5.第三話 『焼肉』 後
食事の後、黒田くんと一木さんが難しい話をしている。
それはいつものことだけど、黒田くんの方にいつもの冴えがない。
いつもはもっと淡々としているのだが、何かこう……一木さんに対してよそよそしく、私に対して馴れ馴れしい。
「あっ」
黒田くんが飲み物をこぼした。
「申し訳ない」
「もう、そそっかしいんだから」
ま、私もよくやるけど。
隣の一木さんが世話を焼こうとする。
【服が染みになるから、洗いましょう】
「いや、結構です」
【いいから】
一木さんが黒田さんを脱がせた。
ちなみにジャケットだ。
一木さんはそれを受け取り、花ちゃんにポイっ手渡した。
あ、花ちゃんにやらせるんだね。
任された花ちゃんは気合十分だ。
花ちゃんが分泌する界面活性成分が汚れを落とすのさ。
天然由来?だから生地にもやさしいぞ。
「……え?」
それ、大丈夫な洗い方ですかっていうツッコミも飛んでこない。
どうした、黒田?
ツッコミをサボるな。
「僕はしばらく来られないかもしれません」
「え?」
どうしたの、急に真面目な顔して。
いつもだけど。
「トミカさんのポーションを協会で公式に販売する算段が付きました」
「え、そうなの! 早く言って!! 一番最初に、開口一番、それを言って!!」
ビッグイベントじゃないの!!
これまで政府系の試験だとか、外交交渉で使ったりとかはあったけども。
一般販売は転売のナンバリングとか対策する必要があったので、時間がかかっていたらしい。
ようやくですか。
「売れそう?」
「僕次第なところはありますね」
「どういうことですか?」
「それが値段相応か、どれだけの力があるのか、僕が実証します。そのため、未踏破の領域に挑戦します」
「え」
そうか……『深緑の魔女』ブランドそのものは、注目されているけど、大金払ってまで試すのはリスキーだ。それっきゃないとなったら使うだろうけど、そりゃ不安か。
だって、顔も名前も知らないんだし。
実際、作ってるの成りすましの私だし。
責任重大なんですけど。
肉食ってる場合じゃないよ!
「いや、黒田くん、そんな思い切りのいい生き方君らしくない。安全マージンを考えて堅実に生きるのよ!」
「率先して探索者の手本になる。それがS級の役目です」
「黒田くん……」
立派だ。
探索者の鑑だ。
「いいの? 私、結構大事な時にポカしますけども……もし失敗作が混ざってたら……」
「わかってます。あなたは大体なんでもズレていて、危なっかしく、社会人としてままならない人です」
言いすぎだろ。
危ない賭けに出て一攫千金を夢見るギャンブラーだろ、探索者なんて。その長たるS級に言われたくありません。
「その上非常識で、しかもその自覚がない。始末に負えない」
「やい、ここは反語をつかって良いことを言うところでしょ、普通。君も大概だからね?」
「ですが、薬師としてのあなたの実力だけは信じている。だから僕がやるべきなんです」
黒田くんは真剣な眼をしている。
「わかったよ、わかりました。なら、応援します」
死亡フラグっぽいけど、私に止める権利はない。
「それで、派兵先はいずこに?」
「派兵? ああ、『奈落』の66階層『神魔六神将の間』です」
『神魔六神将の間』。
よりにもよって。
私を信じるな、黒田ぁ!!
日本ダンジョン界が停滞と衰退へと進んだきっかけだ。
私が薬師デビューした直後だったからよく覚えている。
S級クランが壊滅し、当時のS級一位から八位が、全滅した大事件。
それが、『神魔六神将の間』だった。
ダンジョンボスが6体、パーティを組んで連携してくるというえげつない部屋である。
便利なアイテムや精霊との出会い、加護の取得など、『奈落』攻略はダンジョン界全体に必要不可欠だった。
それが、ここでストップしたために、日本ダンジョン界は急速に衰退していった。
その後海外勢が、攻略に挑んだものの、やはり突破は難しく、撤退が相次いで、今やだれも挑戦しない。
「えっと……それ、他のS級の方々はご参加なのかしら?」
「『東京賢人会』のみで」
あ、これ絶対ダメなやつ。
確実に死ぬやつ!!
「行くな、黒田!! 行くなら、私の屍を踏み倒してお行きなさい!!」
「えぇ」
【危ないことしないで】
「いや……」
『きゅぃぃ……』
「纏わりつかないで」
黒田くん、君は強い。
けど、基本文系のひょろがりだろ。
我々に体育会系のノリは無理じゃん。
わかるよ? 体育会系になめられているとムカつくよね?
でも、見返す必要なんてない。
あなたは、勉強をがんばればいいの!
「ご安心を……帰ったら、また焼肉しましょう」
「馬鹿だよ。私のポーションなんてどうでもいいから」
「それだけではありませんよ。この日本ダンジョン界に停滞している空気を取り払える、その確信がありますのでご安心を。勝算があるんです」
「でもぉ……」
【行かせましょう、トミカ】
「そんな、一木さん!」
【黒田なら大丈夫。黒田の『大丈夫』は本当に大丈夫だから】
そうかい。
わかったよ。
男の覚悟をこれ以上、揺るがす真似は致しません。
ここは応援して送り出します。
「頑張って。辛かったら戻っておいで。これ、持ってお行き」
マッチ代わりで便利だけど、黒田くんの命には代えられない。
「これは『炎蛇王の魔杖』!? なぜここに?」
「落ちてた。あとこれも」
「そんなバカな」
洗濯の乾燥にと思ったけど、仕方ない。
黒田くんの命の方が大事だ。
「『風神帝の大聖杖』!? なぜここに?」
「ドロップアイテム。拾ったの」
「そんなバカな」
本当に今朝、森に落っこちてた。
「……経緯は聞きません。ありがたくいただきます」
「黒田くん、戻ってくるって信じてますからね」
「はい、ありがとうございます、トミカさん」
【黒田、これも持って行って】
『きゅいぃぃ』
二人もいろいろあげている。
一木さんは、何かの種。
花ちゃんは、拾った石とか、黒田くんの似顔絵。
「信じてるよ、黒田くん。また絶対焼肉するんだからね」
見送りに営業さんたちも来て、いろいろと渡していく。
「大丈夫、君ならやれるよ。みんなが付いているからね、黒田くん」
「はい、はい……あ、どうも、あこれも……はぁ、はぁ……多い!! 信じろ、僕の勝算を!!」
黒田くんはちょっとキレ気味で帰った。




