第十五話 宣戦布告 by 汚物の権化
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
重厚な音を放つ鐘の音が12時を知らせる。
静かに授業を聞いていたこのクラスに喧噪が戻り始めていた。
「えーでは、今日の授業はここまで」
「起立、礼」
クラス委員の号令に全員が全く同じ動きで立ち上がり礼をする。
「ありがとうございました」
「はい、えーちなみにですが」
これで終わりと思って学食に急ごうとしていた生徒たちの動きが止まる。
「えー次回の授業では小テストを行います」
「えーーーー!?!?」
「えー出題する範囲はゴブリンに関しての全てです」
「おいマジかよー……」
生徒の中にどよめきが走り、数名の生徒が肩を落としていた。
多分ちゃんと聞いてない連中だろうな。
「えーヒントを出すなら、教科書の43ページから65ページの間です。えーそれ以外からは出さないので安心してください」
「安心できねーよー」
「範囲広すぎだろう……」
「えーではみなさん、午後の実技も頑張ってくださいね」
そう言い残してダミアン先生は教室を後にした。
マジか、テストかよ……。
しかもゴブリン全部。
嘘だと言ってよダミアン先生……。
ちらりと隣を見る。
「ほへぁ~~……」
気が飛んでやがる。
先生のテスト予告、効果は抜群だ。
「ハワード、次の魔物学っていつだっけ?」
振り返りながら後ろの席のハワードに聞いてみる。
「……明日だね」
ばたん。
フランは倒れた、目の前が真っ暗になった。
後は所持金減らせば処理終了、冗談だよ?
「フランさん大丈夫?」
「ほっとけ、どうせ前みたく一夜漬けでもしてくんだろ」
ちなみに前回の小テストはスライムに関しての全ての範囲。
フランはそれに対してほぼ1日でその内容を頭に叩き込みテストに挑んだ。
まあ結果は惨敗だったんだが。
俺? 俺は事情を知ってる先生方の計らいで一対一の問答形式でテストを受けさせられた。
何あのプレッシャー、何とか赤点は回避できたけどマジでギリギリ、早く字を覚えないとあれがまた続くのか。
「リューマー……」
「ん、なんよ?」
フランが突っ伏しながら横目で俺を見ている。
「ノート見して?」
「おう、読めるもんなら読んでみい」
板書を書き写すことすらできない俺が必死で書き殴ったノートをフランに手渡した。
「…………何書いてるかわあっかんないよおおぅ……」
嘆きながら再び突っ伏した。
そりゃあそうだろう、俺日本語しか書けないし。
「さてフランの敗戦が決定した所で、飯食いに行こうぜ。そろそろ行かねえと席が埋まって待たされちまう」
「そうだね」
「うぁ゛ぁ゛、いくぅぅ~~……」
じゃあ立ち上がらんかい。
そしてゾンビの様に項垂れるフランを引きずりながら、俺たちは学食に向かった。
……が。
「あっちゃー」
「あちゃあ……」
「あちょー」
席を見るとほぼ埋まってる感じだな。
既に列ができ始める所だった。
「早く並ぼうぜ」
「うん」
「あ、まって、スルーしないでー」
知らん。
列に並ぶがこれじゃあ十分以上はかかるな。
「諦めて購買でも行く?」
「あっちに? 冗談だろ」
「そっちの方が早いかもしれないよ?」
「あっち行くくらいならおれぁここに並ぶぜ。しかも金を使わなくていいってのがいい」
そうなんだよ。
昼時になると大抵の生徒がここに来る。
多分八、いや九割が学食だ。
何故ならこの学校、学食のメニュー全てが無料食えるからだ。
そう、ただ、金いらない。
じゃあこっちに来ない理由はないよな。
この学校超太っ腹、出過ぎてぶよぶよになってないか心配するレベルだ。
一応購買もあるっちゃあるが、ほとんどがこっちに来るから何時行っても品薄状態で、正直ある意味ないんじゃないかと思う。
まあこの列に並ぶのが嫌な極々小数の生徒が買いに行く程度か。
そして品の薄さに絶望してこっちに戻ってくるというわけだ。
ちなみに俺も一回だけ言ったことがあるが、品数が少なすぎてマシなもん置いてなかったなあ。
その日は小っちぇー弁当一つ買って午後をなんとか凌いだ。
だからどれだけ並ぼうが待ってみせる。
「ああーお腹すいた―」
「ええい項垂れるなもたれるな絡みつくな、暑いわアホ」
「アンデットになったらよろしく~」
「空腹でアンデットになっちゃうの?」
「なったら焼いた上で海にばら撒いてやる」
「ひ~ど~い~」
ああ、背中にもたれ掛ってくるからこう……ふにっというか、ぷにゅっとした……ね?
