6.第四話 『魔草の生態』
トミカがダンジョン内で自給自足の目途を立てた頃、別のターミナルから、調査の一団が『緑』を訪れていた。
鮫島論文の検証を依頼された高位の探索者パーティだ。
【魔草を避けて通れるルートを模索することが、攻略のカギである】
一向に進まない『緑』を攻略するためだ。
彼らは自信に満ちていた。
協会の公式な依頼だ。高名な鮫島教授の学説を証明する名誉な仕事。
計画は綿密に指示されており、その通りに動けば良い。
しかし、『緑』が甘くないことを彼らは身をもって知った。
一歩足を踏み入れた瞬間、そこはすでに敵のテリトリーの中ということ。
自分に向けられる何か視線のようなもの。
森全体に監視されているような居心地の悪さ。
「くそっ……」
そもそも、魔草種だらけで、避けて通る道など見当たらない。
事前のルート案は全く機能しておらず、道も違う。
「森が……動いてる?」
これは意外と知らない者が多い。
魔草種は普通に歩く。地面から必要な栄養を汲み上げるため根を張ることはあるが、エサがあるところに移動するため、その根でどこにでも歩ける。
「ルートなんてあるわけねぇ……」
彼らは安請け合いした自分たちを呪った。
彼は足元にいる魔草を見抜けなかった。
蔓が忍び寄る。
掠めただけで『龍のダンジョン』で手に入れた竜燐の鎧が溶けた。
「ぎゃああ」!!!
仲間が溶けていく。
(掠っただけで……!?)
「やめて、やめてぇぇ!!! あが、助けぇ……」
ツタが絡まり、そのまま養分を吸収され、干からびていく仲間たち。
「くそぉぉぉ!!!」
距離を取り、最終手段に出る。
「放て!!」
合図で仲間が火魔法を放った。
しかし、ひるむことなく水魔法で相殺された。
「こいつら……なんてこった!! 撤退だ!!!」
魔草から逃げる。
だが、魔草のテリトリーの外が安全というわけではない。
「はぁ、はぁ……」
横から大岩のような物体が飛んできて跳ね飛ばされた。
「あがっ!?」
魔草に気を取られていると、魔獣に襲われる。
巨大なイノシシ型の魔獣が近寄る。
「助けてくれ!! 誰か、助けてくれー!!」
全身が折れている。逃げることはできない。
恥を省みず、全力で叫ぶ。
ごつごつとした体表の魔獣が突進してくる。
「うわああああ!!!」
目をつぶり、恐怖に震えた。
しかし、何も起きない。
恐る恐る目を開ける。
そこにはツタに絡まるイノシシがもがく姿が。
すぐに養分を吸われ、イノシシは骨と皮だけになっていった。
次は自分の番か。
覚悟を決めた。
「ひと思いにやってくれ」
声を掛けると、びくりとその魔草が反応した。
(なんだ……?)
キョロキョロとあたりを見渡し、生えている草に紛れて動かなくなった。
「いや、もう遅いだろ……」
魔草はその指摘にしな垂れた。
襲ってくる様子はない。
男はその隙に何とかポーションを飲んだ。
効果が出て動けるまで、1、2時間はある。その間、襲ってこないことに賭けた。
男はその間魔草を観察した。
擬態もせず、うねうねとしている。
襲ってくる様子はない。
(もしかして……擬態を見破れば、襲ってこないのか?)
ポーションが効き、激しい脱水と頭痛でよろけながら立ち上がる。
そのままゆっくり後ずさっていった。
不思議とその魔草は葉っぱを振っているように見えた。
男は何とか森の中から一人脱出した。
この調査は失敗だ。
「あんな作戦、不可能ですよ!!!」
パーティのリーダーは鮫島に詰め寄った。
「全く、キチンとルート通りに進むこともできないのかね?」
鮫島は眼鏡の奥の鋭い眼差しを向ける。
「あの森に定まったルートなんて無い。森が動いているんだ」
彼はダンジョン協会で権威を持つ教授を前にしても、意見を曲げなかった。
「分かっていないな。これがどれほど重要な研究か。海外では持て余した『緑』のせいで都市が壊滅した。例えば『悪魔草』のレアアイテム『黄金花蜜』は、ひとなめで獲得経験値を大幅に上げる。他にも産出する各種素材は良質なポーションの材料となる。あのダンジョンはより高次の攻略に欠かせないアイテムの宝庫なのだよ」
「だから、その調査方法に問題があるんだ!!!」
「私は博士号を二つ持っている。君は? 私に意見するなど100年早い!! 失敗を棚に上げて責任転嫁か? これだから探索者は……!!」
彼は重要な情報を持ち帰っていた。
しかしそれを目の前の男に伝えることは無かった。
代わりに、信用できる者に自分の体験を話した。
「森の進化……そうか。ふむ……草木は相互に情報をやり取りするネットワークを形成し高度な社会性を有する。そして、それは経験値も例外ではないのかもしれませんね」
『東京賢人会』代表、『黒衣の賢者』黒田耕哉、27歳。
彼はこの国で数人しかいないS級だ。
そして賢者である黒田の予測通り、魔草は経験値を仲間内で共有し、徐々に力を上げていた。
弱点だった火魔法への対応力が、いずれのエリアでも向上し、もはや弱点ではなくなっていた。
「それと……黒田さんに信じてもらえるかどうか」
「なんですか?」
「魔草は擬態を看破すれば襲ってこないのでは?」
「……あなたは生きている。再現性があるか、試せばわかりますよ」
「黒田さん……」
「あなたの仲間の死は無駄にはしません」
黒田は早速調査隊を組織することにした。




