名、先日の乱闘事件について詳細の報告に上がりました」

「あ、ああ、ご苦労……」


 そう言うガラハッドの様子がおかしい。

 肩がプルプル震えている。


「いえ!! ガラハッド・バリストン騎士団長殿におかれましては連日の政務に騎士団の指揮と多忙を極める中、このようなことに時間を作りいただき――――」


「ブフッ、ククク……アハハハハッ」


 突然笑いだした。

 なんなんだ!?


「やめろやめろ、分かったから!! 急に呼び出して悪かったから!! お前にそんな話し方をされると気味悪くて仕方ない」

「……、ひっでえなおいー」

「え、知り合いなんですか?」


 急に笑い出し、ため口になる2人。

 そう言えば正門で話していた時も、騎士団長の元に会いに行くと言うか、ダチの所に遊びに行くと言ったほうがいいような感じを受けた。


「ああ、モードレッドは騎士学校時代からの同期でね」

「腐れ縁みたいなもんだ、コーヒー入れていいか? 騎士団長殿」

「いつも勝手に入れてるくせに。 いいぞ、二位騎士殿。 龍真君もよく来てくれた。 疲れたろう、まずは座りなさい」

「あ、はい、ありがとうございます。 驚きましたよ、急に笑うもんですから」


 モードレッドが壁際におかれたカートのポットを手に取り、その下に魔方陣が浮かび上がる。

 赤い光を放つそれは熱気を帯びているように感じた。 ポットを温めているんだろうか。


「ああすまない、こいつの性格を知ってるから、あんな礼儀のある態度を取られるとついな」

「おい、まるで俺が礼儀がないみたいじゃないか」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「考えた上での返答だバカ野郎」


 そう悪態をつきながら慣れた手つきでコーヒーを三つ用意する。

 それをテーブルに置いて椅子にドカッと座りこんだ。

 まるで実家にいるような安心感。 違うか。


「あの階段は疲れただろう、はじめて城を上ったやつは大抵そうなるんだ」

「あれ、長すぎですよ……」


 上ってきた階段を思い出して辟易する。

 とうぶん階段を上りたくないとさえ思えるくらいだった。

 四階が果てしなく遠く感じたよ。


「だよな、階段を長く作りすぎなんだよ、ていうか各階の天井が高すぎんだよ、もっと低く作りゃあいいのに」

「ここが完成したのはもう大昔の事だ、いまさら言ってもしかたないだろう」

「ですよねー」

「それでだ、早速だが本題に入りたい。 龍真君、君を襲った賊についてだ」


 コーヒーを一口飲んだガラハッドが今日呼ばれた本題を切り出した。


「君を襲ったのは、半年前、アルセムの森で襲撃してきた盗賊グループのリーダー、で間違いないんだね」

「はい、ガラハッドさんが戦ったとき顔につけた傷がありましたし、アイツは俺とアルセムの森で出会ったことも覚えていました」

「てことは、バルドアか。 しぶてえなアイツも」

「バルドア?」


 モードレッドが言った名前に聞き返す。

 アイツの名前だろうか。


「バルドア・バロイ、盗賊団のリーダーとしてあちこちで面倒をまき散らすやつだ」

「しかもその時その時でメンバーがコロコロ変わるし、素性についても何も話さないために、実は奴について知ってることは俺たちも少ないんだ」

「結構やっかいな相手ですね」

「まあな」


 ガラハッドが疲れたように頷く。


「アイツは何故か盗み関係の仕事しかしないために、盗難や強盗の事件を追えば何か掴めるだろうと思っていたんだがな。 アルセムにいたのも、アイツの目撃証言を追っていた時だった」

「運よくってことっすね」

「ああ、本当に良かった」

「しかしだ、あの野郎がここにきてるってことは、ふんじばんのも時間の問題ってことだ。 よかったじゃねえか」

「だが、アイツは引き際はあっさり決める方だから、取り逃がすことも大いにありうる。 準備は万全を期したいが、確かバルドアは仕事を受けてここに来ていたんだよな」


 そこで俺はあの時バルドアが言っていたことを伝える。

 エルヴェシウスの本を狙っていること、それを依頼されたこと。

 そして、学校で監視していたこと。


「ふむ、アイツの探し物の本は学校にあると見ていいな」

「エルヴェシウスの本か、またろくでもなさそうなものを」

「それで実はその本を、友達のハワードが持ってるんです」

「なに!?」


 ガラハッドが身を乗り出した。

 危うくコーヒーが零れるところだった。


「ハワード……確か校長室でマートニー君と一緒に入ってきた子だね」

「はい、でもアイツはハワードが持ってることをまだ知りません。 何とかしてバレる前にアイツを捕まえないと」

「でなければそのハワードって子に被害が及ぶか……」

「わかった、なぜその子が持っているのか、今は聞かない。 モードレッド、外警隊にローテ間隔を詰めるのと警戒態勢を厳にするよう伝えてくれ。 人員についてはこっちで追加をよこす。 俺は今からオードラン校長とこのことについて話してくる。 こっちも警備体制を強化しないと」

「あいよ、じゃあなリューマ」


 そう言ってこっちに手を振りつつ退出していった。


「龍真君ももう帰りさい、明日も授業はあるからね。 心配する気持ちは分かるが、今は俺たちを信じてほしい」

「……はい」

「それと、しばらくは学校の生徒たちに町へ降りるのを自粛するよう呼びかけるつもりだ。 何か入用があるなら早めにな」

「了解です」


 そしてガラハッドと一緒に退室して城を出た俺は、町である程度買い物をして寮へと帰ったのだった。



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