7.第五話 『魔神王ラビス』
白い空間。
光の差す眩しいその場所で、黒田はただ茫然と座っていた。
「お待たせいたしました」
鐘の鳴るような涼やかな声。
見眼麗しい女が対面に座る。
ダンジョンでは嗅ぐことのない甘い香りに、ここがダンジョン内でないことを自覚する。
相手の顔は眩しい光に遮られはっきりと認識できない。
「さて、黒田さん」
「はい」
「はじめましょうか」
数々のダンジョンで実績を上げた黒田も、この支配的で独特の空気に居心地の悪さと焦燥感、暑さを感じながらも、この状況に適応しようと、ネクタイを締めた。
「魔神王ラビス……あぁ、あの後、そう名付けられたのですが、その攻撃があなた方に直撃しました。覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです」
女はタブレットの映像を黒田に見せた。
「はいここ! ここです!! 直撃じゃないですか! なんで生きてるんですか、黒田さん!?」
「生きていて悪かったですね」
インタビュアーが苦笑いする。
「失礼しました。ですが、分からないことが多く、視聴者の方々も知りたいと思うんですよ。黒田さんがどうやって魔神王ラビスを倒したのか」
黒田は生き残った。
魔神王ラビスは倒したし、死者はゼロだし、アイテムも持ち帰った。
完全勝利である。テストなら100点満点だ。
しかし、その途中式が抜けているという指摘に黒田は一対一の質疑応答の場を設けた。
相手は報道記者や局アナではなく、探索系タレントという指定だ。
「ぜひ、お聞かせください。一体どうやって?」
「努力・友情・勝利です」
「週刊少年ジャンプか! いやいや、そういう精神論ではなく」
「え、ジャンプを馬鹿にするんですか?」
「うわー、答える気ないよこの人」
黒田は全力ではぐらかした。
言えるはずがない。
魔草営業部がくれた、『災い封じの壺』の効果だとは、言えない。
あらゆる攻撃のダメージを一度だけ壺が吸収して身代わりに割れるという破格の効果。特に使用のデメリットも無い。それが、あのダンジョンでは今も作られているとは口が裂けても言えない。
乱獲を招く。
「では、その後なのですが……はい、ここ!!」
「えぇ覚えてますよ」
攻撃の手ごたえが無いことに首を傾げたラビスは『混沌の魔杖剣』を携え、『東京賢人会』に突進した。
その前に出現した根っこが、その動きを絡めとった。
「ラビスの動きを止めた、この木の根っこはなんですか?」
「おそらくは……ラビスが育てた観葉植物」
「真面目な顔して何言ってるんですか?」
黒田は言えなかった。
ラビスを絞め殺す勢いで、その力を吸収しながら成長したその根っこは一木さんにもらった種。
一木さんの分体である。
当然、一木さんのことは秘密だ。
「では、この後ですが……黒田さん、普段の戦い方とは違いましたね」
賢者の特徴は、その魔法適性の広さ。
あらゆる魔法、魔法アイテムに適性を持っている。
しかし彼は過度な装備をせず、アイテムも極限られたものを使用するのみだった。
その戦闘スタイルはつねに後方支援。
仲間に支援魔法を使い、作戦と指示でS級に上り詰めた。
「この、自ら先陣を切り真っ向から攻撃するお姿に、ネットでは『覚醒黒田』と……」
「普段冴えないみたいですね」
「いえ……ただ、あれができるなら普段からおやりになればと……」
ラビスとの戦いは消耗戦になりかねなかった。
『東京賢人会』の総力で攻撃しても削れない体力。
一木さんの分体に拘束されながらも、攻撃を放ち続ける凶暴性。
長引くだけ不利になっていく。
それを削るため、黒田は裏技を使った。
「まず、杖を二本装備されましたが……できるんですね」
「まぁ、火事場の馬鹿力ですね」
「……まともに答える気あります?」
『炎蛇王の魔杖』と『風神帝の大聖杖』。
それらは本来、一本でも装備すると多大な魔力を食う、低燃費なハイコストアイテムである。
「あのような世界クラスの希少アイテムを二本も。ちなみにどちらで?」
「森で拾いまして」
「なめてます?」
もちろん、その出どころを言うわけにはいかない。
黒田はそれらを二本装備した。
普段からできるなら、そうするが、S級をもってしても本来は不可能だ。
ただ、この時の黒田は一時的に超S級のステータスを獲得していた。
ステータスや耐性上昇系のアイテムは多数あるが、S級のステータスを上げられるものは限られる。
古龍帝の魔石。
深海帝の魔石。
大魔帝の魔石。
獣神帝の魔石。
怪岩帝の魔石。
炎蛇帝の魔石。
風神帝の魔石。
雷雲帝の魔石。
だがいずれも日本にはなく、黒田は持っていなかった。
黒田が使ったアイテム……それは花ちゃんが拾った石だ。
「黒田さんを強化できる魔石なんて、ぜひ伺いたいです! 一体何の魔石を!? 入手先は!?」
「友人がお守りにとくれたんです」
「……はぁ、ああそうですかー」
それは、魔草営業部や花ちゃんの要らない経験値が吐き出されて溜まり、結晶化したもの。
きれいなのでトミカが集めて花ちゃんや魔草と交換したりしている。
詳細を言えるはずもない。
「最後にーここで被ダメージが無いのに、ポーションを飲みましたねー? はい、なぜー?」
黒田が飲んだのは『秘薬』。
「『深緑の魔女』のポーションは即効性と効果の持続時間に優れています」
「はいはい、どうせまたはぐらかし――え?」
「飲んでから、約10秒間、常時回復し続けるのです」
「……それはすごい!」
「そうでしょう」
黒田はこれを『秘薬』で行うことで、無敵モードでの戦闘を可能にして見せた。
黒田のとった策は、魔杖と聖杖、魔石、秘薬のアイテムによる超火力×無敵モードのバフコンボ。
至近距離からの極大魔法の連発。
超短期決戦。
攻撃のダメージを受けても止まらない黒田は、ゼロ距離で魔法を浴びせ続けた。
そして無敵モード開始から9秒78。
魔神王ラビスを討伐した。
「でも、『秘薬』は『深緑の魔女』と会える黒田さんしか……」
「いずれ『秘薬』も一般販売されるでしょう」
「なんと!……あ、営業だったんですねこれ」
黒田のインタビューは瞬く間に拡散された。
そして、配信と合わせて補充の『深緑』ブランドが追加で入荷し問い合わせが殺到。
一方で高ランク探索者の一般ポーションの買い控えが起きた。
その結果、ポーションの値上がりはストップした。
転売屋の損切が始まり、一気に値崩れが起きた。