平常心でいられる俺を誰か褒めてほしい。
なんて背中の感触に全神経を集中しているとようやく順番が来た。
寮とは違い人数が多いからか、さすがにここではセルフサービスだが、出てくる料理の質に関しては全く同じのハイレベルだ。
「でもそろそろ和食とか恋しくなるよな」
「わしょくってなに?」
「俺がいた世界での料理だよ」
肉じゃがとか寿司とか味噌汁とか。
手にしたトレイに、高級感溢れる食器に盛られた料理を乗せていく。
「リューマは作れるの?」
「んなわけあるか」
料理なんてしたことない。
「ざんね~ん」
「リューマ君、フランさん、席あったよ」
先に料理を取って席を探しに行ってくれていたハワードが俺たちを呼ぶ。
混み合う人の中ハワードが席を確保してくれていた。
「おーう」
「よーし食べよ食べよ」
その席に向かう途中ハワードの向こうから人をかき分けてくる生徒がいた。
そしてそいつはそのままハワードの方へ向かい、声を出す間もなくハワードを強く押し出した。
「え……うわあっ!?」
テーブルに料理を置こうとした時だった。
急に押されたために手に弾かれてトレイがひっくり返り、落下した皿の割れる音が響く。
「な、え!?」
「ハワード!?」
いきなりの事に周囲が何事かとざわめく。
「大丈夫かハワード!」
「う、うん」
トレイを近くのテーブルに置いて、俺は倒れたハワードに駆け寄った。
よかった、ケガは無いようだ。
「ちょっと何するの!? 危ないじゃない!!」
いきなりの事に呆けてしまっていたフランがはっと我に返りその生徒に注意する。
何も言わずに後ろから押し出すとか危ないだろうが。
そいつに文句を言ってやろうとその顔を見た瞬間、不甲斐無く固まってしまった。
「見つけたわ、汚らわしいエルヴェシウスの生き残り……!!」
「っ!?」
手を貸すハワードの肩が震える。
だが俺は、押し出した張本人から目を離すことができなかった。
輝く金髪、意志の強そうな大きな目、人形のように整ったその顔はまさしく美少女といっていい。
「お前は……」
静かに怒りをともすその眼は釣り目気味で、頭の後ろが妙に尖っている髪型をしているが、それは間違いなくあの中庭にいた女子生徒だった。
「初めまして、になるわね、アカホ・リューマ。メリッサ・ラ・ファイエットよ」
俺の名前のイントネーションが気になるが、ファイエット、やっぱりあの生徒か。
「エルヴェシウス家に隠し子がいるとは聞いてなかったけど……まあそんなことどうでもいいわ。何故そのエルヴェシウスの人間がここにいるの?」
「何言ってるか分かんねえな。こいつはハワード・ダリルソンだ。人違いにしちゃあひでぇんじゃねえのか」
真実はどうであれ、あの事件についてここのいる連中がどう思ってるか分からない以上、はいそうですっていうのは危ないと思うから、とりあえず白を切ろう。
「白を切るつもりでしょうけど無駄よ、前、あなた達が商業区から貴族街に向かう道で、そいつがエルヴェシウスの生き残りだって話を聞いていたのよ」
「おいおい盗み聞きかよ、いい趣味をお持ちで」
チラリ。
フランが目を逸らしやがった。
「盗み聞きとは失礼ね、あんな場所で話しといてよく言えるわ」
まあ確かにそりゃあそうだが。
「だからって他人のプライベートに聞き耳立てるのはお行儀が良いかと聞かれればどうだろうな?」
こいつはハワードがエルヴェシウスだって知ってちょっかい出してきやがった。
てことは、このメリッサもイシュベル教の過激派ってわけか。
「で、お前の言うように、仮にこいつがエルヴェシウスだとしたらなんだっていうんだよ」
「あなたも話を聞いて知らない訳ではないのでしょう? そいつが何をしたのか」
メリッサは腕を組み、怒りを宿すそのつり目でハワードを見下ろす。
「救済のための魔法の研究と偽って、人を魔物に変える魔法を作った悪魔」
「ち、ちがう、父さんは……!」
ハワードが前のめりになってその言葉を否定する。
