処置
いいですか、今あなたは非常に危うい状態にあります。と結歌は言い放った。
「現在貴方の中にある『魔』の魔術源は封印下にあります。にも関わらず、魔術源は活動状態にあり、それどころかその強大な魔力に封印に綻びが出ています、漏れ出した魔力が集まり『魔』として顕現しているのです」
つまりそれは封印がいつ破られてもおかしくはないということ。
「再封印を施したところでまた同じように綻びが生じる可能性が大きいです……」
結歌はカップに残った紅茶を一息に飲み干すと言葉を続けた。
「現状『魔』の対処には貴方そのものを処分することが最も効率的であると私は判断します」
ひどく居心地の悪い沈黙が場を支配する。
結歌は顔を俯かせており、連夜は先程結歌の言い放った言葉を反芻していた。
処分、それは連夜の存在そのものを処分するということ、以前にも貴方を抹消すると脅されたことがあるか、今回は脅しではすまないのだろう。何よりも自身が『魔』の原因ということが連夜にとっては耐え難い事実だった。連夜とて未熟なれど魔術師である、今回のこの『魔』を放置すればやがてこの街に暮らす人々を脅かすこととなることはわかっていた。それで人が犠牲になった、もしそうなった時、自分はその命を背負えるのだろうか。そうなるくらいならいっそばこの自分の命など……。
「――命なんかくれてやる」
口に出して連夜は我に返る。だが、口に出した言葉は取り消せない、連夜は顔
を俯かせ結歌の沙汰を待った。
「それが貴方の答えですか」
頷くことすらせずに連夜は口を噤んだ。
「そうですか……」
沈黙を肯定と受け取った結歌は続ける。
「では言いましょう――。貴方に先程伝えた方法は最終手段です。『魔』の対処手
段はまだあります」
「最終……手段?」
「えぇ、最終手段です、成功率は貴方を処分することより格段に落ちますが……それよりも、貴方、自分が『魔』の原因だと分かって自暴自棄になっていませんか」
そう言われた連夜の肩がびくりと跳ねる。
「やはりそうですか……」
呆れたといった表情で結歌はため息を吐く。
「いいですか、無闇に命を捨てるような真似はやめなさい、手段がないのなら、方法がないなら私が見つけます、私が作ります。……なにも貴方の判断が間違っているとは言いません。ですがその決断を下すのなら、もっと悩んで、考えて、人に縋ってから出してください。そのようにあっさりと出した結論を私は認めません。あの時みたいにもっと必死になってください」
何かをこらえるかのような結歌の顔、今までにない剣幕に連夜はうろたえる。だが、そうだ、幼少期に魔術源を封印されるとき、自分は何と言った、誰に縋った。わずかな希望だとしてもそれに縋ったではないか、結果が伴うとは言わない、だが結論を出すにはまだ早すぎるのかも知れない。もっと、みっともなく足掻いて縋って、その末にこの命を差し出さねばならないのならば、差し出そう。
「分かってもらえたみたいですね」
「あぁ、悪かった……」
その返答に満足した結歌は顔を引き締めた
「では……本題に入りましょうか」
静かに頷く連夜を確認すると結歌は続けた。
「通常ならば貴方を処分することが最も効率的なことは確かです。ですが、その
場に優秀と言える魔術師がいるならば話は違います。これは非常に高度な魔術なのですが、『魔』の魔術源そのものを摘出してしまいます。ただし、この方法が取れるのは一度のみ……摘出の際漏れ出した魔力と『魔』の抵抗が合わさり暴走状態になることでしょう。暴走状態での摘出作業は難易度が高い……一度失敗すれば私自身が危なくなります。ですので、失敗した場合は……」
最終手段の出番、というわけである。
「成功率は……どのくらいなんだ」
重要なことはその成功率だ。
「5割……と言ったところでしょうか。おそらく摘出の際に発生するであろう
『魔』の抵抗を考えると、そのくらいが妥当な数字でしょうね」
何でもないことのように言い放つが、5割である、二分の一の確率で失敗することを考えればこれほど恐ろしいことはない。
「とは言え、これが最善策です、無理矢理にでも貴方には納得してもらうしかありません」
失敗するつもりなど毛頭ありませんけど、と言い放った結歌の姿には自信がみなぎっていた。
「決行は明日の夜、最初の『魔』が発生したあの公園で行います。あぁ、それと学校は休んでもらいますのでそのつもりでいてくださいね」
今日はゆっくり眠っておいてください。と結歌は言い、席を立った。
その後2時間程経った頃だろうか。連夜は結歌の部屋の前に立っていた。何も夜這いをかけようという訳ではない、ただ眠れないのだ。だが夜中に女子の部屋を訪れることはどうなのだろう……。
などと逡巡していると部屋の中から声が聞こえた。
「いつまでもそこにいないで、入ってはどうですか?」
連夜その言葉に従い、ドアノブを捻った。
「一体どうしたのですか、こんな時間に」
薄い赤を基調とした意外にもシンプルな部屋に置かれたベッド、そこに結歌は座っていた。
薄いピンク色のパジャマに身を包んだ彼女を思わず連夜は凝視してしまう。
「……なんですか」
体を隠すように腕を交差させた結歌に連夜はごめん、と謝る。
「それで、何の用ですか?」
再び結歌は連夜に問う。
「その……眠れなくて、ごめん、迷惑だったよな」
眠れなくて他人の部屋を、それも女子の部屋を訪ねるなど、自分は傍から見ればよからぬことを考える輩にしか見えないことだろう。
「迷惑だなんて……そんなことありませんよ」
「怖いんだ……さっきはあんな簡単に自分の命を差し出す決心がついたのに。明日もし失敗したら……って考えると恐ろしくて仕方がない」
俺は一体どうしたらいい? 途方にくれた迷子のような表情で連夜は問うた。
「――それが正しい反応です、十六夜君」
ですけれど、と結歌は続ける。
「どうしても、独りでいることが嫌なら、恐怖に屈してしまいそうになるのなら、貴方の気が済むまでここにいてもいいですよ」
結歌は柔らかく微笑むと、そう告げた。