「何が違うの? 実際アンリ・ユベールに協力した被験者は、誰ひとりとして戻ってこなかったわ。……私の父上もね」
「なに?」
おいおい、物騒な話が出てくるじゃないか。
「私の父、カルロス・ラ・ファイエットは戦闘の負傷で右腕を失ったわ。それを治すを事ができるかもしれないと甘言を吐いて父上を被験者として連れて行った。それ以降父上は戻ってきていない」
「それで親父の復讐ってわけか」
「フッ、そんなんじゃないわ」
まるで呆れたように鼻で笑い飛ばした。
「父上に関しては何も思ってないわ。それはそんな甘言に乗ってしまった父上が愚かだっただけ」
自分の親父に対してひでぇ言い方。
「私にとって問題なのは、エルヴェシウスの悪魔の子供がここにいるということよ。あいつは人を魔物に変える研究をしていた、それをその子供が引き継ぎ研究を続けている」
周りの生徒たちが一斉にざわめき始めた。
「ま、まって! 僕はそんなことしていない!」
「では何故あなたは、あの本を持っていたの? なぜ、エルヴェシウスの屋敷に居たの? もう明白じゃない」
「そ、それは……」
そこまでご存知ですかい。
「いろいろ言っちゃあいるが、要するのにお前はハワードにどうしてもらいたいんだ」
周りの目に敵意が灯り始めていたから、そろそろ話を切り上げて離れるべきだと感じた。
「消えて。死ねとまでは言わないわ、せめてこの学校から、いえ、この王都から出て行って」
「何?」
「そいつの研究でまた魔物に変えられる人が現れたら堪ったものじゃないわ。イシュベル教徒として、それが許せないの」
やっぱりこいつもその信者さんかよ。
「あんたもブノワ派ってやつか」
「あんな野蛮な連中と一緒にしないでくれる? あいつらは神の一部を豪語しながら神の恩恵を否定して、イシュベルの教えを歪曲した狂者よ」
どうやらブノワ派は同教の信者たちにも嫌われているらしい。
「とにかく、エルヴェシウスは早くここから出て行って」
「僕は……」
「出ていくべきかどうかは、あんたが決めることじゃないいだろう。ハワードの親父はブノワ派の連中がやったこととはいえその命で償わされた。それが処刑ってことだろ。だったら、当時はまだ子供だったハワードが、取らなきゃいけない責任なんてないだろ」
「責任がどうこう言う話じゃないわ、私が不愉快なのよ」
教徒としてとかぬかしながらふざけやがって、自分勝手なことを!
「それに、私だけじゃないはずよ」
メリッサが向けた視線の先を追う。
その嫌悪を顕にする目を、やじ馬どもが俺たちに向けていた。
「リュ、リューマ……ハワードが」
「っ!? ハワード?」
フランがハワードの様子がおかしいことに気づいた。
まるで視線に怯えているようだった。
「悪魔の悪行をその息子もやったという証拠はないわ。でも、そいつの行動がその証拠ではなくて?」
「ずいぶん憶測だけでものを言ってくれるな。親父の方はどんな奴だったかは俺は知らねえよ。でもハワードはその魔法を知ったからって、誰かを魔物に変えちまうような奴じゃねえってのは知ってる」
俺はこいつと、短い間かもしれないが一緒に勉強して、話して、こいつの事を知った。
長さなんて関係ない。それでハワードは誠実な奴だと分かった。
「何にも知らねえくせに、口から出まかせ言ってんじゃねえよ。 それにてめえの勝手な私怨で、学校から追い出せるなんて思ってんじゃねえよ」
「勝手……ね、譲らない、ということかしら」
「当たり前だ」
俺は正面からメリッサをにらみつけた。
「リューマ君……」
「じゃあどうする? お互いに譲らないのなら決闘でもしてみる?」
「そ、そんな……!」
「上等じゃねえか、相手になってやる!」
頭に血が上り始めていた俺はその提案に乗ろうとするが、それをメリッサが止める。
「あなたとじゃないわ」
「何?」
「私はエルヴェシウスに消えてほしい、でもそいつが残ると言うのなら、やるべきは私とエルヴェシウスじゃなくて? まあどうするかそいつ次第だけど」
「そうかい、だったらハワード! 受けてやろうぜ!! ……ハワード?」
肩を抱き寄せて蹲り、震えていた。
その異常な様子が皮肉にも熱くなった俺の頭を冷やしていく。
「どうしたハワード、大丈夫か!?」
「ごめん、僕……無理だよ……」
「え?」
その声は震えていた。自分の過去を語った時の様に。
「ファイエット家はガーディアンの一族で、その姉妹騎士は今最もパラディンに近いって言われている」
パラディン、騎士における最高勲章の一つだ。
最も実力のある騎士に送られる勲章で、現在までの長い歴史の中でたった十二名しかいないという。
「僕じゃ……勝てないよ……」
「でも、それじゃあお前はここを去ることになんだぞ!? 勝てないなら勝つ方法を考えればいい、このままじゃあ魔導士になれないし、お前の親父のことだって……」
「でも、やぱっり、こうなっちゃうのかなって……このままじゃ、リューマ君や、フランさんに迷惑かけちゃうよ。 リューマ君は、ここで強くなって、家族を探しに行かなきゃ」
ハワードが溢れてきた何かを吐き出すように震える声で言う。
なんで、泣くことないだろう。
どうして今俺の心配をするんだ。
「やっぱり僕は……ここに居ちゃ、いけないんだ……だから」
「何言ってるんだよ、なんでそうなるんだよ……手伝ってくれるんだろ?」
「ごめんね……一緒に……探してあげられないや」
「っ……」
俺の中で何かが切れた。
「っ!? なに、これは」
メリッサが足元に投げつけられたものに驚く。
それは白いハンカチだった。
「本当は手袋を投げるんだがな、もってねえからハンカチで代用した」
「何のまね?」
「俺がいた世界での風習みたいなもんだ」
「だから、これが何だと……」
「拾えよ」
言葉をさえぎって、俺は怒りを指先に込めてメリッサに突き出した。
「俺がてめえに決闘を申し込む」
「……なんですって?」
メリッサが訝しむ。
「どういうつもりかしら?」
「どうもこうもねえ、ここまでダチに文句言われて、黙っていられるほど俺はボケちゃいねえってだけだ」
「そう、でも受ける意味がないわね」
メリッサが踵を返す。
「逃げんのかよ」
「挑発のつもり? お生憎様、私はエルヴェシウスに向けたのであってあなたじゃない、逃げるのではなく今は見逃すというのよ」
「見逃す? 決闘にビビって、尻尾巻いて逃げ出すの間違いじゃねえのか?」
「リュ、リューマ……」
フランは恐る恐る様子を見守っている。
メリッサが再び振り返った。
「意味が分からないわね」
「お前がそうじゃなくても、ここにいる連中はそうじゃないかもしれないってことだ。果たしを受けても逃げた臆病もんだってな」
「……」
「いいから受けろよ……! てめえぶちのめした後で、きっちり頭下げて詫びらせてやる!! 覚悟しろドリルヘッド!!」
「っ!?!?」
この場の空気が一瞬で凍りついた。
熱くなったせいでついメリッサの尖った髪型を見てそう言ってしまったが、何かおかしい。
言われたメリッサ本人だけでなく、周りの野次馬共も何か震えて……というか顔色がやばい。
飯を食ってたやつらは全員手を止めて、口に手を当ててえずきだすやつもいた。
な、なんだ!?
異様な空気の変わりように頭がまた冷静さを取り戻す。
「き、貴様……よくも……」
「え?」
ちゃちな挑発にさえ乗らなかったメリッサが、仇敵を見るようにねめつけてくる。
「よくも、あんな汚物の権化の名で私を……!!」
「え? え!?」
ど、どういうことだ!?
奥の方でついに吐いちゃった人までいた。
意味が解らず戸惑う俺をフランが手を引っ張ってくる。
「リューマ……さすがにそれは、ひどすぎるよぅ」
「なにが!?」
「いいわ……」
メリッサが落ちたハンカチを拾い、俺に投げ返す。
「これは私自身の名誉のために受けるわ、アカホ・リューマ、勝負よ!!」
強引だったかも
でも決闘は外せない




